トゥルムと関係ないですが

メキシコには関係あるので、ちょっと備忘録として

書かせていただきます。

 

1610年代に、

すでにメキシコに来ていた日本人がいるって、

知ってましたか???

 

もしかしたら、遠藤周作の「侍」を読んだことがある人は、

支倉常長をモデルにしたこの物語を

ご存知かもしれません・・・

 

実は、この支倉常長を筆頭にした

慶長遣欧使節団が乗った船(日本が造船したサン・フアン号)には、

日本人が160人ほどいたと言われていますが

全員が、日本に戻ってきたわけではないのです。

 

 
この船は、1613年に日本を出発し、
まずは、メキシコ(当時はスペイン領であり、ヌエバエスパーニャと言われていました)のアカプルコ港に到着しました。
その後、支倉信長をはじめとする一部の人だけが、
陸地を通って、大西洋に抜け
スペインの船に乗って、スペインに渡ったのです。
 
つまり一部の人はメキシコに残って、
支倉常長の帰りを待っていたわけですね。
 
その後、支倉常長が、スペインとローマの訪問を終えて戻ってきた時に
一緒に日本に戻った人たちもいますが、
そのまま残った人もいたというのです。
(すでに家族を作っていた人もいたとかいなかったとか・・・)

 

 

その証拠として、

グアダラハラに日本人がいた形跡があるのです。

 

このことを映画にしようとして

「侍inメキシコ」という台本を書いたのが、

吉田喜重という映画監督です。

 

彼は、1979年から1982年まで、メキシコに滞在し

メキシコに住んだ「サムライ」の映画を撮影しようとしたそうです。

 

台本も「侍inメキシコ」というタイトルで描かれていたようですし

なんと、撮影用の小道具や衣装なども

メキシコに運んでいたそうです。

 

しかし、結果的に資金繰りなどの問題で

頓挫してしまったんらしいんですね。

 

このあたりのことが書かれているのが

吉田喜重氏が書いた

「メヒコ 喜ばしき隠喩」という本です。

 

この本を読んで、メキシコに来た日本人について

とても興味を持ったので、

この本を注文してみました。

 

 

元々はスペイン語の論文でして、

こちらでタダで読めます。笑

http://www.publicaciones.cucsh.udg.mx/kiosko/2025/El%20japoneses%20que%20conquisto%20Guadalajara.pdf