延喜式神名帳 常陸国28社を巡る

延喜式神名帳 常陸国28社を巡る

延喜式神名帳 常陸国28社を巡ってみました。

2025(令和7)年5月3日土曜日に,5年に1度の御出社例大祭が実施される。
前回(2020(令和2)年)は,新型コロナウィルス感染症で中止となった為,前々回2015(平成27)年5月3日日曜日以来の10年振りの実施となる。

3日は、午前8時に拝殿前から宮出し,次の行程で進む予定である。
8時00分 宮出し
 水木町内(新町)
8時40分 水木十文字御旅所(御祈祷,ささら舞)
 水木町内(下宿)→水木町内(浜町)
10時00分 水木浜御旅所(御祈祷,ささら舞)
 水木町内(向町)→水木町内(裏屋敷)→水木町内(上栄)→水木町内(西台)→水木町内(東台)
11時40分 田楽鼻御旅所(御祈祷,ささら舞)
 (田楽鼻から大みか町のセブンイレブン前まで,お神輿は,車で移動。)
 大みか町(大みか駅前東口大通り)
14時00分 大みか町御旅所(御祈祷,ささら舞)
 (大みか町御旅所から泉神社ので,お神輿は,車で移動。)
15時30分 宮入り

 

最近,図書館で,『茨城の神社覚書Ⅱ』鎌田啓司著(平成5年11月10日発行)という本を見つけて読んでみた。

この本によると,村上,染谷にある両佐志能神社は,式内佐志能神社とは関係無いということである。

 

 

村上神社(石岡市村上 佐志能神社)式外優位社一覧(P.4)

『三代実録』仁和元年九月七日成子条 常陸国従五位下村上神従五位上

 

(P.24)村上神社は,石岡市染谷の佐志能神社が比定社である。

『新編常陸国誌』には,「村上神社 茨城郡村上村ニアリ,土人竜神と称ス,今新治郡ニ属シテ雄竜山ノ麓ニアリ,竜神社ト称ス」とある。雄竜山は,石岡市街西北の現称竜神山である。鎮座地の村名は,古くは村上村で,寛永三年(1627)村上,染谷の二村に分村され,同社鎮座地は染谷村地内となった。

分村により,染谷村と分かれて旧名を存した村上村では,新たに一社を創健した。その社が現在石岡市村上字男竜下鎮座の佐志能神社(祭神ヤマトタケル命,闇お神)でもと竜神社と称したが,明治十六年現社号にに改められた。

染谷および村上にある両佐志能神社は,神名帳新治郡佐志能神社の由緒ある社名を採ったものであろうが,古代の新治郡は元笠間市から下館市及び下妻市の一部に亘る地域であり,現新治郡域は文禄年間(1592~96)の太閤検知の際定められたものであるから,式内佐志能神社とは関係無い。

『茨城の神社覚書Ⅱ』鎌田啓司著(平成5年11月10日発行)

 

(P.25)佐志能神社(石岡市染谷字峠)豊城入彦命,タカオカミノ神(日本書紀神代巻の一書に,イザナギノ尊がその子,加具土命を斬った際に,生まれた神と記されている)古来から雨を司る神として信仰されている。

『新編常陸国誌』では,村上神社と記されている。

豊城入彦命を創祀とする説が近世行われたことにより,旧社名竜神社を佐志能と社名を改めた際,祭神として祀られたものではなかろうか。『茨城の神社覚書Ⅱ』鎌田啓司著(平成5年11月10日発行)

 

 

(作成日:2025年4月11日、最終更新日:20xx年xx月xx日)

 

2024年最強の開運神社(※) 泉神社[(日立市水木町)【(論社)天速玉姫命神社】]へ初詣。

 

※神社ソムリエ 佐々木悠太さんによる。

 

YouTube、テレビなどのメディアで取り上げられるようになってきたので、近隣に駐車場を設けられたりして、遠方からの訪れる人達も多くなっているようです。

 

常陸風土記に記載がある泉は、相変わらず、こんこんと湧き出しています。

 

最近追加された「泉龍木」。

 

(2024年1月4日 13:30頃の状況)

 

(2024年1月4日 13:30頃の状況)

 

 

【余りにも渋滞がひどいので、神社までのアクセス方法について記載】2024-01-07

(Google Earth)上に、ルートを記載しています。

大甕駅からのアクセス

 赤色:BRT(バス専用道路を走行するバス)で、大甕駅西口学園前→泉が森 の1区間バスで乗って、後は徒歩で一の鳥居向かうルート。

 黄色:大甕駅東口から徒歩ルート

 

自動車でのアクセス

 青色:(神社近くには大きな駐車場が無いので、渋滞待ち時間よりも、ちょっと遠くに止めて、海沿いの町を歩いてみるのもよいと思います。72年に一度の西・東金砂神社の浜降り神事の舞台がここ水木海岸です。)

 太平洋に面した海水浴シーズン向けの駐車場に駐車して、後は徒歩で歩くルート。

 

 

 

 

 

(作成:2024年1月3日、最終更新日:2024年1月7日)