使えるビジネス心理学

こちらはプロカウンセラーの集団であるカウンセリングサービスが提供するビジネス心理学のブログです。
経営者・管理職・従業員など様々な立場や視点から仕事に使える心理学をご紹介いたします。

\新・心理学コンテンツサイトオープン!/
2017年9月1日、新しい「心理学コンテンツサイト」がオープン。
本ブログ「ビジネス心理学」の内容だけでなく、カウンセリングサービス所属カウンセラーによる、心についての読み物(記事)をまとめた「すぐに役立つ心理学サイト」として生まれ変わりました!

2017年9月1日移行の「ビジネス心理学」は新サイトにアップされます。
※このページでは「2017年8月末までのバックナンバー」をご覧いただけます。
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大谷常緑 講師:大谷常緑


宣言効果とは、自分の目標を言葉にして周囲に伝えるとその目標が達成しやすくなるという効果です。
自分の目標を自分の中だけで持つのではなく、
「私は次のテストで100点をとる」
「私は○○の資格を取る」
などと宣言すると、周囲の目もあって自分自身にプレッシャーがかかり、やすやすと挫折することなく頑張れるというわけですね。
また、「そうか、頑張れよ」と周囲の人も様々な形で応援してくれて、目標達成をしやすくなるという側面もあるでしょう。

ところが、目標を宣言したとしても、自分がその目標を達成できると信じていないケースもありますね。また、逆に、信じていないからこそ宣言をするというケースもあります。
「取りあえず、言ってみた」とか、「言わされた」とか、宣言することで安心感を得たいといったケースです。
このような場合には、宣言効果は有効に働かないことがとても多いのです。

宣言効果は、そもそも私たちの心の中にある、目標達成を妨害しようとする心の力を弱めるため、あるいはそれに打ち勝つためのサポート力なのです。

ここで、私たちの目標達成を妨害しようとする心とは、例えば「そんなことやっても無駄」とか「どうせ上手くいかない」といった目標達成に向かう気持ちを否定しようとするような囁きです。
この囁きは、自分の心の中だけでなく、時に人の言葉を借りて強化されることもあります。
たとえば誰かから「上手くいくわけないよ」と言われると、そう思っている自分の心がそれに反応して「上手くいかないかもしれない」という気持ちが強化されますね。
この目標達成を妨害する気持ちの根本は“怖れ”からきています。
怖れには様々な原因がありますが、例えば心理の深い部分では“成功することに対する怖れ”などというものもあります。
目標達成を妨害する気持ちが出てきたら、「自分は一体何を怖れているのだろう」と自分の深層心理に入ってみられるのもいいのではないかと思います。
意外な気持ちに出会えるかもしれませんし、それが分かってしまえば恐れずに足らずということが理解できるかもしれません。

宣言効果を有効に働かせるためには、目標を達成するという“決意”が必要になります。そしてこの決意は、“自分がそれを選択する”という意識によって強化されます。
しかし、私たちは必ずしも100%の力で決意できるというわけではありません。
迷いながら、考えながら決めることも多いのではないのでしょうか。
決意はその力が大きいほど効果的なのですが、必ずしも100%でなくても構いません。極端な話、51%の決意でも構いません。
そこに宣言効果が大きくサポートしてくれるので、目標を達成できる確率はぐんと高まるに違いないでしょう。


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大塚亘 講師:大塚亘


最近カウンセリングをしていて私が良く思うことは、

なぜ我々日本人は、こんなに自分に厳しいのだろう

ということです。日本人に謙虚な方が多いのはカウンセラーになる前から知っていましたが、もはや、謙虚さを通り越して、

自己否定

になってしまっている方も数多くいらっしゃいます。仕事のご相談でいえば、私から見ると、真面目に仕事を頑張り、職場の周りの人から信頼され、かなり評価されているとしか思えないのに、本人は、自分がダメだから、自分が能力がないから、自分の性格に問題があるからという感じで、とにかく自分を否定しようとしたりします。

ご本人は仕事に関して悩んでいるのは事実ですが、お話しを伺うと、ただ真面目にしっかりと仕事をしているだけ、私から見れば何も問題ない、という方がとても多いのです。

そんな時に、私は、こんなたとえ話を使います。


私:○○さん(クライアントさん)のお住まいの近くに、郵便ポストってありますか?

○○さん:はい、あります。

私:その郵便ポストって、赤いですか?

○○さん:はい、赤いです。

私:その郵便ポストが赤いのは、○○さんが悪いのが原因です。○○さんのせいで、郵便ポストは赤いのです。○○さんが悪いんですよ。

○○:は?

私:もちろん冗談ですよ。○○さんは、郵便ポストを赤のペンキで塗ったことはないですよね。

○○さん:はい、ないです。

私:そうですよね。だから、郵便ポストが赤いのは、○○さんのせいではありません。

私:○○さんが、ご自身を否定しているのって、これと全く同じなんですよ。○○さんは全く悪くないのに、ポストに赤いペンキを塗ったことなんてないのに、ポストが赤いのは私のせいだと言っているようなものなんです。おかしくないですか?

こんな感じで、クライアントさんは悪くない、ダメではないという説明をするのですが、もちろんこれだけで自己否定が解消されることはまずなく、

○○さん:でも、私はやっぱりダメで・・・

という感じになってしまうことが多いです。

でも、私からみれば、本当に、ポストが赤いのは私がダメだからなんです、という変な話しと同じにしか聞こえないことがたくさんあります。

そして、自己否定が強いと、

心理的には「願いが叶う」ため、自分を不幸にするという願いが叶ってしまう

のです。私から見れば全く否定する必要はないのに、自己否定が原因で自らを苦しめている方が良くいらっしゃいます。


一般的には、自分がダメだから、自分に能力がないから、自分に魅力がないから、よって、自分はあまり幸せでない、というふうに思いがちです。でも、私は逆だと思っています。

自分がダメだと思い込んでしまったために、ダメな状況を引き寄せている

としか私には思えないのです。ダメではないのにダメだと勘違いしてしまったことが、ダメと言う結果を連れてきてしまっているという感じです。

ということは、仕事でも恋愛でも、

はじめに、自分がダメだという誤解を解く

ということが重要なのだと思います。


さて、いきなり話しは飛びますが、我が国日本では、賃金や物価が下がり続ける「デフレーション」という状態が20年以上続いています。

統計によると、賃金のピークは1997年(平成9年)ですが、1997年を100だとすると、昨年2016年(平成28年)は、なんと86.4です。つまり、13.6%も賃金が減ってしまっているのです。

年収500万円だった方が、年収432万円になってしまった、という話しです。これは大変なことですよね。

ちなみに、物価が下落しているのだからいいのではないか?と思う方もいるかもしれませんが、物価が下落するということは、企業の売り上げや利益が減るということですから、その企業の従業員の賃金が減ることになります。

従業員の賃金が減ると、その従業員の生活はさらに苦しくなり、安いものしか買わなくなり、安いものしか売れない他の企業の経営が厳しくなります。このように、賃金と物価の下落は連動していて、何か対策をしないと、アリジゴクにハマっていくように落ちていってしまいます。

なお、デフレーションになってしまった原因はハッキリしており、また、デフレーションから脱却する方法も明確に存在するのですが、政策の失敗により、いまだに日本はデフレーションに苦しんでいます。

ただし、私は、ここでは、あえて政治家のせいにはしないようにしたいと思います。これは、私の個人的意見ですが、誰かのせいにしても問題は解決しないと思っています。被害者モードでは、幸せはつかめないと私は思います。これは、仕事でも恋愛でも結婚でもなんでも同じだと私は思います。


ということで、単なるカウンセラーに過ぎない私ですが、、日本がデフレーションから脱却できる方法を考えてみました。そのキーワードは、

「自己否定」

です。

みなさんは、日本はダメ、日本は成長しない、日本は借金大国である、というようなニュースを見たり、聞いたりしたことがないでしょうか。なんとなく、それが常識のように感じていらっしゃる方々も多いと思います。

例えば、日本は、「国の借金1000兆円、国民一人当たり800万円の借金がある」というようなニュースがありますよね。でもこれは、実は、全く問題のないことなのです。

まず単純に考えて、なんで「国民一人当たり」の数字を出さなければならないのでしょうか。みなさんは、800万円も借金していますか?住宅ローンという健全な借金などは問題ないわけですが、赤ちゃんや子供も含めて、1人ずつ800万円も借金しているわけはないですよね。

「国の借金」という言葉も不正確で、正確には「政府の負債」です。「国」という漠然とした言葉を用いると、我が国の国民も入っているような気がしませんか?でも、実際は、国民は国債購入などで政府に貸し付けている「債権者」であり、債務者は「政府」なのです。

ですから、国民一人当たり800万円の借金、ではなく、800万円の債権を持っている、もっと簡単に言えば、

国民一人当たり800万円の貯金を持っている

という、全く問題のない話しなのです。


もう一つ具体的な事例を出したいと思います。

我が国は、外国からお金を借りています。その額は、なんと500兆円です。ものすごい金額ですよね。

しかし、一方で、我が国は、外国にお金を貸しています。その額は、なんと、820兆円です。820-500=320で、少し難しい言葉ですが、我が国の対外純資産は320兆円です。

320兆円の対外純資産は、ダントツの世界一です!

我が国日本は、世界一のお金持ち国家なのです。

ちなみに、世界一の借金大国(外国からの借り入れが多い国)はどこでしょうか。なんと、世界一の借金大国はアメリカ合衆国で、対外純負債は、なんと886兆円です。

でも、アメリカが破たんする!という話しはほとんど聞かないですよね。

実は、アメリカも破たんすることはないのですが、その理由の説明はさすがにここではできないので、興味がある方はインターネットで調べていただきたいのですが、いずれにしても、世界一のお金持ち国家である日本が財政破たんする確率は、実は、ゼロなのです。


つまり、日本には財政問題なんて存在しないのです。実は、これは、さきほどの変なたとえ話である、「赤い郵便ポスト」の話しと全く同じなのです。日本はダメではないのです。

我々日本人の多くが、日本はダメではない、つまり「自己否定」する必要はない、と思えたとき、私は、我が国はデフレーションから脱却できるのではないかと本当に思っています。


そして、今この記事を読んで下さったあなたも、ダメではありません。みなさん全員ダメではないのです。以前から、ダメではなかったのです。
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那賀まき 講師:那賀まき


仕事をしていると、突発的な仕事を頼まれたり、クレームの対応に追われたりと不測の事態が起こるなどといったこともあると思います。そんなとき、主体的に判断して対応したり、調整力を発揮して事態に対応したりできればいいのですが、そうではなく、オロオロとするだけの同僚や、判断が遅れる上司の仕事ぶりを見て、「なぜ、そんなことをしているんだ!○○してあたりまえなのに!」とイラッとする、ということあるのではないでしょうか?

今日は、この「○○してあたりまえなのに・・できていない!」という怒りについて考えていきたいと思います。


◆こんなことはないでしょうか?

上司に対して
「上司のくせに部下の仕事を理解してくれない(上司なら理解すべきだ・理解できてあたりまえだ)」
「どうして的確な指示をあたえられないんだ…(上司なら的確に指示を出すのは当然だ))」
「なぜ助言や手助けをしようとしないんだ!(上司は部下をサポートすべきだ)」

部下に対して、
「どうして、締切を守れないんだ!!(締切を守るのはあたりまえだ)」
「もっと自分で判断しないんだ(社会人なんだから必要な自己判断はできるべきだ)」
「任せた仕事の経過報告はどうなっているんだ!(当然上司に報告するべきだ)」

このような場面で感じているのは、「○○してあたりまえ」「○○すべき」という観念に基づいた「怒り」です。わたしたちは心の中に「○○すべきだ」「○○して当然だ」といったルールをたくさん持っています。そして、このルールを破られたときに不満や怒りを感じるのです。(このルールは他人に対してだけでなく自分に対しても向けられるので、「やるべきことができていない」と自分を責める原因にもなっています。)


◆「あたりまえ」は本当にあたりまえなのか?

物事のとらえ方や出来事に対する考え方や感じ方は人によって違います。自分にとっての「あたりまえ」であっても、他人にとっては「あたりまえではない」こともありますよね。もわたしたちはこの「違い」を忘れてしまいます。特に仕事の場では、その職場での常識ややり方というルールもありますから、余計に「○○してあたりまえ」と感じやすくるのではないでしょうか?

けれども、もしかしたら、相手はそのルールが身についていないのかもしれないし、ルールはわかっているけれどうまくできないのかもしれないですよね。「なぜ、あたりまえのことなのにやらないんだろう?」と感じたときに「できない理由があるのかも?」という見方を取り入れることができると、瞬間的に沸き上がった「いらっ!」という気持ちを落ち着けることができます。


◆「○○してあたりまえ!」という怒りは「○○せねば!」と自分を律している度合いに比例する

「締め切り厳守」という職場で10年働いてきたAさん。実は忘れっぽい性格なので、人一倍意識して「厳守」してきたという場合。今年入ってきた新人が締め切りを忘れる、締め切りに遅れるという場面を目の当たりにすると、「自分はものすごく気を付けているのに、こいつはその努力を怠っている!けしからん!」と腹が立ちます。このように、自分が「守らねば!」と強く意識していることほど、そのルールを破る人に対して腹が立つのです。

こういった場合は、自分の努力を認めるとともに、ほんの少しでいいので、ルールを緩めることで怒りを感じる度合いが減っていきます。例えば、「締切は守らねばならない」を「締切に間に合うようにする」と緩めるだけでも、「いらっ」とする度合いが弱くなるのです。


◆上司への怒りは上司への期待の裏返し

上司と部下という関係で感じる感情は、親子関係で感じる感情と似ているといわれます。小さな子どもにとって親は「強くて、優しくて、なんでもできて、自分を守ってくれる存在」なのですが、無意識的に、これに似たことを上司に期待しやすくなるのです。すると、上司なら部下を理解すべき、上司なら部下を上手に育てるべきといった思いが生まれ、その期待を裏切られると「上司なのに・・」と失望し、それが怒りに変化していくのです。
こういった場合には、上司に対する期待に気づき、その期待を弱めたり手放したりすることで「いらっ!」とする気持ちも弱まります。


◆部下への怒りは過去の自分との比較や助けてほしい気持ちの表れ

部下に対して「○○しないんだ!」と感じるとき、自分がそのポジションにいたときの「あたりまえ」を基準にしやすくなります。自分は○○していたのに、どうしてそれをしないんだ!という感じです。また、そんな気分を感じているときは、その裏側に、「○○してくれないと、自分の仕事(部署内の運営等)にも影響が出るので困るという気持ちが隠れていることも少なくありません。

そういった場合、部下の力量を見極め、自分との比較ではなく、部下に見合った基準を作ったり、「○○してくれると、助かるんだ」ということを表現することで「いらっ!」という気持ちを和らげることができます。


◆「違う」という土台にたつ
「○○して当然なのに!」「○○するのがあたりまえなのに!」という怒りは、自分も相手も同じルールを同じ感覚で感じているはずという思い込みから生まれます。ですから、
「わたしのあたりまえ」と「隣のあの人のあたりまえ」は違う!と意識することが怒りを手放すコツ。
よろしければ試してみてくださいね。
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大塚亘 講師:大塚亘


私は、学生時代に強迫神経症という病気にかかってしまい、治るのに5、6年くらいかかってしまいました。19歳くらいからその病気と闘っていましたが、完治しないまま大学をなんとか卒業し、新卒としてある会社に就職しました。

その会社は、音楽や映像に関する会社で、私は、3年ぐらい経理事務を行い、その後営業に異動になりました。

営業に異動したころは、病気はほとんど治っていましたが、当時の私は、あまり人には言えない、こんな病気にかかってしまったということに、ものすごい自己嫌悪、自己否定の気持ちを無意識に持っていました。

そんな状態で、私は、レンタルビデオ店にビデオを売るという営業をしていました。今はビデオテープはほとんどありませんが、私が営業をしていたのは今から20年以上前で、当時はまだDVDもありませんでした。

映画の最新作のビデオを売るという、まともな仕事ではありましたが、一方で、レンタルビデオ店に置くビデオの適正本数というものはだいたい決まっていて、お客さんであるお店側としては、多く仕入れればもうかるというわけではありません。

しかし、私の営業としての立場でいえば、一本でも多くのビデオを売る必要がありました。お店の規模を考えれば、おのずと適正本数は決まってくるのですが、上手くセールストークをして、なるべく多く仕入れてもらうようにしなければならないのが、当時の私の仕事でした。

このような矛盾は、もしかしたら、ビジネスシーンでは良くあることなのかもしれません。でも、私は、自分がやっていることが、「押し売りなのではないか?」という疑問を持ってしまい、悪いことをしているような感じがして、営業をしているのがとても辛かったのです。

いまから考えれば、私は、ほとんど治っていたとはいえ、あまり人に言えない病気にかかってしまった自分を強烈に自己否定していましたので、自分自身の存在が「迷惑」だと思っていました。実際に、その病気により、親兄弟や、友達や、病気になる前から付き合っていた当時の彼女に、多大な迷惑をかけてしまいました。

病気が原因で、もともと無意識に「自分は迷惑な人間である」と思っていたことに加えて、お客さん側からすれば、多く買えばよいというわけではないビジネスモデルでしたから、私は、もともと迷惑な人間が会社のノルマを達成するために押し売りをしている、という感じがして、本当に悪いことをしているような感覚があったのです。

もともとは、自分がいうのもなんですが、私は真面目な人間ですから、営業として働くということが、悪いことをし続ける、という感じにとらえてしまい、本当に辛かったのです。


それでも、私には、「絶対にひねくれないようにしよう」という信念のようなものがありました。もちろん限界はあるのですが、会社が決めたノルマを達成しようと頑張りました。

あるとき、私のお客さんであるビデオレンタル店の仕入れ担当者が、こんなことを言ってくれました。

「もっとビデオが売れるように、どんどん押して、売り込んでいった方がいいよ」

会社の上司に言われるのなら分かるのですが、お客さんである仕入れ担当者から、もっと大塚君の営業成績が上がるように、お店側に押して押して、売り込んでいった方がいいと言われたのです。

私なりに頑張って売り込んでいるつもりだったのですが、お客さんのほうから、もっと押してもいいと言われてしまいました。でも、その仕入れ担当者の言葉に、私は本当に救われました。

「もしかしたら、営業は必ずしも迷惑ではないのかもしれない」

と、初めて少し思えたのです。

しかも、お客さんが私を救ってくれたことは、一度や二度ではありませんでした。いつも「いろいろと良くしてくれる」から、今回は多めにビデオを仕入れるよ、というようなことは、しょっちゅうありました。

私としては、「迷惑な営業をしている」と思い込んでいますから、「いろいろと良くしてれる」の意味が分かりませんでした。でも、お客さんの反応を見れば、「もしかしたら俺は迷惑ではないのかもしれない」と、少しずつ思えるようになったのです。


あるお店の仕入れ担当者とは特に仲が良くなり、というか、面倒をみてくれて、私と仕入れ担当者の2人で飲みに行くまでになりました。私より10歳くらい上の、社会人として先輩である彼は、私の仕事の悩みをたくさん聞いてくれました。

あるとき、彼は、私にこんなことを言ってくれました。

「ストレス解消には、モーツァルトなどのクラシック音楽がいいよ」

私は、当時クラシック音楽は全く知らなかったのですが、もともと音楽好きということもあり、そのアドバイスを素直に実行したら、クラシック音楽が大好きになってしまいました。ストレス解消に役立ったのかはよく分かりませんが、私の趣味の一つが確実に増えた出来事でした。

その彼とは、実は、今でも付き合いがあります。私はカウンセラーと並行して自営業をしていますが、私の自営業のお客さんである会社の社長が、その彼なのです。もう20年以上のお付き合いです。


私は、自分の自己否定、自己嫌悪が原因で、迷惑な営業をし続けていると思ってずっと辛かったのですが、その迷惑をかけているはずのお客さんが、私をたくさん救ってくれました。

実は、私は、そのビデオの営業マンのとき、全国でトップ3に入るぐらいの営業成績を上げていたのです。営業は辛かったですが、結果は残していたのです。

私は今はカウンセラーをしていますが、正直に申し上げると、私も今でも単なる人間ですから、自己嫌悪や自己否定を今でも持っています。要するに、自分を否定して疑ってみてしまうクセは、今でもあります。

それでも、今から考えれば、ビデオの営業マンの時代に、あれだけたくさんのお客さんが救ってくれたのですから、そして、実際に営業成績が良かったのですから、私の仕事は、迷惑ではなかったのかもしれないと今は思えます。


もし自分なりに当時の自分を評価するとしたら、

自分なりの信念をもって、誠実に頑張っていた

といえると思います。そして、その頑張りをお客さんが見ていてくれて、評価してくれて、私を救ってくれたのだと思っています。

いまから振り返れば、当時のお客さんだけでなく、会社の上司や先輩、親兄弟や友達など、私の周りのあらゆる立場の人間が私を見ていてくれて、救ってくれたような気がしています。

辛いながらも、ひねくれずに、頑張ったことが良かったのかもしれません。

そして、カウンセリングをしていると、クライアントさんは、ひねくれずに、前向きに進もうとされている方々ばかりで、本当に素晴らしいなといつも思います。

今何らかの悩みがあったとしても、あなたを見ている人は、どこかにいるのかもしれないですよね。

読んでいただき、ありがとうございました。
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成井裕美 講師:成井裕美


あなたの近くに、こんな人はいないでしょうか?

・言われたことしかできない。
・指示されたことについて、指示された通りにしか動けない。
・応用力がないので、ちょっとした変化に対応できない。
・「なんで私がこんなこと・・・」と愚痴や不満ばかり言う。
・何かを聞かれたり、決断を迫られると「なんでもいい」と答える。
・誰かと自分を比較して、相手に嫉妬したり攻撃したりする。

実はこれは「主体性」のない人の特徴なのです。

前回からお届けしている本シリーズ「主体性のある部下の育て方」は、

どうすれば「指示待ちくん」「マニュアルくん」から脱却し、自ら考え、行動できる力をつけていけるようになるのか?

についてのお話です。

●これまでのおさらい
・第1回:主体性と自主性の違い
http://ameblo.jp/tukaelbusiness/entry-12242899663.html

「主体性」と「自主性」はとても似た言葉で、「自分で判断し動ける」という点では両方とも同じです。
両方とも私達にとって大切なスキルなのですが、ある点で「主体性」と「自主性」には決定的な違いがあり、その”違い”についてお話しています。


・第2回:どうして「主体性」がなくなるのか?
http://ameblo.jp/tukaelbusiness/entry-12264344979.html

みんながみんな、「自分で考え、判断し、行動でき、そしてそれがまた自信になり、やりがいを感じる。」という好循環になれば、それはとてもいいことなのかもしれません。
しかし、「指示待ちくん」や「マニュアルくん」という、主体性がなくなるのにも、理由があるのです。というお話。


●上司のあなたができること

第2回目のお話の最後に、『主体性がある人は「意思の力」が強い』ということを書きました。
その「意思の力」を身につけるのは何も難しいことではなく、実はとっても小さな、日常レベルの積み重ねです。

ポイントは
「把握する」→「決断する」→「行動する」の3ステップ

この3ステップを繰り返し行うことで、「意志の力」が育ち、主体性を身につけていくことができます。

そして、それはビジネスの世界でも同じこと。
上司として、リーダーとして、あなたが「主体性のある部下(後輩)」を育てるならば、上記の3ステップを業務を通じて体験を積ませてあげることができれば、良いわけです。

<主体性のある部下を育てる3ステップ>

・把握する:仕事の「流れ・全体像」を教える

・決断する:自分の役割を理解し「考える力」を育てる

・行動する;フォローしながらも、「仕事を任せる」


●仕事の「流れ・全体像」を教える

「指示待ちくん」「マニュアルくん」は、多くの場合、与えられた仕事や、指示を受けた範囲内のことしか視野になく、業務の「流れ」や「全体像」が見えていません。

その為、本人も「次に何をすべきか?」「優先度はどうか?」がわからないため、指示を受けた1つの作業が終われば、また次の指示を待ってしまったり、イレギュラーなことが怒った時に、どう対象すべきか?が分からない、ということが起こりやすくなります。

主体性のある部下を育てる為には、まずは「業務の流れ」を丁寧に教えるといいでしょう。
各作業のやり方や、作業時間の目安、作業終了後の報告の仕方など、最初であればあるほど、こんなことまで?と思う当たり前で、基本的ことも教えるのが鍵です。

例えば、製造ラインであれば、自身の担当の工程・作業内容だけでなく、製品が自身の担当作業に来るまで、そしてその後製品が完成するまでの全工程を把握させることが大切です
営業であれば、自身が取り扱う製品がどのように作られ、そしてお客様の手元に届くのか?(活用されるのか?)を把握し、イメージできるようにしておくのもいいでしょう。

そのように、自身の関わる「仕事の流れ・全体像」を教えることにより、部下は自分が完了した仕事の”次”に何が待っているのか?を考えることができるようになります。
また、何かイレギュラーなことが起きたときにも、この「仕事の流れ・全体像」から、答えを導きやすくなります。


●自分の役割を理解し「考える力」を育てる

上記の「仕事の流れ・全体像」を部下が把握できるだけでも、ぐっと、「自分で考える力」が身につきますが、さらにその力を伸ばす為に、
「どうすればいいですか?」と質問された場合に、
「君はどうすべきだと思うか?」「どうしたいと考えているのか?」
を聞いてみましょう。

毎回上司がそのように自分に質問をしてくるとなると、部下も上司に指示を仰ぐ時、上司に相談する時に、
「次は○○をしたらいいでしょうか?」
「今回は××の対応をしたいのですが、よろしいですか?」
と、自分なりの答えを用意する必要にせまられますので、
「どうすればいいですか?」の質問の前に、自分なりに「考える」とう作業を行うようになるでしょう・。

自身の業務を把握し、その中での自分の役割を理解して仕事をする。
とても基本的なことですが、その基本姿勢を部下自身が意識できるようになると、部下の「考える力」はぐっと成長し、主体性を育てることができます。


●フォローしながらも、「仕事を任せる」

言われた仕事をするだけでは、人は成長しません。
誰かの補佐(サポート)をするだけでは、人は成長しません。
無責任に作業をこなせばいいだけ、という環境では、私達は「主体性」が発揮できないのです。
その為、「指示待ちくん」「マニュアルくん」から抜け出す為には、責任のある仕事を任せる、というのも効果的です。

責任のある仕事を任せられると、私達はその仕事に緊張感をもって作業し、また失敗しないようにといろいろと思考を働かせながら業務に取り組むことになります。
無責任に作業をこなす、というのとは異なり、ミスがあると自身が責任を負う立場になるので、そうならないように仕事の流れを何度もシミュレートし、スムーズにすすめていくために優先度を決めたり、「こうなった時にはこうしよう」といくつかの対応策を練る、という風に、責任感と主体性をもって、仕事に取り組むようになることでしょう。

そこでは上司のあなたが「ここまではフォローするが、ここからは部下に任せる」と線引を加減しながら、部下の成長できるように導き続けて下さい。
「任せる」と「丸投げして知らん顔する」は異なりますので、見守り続ける、というスタンスが必要です。

部下が失敗しそうな時、壁にぶつかっている時には、代わりに全てをあなたが対応する形でのフォローではなく、
一緒に原因を考え、部下自身から「どのようにしておけばより良かったか?次はどう対応すべきか?」を引き出す形でフォローしてあげると、より部下の「考える力」を育て、主体性をのばすことに繋がります。



私達は多くの場合、その業務に関して経験値を積むことで、段々と指示を受けずに仕事に取り組むようになるのが一般的です。
しかし、それでも指示がないとなかなか動けない、イレギュラーなことに弱い、という人は少なからず存在します。

今回の「主体性のある部下の育て方」シリーズを通して紹介した方法が、あなたの部下の主体性を引き出す指導の参考になれば嬉しいです。
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大門昌代 講師:大門昌代


部下が相手方に、失礼な対応をしてしまった。
こちら側のミスで、相手方に迷惑をかけることになってしまった。

残念ながら失敗は、私たちが人間である以上、いくら気を付けていても起こります。ところは
起こってしまいますが、ビジネス上の失敗は、その後の関係性にも大きく影響しますし、なかったことにというわけにはいきません。
こんな時は、どのように謝罪するかが、とても大切です。

まずは、心から謝罪するということが大切なのは、皆さんもご存じのことかと思います。
ですが私たちは、「悪いことをしてしまった」と強く思うことによって、つい素直に謝罪できないときがあります。

「そうは言っても、あの人の〇〇なところも悪いのですよ」
「うちだけじゃないですよ。他にも同じようにしているところはたくさんありますよ」

これをやればやるほど、相手方の怒りに火をつけてしまいます。
収まるものも収まらなくなってしまいます。

なぜ相手方の怒りに火をつけてしまうのかというと、「私は悪くないですよ」という意味のことを言ってしまうことによって、相手方が「悪い」ということになってしまうからです。
言っている側は、「私は悪くない」ということを伝えたいだけで、「あなたが悪い」と言っているわけではないのですが、「私は悪くないですよ」という言動は、「私は悪くない=それを許さないあなたが悪い」というように伝わってしまうのです。
テレビで放送される謝罪会見などでも、素直に誠実に「申し訳ありませんでした」と謝罪する人は、見ていて気持ちいいですが、私は悪くないですよという言動の人に対しては、嫌な感じをもちますよね。

まずは、相手方に嫌な思いをさせてしまったことに対して、誠実に謝罪します。
そして、そのあとが大切です。

しつこく「本当に申し訳ありません」「どうかお許しください」のように、延々と謝罪しつづけるのもまた、相手方に悪い印象を与えてしまうのです。
なぜなら、しつこく何度も何度も謝罪される側というのは、「あなたは、こんなに簡単に許してくれる人ではないですよね」と言われているような気分になるからです。
「怒りますよね」「根に持ちますよね」「許さないですよね」と扱われたとしたら、これもまた良い気分にはなれません。

ですから、誠実に謝罪した後は、「でも、お相手が〇〇さんで良かったです。ご迷惑をおかけしたのは本当に申し訳なかったですが、〇〇さんでなかったら、命取りになるところでした」という具合に言ってみましょう。
もちろんその通りでなくても結構ですし、お相手とのお付き合いの程度により、言葉遣いは変わってくるかと思います。

これは、「〇〇さんは、私を追い詰める人ではないですよね」と相手方を扱っていることになります。
つまり「〇〇さんは、許してくれる人ですよね」ということです。
あなたは、やさしい人ですと扱われて嫌な人はいません。
許してくれない人ですよねと扱われるのは気分が悪いですけどね。

人は一緒にいて、良い気分を感じる人に好感をもちます。
反対に、嫌な気分を感じる人には、嫌悪感や敵意をもつものです。

謝罪は、できればしたくないことですが、謝罪するときでも、相手に良い気分を感じてもらうことが、とても大切なのです。
潔く誠実に謝罪し、相手を悪者にしない。
これがとても大切なのです。
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大谷常緑 講師:大谷常緑


心理学では「自分の現在の状況や身の回りに生じている出来事の全ては、自分が選択した結果である」という捉え方をします。
私たちは連続的な時間の中で生きています。
従って、生じた状況やできごとに対して、自分がどう感じるか、どう捉えるか、それに基づいてどのように行動するかがが現在の状況に影響を与え、新しい状況を形成していきます(いわゆる、フィードバックです)。
私たちは、置かれた状況や生じたできごとに対して、特に意識することなく反射的に感じ、習慣的に捉え方を決め、その結果行動することがとても多く、これが次の新たな状況やできごとを作り出すのですが、このプロセス(道筋)が“パターン”として固定化されていると、同じような結果を繰り返してしまうことになります。
その結果が、自分にとって望ましい形であれば問題はないのですが、もし望んでいない結果であれば、そのプロセスの中の“何か”を変えないと生じる結果は変わらないものです。
では、その“何か”を変えるにはどのようにしていけばいいのでしょうか。
人が何らかの行動を決定するプロセスを大まかに分けて考えると、
(1)イベント(できごと)が生じる
(2)感覚器官による取り込み(聞く、見る、触る、臭うなど)
(3)感じる(好きだ、嫌だ、怖いなど)
(4)捉え方を決める(どういうことだろう、どうなっているのだろうなど)
(5)行動を決める(感謝する、反撃する、放置するなど)
という流れになります。
“(1)イベント”は自分以外の外部からやってくる事柄なので、先ずは自分から変えることはできません。
“(2)感覚器官による取り込み“は、人により個人差があったり、年齢による変化が生じたりしますが、こちらも自分の現在の感覚器官の特性という意味では余り変えることができません(例えば、視力はメガネやコンタクトレンズで変えられますが)。
“(3)感じる”は、“(4)捉え方を決める”とも密接に関連する部分もありますが、経験や理解により変わってくることもあります。例えば高所恐怖症を克服する訓練を受けると、高所でも怖いという感情は生じなくなります。
また、無意識の中に抑圧された広義のコンプレックス(劣等感によるコンプレックスのみではなく、触れられると大きく心が動揺するもの。ファザーコンプレックス、マザーコンプレックス、エディプス・エレクトラコンプレックス、カインコンプレックスなどがあります)も影響を与えますが、それが影響していることを認識し、自分の問題とそうでない問題を切り分け、理解を深めることで影響が緩和していくことができますが、コンプレックスは深層心理に潜む問題ですので、少しハードルが高いかもしれません。

比較的容易に、主体的に変えることができるのは、“(4)捉え方を決める”と“(5)行動を決める”部分です。
先ず“(4)捉え方を決める”というプロセスですが、ここには自分の過去の記憶や経験、観念(こうでなければならない、こうあるべきという考え方)、自責の念(自分は不十分だ、自分は人とは違っておかしい、自分は悪い人間だなど)などが影響します。
このプロセスでは、多くの場合“自身の防衛”から発想が固定化されている場合が多く、“守らなければならない”=“自信の無さ”が影響を及ぼしています。
例えば“遅刻をしてはいけない”という観念を例にすると、そのような意識が無ければ遅刻をしてしまうという自信の無さが反映されていることになります。
人は、問題になるところには意識を向けますが、問題にならないところには意識を向けないものです。ピーマンが嫌いな人はピーマンに意識を向けますが、ピーマンが平気な人はピーマンに意識を向けないのと同じです。
この“(4)捉え方を決める”部分を意識してみると、自分で変えることができます。
“どう捉えるか”を選択することができるようになります。
多くの場合、自信の無さとそれに伴う“遠慮”が相互に影響しているので、ここでは「それが何か」というような感じで開き直りにチャレンジしてみることです。
先の遅刻の例でいえば“遅刻をしてはいけない”という観念を横に置いて、“遅刻することもあるよね。だって人間なんだもん”ぐらいの軽い捉え方に変えてみても、案外遅刻はしないものです。なぜならば、そもそも遅刻はしたくないからです。
もしそれで遅刻が多くなる様であれば、それは例えば遅刻により感じる“罪悪感”を感じたいなど遅刻とは別のところに問題を生じる原因があるということです。そのような場合には、遅刻以外にも“自分は悪い人間だ”というような罪悪感を感じるようなことを繰り返して行っている可能性があります。
“(5) 行動を決める”というプロセスですが、捉え方を変えると自然に変化をします。
今まで先の“遅刻をしてはいけない”という捉え方をしていた場合、約束の時間に遅れてくる人がいるとついつい気分が悪くなり、つっけんどんになったり、チクリと一言刺したりしていたものが、“遅刻することもあるよね。だって人間なんだもん”に変化すると、相手に対する縛りも弱くなってそのようなことが無くなります。
そうすると相手からの受けもよくなって、あなた自身の評価も自然と高まり、あなたが心地悪くなるような状況も減っていきます。ポジティブなフィードバックに変わっていくのですね。
また、“(5)行動を決める”プロセス単独でも変化を起こすことはできます。
例えば、“1日1回感謝をしてみよう”というようなことでも、“快く思っていなかった人のいい部分を見つけるようにしよう”でも構いませんし、“ちょっとオシャレしてみよう”などでも構いません。あなたの気持ちが変わるだけでなく、それがまた自分の外側の人や状況に影響を与えて、ポジティブなフィードバックへと変わっていくかもしれません。

今まで固定化されていた状況に何らかの変化があると、全体的に流れが変わっていきます。
自分にとって望ましい方向に変化した流れを受け取っていかれると、大きく人生が変化していきます。
“選択の力”は、私たちが持っている、とても大きな力なのです。
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那賀まき 講師:那賀まき


◆同じ出来事に遭遇しても「イラッ」とする人もしない人もいる

「お客さまを訪問するために、後輩と待ち合わせをしていた」としましょう。
この後輩が到着したのは、約束の時間の3分前。

Aさんは、「何してたんだ、こんなぎりぎりに来て!」とイラッとした表情を浮かべ「さあ、行くぞ!」とさっさと歩き始めました。ところがBさんは同じ状況の時、「お、来たな。」と普段と変わりない様子で、後輩に話しかけ、「じゃあ、行こうか?」と声をかけて二人で歩きはじめたのです。

「お客さまを訪問するために、後輩と待ち合わせしている。」
「後輩は約束の時間の3分前に当直した。」

この2つの客観的事実は変わらないのにAさんは「イラッ」とし、Bさんは普段と変わらないと、AさんとBさんでは全く違う態度をとりました。このように、客観的事実は同じでも、その状況に対して「どう感じるか」は人によって違います。

◆「イラッ」の下には、「ルール」(観念)がある

上記の話を例にとります。
後輩にイラッとしたAさんは、「目上の人との待ち合わせの際には、目上の人を待たせてはいけない。」「待ち合わせの時間の10分前には現場についておくべきだ。」というルールを自分に課していました。
一方、Bさんは、「約束した時間に遅れないようにしないといけない」とは思っていましたが、それ以外は特に強い思いは持っていませんでした。

このように、AさんとBさんでは、「待ち合わせ」に関する「守るべきルール」が違っていたのです。そのためAさん、後輩が3分前に来たという事実に対して、「目上の自分より後から来るなんて、どういうことだ!自分を軽く見ているのか?」と感じたり、「10分前には到着するのは、社会人として当たり前のことじゃないか!こんなぎりぎりの時間にやってくるなんて、何を考えているんだ!」と感じたりしたんですね。そのように感じたことが土台となっているので「何なんだ!なってない!」という後輩に対する怒りがわきあがってきたのです。


わたしたちの心の働きの一つに、「『自分のルール(観念)』というフィルターをかけて、他人の行動を判断する」というものがあります。この働きあるため、Aさんは後輩への怒り
を感じたのです。

◆怒りを手放すヒントは<「ルール」は一つだけではないという発想>

自分にとって「こうあるべき」「これが正しい」という「ルール(観念)」は、誰しもが持っているものです。この「ルール(観念)」を持っていることは悪いことではありません。でも、この「ルール(観念)」を優先するあまり、自分がイライラしてしまったり、苦しくなったりするのは、おススメできません。なぜなら、こういった「ルール(観念)」は、自分を苦しめるためでなく、自分を楽にしたり、自分を守ったりするためのものだからです。

最近イライラすることが多い気がする。
似たような場面に遭遇するとイライラしてしまう。
そんなことを感じたときには、一度、自分の「ルール(観念)」をチェックしてみるときなのかもしれません。

「そんなの当たり前だろう?」「それくらいできて当然だろう?」と思う代わりに、
どんなふうに思ったから、腹が立ったのか?
相手のどんな態度にイラッっとしたのか?
と考えてみると、自分の「ルール(観念)」に気づくことができます。
そして、一度、
自分のルール(観念)以外の考え方を受け入れているだろうか?と問いかけてみてください。

イライラしたり、怒りが湧き上がってくるときには、自分のルール(観念)以外を認められなくなっていることがよくあります。ですから、そうなっていないかどうか、まずチェックしてみるんですね。
そして、もし、他の考え方や見方を認めていないなと気づいたら、自分のルール(観念)を緩めて「自分はこう思うが違うやり方もあっていい」と他のやり方を受け入れやすい心理状態を作っていくのです。

「他のやり方、考え方、見方もある」と感じられるようになると、自分と違うやり方をする人に対して「怒り」を感じる度合いが小さくなっていき、イライラすることが減っていきます。

◆不要な「怒り」を手放すことは、「他者を尊重する」こと

組織の一員として働く以上、他者との関係を無視して進んでいくことはできません。

自分のやり方や考え方を持つことは大切ですが、相手のやり方や考え方を認められないと、イライラしてしまったり、怒りをぶつけてしまうことになってしまいます。

自分とは違うやり方や考え方も認めようとすることは、自分の怒りを手放すだけでなく、他者を尊重してよりよい関係性を築く「はじめの一歩」でもあるのです。
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大塚亘 講師:大塚亘


私は、カウンセラーと並行して、社会保険労務士業という自営業を15年ほど行っています。企業の総務人事部門と契約して、従業員の労務管理などの相談に乗っています。

例えば、協調性のない従業員がいるのでどうしたらよいかとか、退職後の従業員から未払いの残業代を請求されたが、どうしたらよいかなど、様々な相談に乗っています。相談に対応するという意味では、カウンセラーに似ている部分があります。

ある程度の規模の会社になると、従業員の勤務時間、給与などに関する社内規則である「就業規則」というものを作成しなければならないことが、法律で定められています。そのため、私も、企業から「就業規則」の作成を依頼されることがあります。

どんなときに企業から就業規則作成の依頼が来るかというと、

「従業員とのトラブルが発生し、その対応に苦労したために、リスクヘッジの一環として就業規則を見直したい」

という場合が多いです。もうトラブルに巻き込まれるのは嫌なので、就業規則でリスクヘッジできないか、と考える経営者が結構います。

そのようなときに、私は、就業規則作成の仕事が受注できなくなるリスクを冒しつつ、経営者にこう言います。

「就業規則の作成で、トラブルが全て回避できるなんてことはありません」

もちろん、企業側に有利になるような規定を就業規則に盛り込むことは行います。しかし、だからといって、就業規則さえあれば、トラブルが一切発生しないなんていうことはあり得ないわけです。

もしそんな魔法のような就業規則があったとしたら、多分私の年収は軽く1億を超えるでしょう。100%絶対に将来にわたって従業員とのトラブルが起こらない就業規則が本当にあったとしたら、もし大企業なら、1,000万円、いや、1億円出してでも買ってくれると思います。

現実には、そんな就業規則は誰も作れません。どんなにリスクヘッジしても、リスクをゼロにすることは不可能です。


そして、この「リスクをゼロにする方法は存在しない」というのは、仕事でも人生でも、どんなことにも当てはまります。

公務員ならリスクがないかというと、もちろんそんなことはありません。民間企業よりは解雇される可能性は低いとはいえますが、クビになる可能性はゼロではありません。

社会保険労務士として企業の相談に乗るときに、企業の経営者や担当者から、しばしば、

「先生(私)の言うとおりにしたら、トラブルは絶対に起きないでしょうか?」

というように、私に「保障を求めてくる」ことがあります。しかし、絶対に大丈夫なんていうことはこの世に存在しないわけですから、答えはいつも、

「リスクをゼロにすることは出来ません」

となってしまいます。そう私が言うと、相手は不安そうな顔をするのですが、どう考えても、リスクをゼロにすることは出来ないわけです。


でも、実は一つだけ従業員とのトラブルを100%回避する方法があります。それは、

そもそも会社の経営をしない

ということです。つまり、会社の経営をしている以上、リスクをゼロにすることは出来ないわけです。

一つ具体的な事例を出したいと思います。例えば、10人くらいの会社で、社長を含め全ての従業員の仲が良く、会社と従業員とのトラブルはまずあり得ない、という状況があったとしましょう。仮にこの状態でもリスクはゼロではないですが、今の時点では、とても円満に上手く経営できているとします。

会社の経営は順調で、売り上げも利益も増えてきたとしましょう。しかし、売り上げが増えるということは、仕事量が増えるということなので、仲の良い10人だけでは仕事をこなすのが難しくなってきたとします。

そうすると、増えてきた仕事量に対応するために、従業員を新規採用するというのが有力な選択肢になるのですが、従業員とのトラブルを回避することだけを考えてしまうと、経営に必要な要員すら採用しない、ということになってしまうのです。

この会社は、新規採用はせずに、なんとか10人で頑張っていました。しかし、一人当たりの仕事量があまりにも増えてしまったため、ある社員が過労でうつ病になってしまい、長期の休業を余儀なくされてしまいました。

そうすると、ただでさえ大変なのに、1人欠けてしまったため、ついに、顧客への商品の納期を守れなくなってきてしまいました。納期を守らない会社とは取引したくありませんから、徐々に顧客が逃げ始めてしまい、ついに、この会社は倒産してしまいました。

なんだか、本末転倒だと思いませんか?

従業員とのトラブルを回避した結果、会社が倒産してしまったのです。


この話しは、例えば、世の中の全ての夫婦に当てはまります。うちの夫婦も含め、離婚や死別といった、パートナーシップがなくなってしまうというリスクは全ての夫婦にあります。

とても夫婦仲が良ければ、離婚のリスクはほぼゼロといえるかもしれません。しかし、外出する以上、交通事故で死亡してしまうリスクは、現代に生きている以上ゼロにはならないわけです。

離婚というリスクを避ける方法は、この世にたったひとつしかありません。みなさんもうお分かりだと思いますが、その方法とは、はじめから結婚しないことです。

異性に告白するとき、振られてしまうというリスクが必ずあります。仮に上手くいってお付き合いが始まったとしても、絶対に振られないようにする方法は存在しません。そのため、振られないようにするためには、告白しないとか、彼、彼女を作らないということになってしまいます。

こんなリスクヘッジ、意味がないと思いませんか?


しかし、私大塚も含め、人間はどうしても失敗したくないし傷つきたくないので、無意識のうちにリスクを取らない選択をしていることが良くあります。

しかし、そのリスクヘッジ自体が、実は、自分の仕事や人生の幅を狭め、自分を不幸にしているかもしれません。

いつでも、なんでもかんでもリスクを取りましょう、とはいいません。でも、

リスクを取らないことで、なにか自分の幸せに制限をかけていることはないだろうか

と、たまには考えてみてもいいかもしれませんね。
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大門昌代 講師:大門昌代


「そこまで、説明しなきゃいけないの?」と思ったことは、ないでしょうか?
カウンセリングで、とあるお客様から伺ったことがあります。
新入社員さんに、「この書類を見ておいて」と言ったそうです。
その種類には、お客様から電話がかかってきたときの対応方法や、お客様がいらっしゃったときの対応方法が書かれていたそうです。

そして、お客様がいらっしゃったとき、その新入社員さんは、ただじっと座っていて全く対応しなかったので、後で「書類見ておいてって言ったよね?」と伝えると・・・

「はい。書類は見ました」とこたえます。
その次に「じゃあ、どうしてお客様に対応しなかったの?」と聞くと、「そう言われなかったので」とこたえたと言うことです。

確かに書類に書いてあるように、お客様に対応しなさいねとは言わなかったそうですが、「そこまで、説明しなきゃいけないの?」と思ったそうです。

このようなお話は、「最近の若者は・・・」ということで、いつの時代にも出てくることなのかもしれませんが、最近の若者だけの話しとは限らないのかもしれません。

もちろん、「もう少し、自分で考えて行動してよ」という気持ちはわかります。
私自身も、そう思ったことは、多々あります。

でも、私達は自分がわかっていることは、他の人もわかっているだろうと思ってしまうところがあるようです。
自分にとっての常識や当たり前は、他の人にとっても常識や当たり前なのだと、思い込んでしまっているのです。

そうすると、伝えたいことが、うまく伝わっていないということが起こり、「言ったでしょ」「言われてませんよ」という言い合いに発展してしまうことがあります。
もちろん職場だけでなく、家庭内や友人関係でも、同じようなことが起こりますが、職場では多くの人と関わることになりますから、自分の常識や当たり前と、かけ離れた人も多数存在し得るのです。

相手のためだと思って、事細かに説明するとなると、腹が立つことも多くなりますので、「自分自身が気分よくいるために、説明する」と思ってみると、多少のジェネレーションギャップは乗り越えられるのかもしれません。

「これくらい自分で考えてよ」というのは、確かに社会常識的な範囲なのかもしれませんが、見方を変えれば、「これくらいの説明で理解してほしいな」というニーズでもあります。

ニーズなので、相手に叶えてもらう必要があるので、お願い事をしていることになります。

どうして上司が部下に、先輩が後輩にお願い事をしなきゃいけないのだと思われるかもしれませんが、腹を立てて気分が悪くならないために、自分自身のために、相手が理解できるように説明してみるといいのかもしれません。

私達人間には、それぞれ価値観というものがあり、それと同じように、常識というものを持っています。
それは、家族など同じ環境で育った人たちとは、共有する部分は多いのですが、違う環境で育った人にとっては、非常識となることが多々あるのです。

「あたりまえだろう」と思うことが、他の人にとっては、当たり前でないことが多々ああるので、「それぞれが違う価値観や常識を持っているものである」ということを、理解し認識しておくことは、人と関わっていくうえで、とても大切なことなのです。
それぞれの価値観や常識が違っても、どちらかが正しくて、どちらかが間違っているということではありません。
ただ「違う」ということなのです。

違う国の人なら、価値観や常識が違うことは理解し、許容する範囲が大きくなる私達も、同じ言葉を話す同じ国の人に対しては、ついつい自分の価値観や常識を押し付けてしまいがちです。
育った地域や、世代が違えば、また性別が違えば、その常識や価値観もまた違うのです。
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