気持ちが軽くなる「当たり前」の使い方 | 日々是たまたまの日

日々是たまたまの日

その時々にたまたま感じたことを書いてます。




今日を無事に過ごせて
当たり前、


給料をもらって
当たり前、


ご飯を食べられて
当たり前、


親切にしてもらって
当たり前。


こんな風に、


良い事があった時に、
「当たり前」を
つけるのはよくないことだと思う。


だけど、


嫌な事があった時に、
「当たり前」を
つけるのはアリだと思う。


例えば、


職場で嫌な事があった時、

ま、仕事なんだから当たり前か…



友達とギクシャクした時、

ま、人間なんだから
揉めても当たり前か…


病気で思うようにならない時、

ま、人間なんだから
たまに病気になるのも
当たり前か…


嫌なことを、
ま、当たり前か…と
考えてみると、


嫌な事を少しだけ
受け入れられる気がする。


上手くいくことが
当たり前じゃないんだ、


上手くいかなくても
そんなに気にしなくて
いいんだと思えて、


上手くいかないことが
許される気がする。


「当たり前」という言葉は
悪者になりがちだけど、


使い方しだいで、
強い味方になる言葉だ。