昨日7/9 11:32、吉田昌郎元所長が「食道がん」で亡くなられました。
昨日と今日、思い出すたびに・・・涙が止まりません。
また、真の国士が一人旅立ちました。
国に命を捧げた方です。
この方が所長でなかったら、どんな恐ろしい事になっていたか。
今日、「青山繁晴のインサイドSHOCK」にて、
吉田所長のメッセージを聞いて、またしても号泣・・・。
■2013年7月10日「青山繁晴のインサイドSHOCK」吉田元所長から送られてきたメール
http://www.youtube.com/watch?v=_Tysmvy_9mA
青山さんが、吉田所長は、魂魄となって東京の慶應病院から福島へ行き、
福島を守っているという言葉を信じます。
心から心からご冥福をお祈りしております。
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■2013.7.9 17:54 産経ニュース
福島第1原発の吉田昌郎元所長が死去、58歳 事故収束を陣頭指揮
東京電力福島第1原発で、事故の復旧作業を陣頭指揮した元所長で東電執行役員の吉田昌郎(よしだ・まさお)氏が9日午前11時32分、食道がんのため都内の病院で死去した。58歳。事故当時、首相官邸の意向を気にする東電本店から原子炉冷却のための海水注入の中止を命じられた際、独断で続行を指示した決断が評価されていた。
吉田氏は大阪府出身。東工大大学院修了後、昭和54年に東電に入社した。原子力技術畑を歩み、平成22年6月、福島第1原発所長に就任。事故収束作業を原発敷地内の免震重要棟で指揮した。東電によると葬儀・告別式は未定という。
健康診断で食道がんが見つかり、23年12月に所長を退任。24年3月に手術のため入院し6月に退院したが、7月に脳出血で倒れ自宅療養を続けていた。
第1原発が初めて報道陣に公開された23年11月には事故直後を振り返り、「もう死ぬだろうと思ったことが数度あった」「終わりかなと感じた」などと語っていた。一方、政府の事故調査・検証委員会などは、事故直後の対応で一部に判断ミスがあったと指摘している。
事故後の被(ひ)曝(ばく)放射線量は約70ミリシーベルト。東電は放射線医学総合研究所の見解として「被曝が原因で食道がんを発症するまでには少なくとも5年かかる。事故による被曝が影響した可能性は極めて低い」としている。
