2019/07/16放送

マツコの知らない世界

 

スタッフ「最近行かれたりしてますか?」

マツコ「20年近く行っていない。狭いの。物理的な問題。何度か連れていっていただいて、いいなーって思ったけれど迷惑がかかると思って2回目行ったお店ない」

スタッフ「イメージはどんなですか?」

マツコ「常連さんが多いから敷居が高いってイメージだよね。ちょっと怖いわよね。いきなりトントンって入るの。だから誰か常連さんと一緒じゃないとちょっと怖くて。あちらはあちらで2丁目のことそう思われてるわよ。1人じゃなかなか怖くていけないなって」

 

'ゴールデン街で生まれ育った現役ママと、ゴールデン街が好きでガイドブックも作った男'

原島玲子(ハラシマレイコ)さん(以下、原島)

大森徹哉(オオモリテツヤ)さん(以下、大森)

 




マツコ「あ、想像と違う。え、生まれたの?」

原島「そうです。新宿ゴールデン街生まれ、新宿ゴールデン街育ち」

マツコ「人住んでるの?」

原島「今も住んでます」

マツコ「ああ、そう」

原島「びっくりですよね」

マツコ「花園小学校?」

原島「四谷第五小学校で、今は花園小学校ですね、合併して」

大森「出身の小学校は今の吉本の本社」

マツコ「ああ、そうだよね。あそこ小学校だったもんね」

原島「花園神社の隣の」

大森「今までのゴールデン街特集と違うのは、生まれ育った玲子さんがまだお店に立っているんですよ。なのでたぶん普通だと話せない話が今日聞けるかなと」

マツコ「放送できるかしら」

大森「さっそくなんですが、マツコさんご存じかもしれませんが今ゴールデン街で起きていること。若い女性客が増加しています」

マツコ「すごく聞きます。雰囲気変わったって」

原島「すごく女の人多いです」

マツコ「あたしが最後に行った頃はそういうのができ始めてた。最近『なんか若いお姉さんが店始めたのよ』みたいなのをママが言ったりとかしてた」

大森「もうひとつ、今起きていることとしては、外国人観光客が殺到中」

原島「ミシュランガイドに載ったらしくて、それでやっぱり人気が出たみたいなんですよね。星ついてるらしいですよ」

マツコ「危険だっていう星?」

原島「違いますね」

マツコ「今日その誤解をとくためにやってきたんですよね。危険じゃないんですよ、今はもう」

大森「今のゴールデン街の様子を見ていただこうと思います」

ナレーション「新宿ゴールデン街とは、新宿駅東口から徒歩およそ5分。歌舞伎町1丁目にある50メートル四方に約280軒のお店がひしめく飲食店街」

大森「新宿駅から新宿区役所通りを右に曲がると入口が。外国人がもう」

原島「ここは日本じゃないですね。ゴールデン街以前に日本じゃない」

マツコ「都電が通ってたところ、あれきれいよね」

ナレーション「実際にゴールデン街の中を歩いてみると、およそ5割の人が外国人」

マツコ「ちょっとこれはもうあたしが想像してた以上だわ」

大森「コンビニで飲む方が、お店としてはあんまり歓迎はしないんですけれど、そういうかた達もちょっといる」

ナレーション「さらにこの街にしかないミステリアスな雰囲気を求めて、多くの若者たちも急増。今日本で最も熱いナイトスポットになっているんです」

マツコ「今の見ただけでますますハードルが高くなった。なかなかすごい。ある意味すごい無法地帯になっていますね」

原島「本当に外国人が多くなった」

マツコ「何もかも受け入れる街です。あんな街は無いです他に」

原島「懐深い街です」

大森「今マツコさんが言っていただいた通りで、この街の最大の魅力はいろんな人を飲み込む懐の深さ」

マツコ「そうなんですよ。だから新宿はすばらしいんですよ。いないのは富裕層だけ」

原島「そうですね。足りないのは富裕層だけ」

大森「みんな本当に立場とか関係なく一緒に飲んでますから」

原島「いろんな職種の人たちがいます」

マツコ「本当に。いろんな人と出会いましたよ。お店にお客として行っているだけでね。そこで親しくなって仕事につながったり。ないじゃないそういうの、港区のパヤパヤしたバーでは。でもみなさん悪口じゃないんですよ。伊勢丹でどんどんお金落としていってくださいね。港区の外貨を稼がないといけないので」

 

 

《実は生活があった!ゴールデン街の暮らし》

 

 

大森「改めて玲子ママとのご紹介をさせてください」

マツコ「わぁ、『年齢はご想像にお任せ』」

原島「絶対にトップシークレットなので」

マツコ「年齢不詳もいいとこで。さっきから30にも見えるし、めちゃくちゃ若い60って言ってももうわからない。ミステリアス」

原島「だから内緒にしましょう」

マツコ「出身ゴールデン街ってすごいわよね」

原島「出身新宿じゃなくてゴールデン街ですから」

大森「自分はゴールデン街好きで、ガイドブック作ったり、いろんなことをやらしてもらっています、大森といいます」

マツコ「好きそうですよね。なぎら健壱さんと友達っぽいですもんね」

原島「うちのお母さんは7人兄弟」

大森「ゴールデン街のロイヤルファミリーと言われています」

原島「うちのお母さんたち3人がお金を貯めて、お店を一軒ずつ持った。『若草物語』みたいな感じで」

マツコ「だいぶ環境に差がありますが」

原島「『キャッツアイ』プラス1人みたいな」

マツコ「それはちょっと違うと思いますけど」

原島「何軒かお店をみんながそれぞれ持ちまして、そこでひとりずつ女の子が生まれた。お母さんはくわえたばこで洗濯してる。ファンキーですよね。そして旧四谷第五小学校に通う。1975年に100周年だったんです。学校が場所的にこういう場所だったので、美術の時間に屋上にあがって絵を描くんですね。写生でみんな描くのはラブホテルの看板しか描かなくって」

マツコ「アバンギャルト。極採色でね」

原島「色彩豊かな。保護者参観とかだと全員の絵がホテル。みんな教室に飾っていて、見事に教室中がその絵で囲まれていた」

マツコ「情操教育」

大森「そんな玲子さんが、宿題を教わっていた相手はというと、常連客」

マツコ「お客さんの中には賢い人がいっぱいいただろうからね」

原島「インテリが多かった。うちのお母さんのお客さんは出版のお客さんが多くて、物書きさんも多かった」

マツコ「そうなんだよね。新宿って編集者の人とか物書きの人が多かったよね」

原島「勉強教えてくれたりとかした」

マツコ「ゴールデン街の子なんだけど、着てるものとかはどこの子よりもいいものを着てるのかな。女の子だけ切り取ったら田園調布小学校」

大森「そんな玲子さんの遊び場所はどこだったかというと、都電の線路。玲子さんは都電を知っていると」

原島「走ってないです。走ってないから遊んでいた」

マツコ「もう廃線して、線路撤去してないころ。下手したら60年代ですよ」

原島「年齢バレますね」

マツコ「線路消しときます」

原島「奥に書道教室があって、そこに通ってました」

マツコ「ゴールデン街の中にあったの?だから長屋だったのよね。飲み屋さんだけの街じゃなかったのよね。そこで生活していたのよね」

原島「生活していたので、八百屋さんもあるし、クリーニング屋さんもあったし、魚屋さんもあったり、普通の商店街も街の中にあって、普通に生活して飲み屋さんと共存してたって感じ」

マツコ「たぶんこういう街いっぱいあったんだろうね、日本中にね。残ったっていうのはすごいよね」

 

大森「ゴールデン街の成り立ちを見ていきましょう。1945年、戦後の『新宿駅東口・闇市』が起こりその後、非合法の風俗店が軒を連ねた。最初新宿駅の周りは闇市ができてそこから始まった形ですね」

原島「そうですね。マーケットだった」

マツコ「今の東口の武蔵野館とかあるあたりは闇市よ。今でもあそこってきれいに区画整理できないじゃない。ずーっとそう。新宿ゴールデン街も2丁目も区画整理できない街。赤線も青線もあったしね。2丁目が赤線だからね」

原島「合法だったってことですよね」

マツコ「今はちょっと逆になっちゃってる」

大森「1957年、法律ができて、街の形態が変化。この頃『ゴールデン街』と名を変更。ゴールデン街は文化人がつどう街に」

マツコ「寺山修二さん」

原島「そうですね。滝田ゆうさんも来られてましたね」

マツコ「そういう所をこう使いこなせる人ももういないですよ」

原島「そういうママがいなくなったっていうのも大きいですね

マツコ「みんなオシャレじゃなくなりました」

原島「粋なママがいなくなりましたよね」

マツコ「粋なママもいなくなったし、その文壇のかたも、芸能のかたも、文化人のかたも、粋な飲み方をする人はいなくなりました」

原島「いなくなっちゃいましたね。さみしいですけど」

マツコ「さみしいですね。今ではみのもんたさんぐらい」

大森「1992年に、新借地借家法で今のゴールデン街になったということで、要は店子さんが家を借りやすくなった」

マツコ「昔は長屋だったんですよね。向島とか、ああいう所の感じですよね。向島も何も残ってないもん。全部無くなっちゃった。昔の赤線の跡とかも。きれいなアパートとかになっちゃって」

大森「ゴールデン街だけは変わらずに」

原島「新宿ゴールデン街を重要文化財みたいな感じで守ってほしいんだけど。どうですか?」

マツコ「もうちょっと行政が観光資源としてちゃんと残す努力もしないと。みんなみんな同じようなビルになっちゃったら、街として魅力がなくなっちゃうから。そういう部分も残すべきだと思うけどねあたしは」

原島「守ってくださいマツコさん」

マツコ「いやいやあたしは何の権限も無いですよ」


大森「当時の玲子さんのお店と家を再現しています」

マツコ「けっこうそのまま?」

原島「お母さんがそのままいるくらいの。すごい。ちょっと泣けた。マツコさんに見てもらいたいのが、1階がお母さんのお店だったんですよ」

マツコ「2階がリビングで、3階がお部屋。昔2丁目にも千鳥街っていうのがあって、こういう造りなんだけど、2階のお店とか行くの大変だったもん。階段の幅が無くて」

原島「靴箱なんて無いからここに」

マツコ「こうやって段々に置いて」

原島「そうなんです。すごい忠実に。階段横のドアで店に入っていく」

マツコ「小さいドアでね」

大森「その奥も階段なんですかね?」

原島「この奥はトイレです」

マツコ「絶対入れないわ」

原島「ここがすごくて。トイレは1個しかなくて、上に住んでいたから2階に通じる扉があって内階段があるんですよ。私のためにお母さんが、秘密の階段みたいなのを造ってくれて。トイレは上から降りてきて入れる」

マツコ「ママはごきょうだいは?」

原島「私は一人っ子です」

マツコ「じゃあ上は余裕あった感じね」

原島「まあ1人だけですからね。この椅子がまさに昔の椅子。この椅子に座ると売れ始めるっていう出世の椅子があって、永井豪さんが座って売れた。あと、本宮ひろ志さんが座って売れた。車田正美さんが座って売れた」

マツコ「これTBSにあったの?この鏡台とか茶だんすとか。もうもらって帰りたいくらいだわ」

原島「同じ物があるんですけど、電話も黒電話で」

マツコ「あの3段くらいの小物入れ絶対あったわよね。これはあたしも懐かしいな」

大森「突き当りはなんですか?」

原島「マツコさんなんだと思います?」

マツコ「え、もしかしてお風呂?あのサイズでお風呂なの?」

原島「お風呂なんですよ」

マツコ「あたしもうこれシャワーとしか使えない。女性とかこどもとかだったら十分よね。1階から上がってくるときはどこに出てくるの?台所の横?」

原島「そう。でもここでお母さんが天ぷらとか揚げてたからすごいですよ」

マツコ「こっちさらにグッとくるんだけど」

原島「私の部屋がそのまま再現」

マツコ「ベッドと机の関係性オシャレ」

原島「狭いからこういうふうに利用してた」

マツコ「今『ビフォーアフター』とかでよくやる手口。この部屋が一番懐かしいものがある。あのアイロンのケーブルが懐かしい」

原島「あとは裁縫入れなのかな」

マツコ「裁縫入れって全部あれだったよね。かごみたいなやつ。懐かしい」

大森「どうですか?当時の玲子さんの生活を見て」

マツコ「これで一人だもんね。だからけっこうぜいたくだったよね」

原島「ロイヤルファミリー」

 

 

《ゴールデン街の楽しみ方①今グルメがアツい!絶品3品》

 

 

大森「新宿ゴールデン街の楽しみ方の変化。昔はお酒を楽しむ場所でした」

マツコ「今も形的にはあのまま残ってるところ多いの?」

原島「あの形はもう無いです。みんな2階をお店にしているとか」

マツコ「1階と2階もう別々のお店で?」

原島「そうです」

大森「今はおなかを満たしにくる場所」

マツコ「あー、これも聞く。けっこうお食事おいしいお店が増えたって。ラーメン屋さんけっこう出るよね」

原島「有名ですね。並んでいますいつも」

大森「約40店舗くらい食事を出すお店があります。『どんがらがっしゃん』ていうお店と『ばるぼら屋』さんくらいが飲食店だったんですけど」

マツコ「2店舗くらいしかなかったんだ。屋台的な感じになってきてるよね。すばらしい。ものすごい観光資源。すごいわゴールデン街って」

ナレーション「その他にも新宿のトンカツの名店『すずや』が作る1日3食限定カツサンドや、超希少、都内2店舗でしか食べられない『肉人2910』のパイン牛ヒレなど、他の街では味わえないこだわりの料理が食べられるのだ」

大森「ゴールデン街グルメの注目すべき点。カレー激戦区。今カレーのお店がすごく増えています。10店舗くらいありますね」

マツコ「あの街の雰囲気、カレー屋さん合うかも。よりおいしく感じるかもね。あそこで食べると」

大森「カレーの中でですね、玲子さんのオススメといっているのが『Diner 5GALLONS』の究極の牛すじカレー」

マツコ「おしゃれな名前ね。見た目もおしゃれね」

原島「できたときには、どこのモーテルですかって感じだったんです。この通りは八番街でちょっと暗くて。このネオンで明るくなった」

大森「できた当初はゴールデン街っぽくないっていろいろ言われた」

原島「1階と2階で違うコンセプトで、ガラっとお店の雰囲気変わるんです。マスターが凝っていて1階はシカゴ風。階段がルート66で、2階のサンタモニカにつながるっていう」

マツコ「ゴールデン街の中にこれが現れたらおもしろい」

原島「おもしろいんです。アンディガルシアとかもいそうな感じのシカゴ」

大森「そんな牛すじカレーをマツコさんに食べていただく。キャプテンの奥村健さん」

マツコ「一見怖そうで人のいいタイプ」

奥村さん「見掛け倒しなので」

大森「このカレーはどのへんにこだわりが?」

奥村さん「お酒に合うカレーということで、水分をなるべく少なくしてどろっどろに煮込んだ」

マツコ「おいしいわ」

原島「私はお店が終わっていつもGALLONSさんに行って、アフターはここでカレーを食べる」

マツコ「これクセになるね。アルコールに合うように作ってある。めっちゃうまい。これ残るスパイスの感じもいいわね。これでお酒飲めるわね。カレー部門の上位にきてます。基本的に飲み物だからね」

大森「あと5GALLONSさんはハンバーガーもやってる」

マツコ「それも食べる。あ、今日はないのね」

原島「このハンバーガーもおいしいんですよ。すごく凝っていて」

大森「健さんのお店だったら広いし、マツコさんでもいけるんじゃないですか」

マツコ「本当?行っちゃおうかな」

原島「シカゴに行くんですか?サンタモニカにいくんですか?」

マツコ「お店に迷惑がかからないほうでいいわよ。こっちにしろっていうほうに行くわよ」

原島「もう完食ですね」

マツコ「このペースで飲み食いするから」

大森「もうひとつご紹介したいんですけど、料理人のスゴ腕グルメ。料理人がいいお店が増えています」

ナレーション「実は、ゴールデン街の雰囲気に魅了された人たちの中には、多くの料理人が。厨房に立って35年、独自のルートで仕入れた新鮮な海鮮料理が名物『めしやあしあと』や、神田赤坂の焼き鳥の名店で修行した店主が、ワインに合う若鶏を厳選し焼いた『焼き鳥ポヨ』など、現在は本格的な料理がゴールデン街でたくさん食べられるのだ」

大森「5番街にある洋食屋なんですけど、2階にある『チキッチン』さんです。人気です。カウンターだけなんですけど。下町のほうでずっとやってた有名な洋食屋『吉良亭』さんなんです。千代の富士や寺尾などの名だたる力士たちも愛したお店。それでゴールデン街に復活させた。豚ロースの鉄板焼き。オススメです。ゴールデン街のお店のかたが、店も前にここで食べてからお店で仕事するっていうのが多い」

マツコ「築地的な使われ方ね。働いてる人たちと同化してるのね」

大森「さっきの5GALLONSさんもそうなんですけど、おいしいお店はお店のかたが使うので」

マツコ「ママたちが使うのか」

大森「そうです。チキッチンも開店前のママさんだらけになるお店ですね」

マツコ「絶対に飲み屋街にはあるのよ。プロが集まるお店っていうのが。アフターで今日来た一番嫌な客のことを言い合うのよ。あいつ最近よく来てるらしいよっていうね」

原島「気をつけようねっていう。情報交換」

大森「そんな中で天才シェフと呼ばれるシェフがいます。『ビストロPAVO』の菅原丈さん。『今夜もあつあつJoe熱のメンチカツ』持ってきてもらっています」

マツコ「なにこれ。これ安いね」

大森「丈さんは計算できないみたいで、ことごとく安い」

マツコ「いつになっても貯金できないぞ。あとこの無駄なソースの量。ついついかけちゃうのね」

原島「オープンキッチンになってて、丈さんはそこのキッチンで料理を作ってくれる」

大森「カウンター囲むので、みんな見れるんですよ」

原島「丈劇場をみんな見えるんですよ」

マツコ「OLとかでファンとかついてるんじゃないの。さっきのカレーといい、やばいなこれ。この街太るわ」

大森「ゴールデン街で一番いいシェフと呼ばれている」

原島「天才シェフ」

マツコ「ゴールデン街すごいわ」

菅原さん「豚肉100パーセントで、あとは玉ねぎも多めに入っています」

マツコ「メンチもいいんだけど、ケチャップがうまい」

菅原さん「シナモンをけっこう使っているんです」

マツコ「あとやわらかい味ね。とげとげしい酸っぱいとがった感じがなくて。ゴールデン街うまい」

大森「わざわざ来るかたもけっこういらっしゃる」

マツコ「この残ったケチャップもったいない」

菅原さん「ぜひ自家製のフォカッチャがあるので、フォカッチャで食べていただくのも」

マツコ「ウナギのたれ入ってた容器の空のやつ持ってきて、チューチュー吸って家に持って帰って使うとかね」

菅原さん「2人で食べていただくサイズ」

マツコ「全然食べきれますけどね。なんの問題もない。世の中の人はこれを『大きい』っていうのね」

 

 

《ゴールデン街の楽しみ方②今会いに行くべき名物キャラ4選》

 

 

大森「先ほどは街の変化を見ていただいたんですけれど、次はですねゴールデン街の変化、昔は名物ママがいました」

ナレーション「昔はお店ごとに名物ママがおり、そのママに会いにいくのも楽しみのひとつ。しかし今そんなママにある変化が。実はその変化により、若者が訪れるきっかけになったという。果たしてその変化とはいったいなんなのか。こちらが最近の流行を取り入れているバー『K-St』。早速中に入ってみると、店内は盛り上がるお客さんでいっぱい。実はゴールデン街の流行は日替わりママ制。こちらのお店では曜日ごとに違うママが立ち、その日の売り上げがそれぞれのママにはいる完全歩合制。そのため曜日によって訪れる客層も全く違うという。普段はモデルやイベントコンパニオンをしているかんなママ。そのため月曜日はかんなママ目当てに若いお客さんが集まっている。さらに土曜日の担当ママはなんと男性ママ、ぴーたんさん。この日の客層はなぜか外国人だらけ。その理由は得意の外国語を生かした海外の観光客を盛り上げる接客。このように、曜日によって違った接客を楽しめるため、自分の好きな曜日を選んでいくのが日替わりママ制の魅力。皆さんも気に入った曜日にお店に行ってみてはいかがですか?」

原島「もう昔には考えられない」

マツコ「上手にお商売されていますよね」

原島「今多くなっていますね」

マツコ「でも奥でドンとママが構えている店もありつつ、こういう気軽に行けるお店もあるのは街が元気になる」

原島「そうですね。活性化していきますよね」

大森「今度は名物ママと言われている美人ママがやっているお店がありますので」

マツコ「これがメインですから」

ナレーション「ここからは生まれ育った玲子ママだから紹介できる、今ゴールデン街で絶対に会いにいってほしい4人をご紹介。まず最初はゴールデン街一美人だというウワサの2人組の名物ママ。『BONITA』の文子さんと麻衣子さん。実はこの2人、元銀座のホステスさんで、約14年前にゴールデン街にお店を開いたという。しかし、玲子ママが2人に会いにいってほしい理由は美人ということだけではない。このお店の魅力は、どんな人にも平等に接する接客術。その接客方法によりゴールデン街でも屈指の人気店なんです。ゴールデン街を訪れた際はみなさんもぜひ行ってみてはいかがですか?」

マツコ「やっぱそうね、みんな最後は新宿に来るのよ。あんな街は無い。どう考えても新宿が一番」

大森「そんな魅力が多いゴールデン街ですけれども、レジェンドと言われるかたがいらっしゃいます。ゴールデン街の生き字引、新宿ゴールデン街商業組合理事長、外波山文明(トバヤマブンメイ)さん」

マツコ「すばらしいお名前ね。なんでも知ってますよ」

ナレーション「続いては、ゴールデン街の歴史をすべて教えてくれる外波山文明さん。街の歴史を深く知れば、今のゴールデン街がより楽しくなる。外波山さんがいるというのが、開業41年の老舗酒場『クラクラ』。20歳で上京して以来、50年以上ゴールデン街の歴史とともに人生を歩んできたレジェンド。そんな外波山さんが新宿と深く関わるようになったのきっかけが...」

外波山さん「新宿騒乱のデモ隊にずっと参加していました。デモでわっしょいわっしょいしているときに僕も参加して石を投げたりとか。ニュースに映っちゃって、おふくろがそれを見て『うちの息子が先頭でデモしている』って。怒られましたね」

ナレーション「新宿騒乱事件。1968年、ベトナム戦争に反対する人たちが日本政府に対し、新宿駅で暴動を起こした事件。これをきっかけに外波山さんは新宿の街と深く関わるように。そんな外波山さんが、新宿ゴールデン街の生き字引と言われるようになったのはいったいなぜなのか。それは新宿ゴールデン街の最大の窮地、地上げ騒動」

マツコ「新宿はゴールデン街のみならず地上げで本当にやられましたよね」

原島「やられました。あの時無くなるかなって思いました」

ナレーション「バブル全盛期の1980年代後期、新宿ゴールデン街の土地を強引に買い占め、高値で売りさばく地上げ屋が出現」

外波山さん「この筋の関係者が集まって飲みにきたりとか。『俺たちが1週間通って毎日飲んでいたらその店つぶれるんだよ』って。他の人来なくなりますからね。不審火が2件ありまして、5,6軒燃えて、それは恐怖でしたよ」

ナレーション「手段を選ばない地上げ屋たちの激しい圧力により土地を手放す人が増え、ゴールデン街は閑散としていった」

外波山さん「やっぱりこの街が好きでしたからね。この風情が好きだったものですから、この街を守るためには何とかしなきゃという思いでしたね。新宿ゴールデン街を守ろう会というものを作りまして、懐中電灯を持って朝まで警備しました」

ナレーション「そんな中、外波山さんたちを応援し勇気を与え続けてくれたのは、新宿ゴールデン街の常連客だった」

外波山さん「シャツを作りまして、一番最初が黒田征太郎さんで、そのあとが赤塚不二夫さん、滝田ゆうさん、いろんなかたたちにシャツにイラストを描いてもらった。シャツを売って弁護士費用とか活動資金にして戦ったんです」

ナレーション「それから数年後、外波山さんの勇気ある行動が身を結び、地上げ屋は姿を消した。こうして外波山さんはゴールデン街の生き字引と言われるようになった」

外波山さん「人生のいろいろを教えてくれた街。ここで勉強した。成長しましたね。一番人生のいろんなところが隠れている場所だと思うので、それをちょっと覗きにきてほしいと思っています」

ナレーション「みなさんも外波山さんからさらに深くゴールデン街の歴史を聞いてみてはいかがですか?」

大森「若い店長さんなんかが、今外波山さんに会って少し話をしたいので、紹介してくださいとか言われたりします」

マツコ「若い人でお店出そうとする人もちゃんとそういうことも勉強したうえで、っていうかたが多いんだ。やっぱり守られるべきじゃない?」

原島「そうですね。バブルの時に地上げ屋さんしか来ない時もあった。いろんなアプローチの仕方をしてきて、北海道で土地持ってるんだけど息子の嫁にならないか、みたいな不動産屋さんもいた」

マツコ「それはそれで違う人生が待ってたかもね」

大森「今度はお店のかたじゃなくて、店を持たない伝説の占い師。ジョン(犬)さんというかたもいらっしゃいます」

マツコ「(犬)っていうのはどういうことなんですか?本当に犬ってことではないんですよね?」

大森「このかたがタロット占いで、ものすごい当たるっていわれている。今週一回『クリシュナ』というお店で」

マツコ「流しの占い師みたいな?」

大森「そうです」

ナレーション「これまで占った人は数万人。芸能人や有名人も訪れる、予約必須の大人気占い師なんです」

大森「昔はいろんな流しがいらして」

原島「流しの文化があって、風鈴売りもいたし、なにがしさんもいたし、流しで売りにくるってゴールデン街ではけっこうあったんですよね」

マツコ「確かに占いって、飲みにきてる女の子とか、ちょっと俺がお金出してやるから占ってもらいなよっていう話、色っぽくていいわよね」

大森「今回本当はジョン(犬)さんに来ていただきたかったんですけど、出張中で来られない。なのでマツコさんの占いをしていただいた」

マツコ「勝手にそんな。どうするんですか。怖いわ」

大森「じゃあまず見ていただいて。...どうですか?当たってますか?」

マツコ「これを占ってもらった時点でTBSも覚悟はあったと思うんだけど。『マツコさんとTBSの関係。現在の関係は割と明るく活発ですが、TBSがマツコさんの良さを活かしきれてない感じ。タレントとの関係はテレビ局が作っていかなければ深まり様がありません。単発ではなくレギュラー番組を増やすのが一番関係を深めることの近道』。ジョン(犬)さん、最後の最後までは当たっているんですけど、レギュラーは増やしません」


大森「本日はいかがでしたか?」

マツコ「堪能いたしました。ゴールデン街にはもちろん行ってないですけど、ちょっと行った気になるくらい。平日とかのあんまり人がいないときにお伺いしたらご迷惑にならないのかな。でもああやって2階のお店とか見ると、階段を見ただけで怖じ気付くわよね。でも勇気をふりしぼって」

原島「ぜひぜひ来てください」

マツコ「その時は頼りにさせていただきますので、よろしくお願いいたします。いろいろこれ良かったんじゃない?もちろん大きなビル造ることも集客のひとつの方法ではあるけど、残せるところは残す方向でいったほうが街がおもしろいわよね。やっぱり新宿はすごいです。歌舞伎町に区役所の本庁舎置いてる区だからね。気合いの入れ方が違うわよ」




~完~