高校生の時、確か2年生の時だったと思う、現代国語の先生が『トニオ・クレーゲル』(岩波文庫はクレエゲルという表記)の話をしてくれた。その話が心に残ったが、読まなかった。その時トーマス・マンの名前を初めて知った。

 大学生になり、世界文学や日本文学を渉猟するようになると、彼に関心を抱くようになった。二十世紀文学で大きな位置を占めているのではないかと思った。三島由紀夫や北杜夫が彼の影響を受けていることも知った。

 実際に読み出したのは大学に入学して3年くらいたった頃、1973年か4年頃だったと思う。何しろ読みたい作家がたくさんいたので、マンは後回しになった。

 前にも述べたように、私は文学史に残る作家に出会い、その作品にひかれると、他の作品も読みたくなるタイプだった。ただし、岩波文庫に限られる。古典および将来古典になるような作品を厳選するのが岩波なので、信頼出来たからである。装丁や挿絵のセンスがよかったことも挙げられる。岩波に対する私の信頼は強かった。

 学芸大学駅近くの古アパートで寝転びながら、時には汗を拭きながら(夏だったのだろう)読んだことを覚えている。

 

 私が読んだマンの作品は、『トオマス・マン短編集Ⅰ』(岩波はトオマス表記)、『トオマス・マン短編集Ⅱ』、中編小説の『トニオ・クレエゲル』と『ヴェニスに死す』、長編小説の『ブッデンブローク家の人々』(3部)と『魔の山』(4部)で、これらは岩波文庫である。他に『トーマス・マン全集Ⅴ・評論(2)』(新潮社)が挙げられる。なおこの全集の『魔の山』も持っている。

 どの本から読んだのか記憶が定かでないので、発表された順に取り上げる。

 

 まず、『トオマス・マン短編集Ⅰ』(以下Ⅰと略す)と『トオマス・マン短編集Ⅱ』(以下Ⅱと略す)である。

 1893年彼の処女作となる短編『転落』が雑誌に掲載され、96年に初の作品である短編集『小フリーデマン氏』が刊行された。

 彼は75年生まれだから、『転落』の時は弱冠18歳、短編集刊行の時は21歳である。恐るべき早熟である。

 ただ、文豪と呼ばれるようになる作家たちの中には若い時に萌芽を出す者がおり、マンもその一人である。「栴檀は双葉より芳し」ということわざ通りである。

 残念ながら『転落』は上記の短編集に収録されてない。収録された作品の多くが20代の作品で、『Ⅱ』には30代の作品も幾つか載っている。

 ほとんど作品の内容は忘れた。覚えているのは『小フリーデマン氏』を読み、けっこう面白かったことと、20代で多くの作品を発表したという驚きである。

 今回、『Ⅰ』の『幻滅』と『小フリーデマン氏』、『Ⅱ』の『幸福への意志』を再読した。いずれも21歳の時の作品である。とりわけ『幸福への意志』の完成度の高さに改めて驚いた。最後のオチが効いている。両親が勧める結婚を拒否し、好きになった人への愛を貫く女性が魅力的。

 

 次は初の長編小説『ブッデンブローク家の人々』(以下『ブッデン』と略す)である。本作は26歳の時に書き上げた。

 彼は生涯に多くの長編小説を発表した。本作以外に、『大公殿下』、『魔の山』、『ヨセフとその兄弟』、『ワイマールのロッテ』、『ファウスト博士』、『選ばれし人』、『詐欺師フェーリクス・クルルの告白』などある。彼の全集本を見たことがあるが、いずれも分厚い。すごい知力と精神力とエネルギーの持ち主である。量の面においてはドスト氏やトルストイに引けを取らない。文豪の名にふさわしい。

 ただ、私は『ブッデン』以外は『魔の山』しか読んでない。他は読む気がしなかった。

 「ある一家の没落」という副題の通り、ブッデン家の栄枯盛衰を描いている。家(マン家がモデル)はハンザ同盟で有名なリューベックにあり、100年4代にわたる豪商だった。2代目と3代目は政治にもかかわり、重責を担った。

 物語の主人公は3代目のトーマス(マンの父がモデル)だろう。彼の時に家運が傾き、奮闘するが心労で死んでしまう。4代目のハノー(マン兄弟がモデル)はこれまでの当主と違い、音楽家を目指し、3代目の頭痛の種でもあった。

 この本の印象は、とても読みにくく、やっと読み終えたということである。端的に言えば、面白くなかった。短編集が素晴らしかったので期待して読んだが、期待外れに終わった。

 しかしマンは本作でノーベル文学賞に輝いた。それゆえ西欧における本作への評価は高い。日本では北杜夫が影響を受け、『楡家の人々』を書いたくらいである。

 今回、拾い読みをしながら、半世紀前の印象を探ってみた。

 まず、写実主義に基づいた作品であり、マンの中期以降に見られる観念論や芸術論の挿入はない。

 ただ、会話が長い。ドスト氏の作品ほどではないが、飽きることは事実だ。

 19世紀のリューベックにおける商家の様子の描写には興味を抱いた。私の家系が商店だったことが関係している。

 3代目のトーマスと4代目のハノーの対立が身にしみた。商家は実利を重視する。したがってその反対の芸術を重んじない。当然3代目は音楽家志望の4代目の考えが気に入らない。私の家と全く同じである。私の父は文芸書など一冊も読まない。男は中高時代はスポーツをやるべしという考えにとりつかれていた。文芸や音楽や映画好きの私を理解出来なかった。

 最後に登場人物の名前がややこしかった。3代目のトーマスはトーマス・マンと間違いやすかった。自分の家をモデルにして小説を書く場合、全く違う名前をもちいるべきだと思った。

 

 3冊目は『トニオ・クレーゲル』(岩波ではクレエゲル。以下『トニオ』と表記)である。

 この本が芸術と世俗との関係を探った小説であることは知っていた。私のような文学青年にとってそれは重要な主題なのでいつか読んでみたかった。しかし、読んでみると当時の私にはけっこう難しかった。面白かったという印象はなかった。だからだろう、半世紀の間に内容の大半は忘れてしまった。再読したい気持ちは起こらなかった。

 今回この記事を書くにあたり通読した。

 本作が、過去の回想と現在の状況の二部構成になっていることにまず気づいた。前者は、トニオの少年時代の思い出である。

 主人公のトニオ(14歳)は詩を書き、文芸書を愛読する文学少年であるが、そんな彼の行動を周囲(学校の先生、父親、同級生)はよく思ってない。彼が置かれた環境(富裕な商家及勉強重視の学校)は芸術への理解がなかった。残酷な言い方をすれば、軽蔑されていた。

 したがってトニオはうしろめたさを感じていた。

 このことは古今東西どこにおいても当てはまる。昔になればなるほど、貧しい地域であればあるほど芸術への理解は低い。食べることに精一杯だだからだろう。 

 彼にはハンスという友達がいる。美男で、スポーツが得意で、明朗な少年である。地域や学校で彼は評価されている。

 ところが、トニオは自分にないものを持っている彼に憧れる。もっと親しくしたい。しかしハンスの方はそれほどトニオが好きでない。気難しそうな、感じやすい少年は、体育系の明るい少年からみたら、変な奴なのである。

 2年後、16歳のトニオはインゲボルクという金髪の女の子に恋をする。彼女とはダンスのクラブで知り合った。トニオはダンスがうまくないので失敗する。トニオはそんな自分のことを彼女が心配してくれると期待したが、思い過ごしに終わった。彼女はトニオのような詩を書き、ダンスが下手な男の子には興味がなかった。トニオの一方的な片思いで終わったが、トニオは彼女のことは忘れられない。

 ここにトニオの立ち位置がある。芸術は好きだが、世俗も捨てがたいという立場である。ハンスとインゲボルクは世俗の象徴として描かれたのだろう。

 ここまで読んだ時、私はトニオは自分だと思った。中高時代の私はトニオとそっくりだった。学校の勉強より、文芸書や洋楽や洋画にふけり、いつも夢見ている少年だったからである。内実は、内気で、臆病で、感じやすい、典型的な「文弱の徒」だった。だからといって、現実の世俗から完全に逃走することは出来ず、いや、出来れば世俗で活躍したいという欲張りな気持ちさえ持っていた。

 私のような文学少年ばかりでなく、映画、音楽、絵画などが好きな芸術少年は似たり寄ったりだろう。

 ここまでは、登場人物の描写が多かったので読みやすかった。

 ところが、後半になると一変する。有名な作家になった彼が知人の女流画家に芸術や芸術家とは何んぞやについて議論をふっかけるのである。これがまた長い。そのうえ、観念論的な表現が多く、哲学的用語があふれ、脇道にそれながら自説を語る。このような議論(『魔の山』にも見られた)はマンの特長なのだろうが、私は辟易した。ドイツ哲学の影響が露骨、いかにも哲学が好きなドイツ人作家という感じがしてついていけない。トニオが何を言いたいのかよく分からないが、世俗的生活は軽蔑されないと言ってるらしい。とにかくトニオが悩んでいることは分かる。小説である以上、悩みをこのような会話で表現するのは仕方がないのだろう。そしてそれは小説として成功している。

 最後に画家が「あなたは横道にそれた俗人、踏み迷っている俗人ね」と断定するので、トニオの考えが分かる。トニオは、俗人への憧れを捨てきれない芸術家なのだ。芸術に徹することが出来てない。少年の迷いが今でも続いている。それを画家に見破られたのである。

 芸術家には、唯美主義や芸術至上主義を信奉する者もいれば、世俗の健全な精神を尊重する者もいる。

 日本の小説家で言えば、前者は谷崎潤一郎、後者は志賀直哉が挙げられるだろう。

そしてトニオ(マンと言ってもよい)は後者なのである。

 ただし、彼は、健全な常識だけでは芸術が生まれないことや反社会性の視点が優れた芸術を生み出すことも知っていた。

 その一方唯美主義や芸術至上主義の魔力にも気づいていた。一歩間違うと破滅してしまう毒性がこれにはあることも。

 実はこの立場はマンだけではない。ドイツ文学には「教養小説」というジャンルがあり、それは主人公が理想に向かって成長する小説である。ゲーテの『ウイルヘルム・マイスターの修業時代』に発し、ケラーの『緑のハインリッヒ』やヘッセの『郷愁』などが有名である。

 マンもその系譜に属していたのだ。だから『トニオ』が書けたのだろう。物足らない部分は『魔の山』で展開し、生涯にわたって、芸術と世俗の葛藤という主題を追究した。

 最後の場面でハンスとインゲボルクを思わせるカップルが現れる。トニオは少年時代と同じように好感を抱いてしまう。ここでトニオは、自分が芸術と世俗の二股に立脚する芸術家であることを再確認したのだろう。

 最後にこの思いを女流画家に打ち明ける。今後への決意表明といっていいかもしれない。

 

 今回読んでみて、芸術家と世俗との関係について分かりにくい点はあったが、小説としては優れていると納得した。過去と現在という構成、警察官に不審人物として間違えられたり、最後にハンスとインゲボルクを思わせる人物が出てきたりするプロットの展開、画家に手紙を送ると言うラストの締めくくり方、北海の波の描写、登場人物の描写などは秀逸である。

 ハンスとインゲボルクの再登場が幻想なのか、見間違いなのか、あるいは実際の人物たちなのか分かりにくくしている点は技法上成功していると思う。
 芸術に憧れる者なら一度は読んでおいていい作品である。芸術という存在について考えさせてくれるこの上ない参考書と言える。

 

 そして『ヴェニスに死す』(以下、『ヴェニス』と表記)である。

 私は彼の作品では一番感動したことを覚えている。小説の完成度が最も高い。すぐれた芸術品になっている

 私はこの作品は読む前に映画『ベニスに死す』(ヴィスコンティ監督:1971)を見たが、本作の方が映画よりはるかによかった。

 大体映画と原作は別物と思ったほうがよい。映画は原作を下敷きにした監督による表現である。たとえば、原作では作家なのに映画では音楽家になっていた。原作では主人公アッシェンバッハのこめかみが白く、頭の頂が薄いと描写されているのに映画では黒髪でふさふさだった。違和感を抱かざるを得なかった。

 なお、映画の感想は『思い出のイタリア映画・1971-77・青春回顧20』でふれた。

 当時の印象と今回の拾い読みから感想を述べてみる。

 まず、第1章や2章で主人公の芸術観や芸術と実生活に関する考察が綴られていた。マン特有の観念論的表現かつ長いので辟易する点が見られたが、『トニオ』で追究した主題を受けついでいると見た。

 次に、第3章からヴェニスの様子がリアリズムで綴られていたので、読みやすく具体的なイメージが浮かんで来た。小説の王道から逸れてない。

 さらに第3章や他の章で船に乗っている場面や海岸のシーンが出て来たが、その描写が素晴らしかった。海や風の音が聞こえて来そうな気がした。読者にそう思わせられるのは作品が優れている証拠である。マンは幼少時にバルト海の浜辺で過ごしたらしい。その体験と関係があるのだろう。

 第4に、ヴェニスのもう一つの面である霧が濃く、どんよりとした曇り空の天気を巧みに用いていた。最初の場面で出て来たのだが、最後の主人公の死を暗示するかのようで効果的だった。

 第5にギリシア美の象徴に美少年タッジオを持って来たアイディアは素晴らしかった。彼を主人公が追いかける場面はスリリングである。知らず知らずのうちに美に取りつかれていく主人公の内面が読者にも伝わって来た。

 次は、時々主人公が独白のような形で美やエロスや芸術について述べる場面のことである。これは分かりにくかった。欠点といえよう。

 最後。コレラが流行り出したら普通はその場から逃げる。それが、タッジオ一家がとどまっているからか主人公もとどまることを選ぶ。これは何を意味するのか。生より、死につながる美を選ぶことに他ならない。結局この主人公の作家は美に殉じたのである。三島由紀夫みたいである。『トニオ』と反対ではないか。逆にそうであるからこそ本作が成功したとも言えるか。

 

 次は『魔の山』についてである。

(これは新潮社の全集であるが、ドイツのフィッシャー社の装丁を使っている。素敵な装丁である。新潮社のアイディアは素晴らしい)

 

 半世紀前に読んだ時、正直言って、退屈な感は免れなかった。ドスト氏やトルストイの作品にみられるような引き込まれる力が弱かった。ただ、『ブッデン』よりはましだった。『ブッデン』が一家の没落という悲劇であるのに対し、『魔の山』には喜劇的な明るさがあった。だから何とか読み終えたのだろう。

 面白くない最大の理由は、観念論的な会話が多かったせいである。それにドラマの展開があまり見られない。サナトリウムという外界から遮断された場所を舞台にしているからだろう。

 印象が強かったのはペーペルコルンという人物である。ユーモアとアイロニーを駆使し、現実を楽しく生きる姿勢に好感を持った。

 最後に山を下りた主人公が第一次世界大戦に参加して死ぬという結論が唐突過ぎて納得が行かなかった。

 

 その上で、今回本書を拾い読みした。本来なら完読しなければ味わったと言えないのだが、長過ぎて今の私にはついていけない。ある評論家が「本書の思想を理解するのには2度読まなくてはだめだ」と言ったらしいが、これは正解だと思う。

 したがって今から述べる新たな感想は、私の独断的な解釈に基づいている。

 

 まず、本書はドイツ文学の潮流の一つである教養小説に属するが、これまでの教養小説と趣を異にしている。

 ゲーテの『ウイルヘルム・マイスターの徒弟時代』やケラーの『緑のハインリッヒ』やヘッセの『郷愁』の主人公たちは外に出て行き、様々な出来事に出くわすことによって成長していった。

 ところが、本書は、上述したように、外界との接触が禁じられているサナトリウムが舞台である。したがって知り合う登場人物の数は限られ、劇的な事件も少ない。どうしても思想的哲学的な論争や会話が多くなる。マンが本作を「観念構図の夢幻的結合」と言ったように、観念論のオンパレードである。マン自身が観念を好きだということもあろう。

 これは小説の面白さを半減する。ドスト氏の小説も会話や論争に満ちているが、彼の作品には読者を引きずり込む事件があった。

 次に、悪の化身のようなナフタという人物の設定である。イエズス会に属する神父で、ユダヤ人で、共産主義者で、ファシストで、テロの信奉者で、ニヒリスト。当時の政治思想を反映させたのだろうが、一人の人物に詰め込み過ぎ。複雑し過ぎるのだ。このような矛盾する人物は非現実的でもある。何人かに分けて登場させた方が、ドラマは面白くなる。

 第3に、セテムブリーニの存在である。彼は西洋的合理主義者で、ヒューマニストで、民主主義的で、百科全書派的な人物である。

 当然、彼はナフタと相いれない。二人の論争は山場の一つである。普通なら、若い主人公のハンス・カストルプはセテムブリーニの肩を持ちそうだが、どちらの見方もしない。

 セテムブリーニに対するマンの見方は冷たいような気がする。本作は第一次大戦中に書かれたので、当時のマンの政治的スタンスが反映されたのかもしれない。彼は戦争中はドイツ帝国を擁護していたのである。

 第4にハンス・カストルプの立ち位置である。マンは主人公を色に染まらない白紙のままの人物にした。が、私からすれば物足りない主人公だった。逆に言えば、このような曖昧模糊のキャラクターだから、終末部の第一次世界大戦で彼を死なせたのかもしれない。この戦争を主人公がどうとらえているのか結局よく分からないのである。

映画『魔の山』のハンス・カストルプ

 第5に、本作の解説では、ニーチェの超人思想やフロイトの精神分析の影響をみるらしいが、この辺もよく分からなかった。

 第6に、ショーシャ夫人というキャラクターである。主人公の火遊びの相手なのだが、ドスト氏やトルストイの作品に現れる女性と比較すると、魅力がなかった。マンが描く女性は、私が見る限り、肉感がとぼしいのだ。

 

 私は『ブッデン』と『魔の山』しか長編は読んでないが、『ヴェニス』や『トニオ』などの中編や、数々の短編の方が芸術的に優れていると思った。

 

 次に挙げるのは、『略伝』である。これは自伝抄で、誕生からノーベル賞を受賞した1930年頃までの半生を回想している。

  私は作家が自らの半生を語ったエッセイが好きである。たまたま図書館で全集に収められた本作を発見し、読んだところ面白かった。全集本は高価だったが、アルバイトのお金が入ったこともあり、また多数の評論が収められていたので購入した。

 この中で私が好きな部分は、兄ハインリッヒと過ごしたイタリアの思い出である。楽しい青春が語られているので読んでいるこちらの方も楽しくなる。

 また、幼少期の思い出も興味深い。兄弟姉妹の多くが芸術方面に進んだことは母方の遺伝か。

 ショックだったのは2人の姉妹が自殺したことである。マンの作品には死の影が濃いが、このような近親者の死が関係しているのだろう。

 海が好きだということも分かるような気がした。彼の作品には海がよく出て来る。波の音は彼の精神形成に影響を与えていることは間違いない。

 本作で、『魔の山』、『ベニス』、『ブッデン』、『トニオ』の創作に関する裏話が語られていた。

 若い頃ショーペンハウエル、ニーチェ、ゲーテから多くを学んだ話も面白い。

 

 

 最後に『非政治的人間の考察』(以下『非政治』と略す)に少しふれる。

 この本はなんと上・中・下の3巻ある。上だけ買って読んだのだが、面白くなかった。文学者の政治評論なので理路整然とは言い難い。分かりにくい。よくぞこんなに長い物を書いたと思った。とてもこれは読了出来ないと思い、途中で放擲し、その後いつだったか忘れたが、古本屋に売ってしまった。

 彼が本書で第一次世界大戦中のドイツ帝国を擁護した事実も好まなかった。彼はドイツ帝国の非民主主義を批判した兄ハインリッヒと仲たがいしたくらいである。

 この点でヘッセとも違う。ヘッセやロランは人道主義の立場から反戦を唱えた。

 ところが終戦後、マンは転向した。本書における政治的見解を反省し、ヴェルサイユ体制並びにワイマール憲法下のドイツを支持した。要は民主主義に目覚めたのである。

 もしマンが『非政治』の立場を維持したなら、現在のような高い評価は受けられなかっただろう。私も彼の作品をひも解くことはなかっただろう。

 それからしばらくしてナチスが台頭した。彼は妻がユダヤ系のこともあり、ナチスを徹底的に批判した。そのためスイスに亡命せざるを得なかった。ナチスも彼の著書を発禁にした。

 マンはその後アメリカにわたり、ナチス批判を終戦まで続けた。その時代の政治評論の代表作が前述の全集本に収録されている『ドイツ共和国について』、『自由の問題』、『ドイツの聴取者諸君』、『ドイツとドイツ人』である。

 これらの内容は感動的である。狂気に走っているドイツ人への懸念と、民主主義擁護の思いが伝わって来る。作家としての良心が読み取れる。 

 

            ――― 終 り ―――

 

※次回は、「思い出の文学シリーズ」を休み、2月下旬に行う予定でいる奈良旅行の印象を語ります。