昨日の夜、とある人の「当確」を見てからけっこうブルーな私。
『なぜ?どうして?分からない?』
暗澹たる気持ちが広がり、寝ている間も、悶々としていた。
日本人の良識を疑いたくなった。
でも、よく考えたら、完璧であれば、民主党政権なんて、そもそも誕生していなかったのだ。
とにかくは、現実を受け止める事。
私が、今やるべき事は、山のようにある。
批判をしている暇はない。
人と人は、深いところで全てつながっているという。
表に出ている事は、自分の何かが現れただけ。
コツコツと目の前の事を積み上げていこう。
心は平静でいよう。
清らかであらんとしよう。
視野を広く持とう。
そして、人も自分も心から愛そう。
今日は、早く帰ろうかと思っていたが、
『これだけやって帰ろう』という事を何度か繰り返し、結局この時間。
お腹が空いた。
写真は、昨日食べたラーメン。
今日もラーメンの予感(笑)
夕方17:30頃には、会社を出たかったのだ。
実は、本日19:00から東京都選挙区の丸川珠代候補・たけみ敬三候補の最後の街頭演説が、
秋葉原にて行われる予定だったからだ。
そして、その応援演説に安倍晋三総理が来られるという。
秋葉原・・・なんと言っても、昨年9月の自民党総裁選の安倍さんの演説、
そして、応援にかけつけた麻生さんの演説が忘れられない。
【ブログ】2012年09月20日(木)「秋葉原のうねり!安倍晋三&麻生太郎街頭演説!」
http://ameblo.jp/tui2/entry-11359791709.html
この日から、今まで劣勢と言われていた安倍さんが追い上げた記念すべき日だ。
そして、2012年12月15日の衆議院選挙の最後の街頭演説の場所に、
もう一度、「秋葉原」を総裁になった安倍さんは選んだ。
9月に続いて、麻生さんもがっちりタッグを組んで、演説!
この時の司会は、今回の候補者の丸川珠代さんだった。
この日の群集は、本当にすごかった。
あんなに沢山の日の丸は見た事がなかった。
大変、感動だったが、安倍さんも麻生さんも、点だったので、
今日は、開始1時間前には行きたかったのだ。
----------
本日、18:00少々すぎに秋葉原に到着。
私は、正面でも遠くから演説を聞くより、たとえ見切れても(横向きでも)、
より距離が近い方の場所が好きだ。
今日は、迷わず、真横側へ。
前列から5~6列目(よっし!)。
瞬く間に、私の後ろにずら~と人が並んだ。
目の前には・・・またしてもマック赤坂氏が・・・。
丁度、演説が行われる真後ろに選挙カーを駐車し、踊っている。
昨年の12/15の時も乱入し、大事な最後の盛り上がりが、マック赤坂へのカエレコールになってしまった。
『もしかして、19:00までいるのかな』と、この時は思っていたのだが、甘かった(^^;
ちなみに、時々、マック赤坂がマイクで自民党批判をしていたのだが、観衆は、見事にスルー!
みんなえらい!
私が、今回の選挙戦でつらかったのが、信じられないようなデマをあちこちで見かけた事。
考えや意見が違うのは、当然なのだが、根拠のない嘘やでたらめの投稿を見るととても悲しくなった。
昔は、きっちり裏をとって、論理的に反論のブログを書いたりもしたけど、
今回は、ひらたくちゃん(平井たくや議員)が、J-NSC総会の時に
「自民党は他者を批判せず、自らの政策を丁寧にうったえていこう。
デタラメの噂や故意的に広めようとしている嘘の書き込みも“スルー”して下さい。
相手は、スルーされる事が、かえってキツイはずです。
それでも。あまりにひどいものは、ご連絡下さい。」
と、言われたので、私自身、怒らないように「スルー」「スルー」という精神でおりました。
ふと、いつも鈴なりに人がいる横断歩道に、全然人がいない。
よく見ると、後ろの方に下がっている。
あ!そっか!今、安倍さんは「総理大臣」なのだ!
昨年の9月と12月と同じつもりでいたけど、下手すると、命を狙われる立場なのだ。
警備の方々は、もちろんだけど、
SPさんもあっちこっち沢山いらっしゃった。
群集の中にも、ところどころSPさんが入った。
(真顔でスーツ着て、立っている)
途中で、最前列が1メートルほど前に出た。
私も気が付くと、4~5列目くらいになっていた。
マック赤坂氏の演説もずっと続いていて、
それにかぶせるように、ウグイス嬢が、ノンストップでしゃべり続けている。
だんだん、訛りが出てくるのが、面白かった(^^;
30分前くらいになると、続々と国会議員や自民党の比例代表の候補者がつめかけてきた。
ちなみに、今回は、事前に大きな「日の丸」は遠慮して欲しい旨の通達があった。
相当な聴衆になるのが、予想されたからなのだが、
そのかわり、小さな日の丸を持っている人が多かった。
----------
さて、19:00になったが、マック赤坂氏は退出しなかった。
(ちなみに、最後の最後までマイクを通して演説をしたり、音楽を流したり、踊ったり)
そんな中、比例代表の候補者達の挨拶や、都議会議員の挨拶や国会議員の挨拶が諸々始まった。
20分過ぎくらいだろうか、司会が、シンディ(新藤義孝総務大臣)へバトンタッチされた。
やった~!
シンディは、むちゃくちゃ群集のハートをつかみながら、
そして、メインとなるべき人をたてて司会をするのがうまい。
去年の9月の時もシンディが司会で、本当におおいに盛り上がった。
さんざん盛り上げて、いよい丸川珠代候補・たけみ敬三候補の演説!という時に
まだ候補者が到着していなくて(笑)、シンディの演説でつないでいたのだが、聞き応えが十分にあった。
そして、たけみ敬三候補が到着して、演説が始まったのだが・・・感動してしまった・・・。
あまりに素晴らしくて、私は、東京都は「丸川珠代」と決めていたのが、
ぐらぐらゆれて、たけみ候補に入れたくなってきたほどだ。
特に、メタンハイドレートの実用化へ向けての演説は、涙腺がゆるんだ。
そんな番狂わせの私の心境の最中に
待ちに待った丸川珠代候補の演説。
やばい・・・・・・本当に、泣いてしまった!!!
特に、硫黄島の遺骨収集のお話しには、実は途中から本当に泣いていたので、記憶がない。
とにかく、魂がゆさぶった演説だった。
偶然にも、青山繁晴さんが、命をかけてうったえ続けている事が
お二人の演説の中に入っていたので、
心の中で『よかった。大丈夫。このお二人には是非とも国政で活躍してもらいたい』と強く思った。
そして・・・・スペシャルゲストのメッセージが!
「秋葉原」と言えば・・・麻生太郎!
今日は、この秋葉原にいない。
そう。G20で、ロシアにいるのだ。
その事は、分かっていたので、残念に思っていたのだが、
声のメッセージを聞かせてもらった。
これは・・・嬉しかった~!
ラストを飾るのは、安倍晋三総理総裁!
実は、安倍さんの演説はとても良かったのだが、具体的に細かすぎて、
さっきまで、熱くなっていた私の魂が、逆に冷静になった(^^;
いや、本当に具体的なお話で、よかったのよ。
だから、たけみ・丸川候補の叫びと安倍総理の分かりやすいお話しで安心感を持ち、
丁度良いバランスだったのかも知れない。
それにしても、シンディの盛り上げ方はうまい!
最後に安倍総理と候補者が、ぐる~とお辞儀をする場面で
マック赤坂氏と目が合う位置の時
「色々あるけど、よろしくお願いしま~す!」とか、機転が本当にきく。
ちなみに、このマック赤坂氏がいたおかげで
聴衆の集中をこちらへ向かせようと、皆さん演説に熱がおび、逆に良かった気もする。
さて、20:00丁度にマイクが切られ、
安倍総理が、ハイタッチにこちらへやってきた。
安倍さんの手のひらと私の手のひらまで、10センチあり、エアハイタッチとなった。
何度も握手をしているシンディとは、指と指がふれたくらいだが、握手が出来ました。
あ!石原のボン(石原伸晃環境大臣)も久々に見たけど、
こういう場での元気さは、とっても良かったです。
私は、今回前の方にいたのだが、後ろを振り返ると、本当にすごい人で、
また、選挙カーの向こう側も本当に「群集」という状態で、遠くまで人でうめつくされたいた。
シンディが、「今、1万人集まってくれているそうです」と、おっしゃっていたが、
この1万人が、整然と列を守り、心一つに応援するこの場所にいれて本当によかった。
少しでも、来れなかった方へ雰囲気が伝わればいいな~と、簡単にレポートを書かせて頂きました。
ザッとしか書いていないのですが、長文になり申し訳ございません。
最後まで読んで頂き、ありがとうございました。
本日は、宅建業の法定研修が、中野にて13:00~16:00にありました。
佐藤正久ヒゲの隊長の街頭演説が、新宿駅西口にて、16:00~16:30にあるという事で、
法定研修後に、ダッシュで駆けつけ、間に合いました~!!!
(法定研修を少しだけ、早くあがりました^^;)
山梨から宮川典子先生も応援にかけつけていました。
典子先生は、ツイッターで何度もお返事を頂いている方なのですが、
山梨という事で、なかなか演説を聞ける機会がなかったのですが、いや~よかったです!
教育のプロという観点からのお話し、そして、どれだけヒゲの隊長が、これから必要かというお話し、感動しました。
もう少しじっくり聞きたかった~!
そして、ヒゲの隊長の演説は素晴らしかった!
声は、かなりかすれていましたが、
演説は、あっと言う間で、もっと!もっと!聞きたかった!!!
福島出身の隊長ならではのお話で、大変具体的で、説得力のある魂が入っている演説でした。
(今日も猛暑でしたが、『サマワでは、60度も経験しているので、今日は暖かい感じです』に、ウケました^^;)
隊長が演説している途中、なにやら陣営が慌しい様子。
どうやら、16:30で、タイムアウトの模様。
隊長の最後の演説のところは、なんと!選挙カーが移動を始めました。
『うわ~。本当に時間きっちりなんだ』と思っていたら、
後ろから、「生活の党」の山岡氏の選挙カーが迫っていました(^^;
そういえば、この場所は、今は亡き「たちあがれ日本」の結成最初の街頭演説の場所で、
そのスタートの日に、すぐそばで、「民主党」の白しんくん氏が、ほとんど妨害と思える演説を始めて、
かおりん(与謝野馨先生)が、「ルールを守れ!」と注意しに言ったら、
白氏が「公共の道路で演説して何が悪い」と答えた場所でした。
ちなみに、今日の「生活の党」の応援演説は、谷亮子氏。
これが、なかなか声がよく通って、めりはりがあって、意外に良いのですわ(^^;
もちろん、内容は、あいかわらずのヤルヤル詐欺で、悪口のオンパレードではあるのですが、
『は~。世界を舞台に戦った人は、花があるな~』と、感心してしまった。
さて、ヤワラちゃんの演説をBGMに、隊長と念願のツーショットが叶いました!
私は、現在「日光アレルギー」の為、全身真っ黒で、笑っちゃいますね(^^;
更に・更に・・・
■新宿駅西口にて 佐藤まさひさ からネットユーザーの皆様方へのメッセージ
↓ ↓ ↓
https://www.youtube.com/watch?v=R5i7pH4CCwk
な・なんと!この動画にご一緒させて頂きました!
あまりに近くて、緊張マックスでした(^^;
7/21には、【さ】で始まって【さ】で終わる【佐藤まさひさ】としっかり書かせて頂きます!!!
(【ヒゲの隊長】では無効ですので、ご注意下さいとの事です)
■新宿駅西口にて 佐藤まさひさ からネットユーザーの皆様方へのメッセージ
↓ ↓ ↓
https://www.youtube.com/watch?v=R5i7pH4CCwk
な・なんと!この動画にご一緒させて頂きました!
あまりに近くて、緊張マックスでした(^^;
本日は、ホームページに、新しいページを増やしました。
会社がある新宿駅南口エリア(渋谷区代々木1~3丁目)の街の紹介ページです。
まだまだ写真が足りないので、少しずつ充実させていこうと思います。
まずは、一気にドッと、アップしましたので、よかったら、のぞいて見て下さいませ。
http://www.kukan7.com/index.php?yoyogi1-3information
本日の東京新聞に、あの伝説の「ベニサン・ピット」の記事が大きく掲載されています。
正確には、4年半前に閉鎖取り壊しとなった「ベニサン・ピット」の遺伝子をつぐ
第二のベニサン「近泉ピット」劇場のオープンの記事ですが、
いかに「ベニサン・ピット」が、人々に愛された劇場だった事が、
記事を読んでいるだけで、ひしひしと伝わってきます。
演劇界の聖地と言われた「ベニサン・ピット」の閉鎖される最後の月に
私のような若輩者が、舞台を創らせてもらえた事は、
本当にありがたい奇跡のような出来事だった・・・と、胸がうずきます。
ちなみに、私は、大切なマイビデオカメラをとある場所に隠していたのですが、
(バラシの時に処分されないように)
うっかり隠したまま、忘れてしまいました。
10日後には、閉鎖されましたから・・・ベニサン・ピットとともに
私の代わりに、殉死してくれたと思っています。
「ベニサン・ピット」の話は、止まらなくなるので、今日はこのへんで止めておきます。
昨日7/9 11:32、吉田昌郎元所長が「食道がん」で亡くなられました。
昨日と今日、思い出すたびに・・・涙が止まりません。
また、真の国士が一人旅立ちました。
国に命を捧げた方です。
この方が所長でなかったら、どんな恐ろしい事になっていたか。
今日、「青山繁晴のインサイドSHOCK」にて、
吉田所長のメッセージを聞いて、またしても号泣・・・。
■2013年7月10日「青山繁晴のインサイドSHOCK」吉田元所長から送られてきたメール
http://www.youtube.com/watch?v=_Tysmvy_9mA
青山さんが、吉田所長は、魂魄となって東京の慶應病院から福島へ行き、
福島を守っているという言葉を信じます。
心から心からご冥福をお祈りしております。
-----------------
■2013.7.9 17:54 産経ニュース
福島第1原発の吉田昌郎元所長が死去、58歳 事故収束を陣頭指揮
東京電力福島第1原発で、事故の復旧作業を陣頭指揮した元所長で東電執行役員の吉田昌郎(よしだ・まさお)氏が9日午前11時32分、食道がんのため都内の病院で死去した。58歳。事故当時、首相官邸の意向を気にする東電本店から原子炉冷却のための海水注入の中止を命じられた際、独断で続行を指示した決断が評価されていた。
吉田氏は大阪府出身。東工大大学院修了後、昭和54年に東電に入社した。原子力技術畑を歩み、平成22年6月、福島第1原発所長に就任。事故収束作業を原発敷地内の免震重要棟で指揮した。東電によると葬儀・告別式は未定という。
健康診断で食道がんが見つかり、23年12月に所長を退任。24年3月に手術のため入院し6月に退院したが、7月に脳出血で倒れ自宅療養を続けていた。
第1原発が初めて報道陣に公開された23年11月には事故直後を振り返り、「もう死ぬだろうと思ったことが数度あった」「終わりかなと感じた」などと語っていた。一方、政府の事故調査・検証委員会などは、事故直後の対応で一部に判断ミスがあったと指摘している。
事故後の被(ひ)曝(ばく)放射線量は約70ミリシーベルト。東電は放射線医学総合研究所の見解として「被曝が原因で食道がんを発症するまでには少なくとも5年かかる。事故による被曝が影響した可能性は極めて低い」としている。

































