夏至以降、本当に色々あり、一つは前に書いた母のこと。
そしてもう一つ、ちょっとブログには書けないんですけど、私にとって幸せを感じる出来事がありました。
その事についてドキドキしたり嬉しかったり、その反面悲しかったり不安になったり、まあ揺れる揺れる
ズボッと現実というスクリーンに突っ込んでる自分に、すぐ気付いて、現実から引いてみようとするんですが、嬉しい時は中々出来なかったのです。
「ああ、まだこんなに一喜一憂している自分がいる」
「まだ私は人間ドラマをやりたいんだな、未練があるんだな」
そんな事に気づき、そしたら今度は、こんな一喜一憂して覚醒できるの?という焦りが出てきました。
そしてその焦りを感じていると、「もう目醒めなくていいんじゃない?」「人生一喜一憂して楽しんだ方がいいよ」という気持ちが出てきました。
もうどうしたらいいの?となったので、そのモヤモヤを全部統合したら、バーンと外れて、
「この大きな揺れを手放すから更に上に上がっていけるんじゃないか」
という視点が自分の中に芽生え、その視点に立って今の自分を見た時に、胸いっぱいに広がる感覚があり、その感覚を言語化すると、「嬉しい」
鍵穴に鍵がカチッと合うような感覚で、「これが私に完全に一致した感覚だ!」とわかりました。
自分に一致した感覚を感じることは、私にとって、とても大きな喜びです。
全ての現実を統合するために使う
何回も繰り返し聞いた耳タコの言葉ですが、私はこの言葉を、更に深く肚落ちさせました。
揺れる感情が大きければ大きいほど、それをスクリーンとして見るには覚悟が必要。
いわゆる、「目を醒ますと決める」っていうことですね。
現実を自分の中の周波数を捉えるためだけに使ったら、すぐに自分と現実スクリーンを繋ぐコードをブチッと切断し、自分の中だけに全意識を集中して見ていく。
「自分の中だけを見る」という覚悟のようなものが出来ました。
覚悟って言うと重い感じの言葉だけど、覚悟が決まって、よりスッキリした感じがあります。
今日ブログに書いた通り、まだブレる事も多い私にセッションのお申し込みをして頂ける事に対し感謝です
お急ぎの方はご対応させて頂いておりますのでメッセージくださいね。
今私は、新しいヒーリングも学んでいます
準備が整い次第、お知らせさせて頂きますね