TULAY2011夏スタディーツアー日記 3 :8月12日 B4訪問 | TULAY

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〜TULAYーフィリピン奨学金支援団体ーのBlog〜

ぼくとジンジン

僕たちがジンジンに会ったのは、そう、あれは2004年の春GVでした。
先輩たちがサイトの1軒目を建てたと言われるバフォンバンダン4(通称:B4)に彼女たちは住んでいました。

当時、ジンジンは10歳。ジンジンとよく一緒にいた友だちのジェイサは9歳。
ぼくたちが建てていた家のノーリンが11歳。その弟のエリクソンが3~4歳。
ぼくたちはたくさんの子どもと出会い、交流をしました。

ワークの休憩時にはジンジンやジェイサ、たくさんの子どもたちと遊び、
文化交流のときには、当時フィリピンで大流行していた彼女たちが踊るオチョオチョのダンスにぼくたちはメロメロでした。(そのときから、ジンジン派とジェイサ派がいた。)

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その後も、ぼくたちはそれぞれドゥマゲッティに訪れた際には、必ずB4に立ち寄り、彼女たちと再会を果たしました。それは社会人になった後も。
一番うれしかったのは、2年前に社会人になってから初めてB4に戻ったとき、ジンジンやみんなが「つばさは先生になったんだって?」って、自分の近況をすでに知ってくれていたことでした。日本人メンバーが伝えた情報が子どもたち伝いに伝わっていたのでした。

今回、Tulayの活動で再び、ドゥマゲッティのB4を訪れて、これで再会を果たすのは3回目。初めて、B4に来たときから7年の月日が経ちます。
ジンジンは17歳。ジェイサは16歳。ノーリンは18歳。エリクソンは少年から青年になっていました。(ちなみに、ジンジンはTulayの奨学金を受けている奨学生の一人)

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正直、もう思春期まっさかりの彼女たちに会うのは、怖かったですが、
その不安は無駄に終わり、彼女たちは7年前と変わらぬ笑顔でぼくたちを受け入れくれて、再会を喜び合いました。

彼女たちとB4のあのバスケットコートの真ん中で、時間が許す限り、話をし、なぜか最後に「たけのこニョッキ」をやりました。
なんだかその時間がなんとも言えない幸せ。
だって、7年越しのつながり。
フィリピンのこの小さな村に自分のことを知ってくれている人がいる。
再会を喜び合える人がいる。
彼女たちの成長を、幸せを、時間を超えて見ていける。
その中で、ぼくたちの人生も少しずつ確実に動いているのでした。

これが人と人とのつながりなんだと思えたとき、何にも替えがたい幸せを感じました。

今は、Facebookを通して、日本に帰ってきてからも、彼女たちとの交流は続いています。
きっといつかまた再び会えるときが来るでしょう。
その時は、もしかしたら、ジンジンやジェイサに子どもがいたりするかもしれないな。

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川原翼(2007年卒)