2022/08/23放送

マツコの知らない世界

 https://www.tbs.co.jp/matsuko-sekai/ 


'50作品以上のマンガの背景を描いた背景専門職人'
佐藤敦弘(サトウアツヒロ)さん(以下、佐藤)




《背景を描き続けて29年!裏方人生を選んだ理由》


佐藤「よろしくお願いします」
マツコ「うわっ、けっこうだわ。どうぞ」
佐藤「ありがとうございます」
マツコ「けっこうくる」
ナレーション「マンガの世界も今やデジタル全盛期。風景写真をパソコンに取り込みキーを押せば、マンガの背景が簡単に作れちゃう時代。そんな中、佐藤さんはなんと全て手描き。『ROOKIES』『NARUTO』『DEATH NOTE』など、数々のヒット作に参加したスゴ腕職人なのだ」
佐藤「マンガの背景を描き続けて29年になるんですけど、まずはこちらのほうをご覧ください。これ僕がどこを描いたか、予想つきますか?」
マツコ「でももしかしたらだけど、ほぼ全部じゃない?」
佐藤「いやいや、作家さんがキャラクターを描かれて。ではじゃあ僕が描いた所をお見せします」
マツコ「そうだからほぼ全部じゃないのよ。登場人物以外は全部お描きになってるわけでしょ?」
佐藤「そうです」
マツコ「これはもう作者は佐藤さんじゃないの?」
佐藤「いやいや」
マツコ「この場面だけ見たらね」
ナレーション「そう、マンガの現場では佐藤さんたちアシスタントが背景を描き、作者がメインキャラクターを描く分業制がほとんどなのだ。ちなみにモブと呼ばれる名前のないキャラも、背景の一部として佐藤さんたちが描くことも」
佐藤「漫画家さんはお話も考えないといけない。僕たちはそれを補うと言えばいいのかな。背景まで作者さんが描いていたら2、3ページで一週間終わってしまう」
マツコ「いやだから、うますぎるアシスタントの人はなかなか出てこれないっていうのはこういうことなのね。これはだってみなさん手放さないじゃん、うますぎると。そういう手放さない人ってのは、それなりにやっぱりお金もらわないとやらないよね。だからやっぱりあんなサイケなパーカーとかも着れちゃうわけね。もらうもんももらってるから、ちゃんとね」
佐藤「実際作家さんがどのような形で指示を出されるのかっていうのをご覧ください。こちらになります。これが作家さんの指示です」
マツコ「『ひどい』っていうとあれだけど。ほとんど『よろしくな!』って言ってるのと一緒だよね」
佐藤「実際そうです。西洋の世界観にちょっとスチームパンク要素を入れてほしい」
マツコ「難しいわね」
佐藤「それがこちらになります」
マツコ「なるほど、若干入れたのね」
佐藤「若干です」
マツコ「でもそれはドンピシャだったんだ?作家さんにしてみたら」
佐藤「喜んでいただけましたね」
マツコ「まあでもその物語を最初から一緒にやっていれば、ああいうことねっていうのはなんとなくわかるわけだ?」
佐藤「正直、作家さんによっては指示だけじゃ全然わからないので、その作家さんがどんなマンガが好きだ、どんな映画が好きだっていうルーツまで探る」
マツコ「だからもらえるのよ。大変な仕事ね。要はだから風景だけのカットとかあるじゃないですか。あれとかはもう作家さんは指示出しているだけよね?」
佐藤「でもこのレイアウトっていうのが、やっぱり大切だったりするので」
マツコ「このフォローもやっぱり評判の良い証なのよね、きっとね」
佐藤「これが僕の美学になります。大事なのは違和感の無さ。読者に読み飛ばされる背景こそすばらしい」
マツコ「悲しくなってきちゃった」
佐藤「やっぱり背景はマンガの主人公、キャラクターを引き立たせるものなので、キャラクターを食ってしまう背景というのは、やっぱりマイナスになるんですね。読んでいて、なんでもいいんですけど『気になるな』って思った時点で背景描きとしてはもうダメなことだと僕は思っているので」
マツコ「なんかそれで満たされます?」
佐藤「ああでも、一番うれしいのが作家さんが喜んでくれることが一番うれしいんですよね」
マツコ「もともとだからそういう方なのね、奉仕精神というかさ。あたしたぶんなんか変な自己主張を絶対入れちゃうと思う。じゃあまだせめて作家さんの名前のクレジットの下に小さくてもいいからさ、メインアシスタントの1人、2人は名前が載るっていうなら、まだなんかあたしは我慢できる気がする。あれで存在すら明かされないって、ちょっとゴーストライターに近い感覚を。だからマンガの世界って意外と優しくないなというか」
佐藤「まだまだ古い文化が」
マツコ「残っているね。今って音楽ってけっこう本来だったら載らなかったような人も、ちゃんとクレジットに載るようになってきたじゃない?そういうのがちゃんとわかるようになってきたけど、マンガってまだあやふやだよね」

佐藤「じゃあ改めまして、僕のプロフィールになります。埼玉県所沢市に在住しております」
マツコ「柏から所沢。良いねえ。でも所沢ってアニメ関連の人、すごい多いよね」
佐藤「ああ、よく知っていますね。実際めちゃくちゃ多くて、確定申告したときに『また漫画家さんですか?』って言われたことあって」
マツコ「所沢の税務署に?」
佐藤「そうです。漫画家さんだらけですねって言われて。17歳のときに賞金ほしさにマンガ賞に応募しました」
マツコ「それでそんな最終候補まで残っちゃったの?」
佐藤「残ってしまいましたね」
マツコ「一発目のマンガで?」
佐藤「それでやっぱり勘違いしましたね」
マツコ「いや、なる。だって17歳で初めて描いたマンガが最終候補まで残ったら、まあ普通勘違いするよ」
ナレーション「その後、アシスタントをしながら漫画家デビューを目指し、自作のマンガを描き続けるが鳴かず飛ばず」
佐藤「2010年、35歳のときですね。ある先生に◯◯と言われアシスタントになることを決意」
マツコ「これけっこうだから本当ちょっとひどいこと言ったんじゃないの?」
佐藤「これある先生っていうのは、NARUTOの岸本先生だったんですけど」
マツコ「だってアシスタントとして生きるってことを決めるってことはさ、言い方変えるとあきらめるってことじゃん、先生になるのを、作家になるのを」
佐藤「言われた言葉、『絵に感情が無い』」
マツコ「ほらひどい」
佐藤「でも僕もうこのころアシスタントとして生きていくか悩んでいる時期だったんですよ。それでこれを言われたときに、背景は個性があっちゃいけない。キャラクターの脇役にならなきゃいけない。『感情が無い』は背景にぴったりの言葉だったんです」
マツコ「なるほどね」
佐藤「自分ってこれ個性が無いイコールいろんな人の画に合わせられるっていうのに気づいたんですよ」
ナレーション「そんな佐藤さんのポリシーは、手描きだからこそ出せる温もりのある背景」
佐藤「ここに屋根があって前に出ている。影になる。それを普通はスクリーントーンでやったりしがちなんですけど、線でやったほうがメリハリがつくので渋くなるというか」
マツコ「すごいわ」
ナレーション「ちなみにこの1コマを描きあげるのにかかった時間はなんと7時間半」
マツコ「マンガの世界とかアニメの世界って、こんなに日本を代表するカルチャーになってるのに、重労働が基になっているっていうのが一向に変わらないよね」
佐藤「変わらないですね」
マツコ「あれ不思議だなって思う」
佐藤「よく言われるのが‘30年間給料変わらない世界’だって言われますからね。マンガとアニメは」
マツコ「なんかさ、好きなことをやれているって思っている人がすごい多い産業でもあるじゃん。だから文句言わないんだろうね。文句言おう、みんな。そんなことないんだよ、もう権利は訴えないと。あなたたちがいなかったら作れないんだからっていうね」


《鉄腕アトム・タッチ・AKIRA…、名作の「あの背景」がすごい!》


ナレーション「海外でも絶大な人気を誇る、ニッポンのMANGA。名作を振り返るとその背景に驚きのテクニックが隠されていた。というわけで、日本が世界に誇るマンガ背景の進化の歴史を振り返る」
佐藤「マンガ背景の進化の歴史を見てください。1950年、1960年代は、背景は手描き感が強い。デフォルメ感が強かったりとか、それっぽく見えればいいっていう背景が多かった時代ですね」
マツコ「あとそれぐらいの時代の作品言われて、背景がピンとこない。全く重要視してなかったわけじゃないだろうけど」
佐藤「場所さえわかればいいみたいな。こちらもそうですけど、写真っぽく描くみたいな形ではなく、デフォルメをかなりきかせて、雰囲気にわかるっていう描き方をとてもしていますよね」
マツコ「アトムのあの世界観にしてみたら、最初からもちろん全部想像上なわけじゃない?実在しないものを描いているわけだから。それであのドームとかって、ヤバいよね」
佐藤「ヤバいと思います」
マツコ「だってなんにもないんだよ、参考が」
佐藤「実際手塚先生がこの通り描かれた背景とか小物とかは、今そのままになっている」
マツコ「だってあのドームなんて、よく未来感出すのによく出てくるディティールじゃん。だからすごいなって思う」
ナレーション「さらにもうひとつ、1960年代に、すでに超リアルな背景を描いていた作品があるという」
佐藤「水木しげる先生の『ゲゲゲの鬼太郎』になるんですが」
マツコ「よく考えたら『ゲゲゲの鬼太郎』の時代にこの背景すごいね」
佐藤「そうですね。1960年くらいに、すでにこのころ写真を模写して描かれているらしいんですよ」
マツコ「なるほど、もうだからどこかのジャングルとかの写真をもとに」
佐藤「この辺の映り込みまで全部再現しているんですよね」
マツコ「早いわね、水木先生ってね」
佐藤「それで1970年から1980年。背景がよりリアルになっていきますね。『キン肉マン』、『タッチ』、『ドラゴンボール』、『らんま1/2』、『ろくでなしBLUES』」
マツコ「本当にそうだね」
佐藤「これわかりやすく、『うる星やつら』、『めぞん一刻』、『らんま1/2』っていって高橋先生の作品になるんですが。こちら『うる星やつら』、こんな感じなんですよね。まだ形だけをけっこうとらえていて」
マツコ「星とかも全部ホワイトみたいなのでピュピュピュッてやってるだけだね」
佐藤「飛ばしていますね。『めぞん一刻』、1980年のころの背景になってくるとだんだんリアルになっていってますよね」
マツコ「これになるともうちょっと本当にありそうな街よね」
佐藤「そうですね。1987年とかになってくると、もうだいぶリアルな背景になっていますよね」
マツコ「本当だ」
佐藤「描きこみがだいぶ今風になってきているというか」
ナレーション「このようにマンガの背景は1980年代以降、かなりリアルなものに。その中から佐藤さんが背景のテクニックがすごいと思う名作をご紹介。まずは」
佐藤「あだち先生の『タッチ』。緻密な背景にシンプルな人物を描く」
マツコ「『タッチ』もあとからまんだらけで全巻そろえたわ。住宅街とか本当にガチ住宅だったよね。南ちゃんの喫茶店があるところとかさ、本当にどこかの街並みを描いたみたいだったもんね」
佐藤「確かにそうでしたね。背景の密度がとてもけっこう描かれてるんですよ。それに反比例して人物の線っていうのが比較的落ち着いているというか」
マツコ「そうね。あのアルプススタンドの人間の波みたいな。かなりいい加減に描いているわよねあれ」
佐藤「背景をいっぱい描きこんだりとか、リアルに描いたりすると、背景・作品自体の解像度が上がるんですよね。そこに人物がいるかのような形に、この世界観とリンクするんですよ、背景が。この人物たちがこの世界にいるみたいな感情になれるので」
ナレーション「球場や街並みなど細かな背景描写が特徴の『タッチ』ですが、逆に背景を描きこまないことで強烈な印象を残したシーンがあるという」
佐藤「こちら」
マツコ「ああもうこれはちょっとね。かっちゃんが死んじゃったシーンね」
佐藤「この絵に関してはもう余計な情報をカットして、カケアミだけで光と影のコントラストにして、背景に目がいかないように、キャラクターだけに目がいくように。全部そういう構図になっていますね。さっきまで緻密に描いていたので、こちらは真逆の方法をとっていると」
マツコ「ちょっともう。言葉がないです。あまりにもなシーンだったので」
佐藤「続いてなんですけど。浦沢直樹先生の『MONSTER』。光と影のコントラストで不気味さを演出」
ナレーション「『YAWARA!』『20世紀少年』など、数々のヒット作を送り出した浦沢直樹。作品ごとに全く異なる世界観を描き分ける、そのテクニックは圧巻。中でも佐藤さんがすごすぎると語るのは、ミステリーマンガ『MONSTER』の中の1コマ。連続殺人鬼ヨハンの初登場シーン」
佐藤「こちらになります。こちらも見開きになります」
マツコ「これはもう背景というよりは、人物も含めて絵画だよね」
佐藤「そうですね。月明りの逆光を使って重要人物のキャラクターをベタで表現して見えないようにしている。これ見たときめちゃくちゃかっこいいなと思って」
マツコ「また『処刑の夜』っていうタイトルよ。すごい良いわね。それがこの絵のタイトルみたいだもんね」
佐藤「そうですね。確かに浦沢先生は本当に作品によって全然タッチが違うんですよ。モブを見てください。縦の斜線のグレーとして、その縦の線の影で沸いてる感じっていう臨場感を演出していますよね、これ。音まで聞こえそうな作品に見えます。さらにコントラストを強めにしたハイセンスな背景があるんですけど。田島先生の『サイコ』っていう作品なんですが。こちらになります」
マツコ「これ手描き?」
佐藤「手描きです」
マツコ「ビルとかも全部?」
佐藤「はい」
マツコ「へえ、すごい」
佐藤「もう背景がハイセンスすぎてめちゃくちゃかっこいいと思っているんですけど。ここまで普通ベタを落として背景を描くっていうのは、けっこう怖いことなんですよ。この背景の感じでちょっと怖い作品なんですけど、猟奇的な感じを醸し出しているというか。僕自身が背景とか絵を好きになったきっかけの絵でもあるんですよ」
マツコ「これちょっと、虎ノ門のところから見ているのかな?手前に映っている左側のビルが森トラストのビルな気がするんだよね。その下の森がスウェーデン大使館の森だと思うんだよね。それでちょっと変えてあるよ」
ナレーション「そして90年代以降、マンガの背景は写真のトレースを使ったものが主流に。そして現代ではトレースに加えて」
佐藤「さらに、3Dを使った背景なんかも今では当たり前になっていて。1個こういうのを作ってしまえば、コマに合わせて角度を変えたり」
マツコ「確かにだから、同じ部屋のシーンでも、もうあれを1個作ることで、どこに座ってどの角度から見上げてとか、1個で全部できるわけだ」
佐藤「そうです。こちらに関しては小物になるんですけど、CGだと一回作ってしまえばもう何度も描き直す必要がなくて、そのまま使いまわしができるようになりました」
マツコ「まあまあ、でもさ。なんだろうな。これ負け惜しみなのかも。じじいの負け惜しみって言われるかもしれないけど、血が通っていないにもほどがある気がするんだよね」
佐藤「いや、それがですね。やっぱりデジタルだけでやってしまうと、どうしても冷たくなりすぎるんですね。そこを最近の作家さんは最新の技術とアナログを融合しまして、こちらの背景見てください。これ描きこみがちょっと尋常じゃないんですね」
ナレーション「『デッドデッドデーモンズデデデデデストラクション』。宇宙からの侵略者が日常に溶け込む、一風変わった青春SFマンガ。最新のデジタル技術にアナログの要素も加えた独自の背景テクニックがすごいと佐藤さんは言う」
佐藤「写真を取り込んでから加工をして、さらにそのあとにアナログで加筆しているっていう描き方をとっているんですよ」
マツコ「なるほど」
佐藤「リアルではあるんですけど、なんかどこかアナログ感が残っているというか」
マツコ「あのキノコみたいな縦のペンの線とかは、アナログじゃないと無理だもんね」
佐藤「そうですね」
マツコ「フローリングのこういう黒いピュピュとか模様みたいなやつとかも、あれも手描きだよね、たぶんね」
佐藤「そうですね」
マツコ「そうなるとずいぶん手描き感になるわね」
佐藤「そうなんですよね」
マツコ「なるほど」
佐藤「これがUFOになるんですけど、これも上の模様って言えばいいんですかね、これ蚊取り線香のフタを写真で撮って、はめこんで加筆してるっていう形をとってるらしいんですよ」
マツコ「言われると蚊取り線香にしか見えなくなる。確かに。日本のアニメの風景とか、マンガの風景ってすごいね」
佐藤「すごいです」
マツコ「本当に思う。この間、久々に『AKIRA』を見返したの。オープニングからもう度肝を抜かれたね。これ全部手描きで描いたのか?っていう。びっくりした」
佐藤「あれはヤバいですよね」
マツコ「ヤバいね。あの半透明な感じとか、どうやってこれ手描きでやってるんだろう?っていう」
佐藤「本当にこれはすごい作画ですよね。1980年代の背景だったはずなんですけど、その時代でこれを描かれているっていうこと自体がもう本当にすごいことというか。どうかしているとしか言いようがなくて。大友先生自体はこれを描くのに構造とかまでちゃんとチェックして描かれているっていうのをお聞きしました。『AKIRA』の出現っていうのがとてもマンガ界には大きくて、‘AKIRA前’、‘AKIRA後’って言われるくらい、マンガ界背景自体がけっこうガラッと変わった作品のひとつなんですね」
マツコ「なんかこれ、予言書だったんじゃないかなと思うんだよね。いやあたしビビった。もうあの2020年のオリンピックは。本当に。それからもう一回ちゃんと見返したんだよね。いやだから、なんかすごい。大人になって読みかえして見返してみたら、もっと怖くなっちゃった」

佐藤「今日はいかがでしたか?」
マツコ「これに関しては、やっぱりあたし日本の強み。これから日本がまだマンガとかアニメをね、代表する国であろうと思ってるんだったら、デジタルにしちゃうのは違うよなと思う。手作業でやってるっていう部分が日本の強みであるのなら、それをどうやって守っていくか真剣に考えないとそろそろ」
佐藤「僕が今すごく怖いのが、今はやっぱり中国で同じマンガを描くと、今の原稿の10倍もらえるって話を聞いてるんですね。そうなってくると、日本のクリエイターがどんどん本当に海外に行ってしまうなと思っていて」
マツコ「だから結局お金のある国に、日本のそういうアナログの技術が行き、日本はお金がなくなり、デジタル化が進むっていう構図になると思うよ」


~完~