素晴らしい本!5 | 感謝のブログ(すべてのものに感謝しています。常に神(宇宙)のご加護があります。すべての人が幸せでありますように!)

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日々、生かされていると思っていますので、感謝の気持ちを持って全力で生活します。愛と調和の精神を発展させ、人々が満足できる社会となるよう努めます。全ての人が幸せでありますように。全ての人が苦しみから解放されますように。明るい未来。

「上機嫌のすすめ」

武田 双雲 著

平凡社 平凡社新書

2010年5月14日初版発行




失礼ながら筆者については私自身、最近までよく知りませんでした。アメーバブログをするようになり、多くの方が武田さんのブログの読者になっていたので、その時に何回かブログを見たことがあった程度です。育った環境が良くて、今の立場で活躍されているのだなと思っていたのですが、そのような考えは、この本を読んで、簡単に覆されました。



-はじめに-



「僕が考える上機嫌というのは、ただ楽しければいいというだけの刹那主義や、単にハイな状態ということではありません。僕がいう上機嫌とは、かぎりなく深い喜びに向かっていくプロセスといえるようなものです。上機嫌比率が10割の状態を完全な上機嫌だとすれば、それを目指していこうということです。もちろん、野球のバッターが10割打者にはなれないように、上機嫌比率を10割にすることは不可能です。僕は、それが不可能なことだとわかった上で、10割を目指していくことで、2割、3割と日々のなかでの上機嫌な時間の割合を上げていければいい、そうすれば生活は楽しく、豊かになっていくと思っているのです。」

小学生の時に、学校の先生や近所のお好み焼き屋の店員さんが楽しそうにしていないことが多いことに比べ、自分の両親は、楽しそうにしていることが多いことで「結局、人生で大切なのは毎日の機嫌なのだな」と思い、だんだんと「仕事で成功する、地位を上げる、何かで名声を得るなどよりも、人生で大切なのは機嫌をよくしていくこと、いいかえれば上機嫌比率をあげていくことこそが、人生の最終目的なのではないかと思うようになった。」と筆者は語る。


-上機嫌力をアップさせよう-(第1章)

「僕は書道家として活躍することよりも、上機嫌比率10割を目指して日々を送ることに力点を置いています。これは不可能に近いことですが、日々、上機嫌比率10割を目指していきたい、と思っているのです。そうすることで結局は、一人でも多くの人が元気になったり、温かい気持ちになるような作品を創れると信じています。さらにいえばいろいろな活動を通して、上機嫌な人、上機嫌比率を上げたいと思う人が増えてくれればいい、と考えています。」

小さい頃から、余計なことばかり考えていてケガをすることが多かったのですが、そのような時にも母は叱ることもなく、いつも笑いながら「大丈夫、大丈夫」と安心させてくれ、父は赤ちゃんの時から「お前は天才」と言い続けてくれ、大人になって父に「どうして、僕を天才といってたの?」と訊くも「それはしかたない。本当にお前を天才だと思っていたのだから」と、煙に巻かれたような答を返されたが、「自己肯定感を培う上ではものすごくいい影響を与えてくれた」と筆者は言う。「僕はこどもの頃、自分は人と比べて、どこか劣っている人間だと思っていました。自分にまったく自信がない子どもだったのです。どうしてかというと、家ではずっと父にほめられていたのに、学校ではあまりほめられることがなかったからです。僕はずっと、学校でオレのことを認めてくれる人がいない。友達にも、先生にも、オレは嫌われていると思っていた。」ただ、まわりにすごいヤツがいっぱいいたが、「とことん落ち込むことはありませんでした。友達と比べたら自分はぜんぜん大したことのない人間だけど、《オレはオレだからしかたないや》と自分を自分で認められる自己肯定感、自己尊厳意識をもっていたからだと思います。この自己肯定感こそ上機嫌の前提だと、僕は思っています。」と語り、「自己肯定感」は、「人に優しくし、そのたびに自分を認めていくことを続けていけば、何才になっても培っていくことができる」と筆者は説く。

また「人間はうまれてきただけで素晴らしい、すごい存在なのです。」と筆者は言い、4歳の男の子と2歳の女の子には「生まれてきてくれて、ありがとう。そこに、お前がいてくれるだけで素晴らしいんだよ」といつも語りかけている。



-路上で感じた多くのこと-(第2章)



大学を卒業し、同期が2500人もいるような巨大企業であるNTTに就職するも、漠然とした不安があり、退職して何をするかはっきりとは、決めていなかったが、「僕の書で人が喜んでいる姿が頭に浮かんでいたのです。僕がなにか書いたら、それをワーッと喜んだり、感激してくれたりする人の姿がなんとなく見えていた」こともあり、3年で退職する。書道教室をやりたいため、部屋を探し、良い物件を見つける。じっとしていても、生徒が集まらないことからチラシを作り、配ってみたが、それでも人は集まらない。ある日、楽しそうにチラシを配っていると、遊んでいた小学生がチラシ配りを手伝ってくれたが、それでも生徒は集まらない。けれど、チラシを一緒に配ってくれた小学生の一人が初めての生徒になってくれ、書の稽古に飽きれば一緒にキャッチボールをしたり、和気あいあいとした雰囲気のなかで教室をスタートさせる。

ある日、筆者が横浜駅前でストリートミュージシャンの音楽を聴き、深く感動し、そのミュージシャンに「一緒にストリート活動をさせて下さい」と申し入れる。しかし、人目を気にしてなかなか座る場所も定まらず、特に時間帯も夜であることから、恐怖感も沸き起こり、自分の弱い気持ちとも向き合う必要に迫られるということを繰り返していく中で、だんだんと顔を上げていくことができるようになった、と書かれています。最初のお客様は、酔ったサラリーマンで「松田聖子と書いてくれ」と言われ、書いて渡したものの帰り道で捨てられているのを発見し、辛い気持ちになったり、失恋した女性の身上話を聞いてあげ「愛」という文字を書いて渡すとその字を見て涙を流されるという経験をしたりしたなかで筆者は「自分のムダな自尊心やプライド」が邪魔になっていることを発見する。「少しでも格好良く見せたい、バカにされたくない、こういう気持ちがあるうちは、たとえ座れても、本当の意味でお客さんに心を開くことができないのです。」と言い、「お客さんと話しているときも、自分の弱みを見せたくないという思いがあり、しなくていい言い訳をしてみたり、自分の本音の部分を隠そうとしてみたりすることがあったのですが、だんだんそういうものがなくなっていきました。言葉でいうのは難しいですが、《柔の状態》になったというか、心がニュートラルな状態になっていったように思います。」と自己を分析しています。また、若い酔っ払いの集団につかまり、ねちねちとからまれた時も嫌ではあったが、そのような嫌な気持ちとも向き合うことができ、「恐怖心から逃れるためにストリートにでていたのに、そこでさまざまな問いかけや自分の弱い気持ちと向き合い、向き合うことで自分のムダな自尊心やプライドなどが、自分の意志とは関係なく削られていったのだと思います。」と語る。

僕も最近までは、筆者と同じく「ムダな自尊心やプライド」が渦巻いていました。そのため、他人に対して弱いところを見せたり、間違いを素直に認めるということができないという人間でした。筆者は、ストリートに座りいろいろな経験をすることにより、鍛えられていき、それが今の活躍に繋がっているのだ、と思いました。ここまで読んだ時点で、筆者に対する親近感が一気に湧いてきました。



-書から学んだ上機嫌の心-(第3章)


「美しい字を書くには、どうすればいいのでしょうか?」などと、訊かれた場合に、そのときにはいつも「自分らしく書くことが一番ですよ」と筆者は答える。「字の一番の目的は、相手に何かの意味を伝えることです。自分らしく書くこととは、相手にしっかり伝わるように「自分なり」に意識しながら心を込めて書くということです。《中略》このようなことを意識しながら字を書いていれば、やがて真の意味での自分らしい美しい字が書けるようになっていくものです。」と筆者は語る。

テレビに出演するようになった頃から、筆者に対する批判がネットに出たり、そのような内容のメールが届くようになる。筆者は「批判から逃げずに、自分と向き合おうとも決めました。どこが未熟なのだろう。自分には何が足りないのだろう。そんなことを考えていくと、気持ちはどんどん沈み、自信がなくなっていきました。」その落ち込んでいるときに雑誌の取材があり、記者に対して気をつかい、へりくだった態度をとっていることに自分自身、気づき、「取材を受ける自分が自己卑下をすることは、逆にこの人たちに対して失礼なんじゃないのか…。いま目の前にいるこの雑誌の人たちだけではなく、これまで僕という人間にかかわってくれた人たち、僕の書で泣いてくれたり、感動してくれたり、元気になってくれた人たち、僕の書を気に入って名刺や表札をつくってくれた人たち、一緒に仕事をしてきた人たち、僕に書の手ほどきをしてくれた母…、僕がバッシングに負けて自分を否定することは、こういう人たちの価値までも貶めてしまうことになると気づいたのです。《そうか、僕は、けっして一人じゃないんだ》自分は本当にいろいろな人たちに支えられ、いろいろな人たちによって生かされているということに気づいたのです。人間は、けっして一人だけで生きているのではない、ということに気づいたことで、僕の上機嫌力は大きく上がったと思います。《中略》いま振り返ってみると、こういった批判があったからこそ必死で書の練習をしたし、活動の目的を明確にできたり、また、自分の弱さと向き合うことや、支えてくれた人に対して心から感謝することができました。そう考えると、批判もありがたいと思えるようになったと感じています。」と筆者は結ぶ。


-上機嫌はスキルだ-(第4章)


「イライラや不機嫌をどう改善すればいいのか。」筆者は言う。「イライラをそこまで募らせないことが大切なのです。ポイントは、イラッときたときに、その感情を回収してしまうことです。そのもっとも簡単な方法は、深呼吸をする、ということです。《中略》僕がよくやるのは口角をあげるということです。《中略》いつも姿勢を正して、胸を張り、少し上向きに歩くように心がける。これだけでも心が落ち込むことを防げます。気分がよくなり、生きる気力がみなぎってくるものなのです。そうなれば不機嫌になる比率が下がっていきます。笑うということも大切です。《中略》笑うということは、すなわち上機嫌の状態なのです。」

筆者は講演などで、「《○○しなければならないリスト》を書いてください。」と聴衆に書いてもらうのであるが、『この「しなければならない」というのは、すべてそれらの行為を受動思考で受けとめているということです。このように受動思考でやっているものは、すべてストレスになってたまっていくのです。ストレスにしないためには、能動思考でやるようにすることが大切なのです。《中略》いままで受動思考でやっていたことを能動思考でやるようにしていく努力をすることが大切なのです。そうすれば上機嫌力も鍛えられていくのです。』と説く。

「やりたいことがみつからないんです」「自分の好きな仕事って何だろうと、いまだに考えています。」という人に対して、筆者は違和感を覚え『やりたいことが見つからないのではなく、いまやっている仕事を好きになればいいのです。好きな仕事をさがすのではなく、いま、目の前にある仕事を好きになるように意識を変えていけばいいのです。そういう気持ちで、いまあることをやっていければ、その延長線上に必ず自分がやりたいことが見えてくるはずです。やりたいことが見つからないという人は、意識が未来に行きすぎているのです。そうではなく、未来はいったん捨てて、いま、この瞬間に目の前にあることを「やりたい」と思うこと、目の前のことを「好き」になることが大切なのだ』と筆者は語る。

また、インタビューで、「大切にしているもの」を聞かれ、筆者は「いま、この瞬間をいちばん大切にしているし、大事だと思っています。」と答える。「心が固まると上機嫌になれません。心は、いつも柔らかく、ニュートラルにしておくべきなのです。そのためにも、いま目の前にあることを好きになることが大切だ」と、筆者は結ぶ。

上機嫌になるためには『いきなり上機嫌になろうとしないで、まず目の前にある「すごい」「美味しい」「面白い」などの感動を少しずつ広げていく。こうするだけで、その先に感謝や上機嫌という心の状態が生じてくるのです。

上機嫌であるためには、無理に上機嫌になろうと思わないほうがいいのです。身のまわりのことに関心を示して、よく観察する。そうするうちに《中略》自然のちょっとした変化なんかにも敏感になって、感動できるようになってきます。それだけで、生活の質はぐんと豊かになっていくとは思いませんか。』と読者に問いかけ、さらに「まず感動すること。感動が上機嫌をつくっていくのです。」と説く。

「頑張っても認められないという人」に対し、「認められないのは結果がでていないからです。なぜ、いい結果がでないのかといえば、頑張り方の方法や方向性がずれているからなのです。頑張っていれば何とかなるというほど、世の中は甘いものではないのです。何も考えずにがむしゃらに努力するだけでは成功しません。いまやっているやり方が本当に最適なのかどうかということを、常に問いかけながら努力をつづけていくことが大切なのです。そのとき意識しなければならないのは、その目的です。」と目的の大切さを厳しく説き、筆者は自分の目的を「世界を変えるんだ、と。一人でも多くの人が、機嫌よく、元気に暮らすことができるように、世界を変えたい。どんな方法で変えるのかといえば、書やそれに関わる活動を通してです。」そして、その前提の自分自身が上機嫌のままで過ごすために必要なのは、「家族や夫婦関係のよさ」であると説き、『家族も盤石、家族もみんなが上機嫌で幸せ。もちろん自分も上機嫌で、仕事もいい結果をだしている。こういう「誰もが勝者」である人生を僕自身も歩みたいし、一人でも多くの人が、私もそういう人生を歩みたいと思ってくれることを、僕は心から望んでいるのです。それが、僕が「世界を変えたい」と思っている、その中身です。』と力説する。


-人生は変えられる-(第5章)


「瞬感」

筆者が、日々実践している、一瞬一瞬を大事にしてその瞬間を愉しむ「業」の事。

「顔を洗うときも、蛇口からでてくる水に意識を集中させ、また、廊下を歩くときも足の裏に神経を集中させ、廊下の木の感触を感じながら歩くのです。神経を研ぎすましていくことで、五感が鍛えられていきます。食卓につくと、目の前にある料理を味わって食べます。たとえそれがコンビニ弁当であっても、レトルト食品であっても味わって食べる。このとき大切なのは、美味い、不味いを評価せずに、ひたすらありのままを味わって食べる、ということです。すると、心から「ありがたいなあ」という気持ちが湧き上がってきます。この感覚をどれだけ増やしていけるか。それが増えれば増えるほど、上機嫌でいる時間が増えていくのです。」

『仕事で人に会ったときでも、僕は、その人と向かい合っている「いま」を大事にして、「いま」に集中しようとします。その人の言葉や表情、その場所に流れている空気感などを大事にして、そっくり受けとめたいと思うのです。この時間は二度と帰ってこないものだし、その人ともまた会えるとはかぎらないからです。一瞬一瞬を大事にすることで、人生はとても豊かになります。僕は、いくら未来に希望があったとしても「いま」を味わえないのなら、未来に対する希望なんていらない、とすら思っているほどなのです。』


-あとがき-


「道路や水道、電気などの整備だって、誰かが僕たちの暮らしに支障がでないようにしてくれているわけです。野菜や肉、魚などが食卓に並ぶのも、農家の人や漁師さんたちがいて、それを迅速に運んで、売ってくれる人たちがいるからこそです。こういうふうに考えていくと、世の中はみんなの努力で支え合いながら成り立っているということがよくわかります。すると、自然と感謝の気持ちが湧いてくると思うのです。なんていい社会に生きているのだろう。そう思うだけで、なにか幸せな気分になってくると思います。それだけで上機嫌比率が上がってきます。」



今回の本を読み、自分自身、日々の上機嫌比率を上げていくような生活をしていこう、と思いました。

また、同性でもあり年下の筆者に対して、表現が適切ではないかもわかりませんが、はっきり言って筆者の人柄に惚れました。
毎日、生活をしていく中で、いつもの駅員さんやよく買い物をするコンビニの店員さんが、いつも笑顔でニコニコしていたら、こちらまで楽しくなってきます。それが全国の老若男女、いや国籍や民族を超えて世界中に拡がっていくということをみなさんも想像してみて下さい。それはまさしく「地上の楽園」と呼ぶに相応しい世界なのではないかと思います。

第3章で、小さい頃から雨の好きな筆者に対して、テレビの天気予報で「あいにくの雨です」というように、雨に対してマイナスのイメージを持っている人が多いことについて、筆者は書道教室で雨についての否定的なことを言わないゲームをしよう、と呼びかけをしたくだりがあり、また第5章でも、「雨を愛でる」との言葉がありました。余談ですが、僕の住んでいる香川県は、昔から水が無くて苦労をしている地域です。特に夏は、なかなか雨が降らず、水道の蛇口から、水が出なくなる断水ということも過去に何回かありました。断水になると僕の大好きなうどん店も休業となり、観光客も来なくなり、街が重苦しい雰囲気に包まれます。「一刻も早く、まとまった雨が降ってほしい」という切なる想いを県民が抱きます。香川の水事情を左右するのは、高知県にある早明浦ダムです。早明浦ダムの現在の貯水率については、地元の新聞に昨年の貯水率と併せて載っており、昨年の同時期に比べて水があるのかないのか、一目でわかるようになっています。僕も筆者と同じように、雨を愛しています。特に真夏の照りつける暑さの中、道路の脇で踏ん張っている樹々が雨水を吸収することにより、とても喜んで元気一杯になっている姿をみるにつけ、とても嬉しくなります。最近の豪雨被害については、心が痛んでいますが、雨に対してはとても感謝しています。


今回の本は、武田さんの魅力がよくわかる本当に素晴らしい本です。


みなさんも是非、読んでみて下さい。


長文をお読みいただき、ありがとうございました。


参考までに、他の方の書評も載せておきます。


http://www.fe-mail.co.jp/trend/entertainmentflash/20100813.cfm