母が壊れた。
多分あの火曜日の夜から、情緒不安定になり、母自身もコントロールできないようだった。
母がダークサイドに落ちた夜
日曜日の朝のこと。
期末テストまで2週間。
週末は学校の週末課題や、期末テスト勉強など。
塾の宿題もある。
土曜日にできなかった分を合わせて、山のようにやることがある。
娘は朝7時半に起きたものの、テレビを見ながら朝食を食べ、
「何時までテレビ見るの?」の母の問いかけに、
「8時くらい?」と答えた。
「何時から勉強始めるの?」
「9時?」
母はひとつ溜息をついて、
「今日の夕方じーじと晩御飯食べたいんでしょ? だったら4時には終わらないと」と言った。
娘はいつも時間配分ができない。
さっさと始めてさっさと終わればいいものを、だらだらだらだらと時間だけが過ぎていく。
母はそれを心配して、
「8時から1時間早く始めたら、3時に終わるかもしれないし、余裕ができるかもしれない。9時から始めたら5時になるかもしれないよ。そうしたら晩御飯遅くなるから今日は無理かもね」
と言った。
娘は聞いているのかいないのか、無言でテレビに目を向けたままだ。
母は言うのを諦め、家の片付けや掃除を始めた。
母がせわしく動くので、父もつられて庭掃除を始めた。
やがて娘はいつものダイニングテーブルに移動し、のろのろと漢字ノートを開けた。
まず漢字の小テストの直しから始めることにした。
母は横目で漢字を始めるつもりだな、と確認し、ちらりと時計を見た。
8時30分。
どれだけ遅くても9時には終わるだろうと心の中で思った。
20分後、洗濯を終えた母がダイニングに戻ってきて、娘のノートをそっとのぞいた。
あれから20分経ってもまだ書き出したところだったので、
「どれくらいに終わる?」と聞いた。
「んー、9時には終わるよ」と娘は軽快に答えた。
10分で終わるものをなぜそんなに時間かかるのかと思ったけれど、
母は「わかった。がんばってね」と言い残してまた家の掃除に戻った。
10分後、様子を見に来た母が見たものは、10分前と変わっていないノート。
でもここでガミガミ言ったところでなにも始まらないことは嫌というほどこの3年で経験している。
また20分後。
「できたよー」とノートを娘は母にノートを見せた。
「オッケーがんばったねー」母はちらりと時計を見た。
9時20分。
1時間かけて漢字3行か…と母は肩を落としたが、まだ午前中だ。
気を取り直して進めねば。
「よし! じゃあ次は?」
「数学やるわ!」
娘が数学のノートを開けた。
宿題は3ページ。
1時間もあればできるだろう。
じゃあそのあいだに…母はパソコンに向かい、テスト対策プリントを作り始めようとした。
しかし娘はすぐに手を止め、
「ねえママ、ここ書いといてくれやん?」
単元は多項式。項と係数をそれぞれ書く問題。
書き方がわからないというので以前に教えた問題だ。
「項は○○、係数は○○って書けばいいんだよ。そこに見本でママが書いてあげたじゃん」
「だってメンドクサイ!」
「面倒でもテストでママが書きに行くわけにいかないんだから練習だと思って書かな!」
「書き方わからんのやもん!」
「いやいや、そこにママが書いたのあるじゃん。真似して書いたらいいんだよ!」
「もう多項式わからん! 嫌い!!」
「わからんのやったらチャート見て勉強しなよ!」
「嫌やもん!! わからんこんなん!!!!」
どこでやめればよかったのでしょうか。
どんどんヒートアップする会話。
客観的にみれば、冷静に話せば、と後々思うのですが、渦中のなかにいる当人たちはもうどうしようもなく。
なんでこうなるのか…
母は止まった。
ワークに書き込みまでして教えて、
やるところをチェックして、
前に座って付き合って、
テスト対策まで作ろうとしている自分。
よその母はきっとここまでしていない。
自分は手をかけすぎている。
でもかけないとしない。
しないと学校から電話が来る。
子どもを学校と家庭で育てなければ。
家庭でできること。
わたしができること。
一生懸命がんばってるのに。
こんなにしてるのに。
伝わらない。
伝わっていない。
こんなにがんばってるのに。
涙が、こぼれた。
悲しくて
悲しくて
涙が止まらない。
体中から力が抜け、
もういやだと思った。
母は立ち上がって、また、自室に籠った。