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TULAY

〜TULAYーフィリピン奨学金支援団体ーのBlog〜

ぼくとジンジン

僕たちがジンジンに会ったのは、そう、あれは2004年の春GVでした。
先輩たちがサイトの1軒目を建てたと言われるバフォンバンダン4(通称:B4)に彼女たちは住んでいました。

当時、ジンジンは10歳。ジンジンとよく一緒にいた友だちのジェイサは9歳。
ぼくたちが建てていた家のノーリンが11歳。その弟のエリクソンが3~4歳。
ぼくたちはたくさんの子どもと出会い、交流をしました。

ワークの休憩時にはジンジンやジェイサ、たくさんの子どもたちと遊び、
文化交流のときには、当時フィリピンで大流行していた彼女たちが踊るオチョオチョのダンスにぼくたちはメロメロでした。(そのときから、ジンジン派とジェイサ派がいた。)

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その後も、ぼくたちはそれぞれドゥマゲッティに訪れた際には、必ずB4に立ち寄り、彼女たちと再会を果たしました。それは社会人になった後も。
一番うれしかったのは、2年前に社会人になってから初めてB4に戻ったとき、ジンジンやみんなが「つばさは先生になったんだって?」って、自分の近況をすでに知ってくれていたことでした。日本人メンバーが伝えた情報が子どもたち伝いに伝わっていたのでした。

今回、Tulayの活動で再び、ドゥマゲッティのB4を訪れて、これで再会を果たすのは3回目。初めて、B4に来たときから7年の月日が経ちます。
ジンジンは17歳。ジェイサは16歳。ノーリンは18歳。エリクソンは少年から青年になっていました。(ちなみに、ジンジンはTulayの奨学金を受けている奨学生の一人)

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正直、もう思春期まっさかりの彼女たちに会うのは、怖かったですが、
その不安は無駄に終わり、彼女たちは7年前と変わらぬ笑顔でぼくたちを受け入れくれて、再会を喜び合いました。

彼女たちとB4のあのバスケットコートの真ん中で、時間が許す限り、話をし、なぜか最後に「たけのこニョッキ」をやりました。
なんだかその時間がなんとも言えない幸せ。
だって、7年越しのつながり。
フィリピンのこの小さな村に自分のことを知ってくれている人がいる。
再会を喜び合える人がいる。
彼女たちの成長を、幸せを、時間を超えて見ていける。
その中で、ぼくたちの人生も少しずつ確実に動いているのでした。

これが人と人とのつながりなんだと思えたとき、何にも替えがたい幸せを感じました。

今は、Facebookを通して、日本に帰ってきてからも、彼女たちとの交流は続いています。
きっといつかまた再び会えるときが来るでしょう。
その時は、もしかしたら、ジンジンやジェイサに子どもがいたりするかもしれないな。

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川原翼(2007年卒)




エコハビ7期OBの大津山です。

今年もトゥライスタディーツアーに参加しました!
ここでは8月11日、アサンバの次に訪れたカンルンガンについて書きます。

まずはカンルンガンって何?ということですが、
カンルンガンとは、フィリピンのマニラで主に活動をしている
NGOでストリートチルドレンの保護施設として20年以上も
活動している団体です。
エコハビとは2002年頃から繋がり始め、
毎年WCでフィリピンを訪問したり
個人参加で長期滞在をしたりと、現在も深い繋がりがあります。

具体的な活動としては、
何らかの理由で親と暮らせない子供たちや
ストリートで生活している子供たちを預かり、
生活をともにするという施設です。


今回の訪問の目玉は!
なんとカンルンガンのカフェがオープンしたこと!
数年前からカンルンガンのボーイズが卒業後、
カンルンガンのファーム(畑)でコーヒーを栽培していました。
以前からコーヒー豆自体を販売していたのですが、
今年の2月よりついにオリジナルカフェがマラテにオープンしました。
そのカフェではカンルンガンの卒業生が働いているのです!

ということで今回の日記では、アサンバから戻ってから
その後の半日を描きますね。


アサンバから戻ると、およそ午後の2時。
1時間ほどホテルで休憩をしてから3時に出発しようと言う話になりました。
しばらくすると雨期特有のスコールが降ってきたので
もう少し、もう少しと待っている間に4時になりました。
自分たちはもちろん昼寝!をしながら待ち、翼に至っては
雨が降ったことすら知りませんでした。。。

カンルンガンに行く前にもちろん寄ったのは
ロビンソンショッピングモール。なぜならマンゴーおじさんとかつて私が呼ばれていたように、
今回もモールにてマンゴーと6リットル!のアイスクリーム(子供たち大好き)を買い込み
ました。

モールからの移動はジープニー。
去年までは一人7ペソでしたが、今回は8ペソです。
物価の上昇を感じました。
雨上がりのジープニーは暑く、そして腹に響く重低音が懐かし
かったです。
初めて乗ったメンバーも興奮気味でした。

ジープニーは自分の降りたいところで降りれるため、
最寄りの道端で降り、徒歩1分でカンルンガンに至ります。

出迎えたのはやはり子供の笑顔!
1年振りでしたのでメンバーは変わっていましたが、
懐かしのスタッフや空間は変わりませんでした。

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照れながらも一人一人自己紹介をしてくれました。
少し遊んでからついにおやつの時間です。
アイスが登場すると大興奮の子供たち。
盛り上がりすぎてお母さんに怒られます。
「小さい順に列になりなさい!!」
その模様はまるで卒業証書の授与のよう。
アイスまでの距離おおよそ10Mを緊張と興奮の中歩きます。
一人ずつ厳粛に受取り、受け取ったとたん口の回りを
チョコまみれにします。

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アイスを完食し、さらにパワーが出てきた子供たちと
屋上に上がり、シルクドソレイユもびっくりの動きで
フラフープジャンプくぐりが実施されます。

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おおいに遊び、大いに笑い、時間は過ぎ、カフェに向かう時間
になりました。
またね、と言ってお別れします。
経験上、また会える子もいますし、会えない子もいます。
でもどうにかして会おうと思えば会えることを知りましたので
別れ際はいつも、またね、です。

カフェまでは歩いて10分ほど。
スタッフのルエルが一緒に来てくれました。
道すがら、最近のフィリピンについて聞きました。
大統領が代わり、外交、経済成長も好調であるとの新聞などの
報道からそのような旨の質問をしたのですが、
彼の口からは状況は変わらない、むしろストリートチルドレン
は増えているのではとのことでした。

「現実を見ましょう」 その言葉がとても印象に残っています。

カフェではやはり懐かしの再会が!
バリスタはなんとかつて一緒にバスケをしたレイモンドです!
翼もその昔、子供たちに絵を描いてもらった時、
一番印象的な絵を描いたのは彼でした。
あなたの家は、というテーマで彼は
お母さんのお腹の中を描きました。

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カフェはきれいでかつ、おしゃれでした。
カンルンガンオリジナルコーヒーももちろん美味しく、
心がほっこりする感じす。
お礼に折り紙で鶴を折り、店内の彩りに使ってもらおうと企みました。

この日とは別に、8月13日に私のみでマニラで戻り、
カンルンガンの別の施設、ラグナに行きました。
そこでは同じく2月から始まったカンルンガンリサイクルショップを
訪問しました。

カンルンガンの近年のポイントは卒業した後の仕事でした。
そこで始まったのがこのカフェとリサイクルショップです。

えこひいきなしに世間様と勝負をしているカフェとリサイクル
ショップです。
ぜひマニラを訪れた際は行ってみて下さい。
元気をもらい、かつうまいコーヒーが飲めますよ。

再び、またね、と言って店を後にしました。
次は夕食の時間です。
夕飯は恒例の中華です。
マニラ版「きたなシュラン」です。

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数年前大原とっしーが思わずチャーハン2杯発注した中華屋です。
場所は教えません。
大量に食べ、飲みましたが、スイーツは別腹。
数年前えりとおけいちゃんのほっぺたが落ちたクレープを食べ
ました。
場所は教えられません。うそです。来年も行って下さい。
でもこれがある意味OBOGツアーの魅力でもありますね。
ある程度の自由があるので、いろんな所に行けます。
ただ数日の滞在なのに少し太るのは致仕方ないでしょう。

ホテルの帰り道、ストリートチルドレンに囲まれました。
フィリピン滞在時代も何度かありましたが、
今回は鞄の中に手を入れられたり、ポケットを
探られたりしました。
大事にはならなかったですが、夕方のルエルの言葉が脳裏に浮かび、
確かにマニラの状況は改善しているというよりも
ストリートチルドレンは減っているよりはむしろ増えているかもと思いました。



長くなりましたがそんな感じで8月11日は更けていきました。
フィリピンの表と裏。光と陰。そんな大げさではないかもしれ
ませんが、様々なものを感じる日でした。

ツアーはある程度の自由があります。
自分たちで段取りをし、動きます。
この日もなるべくタクシーなどは使わず、歩きました。
安全面などの考慮は必要ですが、
びびっても仕方ないので、現地を感じて歩くのもトゥライの魅力です。

若い時代に旅をしましょう。
いろんな立場、環境、状況を感じましょう。
それが何に役に立つか、どう表れるかは分かりませんが、
少なからず子供たちとおしゃべりし、一緒に遊ぶ時間は
かけがえのない時間になります、単純に。

トゥライの意味は架け橋です。
橋は一つの部材ではなく、それはもうたくさんの部材が
支え合って橋になってますので、そんな感じで
皆様今後ともよろしくお願いします!


ぴん子です。(2007年卒業のエコハビ9期生、藤原歩です。)今回のブログでトップバッターということで、何をどれくらい書いたらいいのかいろいろ悩みました。文才ないし、文章まとまってないし、みんな読むのが大変だと思うのですが、どうぞよろしくお願いします。時間がない方は、最後の方だけ読んでください。
8月11日のアサンバ訪問のことを、書きます。



朝9時、アサンバのスタッフのピナさんがホテルに迎えに来てくれた。車に乗り込み、アサンバへ向かう。車窓から見える景色を見ていると、だんだんとフィリピンへ戻ってきたのだという実感が湧いてきた。アサンバ周辺まで近づいてくると、見覚えのある川や家並み、バスじゃ曲がりきれない角なんかが見えてきて、みんなテンションがどんどん上がっていった。
ついにアサンバ到着!なつかしい屋根つきの広場には、集会所のような新しい青い建物が建っていた。少しずつ良い環境に変わっていってるってことなのかな。GVで訪問する時のようなパーティーや人だかりはないけれど、静かで落ち着いたアサンバの様子を見て、何とも言えない満足感があった。

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オフィスには、スタッフの方々と、奨学生が待ってくれていた。この時期のフィリピンの学校は、ちょうどテスト期間真っ最中…学校が始まる時間なのに、私たちがインタビューをするからと待っていてくれて、大変申し訳ない気持ちになった。
インタビューといっても、聞くことが全部決まっていたわけではなかったので、1人ずつの奨学生を私たち6人が取り囲んで、聞きたいことを順番に聞いていく感じだった。奨学生は緊張していた子もいたけど、堅苦しい雰囲気ではなく、楽しく和気あいあいとしたインタビューができてよかったと思う。最後にはどの子にもお決まりの、Do you have a boy(girl)friend?で締めて…苦笑いして終わる、みたいな(笑)

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一人一人のインタビューで聞いた情報については、ライがまとめてくれていると思うので、全員については書かないけど、印象に残ったのは、やっぱり将来の夢。弁護士や、ホテルマン、エンジニア、教師など、いろんな夢があった。私は、「勉強は、将来の選択肢を増やすためにする」と考えている。学校へ進学することで、夢に近づくことができる。逆に言うと、学校にいけなかったら、できる仕事が限定されてしまうし、好きな仕事に就けなくなることもあると思うから。
奨学生へのインタビューが終わって、最後に、奨学金をアサンバのスタッフに手渡した。このとき、「あぁ、このためにここに来たんだな。」って、ものすごく実感した。

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正直、出発前は、「せっかくの夏休みだし、あんまり堅苦しいことは考えずに楽しもう!」くらいに思っていて、ほんとに軽い気持ちで今回のフィリピン行きを決めた。私にとっては、TULAYのスタディツアに参加したというよりも、「気を使わないでいられるハビの愉快な仲間たちとの旅♪」くらいのノリだったから、TULAYの奨学金プロジェクトのこともあまり詳しく説明できないし、本当に私に何ができるのかが心配だった。けれど、奨学生と会って話したり、奨学金を手渡すその場に立ち会えただけで、すごくよかったと思った。このお金が、今インタビューした子どもたちのために役立てられるんだってことが、本当にうれしくて、奨学金って大事だなって実感したから。

私は今2年会員になっているけれど、子どもたちの学校生活は、2年で終わりじゃない。ましてや、ある子が卒業したら終わりではなく、どんどん後から後から小さな子どもたちも成長してきて、また奨学金が必要になってくる。このTULAYのプロジェクトは、継続性がとっても大事だということに、恥ずかしながら、改めて気が付いた。
この旅に参加する前、私はTULAYの会員ではあるけれど、傍観者だったと思います。でも今回、大学生活の思い出の地フィリピンって私にとってすごく大切な場所だなって思えたから、これからも子どもたちのためにできる限り協力していきたいと、心から思いました。


みなさんも、ぜひ来年フィリピン行ってください!もちろん私はチームで行くGVが大大大好きですが、OBOGになって、今回みたいな自由な旅もすごくよかったです。マニラの夜に怪しいお店を見つけたのも楽しかったです。ドゥマの街をゆっくり散歩したり、買い物したり、おいしいものをいっぱい食べては昼寝をして、またお出かけして。なんか自分の第2の故郷というか、田舎に帰ったような気持ちになりました。

そして、夢いっぱいのフィリピンの奨学生たちと交流して、自分もがんばろうという気持ちをもらってください。