自分に還っていく過程の記録
  • 13Jan
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      レイキで浄霊①

      ありがたい事に、内山エナさんのセルフアウェイクの講座で同期だったみんなが、今、私のクンダリーニレイキの伝授を受けてくれています最近、緊急事態宣言の影響もあるのか、レイキの遠隔伝授のお申し込みが増えています。そんな中、レイキでちょっと変わった経験をしたので、それを書きたいと思います。タイトルの通りなんですが、レイキで浄霊をしたお話です。心霊話ですが全然怖くないので、よろしければお付き合いください先日、20年来の友人のA子と遊んだのです。A子は、スピリチュアルとか、目に見えないもの、非科学的なものは全く信じません。だから離婚をきっかけに、いきなりスピっちゃった私の事を、「宗教ぽくて怖い」と言っていました一時期は、A子から宗教っぽいと言われる事について内心ざわついていた私ですが、その心のざわつきは、私の中で、宗教=怪しい、怖いという概念があるからだという事に、ある時気付きました。その宗教に対する概念を統合したら、宗教と言われても、全く感情が揺れなくなりました。宗教で何が悪いみたいなw感情が揺れなくなると不思議と、まあ不思議じゃないんですけど、相手も何も言ってこなくなるんですよね。そのA子が、数ヶ月前から自宅での心霊現象に悩まされていると、先日遊んだ時に、私に相談してきたのです。夜、口笛でメロディーを口ずさむのが聞こえてくるのだそうです。下の階とか隣の部屋から聞こえるのではなく、すぐ側で聞こえるようです。A子は、実際に私の前で、そのメロディーを口笛で吹いてくれました。聞いた事なのないメロディーなのですが、不思議とどこか懐かしいような感じがするメロディーでした。「和歌山の種なし柿〜♫」のメロディーに少し似ていました。その他の現象としては、金縛りや、物の場所が移動している、ラップ音、息を吹きかけられる、あとは悪夢(これは霊現象ではないかもですが)。そもそもA子は、目に見えないものを全く信じないのですが、その割には霊体験が豊富なんです。旅先のホテルで、夜中に外国人の子供の霊が騒がしくて起こされ、それを無視していたらビンタされたとか、街中で足しかない女性を見かけたりとか、とにかく霊を見るらしいのです。桜の木に積もった雪が綺麗で、いっぱい写真撮りましたそれだけ心霊体験していたら目に見えない世界を信じそうなものですが、本人の中では全部、「気のせい」「疲れてるだけ」という事になっています。それでも自宅で毎日のように心霊現象が起きるのは流石に嫌だったようで、私に相談してきたというわけです。で、私の方なんですが、私は小学生の頃にサイキック能力を閉じたので、あんまり心霊体験とかないのです。大学生の時に、札幌市内の心霊スポットの滝に行った時に憑依されて吐きまくったり、交通事故現場を通って憑依されて吐きまくったり。とにかく私は、何かに憑依されると吐くのです。30歳の時に仕事で行った札幌市内の某撮影スタジオで、トイレに入ったら、天井近くに大きな2つの目があって、じっとこちらを見ていた、というのが唯一視覚で捉えた心霊現象です。こんな感じなので、私は幽霊が苦手ってずっと思っていました。吐きまくって丸一日潰れちゃうので。私はチャネリングもリーディングもするけれど、ミディアムシップ(死者交流)はしないと思っていたのですが、A子に相談された時、以前の私だったら嫌だったと思うのですが、なぜか不思議と嫌な感覚があまりなかったのです。それはおそらく、統合を進めていくにつれ、色々なものに対する苦手意識が薄れてくるからだろうと思います。例えば、私は以前、カラスが凄く怖かったのですが、今は全く怖くないです。前はカラスが近づいてくると逃げていましたが、今はジーッと観察します。キラキラの目もツヤツヤの体も、鋭く尖ったクチバシも、とても綺麗だと思います。あと虫も、以前は大嫌いで、部屋に出たりしたら見つけ次第殺傷していましたが、今も好きではないですが、殺傷する事はなくなりました。みんな一生懸命生きているという感覚があるから、好きではなくても、傷付けようというふうには思わなくなるのだと思うのです。だから、以前は怖かった幽霊というものも、もともとみんな霊的な存在なんだからという…自分とは違うものっていう、切り離すような感覚が薄れたからかなあと。そういうわけで、A子の話を聞いて、ひとまず遠隔でA子の自宅を見てみることにしました。何回か遊びに行った事があるので、おおよその間取りは覚えていました。リビングダイニング、廊下…とA子の自宅を頭に思い浮かべながら見ていくと、特に変な感じはしませんでした。そして最後に寝室に意識を向けた時、寝室に入って左側が、異様に重いのです。私の体の感覚が、重くて呼吸がしにくい感じ。ここにいるのかな?と思い、クンダリーニレイキの「場の浄化」「ダイヤモンドレイキ」を遠隔で送り、重さがなくなるまで流しました。軽くなった感覚がきた時点で終了。その日から、心霊現象がおさまったそうです。ただし3日間だけ…。↑心霊現象があったか否かの日報心霊現象がおさまったのが3日続いたので、もう私はレイキを送るのをやめました。私もA子も、もういいかなって思ったんです。ところがA子は4日目にとても怖い体験をしたそうです。私の遠隔レイキは、浄霊ではなく除霊止まりだったようです。一時的な応急処置みたいな感じ。なので、出来るかどうかはわからなかったけれど、しっかり対処するために、遠隔ではなく直接A子の自宅に行く事にしました。長くなったので②へ続きます。

  • 06Jan
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      あけましておめでとうございます✨

      皆さま、あけましておめでとうございます今年もどうぞよろしくお願い致します。もう仕事が始まった方が多いと思いますが、皆さまお正月はいかがお過ごしでしたか?私は、息子とゆっくり過ごしていました。だらだら2人で遅くまで寝たり、温泉に行ったり、とことん自分を甘やかしたい気分だったので、思いっきり緩んで、だらけておりました昨日、久しぶりに私の中に、比較、優劣、劣等感の周波数が上がってきたのです。人と自分を比較して劣等感を感じるなんて、いつぶりだろう?って思ったのですが、とにかく上がってきたのです。人は、どんな物事に対して比較優劣の周波数を使いやすいか?という、癖みたいなのが存在します。お金を稼ぐ事に対して、比較優劣の周波数を使いやすい人仕事が出来る出来ないなどの能力的なものに対して、比較優劣の周波数を使いやすい人人気がある無いに対して、比較優劣の周波数を使いやすい人外見が美しい美しくないに対して、比較優劣の周波数を使いやすい人子どもの事に対して、比較優劣の周波数を使いやすい人などなど…あげるとキリがないのですが、自分に対しては使わないけど家族には使いやすいとか、お金に対しては使わないけど人気のある無しには使いやすいとか、得意不得意じゃないですけれど、何にその周波数をくっ付けて使いやすいかは、本当に人それぞれです。だけど結局は、無価値感をベースにした同じ周波数なので、コツコツ外していけば、気づいたら何の物事に対しても比較優劣を使うことはなくなっていきます。なのですが昨日、私の中に比較、優劣、劣等感の周波数が上がってきたのです。今までノーマークだったシチュエーションに出くわしたからです。(何のシチュエーションかは秘密…)グーっと重い周波数が下から上がってくるのがわかりました。いつもなら上がってきた瞬間に、その周波数を使う前に、オセロをひっくり返すようにクルンって統合しちゃうんですが、昨日はちょっと変な話なんですが、この周波数を使ってみようかなって思ったんです。何となく、感じてからきちんとオクタヒドロンで統合した方が綺麗に外せるような気がしたのと、あとは単純に「感じてみたい」って思ったのです。劣等感、無価値感を感じてみました。みぞおちがグーっとくる感じ。重い。苦しい。だけど重苦しさの中にいても、なるほどなーって、自分を冷静に観察している自分もいるのです。苦しさ95%、気持ちよさ5%くらいの割合。苦しさ100%じゃないのねと新たな発見。私たちは、どんな感情でも楽しむために地球にやって来たってよく言いますが、本当にそうなんだなって腑に落ちました。で、その瞬間、「あ、もういいや。手放そう」となったので、統合しました。ここ数ヶ月は、意図だけで統合するか、マカバ統合がメインだったので、オクタヒドロンは久しぶりでした。統合が終わってグラウンディングしている時にレディガイア(地球意識)が私にメッセージを伝えてくれました。あなたはそのままで完全でそのままで愛されていますそのままのあなたを愛しています誰かと比べることは、とてもおかしなことですなぜなら、あなたも他の人もみんな繋がっているからですもし自分の人差し指と薬指がいがみ合っていたら、もし自分の人差し指が薬指よりも短いと落ち込んでいたら、あなたはどう思いますかどちらの指も大切な自分の指だと思うでしょう私から見たあなたたちも同じです皆を愛していますレディガイアの愛のエネルギーに涙が出そうになりました。言葉にするとちょっと愛の大きさがスケールダウンしてしまう感じがしないでもないですが、これは私の翻訳能力の問題かな感じてる時はわからないけど、統合し終わったあとは、これも周波数だったなと完全に思えます。新しいシチュエーションで、隠し持っていた周波数が炙り出ました。隠してたものに光を当ててくれてありがとうって、その出来事に対し感謝が溢れました。隠してるものに光を当てる意味でも、どんどんやりたい事やるのは大切ですね。今年は、いっぱいチャレンジして、いっぱい地球を楽しみ尽くします白石神社

  • 31Dec
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      今年1年ありがとうございました♫

      あっという間に大晦日!私は29日に年内全ての個人セッションが終わり、お正月の準備をしつつ、のんびり過ごしています。何だか黒っぽい服にあまり惹かれなくなったので、思い切って断捨離して、明るい色の服をここ数日買っています。自分の内側のエネルギーが動くと、服装とか髪型とか持ち物とかを変えたくなる人って多いのですが、私は選ぶ服の色に出ます。今、私はパープルとイエローのエネルギーが欲しいらしく、その色の服をいくつか買いました私の服の話はいいとして…皆さま大晦日の今日、いかがお過ごしでしょうか?2020年、色々ありましたが、終わりよければ全てよし。私は、この1年を、感謝で締めくくりたいと思います。このブログをアップしたあと、ノートに感謝できる事を10個書いて、そのあと氏神さんのところにご挨拶に行く予定です。感謝出来ることをノートに書くのはとてもおすすめです。丁寧に感じて文字にしていくと、深いところからじんわりした感謝が湧いてきて、心がとても満たされるのです。皆さま、今年1年ありがとうございました来年もよろしくお願いいたします。先日行った室蘭の地球岬。今、私は以前書いた、「統合を通して自分の本質と出会う講座」の準備を進めています。『子どもは豊か&講座開催のお知らせ』先週は雪がうっすら積もり、息子は「雪だ!雪だ!」と保育園の行きも帰りも大喜びでした。朝、外に出ると、雪を手で触ったり匂いを嗅いだり、真っ直ぐなんて歩いてくれま…ameblo.jp今まで私が実践してきた事、統合においてハマりやすいトラップ(罠)についてなど、私のお伝えできることを凝縮してお届けできる講座になると思います。自分を振り返ってみて、いっぱい失敗してきたなーと苦笑いです。同じ所をグルグルして統合するのが嫌になったり。でも失敗した経験があるからこそ、そこを抜ける方法、避ける方法もお伝えする事ができます1月半ばには募集開始予定です。それでは皆様、良いお年をお迎えください

  • 27Dec
    • 真の願い

      私は、自分自身を否定批判する心、自分以外の人や物事を否定批判する心を、少しずつ削り取っていくチャレンジを、一生をかけて続けていきたいと思っています。数年前まで、自分のことも他人のことも大嫌いだった私。自分を赦すことで、自然と、他人も赦せるということを知りました。自分を愛することで、自然と、他人も愛せるということを知りました。全ては自分の中からはじまる、それは確かだけど、自分のことだけを赦し愛するだけでは、その先へは行けないことに、ある時気付きました。自分だけを見ることでは見えないものを、私以外の人たちや物事が、私に教えてくれます。あなたの中にもあるよって。目の前の出来事全てが自分の現れであるならば、他人を赦し愛することは、結局、自分を赦し愛すること。だから、他人を赦し愛するって、凄く綺麗事とか聖人君子みたいなふうに聞こえるかもしれないけれど、実は自分のためにやっている。私の真の願いは、「自分で自分を完全に愛したい」ということ。そのために、自分を愛するために、目の前の人や出来事、現実の全てを、現実によって揺れる自分の感情を統合し、整えていきます。自分を赦し、自分以外の全てを赦し、完全に自分を認め愛することが出来たその先に、悟り、ワンネスがあるんだと、今、そう感じています。

  • 24Dec
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      今伝えたいメッセージ

      メリークリスマス皆さまいかがお過ごしでしょうか?伝えたい事が溢れたらブログを書こうと思っていたら、間があいてしまいました久しぶりの更新です。ついに風の時代に突入しましたね。エネルギーが変わった事がはっきりと感じられます。これからは、軽く軽く✨の時代ですねこのタイミングで、人生のどん底だなあって感じている方へメッセージを伝えたくて、昨日YouTube撮りました。どん底って誰もが経験したくない事ではありますが、見方を変えると、物凄いギフトにもなり得ます。どん底の状況というのは、ずっと押し込めてきた魂の願いを掬い上げ、そしてそれを具現化するための一歩を踏み出しやすい状況でもあるんです。風の時代に切り替わる今のこのタイミングで、どん底のシチュエーションを体験している方は、このタイミングで大きく変わる事を自分で決めてきている魂かもしれません。大きな出来事が起こらないと、人はどうしても変われなかったりするので、それを使って意識の変容を促そうとしているのかもしれません。詳しくは動画でどうぞあとは、もう一つ伝えたいメッセージとして、今、人間関係の精算が猛スピードで行われています。そんな中、今までの関係に違和感を感じたり、今まで我慢していた事が我慢できなくなったりという変化を感じている方もいらっしゃるようです。嫌な人や状況から離れることは逃げじゃないよ、という事も話しました。

  • 18Dec
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      日記〜2020/12/18

      最近思ったんですが、私、全く悩まなくなったなあって。モヤモヤするとかも、あんまりなくて。1年前の私だったら、1ヶ月間モヤモヤするような事が今起こったとしても、今の私なら1時間で、そのモヤモヤから抜ける自信があります。1年前だったら、1日中モヤモヤするような事が今起こったとしても、今の私なら1分でそこから抜ける自信があります。だから悩んでないというよりは、悩んでる時間が0.1秒とか一瞬過ぎて、自分でもわかっていないのかもしれません12月に入ってから、私は、満たされて満たされて、満たされ過ぎて、もう何もいらない…という思いで過ごしていました。今の自分が自分史上最高に好きだし、今が一番幸せです。たった3年前は、自分の事も、世の中も、全てを嫌っていたのが嘘のようです。この想いを、これからもずっと更新し続けていきたいと思っています。大通公園のホワイトイルミネーション前回の記事を書いてすぐ、「全てゼロに戻す」という強いメッセージが降りてきました。そこからブログの更新が出来なくなり、しばらく間が空いてしまいました。今年の夏至にも同じメッセージが降りてきて、過去記事の大部分を非公開にしたという事がありました。もしかしたら、近いうちに過去記事を全部消すかもしれません。深いところでエネルギーが動いているのを感じますが、それが何なのか、今はまだわからないのです。最近、お客様とお話をしていて、感じることがあります。その気持ちわかるな〜と感じる時もあれば、そういう捉え方をするなんて!と驚く時もあり、人の思考回路というのは、本当に人それぞれ。当たり前ですがだけど、その話を聞いて私の感情が動くということは、私の中に何かがあるのです。私はお客様の質問に対して、自分の感じている事を話すわけですが、自分のハートが自分の言葉でブルブル震えている事がわかる時があるのです。自分の話す言葉に自分のハートが反応して、何かがシュッと統合されるのです。だから、私に会いに来て下さるお客様は、私に必要な言葉を私から引き出すために来て下さっているとも言えるのかもしれません。私には体験することが出来ない出来事をお客様から聞くことがありますが、お客様と想いを共有する事で、私の中にバイブレーションが生まれます。それを私が統合すると、私はその出来事を体験したわけではないのに、体験したのと同じ事になるのです。これってすごいこと。そう思うと、出会って下さる全ての方に感謝です。いつもありがとうございます。

  • 10Dec
    • それでも私たちは豊かさを選べる

      今日は息子の生活発表会のビデオ上映会でした。息子が通う保育園では、コロナの影響で秋の運動会も遠足も中止になり、生活発表会も、直前まで実施予定だったけれども結局は中止になりました。発表会を録画したものを、ビデオ上映で、密にならないように時間をずらして保護者が見るという形になり、今日見てきました。見て思ったのが、もう、子どもたちみんなが、可愛すぎて可愛いすぎてみんなキラキラの宝物みたいでした。録画を見ていて、先生たちが、いい感じに撮影できるように、工夫を凝らしているのがわかりました。こんな状況の中でも、何とかベストな形を作ろうとして下さった事が伝わってきました。発表会を直接見ることは出来なかったけれど、コロナ騒動を通さないと得られなかった経験、体験、私の感情というものも確かにありました。私が感じる感情も、体験も経験も、全てに良い悪いはなく、優劣もなく、ひとつひとつが大切なもの。私は、それをちゃんと受け取りたいと思いました。コロナが良いというわけではなく、辛いこともあるけど、これも貴重な経験だよね…みたいな無理矢理のエセポジティブでもなく。ただ、ありのままを。この、コロナという事象を通して、私が体験した感情が確かにある。私は、それも豊かさだと思います。

  • 07Dec
    • 言語化する喜び

      昨日書いた記事と矛盾すると思えなくもないのですが、私にとって、自分の中に湧き上がる感覚を言語化することは魂の喜びです。以前書いた記事、シンクロの話とチャネリングの土台の話にも書いた通りです。自分の感覚を正確に言語化出来ると、ものすごく魂が喜ぶんです。(中略)絵を描く人は自分の感覚を忠実に絵として再現出来た時に魂が震えるだろうし、歌を歌う人も自分の感覚を歌に宿らせることが出来た時に魂が震えるのだろうと思います。みんな自分のハートの感覚を表現したいのだと思うのです本当にこれ↑なんですよね。それで、やっぱり思うのは、こういう言語化を含む「表現」は、自分だけの世界で終わらせるのではなく、誰かに見てもらうといいと思うのです。私は日々統合していますが、何か大きな気付きがあったり大きく統合した時は、その体験をブログに書きたくて書きたくて仕方がなくなります。母のこととか、何か自分の中で大きな統合が起きると、深いところから「表現したい」という気持ちが沸々と湧いてくるんです。一時期は、家族のこととかブログに書きたくて仕方ないなんて、私って自己顕示欲多め?なんて思ってた時期もありました。だけど、この表現したいというのは自己顕示欲じゃなくて、私の魂の欲求です。そして、インターネットという不特定多数に見られる場所で自分に一致した表現をするというのが、大きく統合が進むのだと感じています。多くの人に自分に一致した表現を見てもらうと、すごい色々なものが解放されます。私の場合、顔出しして初めてYouTubeに動画をアップした時は、色々と大きな解放が自分の中に起きた事がわかりました。多くの人に見られるという許可を自分に出したという事に対して、自分が自分に感謝します。魂がエゴに感謝します。「多くの人に見てもらうこと」が重要なのではなく、「多くの人に見られるという事を自分が自分に許可すること」が重要なのです。だから、どんどん自分の感じている事を表現しましょう。愚痴とか悪口みたいな荒っぽいエゴの部分じゃなくて、もっと奥の方、魂から湧き上がる感覚を表現する。文章でも動画でも、歌でも踊りでも絵でも、方法は何でもいいので、好きな方法で。私は今のところ、文章と動画ですが、違う表現もしてみたいな〜なんて考えています

  • 06Dec
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      これからは嘘がつけなくなる時代〜真の調和へと向かう

      先日、半年以上ぶりにグリーンローズガーデンへ行ってきました。かなりスッキリしたし、私の今後の課題が浮かび上がってきました。詳しいことは後日ブログにアップするとして…店長のなおこさんとは、いつも途中からテレパシーを挟みながらの会話になります。笑先日もそうだったのですが、なおこさんが感じたものをうまく言語化出来ない時、ちょっと沈黙したあとに、「伝わりました?」って聞いてきて、私はいつも「はい、伝わりました。笑」って答えるのです。本当に伝わってくるんです。むしろ言葉を挟むよりも、エネルギーで受け取ったほうが、感覚に忠実な理解をする事ができます。言葉って、人それぞれ、1つの言葉にどんな観念を結びつけているかが違うので、場合によってはズレた理解をしてしまうこともあります。愛してるって言葉にポジティブな意味づけをしている人と、愛してるなんて言葉はどこか嘘くさいという人とでは、愛してるの言葉から、どんな感覚を自分の中に産み出すかは違ってきます。だから言葉って難しい。だけどテレパシーでのやり取りならそんな心配なしみんな、こういうテレパシーみたいなの、これからどんどん出来るようになっていくと思うのです。テレパシーなんて言うと難しく感じられるけど、簡単にいうと、「なんかわかっちゃう」というやつです。だから、顔で笑って腹の中では相手を否定してたりすると、透けて見えちゃうのです。いくら言葉を飾ろうが、にこやかな表情を作ろうが、波動は誤魔化せないので伝わってしまう。よく聞く、これからは嘘がつけない時代になるって、そういう意味が1つ。あとのもう1つは、自分に嘘がつけないという意味。自分に嘘をついて、本当は嫌なのに周りに合わせたり、世間一般の常識に自分自身を縛るつけるというのが出来なくなる。自分の我慢の上に成り立っている調和は、本当の調和じゃないので、これからますます苦しくなります。もう我慢しなくていいのです。何かに合わせなくてもいいし、何者かになろうとしなくていい、変わろうとしなくていい。ただ、ありのままの自分を受け入れて認めて、これが私なんだからと心から思えた時に初めて、変われるし、在りたい自分に近づいていくし、本当に自分の中に調和が生まれます。自分の内側が調和して初めて、外側も本当の調和へと向かいます。

  • 03Dec
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      「あなたの中にあるから目の前に現れる」

      あなたの中にあるから目の前に現れるあなたの中にあるものは私の中にもある現実はあなた自身が創り出しているこういう法則を知っている方は多いと思います。こういったものの表面上の言葉だけを浅く捉えて、間違って使っている人は少なくありません。浅い理解だけで、この法則を持ち出して、他者をジャッジしたり、コントロールしようとしたり、挙げ句の果てには、「私が創り出したから、私が悪いんだ」と自分責めします。この法則は、自分を深く知っていくためのツールです。自分の潜在意識の中に、どんな観念概念があるか、人間は自分の中の見たくないものを上手に隠すので、それを見つけるためのただのツールです。他人や自分を責めたり、コントロールするためのものではありません。起こることは全て完璧であるという、完全なる中庸な源の視点から離れれば離れるほど、目の前の現実に意味付けし、心が揺さぶられます。自分を中庸に整えるために、自分の中にある手放すべきものを見つけていくために、淡々と使っていくもの。本当は凄くシンプルなのです。もう本当に、自分責めを一切やめるところから、あらためてスタートです。自分を責めるから、他人のことも責めます。他人に物申したいのは、自分の中で自分に文句ばかり言っているから。他人を責めるのをやめたい時は、まずは自分で自分を責めるのをやめる。他人を愛したいなら、まずは自分で自分を認める、愛する。全ては自分の中からはじまります。

  • 02Dec
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      魂レベルで好きだという感覚

      前回の記事で、ソウルメイトとかツインフレームとか書いたので、そういう事についてもうちょっと書きたいと思います。ソウルメイトとは、「私に大きく統合を起こさせる人全て」というのが私の解釈です。だから私が周波数を手放す事で、その人から学ぶことがなくなる事により、私の目の前から消えるという事も起こります。離れる事もあるというのがソウルメイト。私にとってのツインフレームとは「魂レベルで好きな人」という感覚。魂レベルで好きな人に対して、その人が何かをしたから好きとか嫌いとか、何を言っているから好きとか嫌いというのはなく、その人がどう在ろうが好きなのです。相手が何をやろうが、何を言おうが、どう在ろうが関係なく、変わらず好きであるという感覚。これが私にとって、魂レベルでの好きということです。私のエゴ(自我)は、自分の中の物差しやジャッジ、好き嫌いを使って、相手を嫌いだとか腹立つとか、わーわー騒いだりしますが、エゴ(自我)の持っている嫌いという感情が、魂レベルの好きという感覚に勝つことは絶対にありません。ここに逆らうと苦しくなります。いくら頭で相手が嫌いだとか間違ってるとか言ったって、絶対に勝てないから、嫌いになれないからこそ、自分に向き合わざるを得ない、一般的に言われてる解釈とは違うかもしれませんが、ツインフレームとは、そんな人というのが私の解釈です。目の前の現象は全て学びではありますが、ツインフレームは究極の学びの相手ですね。その人との関係を深めるにあたって、嬉しいことも悲しいこともあり、否定されたり傷ついたり、損したと思ったり、関わったこと自体を後悔することになったとしても、それでも、相手との間に感じた感情、経験の全てを、喜びも悲しみも怒りも失望も、全てを大切にしたいという気持ち。この肉体を離れて魂だけの存在になったときに、相手との全てを大切な宝物として持ち続けたい、そう思える相手が、魂レベルで好きな人と感じています。ここ最近、自分の感覚が物凄いスピードで変わってきていて、1ヶ月前の自分とは全然違う人みたいな感じです。半年前なんて別パラレルのように感じたりします。だから今日書いた記事も、半年経って読み返したら、全然違うってなっているのかもしれません今日の記事は、2020年12月2日の私が感じている魂レベルで好きということについての記録として、書いておきたいと思います。

  • 30Nov
    • 風の時代に向けて

      今日は満月ですねあまり月の満ち欠けに左右されないでいるつもりだけど、この1年を振り返ると、大きな天体の動きと連動して、私の周りに、人との出会いや関係性が大きく変わるということが起こっていました。出来事や人とのことに名前をつけて意味を持たせる事は、私はあまり好きじゃないけれども、いわゆるソウルメイトやツインフレームと呼ばれる人たちとの出会いや関係性の深まりがありました。これは私だけじゃなく、みんなそうです。ここ数年の人間関係の変化は、本当に強いご縁のある人たちと関わっていくという流れそのもの。みんなで何かを共同創造していく、創り上げていく。その流れを深いところで知っていて、見えてもいるけれども、具体的に何をしていくかは今はまだわからない。ひとりひとり本質の自分へと戻っていく中でそうなっていくのは自然なことですね。委ねるだけ。これから来る、2020年12月22日から始まる風の時代が楽しみですね期間限定で行っておりましたアクセスバーズのワンコインセッションの募集を終了しました。セッションをお受け下さった方々、ありがとうございました。遠方から片道3時間、4時間かけて来て下さった方も、札幌市内の方では2回3回と受けて下さった方もいらっしゃって、本当に感謝致します。皆さま、お菓子やお野菜などのご当地のお土産や、500円だけじゃなんなので…と果物やスープ、ビールなどをくださって全くの初対面の方も、zoomで既に顔を合わせてはいたけれど直接お会いするのは初めての方もいて、施術が終わった後の雑談も楽しかったです。セッションとかカウンセリングではなく、ただの雑談がとても面白くて。雑談と言っても、アロマの話とか、重金属のデトックスの話とか、グリーンローズガーデンの話とか、インナーチャイルドの事とかのスピリチュアル話ですが。辛酸なめ子さんが最高に面白いとかセッションとかではなくて、普通にまったりスピリチュアル話する感じのこともやってみたいと思いましたよ。アクセスバーズは料金を決めて、改めてブログ上でご案内させて頂きますね。

  • 26Nov
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      緩和ケア病棟へ〜全て愛である

      ガンで自宅療養していた母は、ちょうど1か月くらい前、病院で処方された飲み薬だけでは痛みのコントロールが出来なくなり、一般病棟へ緊急入院しました。しばらくは落ち着いていたのですが、ここ最近、更に痛みが強くなり、食事も出来なくなってきていました。そして今日、緩和ケア病棟へと移動しました。母が入院している緩和ケア病棟は、がんの終末期の患者さんに対して、余命を伸ばす積極的な治療は行わず、精神的肉体的な苦痛に対しケアをしてくれるところです。一般病棟では、コロナの影響で家族であっても面会禁止でしたが、緩和ケア病棟では自由に面会出来るとの事で、その事も母が緩和ケア病棟へ移ることの決め手の一つになったようでした。久しぶりに会った母は、痩せてはいましたが顔色も良く、ベットに寝ながらでしたが、色々と話をすることができました。週末には息子も連れてくるねって言ったら、母はとても喜んでいました。母は、孫である私の息子が大好きです。本当に、目に入れても痛くないというくらい可愛がっていて、息子もおばあちゃんが大好きで、会いたがっていました。その会話を聞いていた看護師さんが言いにくそうに、「コロナの影響で、10歳以下のお子さんは面会禁止なんです…」と言い、それを聞いた瞬間、母は、「けいちゃんにもう会えないの…」と言いながら、涙を流しました。それを見た瞬間、私の中にも込み上げてくるものがあり…私は自分の感情が動くと同時に、自動的に統合が起きます。自分の意思とは関係なく統合が始まってしまいます。この感情を、愛に還す、喜びに還す、感謝に還す…とやっていたのですが、いつもと違って統合が起きていないことがすぐに分かりました。目の前の現象に対して、私の中で、視点の切り替わりが起こっていなかったからです。ハートに何か、引っかかりがあるのです。そこに意識を向けると、私のハートが、「この感情を手放したくない。感じていたい」と伝えてくるのです。そうか、私はこの悲しいという感情を味わっている、体験しているんだとわかりました。私は、これを全部やめていくんだと思いました。全部。「これは別」はない。他の感情を感じきるのはやめていくけれど、お母さんについての感情は別というのはない、全部、一旦全部やめていくんだって思いました。そしてまた統合をしたのですが、やっぱり統合は起こらなくて、そのうち、私は一体何をやっているんだろうと虚しくなりました。人としてどうなのって、この感情を手放したらロボットみたくなるよって。本当はロボットになんかならないと知っているのに。ロボットになるどころか、感情を感じきるところから抜けた先には、驚くほどの深い喜びが広がっているということを、自分でも体験しているというのに。それを知っているのに、何か虚しいのです。その時、内山エナさんの言葉が私の脳内で再生されました。「絶対に統合のその先を見失わないで。私は愛で在るんだという行き先を見失わないで。そうしないと虚しくなる。」ああそうか!と思いました。エナさんの言っていた言葉が腑に落ちた瞬間でした。私は在りたい自分に向かうために、この感情を手放すんだと、しっかり決めた瞬間、グルンと意識がひっくり返って、統合が起きました。泣いている母を見て、お母さんはその感情を感じたい、体験したいんだねって、思いました。それも大切なお母さんの体験の1つだよねって。相変わらず私の中にも悲しみはあるけれど、統合前の悲しみが剥き出しの悲しみで、触れると痛いのに対して、統合後に感じる悲しみは、ふわふわの毛布の中に悲しみが包まれているから触れても痛くないのです。悲しみはそこにあるけれど、愛という毛布越しだから痛くないのです。そうか、「全てが愛である」ってこの事なんだ!と、新しい気づきが私の中に生まれました。「全てが愛である」っていうのは、「愛だけがある。愛以外のものはない」という意味ではなく、愛という毛布の中に、喜びも苦しみも痛みも怒りも、全部あって、だけど、全部愛に包まれていくから大丈夫で、結局は全部1つなんだ!全部愛であるってそういう意味なんだ!私は初めて「全て愛である」という言葉の意味を、知識だけではなく本当の意味で理解しました。

  • 25Nov
    • 元伊勢内宮 皇大神社へ②の画像

      元伊勢内宮 皇大神社へ②

      元伊勢内宮 皇大神社へ①の続きです。御本殿を参拝している時、榊の葉っぱがはっきり見えたのです。私はどちらかというと霊感、霊知タイプで、霊視はきかないのですが、この時は感覚とともにビジョンで榊の葉っぱが確かに見えたのです。榊って、一般的に、こんな感じじゃないですか?私がみたのは、こういう一般的な榊の感じじゃなくて、葉っぱが1枚だけバン!って目の前に現れたのです。それが次の瞬間には葉っぱがバーンと大きくなり、また次の瞬間には、さらに葉っぱがバーンと大きくなるという見え方だったのです。1、2、3、と3段階に分かれて葉っぱがズームアップしていくという感じです。伝わりますでしょうか…?こんな見え方もあるんだなと驚きました。私みたいに目がきかないタイプでも、皇大神社では何か見えるかもしれません。見え方はともかく、天照皇大神が穢れを祓ってくださったんだなと、とても嬉しく思いました。その後、日室ヶ岳遙拝所へ。正面に見える山は、禁足の聖地と言われる日室岳です。もの凄い神々しさでした。ここは「一願さん」と呼ばれ、願いを1つだけ叶えてくれるそうです。頭を空っぽにして、口から出てきた事をお願いしようと決めて遙拝所の前に立ったとき、私の中から出てきた言葉は、「覚醒を望む全ての魂のサポートをお願いします」でした。その後は天岩戸神社へ。かなり急な斜面を、鎖につかまりながら登って参拝してきました。これで1日目は終了です。ここからは神社とか関係ない話なのですが…宿泊先のホテルに戻ってから、晩御飯を食べようとあたりを彷徨っていたのですが、息子が「チャーハンがいい!絶対チャーハン!」って言うので、チャーハン食べられるお店を探していたんです。だけど、ラーメン屋さんでもチャーハン置いてない所もあるし、確実にチャーハンあるっていったら中華料理屋かなと思って、探したけど見つからなくて、どんどんディープな雰囲気の場所に入り込んでしまったのです。やっと見つけたと思っても満席で座れなかったりで、そのうち息子がお腹空いたって騒ぎ出して、私は焦りを統合しながらお店を探して、やっと入れるお店を見つけたのです。ですが、入ったら、何か雰囲気が変だったんです。お客さん全員中国人で、お店の人もみんな中国人で、メニューも日本語どころか英語表記もないのです。何か、虫っぽいものが入ってる料理の写真とかメニューに載っていて、日本人お馴染みの麻婆豆腐とかないんですよ。それでもチャーハンはあったので、頼みました。私の息子は、保育園で3年に一度の偏食って言われるくらい、ほんとーーに食べられるものが少ないんです。何か変わった具材が入ってたら息子は食べないだろうなぁと思いつつ、チャーハンが運ばれてきました。そしたらなんと、息子の嫌いな、きゅうりが入ってるチャーハンにキュウリって、ありえなくない?と思ったんですが、息子はパクパク食べ始め、「おいしい!おいしい!もっともっと食べたい!」って言ったんです。偏食持ちのお子さんお持ちの親御さんは分かると思うのですが、もっと食べたいって言われると、凄く嬉しいですよね。で、私もキュウリ嫌いなんですが、ちょっと食べてみたら、もうめちゃくちゃ美味しいんですよキュウリが、全然青臭くなくて、さっぱりしてて、歯応えも良くて、めっちゃいいアクセントになっているんです。中国人凄くない?って、天才なんじゃないかって感動したんです。今まで食べたどのチャーハンよりも美味しかったです。私が頼んだ青椒肉絲も凄く美味しかったです。何だか最後は食レポみたいになってしまいましたが、これで1日目はおしまいです。

  • 24Nov
    • 元伊勢内宮 皇大神社へ①の画像

      元伊勢内宮 皇大神社へ①

      連休中、ずっと行きたかった皇大神社へ行って来ました。昨年の京都旅行で、どうしても行きたかった鞍馬山と皇大神社ですが、スケジュールの関係で両方行く事が出来なかったのです。去年の鞍馬山レポ鞍馬山 その1鞍馬山 その2道外へ出るのは去年の12月以来。大阪も京都も上着が必要ないくらい暑くてビックリしました真っ直ぐな長ネギのように美しい京都タワーを眺め、電車に乗って、福知山市へ。福知山駅。ここからは、京都丹後鉄道のワンマン電車に乗り、大江山口内宮駅へ向かいました。30分ほどで皇大神社へ到着。麻呂子杉さんのそばで光の呼吸をしていると、メッセージがおりてきました。思い出しなさい思い出しなさい生まれる前に決めてきたこと全てを愛から発する愛の泉に繋がるだけ愛から生まれでる言葉は何ですか愛から生まれでる叡智は何ですか※麻呂子杉さんもうちょっとメッセージ頂いたのですが、ちょっと書きづらい内容なので内緒鳥居は、皮のついた杉で作る、とても古い様式なものだそうです。全国的にも珍しく、黒木の鳥居というそうです。長くなったので続きは②で

  • 14Nov
    • 子どもは豊か&講座開催のお知らせ

      先週は雪がうっすら積もり、息子は「雪だ!雪だ!」と保育園の行きも帰りも大喜びでした。朝、外に出ると、雪を手で触ったり匂いを嗅いだり、真っ直ぐなんて歩いてくれません。道じゃないところにどんどん入っていき、誰の足跡もついていない雪を足で踏みしめて、大喜びです。「保育園遅刻するよー!」と声をかけるのですが、私にとっては当たり前過ぎる雪というものが、息子にとってはこんなにも嬉しいものなんだなーと、とても微笑ましく感じました。まだ地球に生まれて4年しかたっていないもんね、嬉しいんだね、と思いながら息子を見ていると、私まで嬉しくなるのです。ふと、ちょうど一年前に、雪に興奮して遊んでばかりで歩かない息子に対し、とてもイライラしていた自分を思い出しました。息子のやっている事はほとんど変わっていないのに、私の感じ方が、一年前とはまるで違うのです。「ママ、今日の雪はザクザクで、昨日の雪はキュッキュッだよ」と、息子が私に言いました。その日は、前日の昼間に溶けた雪が、夜の間に固まっているという状態だったのです。そういう時の雪は、踏むとザクザクと音がします。キュッキュッと音がするのは、フワフワの雪を踏みしめた時。雪といっても、その日その日で状態が違うので、踏むと日によって全然違う音がするのです。そのことを息子は私に伝えていました。私は、その言葉を聞いて、息子は何て豊かなんだろう!と感動しました。私は、雪の状態によって、踏むと全然違う音がする事は知識としては知ってはいるけれど、いちいちそこに意識を向けることはなく、全部一緒くたに「雪」。だけど息子の言う通り、雪っていっても瞬間瞬間違うね、と思いました。違いは豊かさ、それを自然に感じ取ることが出来る息子は本当に素晴らしいし、豊かだなと思いました。そしてそんな豊かさを息子の中に感じられるのは、私の中にも同じ豊かさがあるから。だって自分の中にないものは感じられないから。気づかせてくれてありがとう!って思いました。息子を通して、自分の中にある豊かさを認識しました。こうやってみると人間の感覚というのは、ただの周波数であるということが、より一層腑に落ちます。こんなにも豊かな息子の感性を、イライラという周波数をもって、一年前の私は、その角度からしか息子を見ることができなかったのです。息子は神なのかな?くらいまで思ったのでした(笑)遊んでる息子を見て、登園時間に間に合わないかも!っていう周波数が出てくるんですが、それを統合すると、今ここの息子の素晴らしさにグーっとフォーカスされ、間に合っても間に合わなくてもどっちでもいいやって感じになるのです。どっちでもいいけれど、どちらかというと間に合ったほうがいいなというのはあるので、「早く行こう〜!」とかの言葉は一応出るのですが、私はどっちでもいいと思ってるのです。遅刻してもいいやみたいな。だけど不思議なんですが、なぜか遅刻せず登園時間に間に合うのです。時空が歪んだとしか思えない感じなんですが、なぜか間にあうのです。面白いですね。本当に、統合というツールは素晴らしいと改めて感じます。たった1年で、こんなにも意識の変容が起こる。先日、お客様から、「統合を教える講座をやってください」と言われました。実は、その数日前から、統合についての講座をやりたいと考えていたところでした。だから、「お客様が言った」というより、「お客様に言って頂いた」という感覚です。背中を押して頂きました。統合という、この素晴らしいツールを、私から見た統合というものを伝えていきたいと思いました。なので、統合を通して自分の本質に出会う講座というのを始めていきたいと思います。一歩踏み出せずにいたのは、私の無価値感。統合を教える資格を得られる並木さんの講座も受けていないし、意識の反転も起こしていないし、そんな私がお金を取って統合を教えるのはどうなのかって思っていたのです。だけど大切なのは、資格や知識ではない。統合に限らず、他人の心の深いところに届くのは、知識や資格などの表面上のものではないと思うのです。知識をいかに肚落ちさせ、自分の経験として落とし込んでいるか?だと思うのです。知識を肚落ちさせて、その人の経験とした、血肉にした事だけが、人の心の深いところに届いていくと思います。であれば、統合に出会ってから、統合というツールを使って真摯に自分と向き合って意識の変容を遂げてきた自分に、私はokを出したいと思いました。なので、年内に「統合を通して自分の本質に出会う講座」について、お知らせしたいと思います。明日は新月ですね。私は今、ニセコに一泊旅行中ですこのニセコの素晴らしいパワーと新月を使って、明日、このブログを読んでくださっている皆さまにヒーリングを行いたいと思います。いつもお読みいただき、ありがとうございます

  • 10Nov
    • 音よみのイクコさんの画像

      音よみのイクコさん

      先日、音読みのイクコさんという方にセッションをして頂きましたスピ仲間うちで話題になっていたイクコさん。一切の宣伝をせず、口コミだけでセッションを行っているにもかかわらず予約でいっぱいで、一度受けてみたいな〜と思いつつ、新規受付はしていないという事で諦めていました。お客さんの8割は道外の方で、飛行機に乗ってわざわざ北海道まで来るそうです。それが、ある所からご縁が繋がり、3ヶ月待ちましたが、セッションを受けることにイクコさんのセッションでは、名前と生年月日、それから掌から脊髄の音を拾って、情報を伝えてくださります。脊髄の中には、ご先祖から受け継いだものや、その人が生まれ持った、得意とする事は何なのか?などの情報が入っているそうです。その音を拾い、自動書記みたいな感じで古代の日本の文字として書き、それを翻訳して下さいます。こんな文字です。横に翻訳がのっています。私は、占いは占星術と数秘、あとはタロットやオラクルなどのカード系が好きですが、他の占いはあまり好きじゃなくて、特に統計学っぽい占いは好きじゃないです。○年から○年は運気が低いから動かない方がいいとか言われると、逆に動いてやりたくなっちゃうのです音読みは全く新しいジャンルなので楽しみにしていました。軽くレポしたいと思うので、よろしければお付き合いください生まれ持った性質という事で、生涯変わらない性質というところについて、教えてくださいました。まず言われた事は、「手に力あり」力っていうのは握力とかではなく、エネルギー的なものとのこと。それを聞いた時、やっぱり。と思いました(笑)春くらいから掌からエネルギーが溢れて止まらなくて、遠隔ではなく直接触れてヒーリングしたい!人の体に触りたい!という思いが溢れ、今の自宅サロンへと繋がったのですが、コロナでテレワークとかソーシャルディスタンスとか言ってる最中に、時代と逆行するような、人と触れたいという私の感覚。生まれ持った手の力を使いたかったんだね、と腑に落ちたし、自分の感覚に対する信頼が更に強くなりました。次に、「トコトンの力」とことん追求し、やり遂げる力がある。ただし、好きな事にしか使えない。これ、みんなそうじゃない?と思いましたが、私は極端過ぎるそう。そう言われてみれば、学生時代を振り返ってみると、好きな数学なんかは満点を取れるのに、日本史や音楽では0点取りました0点取るって逆に凄い気がしますね。どうでもいい事に時間とエネルギーを使わないという自覚はありましたが、「使わない」というより「使えない」のね。と、これも納得でした次。不思議な耳を持つ。これは意外でした。私は、自分でチャクラクレンジングをしていると、ステラゲートウェイチャクラ→クラウンチャクラ→サードアイチャクラ→と上から下に降りていくとき、とにかく耳のチャクラをクレンジングしたくて仕方がないのです。耳が(エネルギー的に)詰まってるという感覚が凄いのです。普通はサードアイの次は、喉のチャクラに行く方がほとんどだと思うのですが、私は耳のチャクラが気になって、毎回クレンジングします。相変わらず詰まってる感じがしますが、この詰まりを綺麗に出来たら霊聴も使えるようになるかな?なんて考えが浮かびました。次。「群れない。」これは首がもげる程同意です。集団が苦手で、なんでかっていうと集団になるとルールがつきものだからです。ルールが出来始めると、すぐ集団から逃走して、違う所に行きます(笑)自由が好き。必要があれば集まって、必要がなくなったら解散。だけど解散しても繋がっている…みたいな感じが好きです。「人と同じは好まない」これも首がもげる程同意少し前まで、私は真似されるのを凄く嫌っていました。嫌悪感を統合しますが、やっぱり嫌いではないけど好きじゃないです。あと、自分にラベルを貼られるのが苦手です。私は自分のことを、スターシードでインディゴチルドレンでライトワーカーでヒーラーでチャネラーだと思っているのですが、自分のことをそのように言う事は、あまりないです。他の人が、私はスターシードです。とか言ってるのは全然気にならないのですが、自分が言うのはなんか嫌なのです。でも、「仕事何してるの?」って聞かれたら「ヒーラー」って言っています(笑)書いてて思いますが、私って結構面倒臭い奴ですなこの、ある部分での頑なさは、私の重さになっていますね。でも、この私らしさを、あまり手放したいとも思わない感じです。どうせほっといても外れるのがわかっているし、最近、私は私の事が妙に好きなのです(笑)重さがあっても、それもいいね。楽しんでね。って、私のハートが伝えてくるのです。自分の○の部分は好きで、×の部分は嫌い、ではなく、○も×もひっくるめて、全部が好きという感覚。飼い猫のブサイクな模様(眉毛みたいに見える模様とか)を見て、ブサイクだなあと思いつつ、でもそれも含めて可愛くて仕方ないという感覚に近いかもしれません。人はみんな、上手くいってる自分とか、優れた自分とかは好きになれるけど、失敗した自分や駄目な自分は好きになれなかったりします。私もずーっとそうでした。だけど、今は私は自分の×の部分も好きです。なかなか味があっていいじゃんと思ったりします。「どんな自分も愛する」スピで言われる鉄板フレーズを自分の在り方にするまで、ここまで長かったけれど、ついに来たんだな〜と嬉しく思います。上手くいくいかない、認められる認められない、そういった事に価値を置くのではなく、「わたしがわたしらしくあること」にこそ価値がある。「わたしという意識体の意識を、どこまでも拡大していくこと」にこそ価値がある。今はそう思います。軽くレポって言いながら、長ーい自分語りになってしまいました(笑)イクコさんのセッション、記事に書いた他にも、こんな所を伸ばすといいよなど、教えて頂き大満足でした今日もお読みいただきありがとうございました募集中のメニュー一覧

  • 09Nov
    • エセポジティブとはの画像

      エセポジティブとは

      ついに札幌は平野部にも雪がうっすら積もりました。4歳の息子は大喜びです今日は午前中、近所のコメダ珈琲で読書とノートワークをして過ごしました。私は寒いのが苦手なので、冬は好きじゃないのですが、外が寒い中、暖かいカフェや喫茶店で自分と向き合う時間がとても好きです。冬ならではの幸せな時間ですいつもモーニングのBとコールスローサラダ、たっぷりコーヒーを頼みます今日はエセポジティブについて記事を書いていきたいと思います。モヤ、ザワの感覚が上がってきているのに、それを統合せずに(向き合わずに)、「まあいいや」と流して、表面上だけ平和でいること。「愛と調和」の観念で自分を縛り、本当に自分が感じている事に蓋をして、表面上だけ調和している風を装うこと(自分の中は調和していない)。一旦自分の中のネガティブな感情を認めないと、統合は起こりません。ネガティブなものは見たくないものなので、私たちはすぐに蓋をしてしまいがちですが、「感情を感じる事」と「感情を捉えること」は違います。捉えない事には外せないので、感じなくても(浸らなくても)いいですが、捉えることは必要です。感じる事からも捉える事からも逃げれば、ネガティブな周波数はずっと自分の中に居続ける事になります。よく聞く「ネガティブにフォーカスしない。ポジティブだけ見る」も、エセポジティブと紙一重です。無視されたネガティブな周波数は、潜在意識の中で育ちますから、向き合わない限り、同じ所をグルグルグルグルまわり、似たような問題を作り続けます。エセポジティブが悪いと言っている訳ではなくて、エセポジティブやってると、自分が苦しくなるのです。なぜこう言えるかと言うと、私自身、散々エセポジティブやってきたからで、だからこそエセポジティブをやっている人とは、ちょっと話すとわかったりします。話してる言葉と内側から出ている波動が違い、それは相手に違和感として伝わるのです。感情を認め、統合(クリアリング)した上でのポジティブ思考は急激に波動を上げますが、そこを抜かしたままのポジティブ思考はエセポジティブと言え、同じところをグルグルグルグルまわり、そのうち自分と向き合うことに疲れてくるという事が起こってきます。よく聞く統合疲れというのも、このエセポジティブの罠にかかっている場合もあるのかもしれません。募集中のメニュー一覧

  • 05Nov
    • 全ての事はあなたの価値とは関係がない

      今日はYouTube撮りました。LINE既読無視とか、メッセージの返信が遅いと気になって仕方がないというお話を聞いて、それに対しての私の考えを話しました。知り合い程度の方の既読無視は気にならないけれど、超イケメンの素敵な彼から既読無視されると気になっちゃうとか、相手によっても変わってくるかもしれませんねどちらにせよ、他の人に無視されようが否定されようが、それによって自分の価値は1mmも変わらないという事です。こういう事はスピリチュアルの世界でよく言われる事ですが、頭だけの理解だけではなく自分の在り方として本当に落とし込んでいるか?が、こういった事が起こった時の自分の感情の揺れを見ることでわかります。感情が揺れるということは、自分の価値が外側の出来事によって左右されるという在り方を自分が選んでいるという事の、何よりの証拠になります。外側の出来事と自分の感情というのは、切り離せます。何かがうまくいかないとしても、それはそういう事実があっただけで、自分の価値と結びつけなくていいのです。うまくいかなかった。だから私は駄目なんだ。ではなく、うまくいかなかった。以上。じゃあ、これから私はどうしようかな?です。感情が切り離せないように感じるのはただの思い込みで、本当は取っ手が取れるティファールのように取り外して手放しが可能です。だから感情は、ある意味いい加減なものとも言えるんですよ。だけどその一方で、思考は巧みに嘘をついて私たちを騙しますが、感情は嘘をつきません。感情は、私たちが潜在意識下でどんな思い込み、セルフイメージ、観念概念を持っているかを知る重要な手掛かりとなります。だからこそ、感情は、感じ切るよりも自分を知る道具として使うのです。たとえ「この役立たずが!」って言われたとしても、別に傷付く必要なんてないんです。傷付くって事は、役立たず=価値がないって、自分が思ってるから傷つきます。あら、私ったら役立たず=価値がないって思ってるのね!という自分の観念に気付いて、そんなものいらないから手放そうと決める事で手放すことができます。

  • 30Oct
    • 人を嫌いになる仕組みの画像

      人を嫌いになる仕組み

      以前記事に書いたのですが、誰かのことを嫌いになる仕組みについて…嫌いを嫌いのままで終わらせない『嫌いを嫌いのままで終わらせない』こんにちは自分の内面を見つめ始めると、起こってくる事って何だと思いますか?特に、自分のことが好きじゃなくて現状も不満だらけでやりたいことがわからないこんな人…ameblo.jp1年以上前に書いた記事ですが、今もその通りだと思います。自分の内側から目を背けたまま、嫌いを嫌いのままにしていたら、せっかくの成長を逃してしまい勿体ないよ、という事を書きました。意識の矢印を相手ではなく自分に向けましょうという事ですね。今日は1年前には書かなかった、人を嫌いになる仕組みの別パターンって事で、書いていきたいと思います。それは、否定されるくらいなら、嫌われるくらいなら、私の方が先にあなたを嫌いますというパターンです。「あの人のことが嫌い」の下にあるものは、人に嫌われることへの恐怖です。もっと言うと、人に嫌われることによって自分に対して無価値感を感じることへの恐怖です。人にとって最も感じたくない感情の1つに、自分に対する無価値感があります。魂の究極の願いは、「どんな自分も愛したい」。自分に対する無価値感は、それと最も相反するものです。だから無価値感を感じたくないが故に、相手を嫌って自分に対する無価値感から目を背けます。本当にエゴというものは、すり替えがうまいですねこういう場合、「○○さんのことが嫌い!」などのように相手に対してああだこうだしている場合ではなくて、やるべき事は意識の矢印を相手から自分に向けることです。自分の無価値感のケア、無価値感の手放しです。統合ワークでも、ホオポノポノでも、ブロック解除でも、ノートワークでも、自分に合った方法での手放しです。ちなみにクンダリーニレイキを使える方は、こういう場合は「状況と性質のヒーリング&カルミックバンドの浄化」が効果的です。