10月26日(月)から28日(水)まで熊野(和歌山県)に行ってきた。2泊3日の旅。

 実は熊野地方はとても広く三重県にもまたがっている。ただ、三山(三社二寺)があるのは和歌山県。三社とは熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社のことであり、二寺とは青岸渡寺と補陀落山寺のことである。

 私たちの旅はいつも夫婦連れ。あの世まで仲良くがモットー(笑)。

 私たちは四国お遍路を歩いて行ったせいか、由緒ある寺社仏閣に関心を持っている。特に私の方が。それで手始めに熊野を訪れようと決めたのだ。

(熊野本宮大社:以下、本宮と略す)※雑誌のコピー写真

 お遍路を行った時、知り合った外国人お遍路(複数いた)から熊野の話を聞かされた。お遍路終了後、熊野によってから帰国するという。彼らは日本人以上に日本のことをよく知っていた。熊野三山が熊野古道と共に世界遺産に認定された影響は大きい。

(那智の滝)※雑誌のコピー写真

 本来なら遠方に行く場合には長距離バスを使うのだが、コロナ禍の現在、深夜に走る長距離バスは運行休止。それで列車を使うことに。幸い私たちはJR東日本の「大人の休日倶楽部 ジパング」に加入しているので、運賃が3割安くなる(期間限定。該当しない新幹線もあるので要注意)。

 政府が推奨している「GoTo トラベル」も利用することにした。ただ、私たちは旅行会社の企画商品(宿泊先と旅費がパックになっている)には申し込まない。というのは、その多くが豪華ごちそうを提供する温泉旅館に泊まらなければいけないから。高齢化したため胃袋が小さくなった私たちは豪華ごちそうの半分も食べられない。つい残さないよう完食すると、夜胃痛で七転八倒してしまう。だから私たちはビジネスホテルに泊まることにしている。

 そこで「GoTo トラベル」対象のビジネスホテルを探したところ、新宮市にあった。これで宿泊料は35%引きになる。ここに連泊して三山を巡ることにした。

 元々熊野古道を本格的に歩こうとした。有名なルートの中辺路(なかへち)〔田辺市から本宮大社までの約38キロ〕を1泊2日で踏破しようとしたのだが、コロナ禍の現在、制約があり過ぎ断念。その一部分である発心門王子から本宮大社までの約6キロだけにした。

                              (熊野古道:中辺路)※雑誌のコピー写真

 したがって今回の旅行は物見遊山的な旅、一般的な観光旅行だ。

  旅行する場合、私は旅行先に関する文献を読むことにしており、今回下記の本を読んだ。熊野古道の歴史や三山の文化が分かりやすく書いてある。どれほどの影響を人々に及ぼしたのか納得出来た。帰ってからも疑問の点をこれで調べた。これから旅行される人にお勧めする。

 

10月26日(月)

 我が故郷の駅の西那須野駅から宇都宮線下りで隣駅の那須塩原駅に向かう。始発の新幹線(6:11発)は空いている。

 東京駅で7:33初のひかり633号大阪行きに乗り換える。当初「のぞみ」で行こうと考えたのだが、窓口で「のぞみ」はジパングの対象ではないと教えられた。年金生活者にとって新幹線特急券の3割引きは高額なので、「のぞみ」ではなく、「ひかり」にする。名古屋まで「のぞみ」は約1時間40分。「ひかり」は10分から15分遅いだけだ。ただ、「のぞみ」が7時代に5本あるのに対し、「ひかり」は2本しかない。指定席を取ったが、コロナ禍の現在、ガラガラ。自由席もガラ空き。

 秋空に富士山がくっきり。冠雪は少ない。天気予報では3日間、晴天。いい旅になりそう。

 名古屋でJR紀勢本線に乗り換え、紀伊勝浦駅を目指す。こんなに長い列車旅は結婚してからは初めて。

 ワイドビュー南紀3号という特急だ、なんとジーゼル。乗車しているうちに分かったが、電化区間は名古屋から亀山まで。したがって地元の多くの人は鳥羽や伊勢に行く場合、全線電化の近鉄の方を利用する。

 紀勢本線に乗るのは初めて。近鉄でお伊勢参りに行ったことはある。

 10:01に名古屋を立ち、終点の紀伊勝浦には13:58に着く。なんと約4時間の旅。距離は東京・名古屋間の半分にも満たないのに、時間は倍以上。でも、乗り物好きの私はちっとも飽きない。

 相可駅を過ぎると山間を縫うようにして走る。やたらトンネルが多い。場所は志摩半島の付け根の所か。海はリアス式海岸らしい。

 尾鷲駅に近づく。瓦屋根が多い。

 和歌山県に入ると、浜辺沿いを走る。

 紀伊勝浦駅に到着。どうして「那智勝浦駅」にしなかったのだろう。那智勝浦町にあるのに。使い分けをしなければいけないので大変。

 バスのターミナルにもなっているので、那智の滝行きのバス(南海バス)が出ている。駅前にある乗り場の窓口で、フリーパス券を薦められる。3200円と聞いて高いと思ったが、購入して正解だった。熊野三山を巡る路線を運行しているのは南海バスである。3日間で何回も利用することになった。距離も長かったので、その度に買っていたら総計1万円近くかかっただろう。

(三山巡りの方にお勧め)

 那智の滝までは約30分。坂をどんどん上って行く。観瀑台はバス停から近かった。滝の轟音が響いて来た。見上げると目の前に現れた。神聖な雰囲気が漂う。思わず手を合わせる。来てよかった。しばし感動に酔う。

 もっと近づこうと思い、300円払ってお滝拝所に。飛沫が飛び、音量が増し、荘厳さがより感じられる。滝は古来より信仰の対象であり、現代風に言えばパワー・スポットである。

 那智の滝、華厳の滝(栃木県日光)、袋田の滝(茨城県大子)が日本三名瀑らしい。私の故郷は栃木なので、華厳の滝には10回くらい、隣県の袋田の滝には数回訪れた。水量は華厳が一番であるが、長さは那智が一番ある。袋田はこれら2つに較べると見劣りする。

 惜しいことに滝は途中で岩にぶつかっている。この岩がなければ滝壺まで一直線に落下していたはずだ。長い白布を垂らしたような美しさを見せていただろう。

 続いて那智大社に向かう。バスで「那智山」という終着駅に行き、そこから参道へ。山腹にあるのでかなり上らなければならない。

 途中で妻の調子が悪くなった。大社まで登れないと言う。ベンチに座る彼女を残し、私一人で行くことにした。那智の滝と那智大社には明後日もう一度来る予定なので、その時じっくり拝観すればよい。

  朱色に塗られた社殿に参拝し、すぐ妻の元に戻る。

 「那智山」停留所からバスで「那智駅」停留所に向かう。ここは紀勢本線の駅でもある。下りなので15分くらいで駅に着く。神社を思わせる趣向の駅舎である。

 ここで新宮方面行きのバスに乗り換え。約30分かかって新宮駅に着く。

 駅から宿の「ホテルニューパレス」は歩いて5分くらい。料金は前払い。Go Toトラベルを使ったので35%引き。2名で2泊2食(朝1夕1)の料金は2万2千円。おまけに5千円分(1人2500円)の地域共通クーポン券までもらえ、お土産やコンビニでの購入に当てることが出来た。部屋(撮影を忘れた)もよく、実にお得な旅行。

 夕食はホテルで。コロナ禍のために数種しか提供してない。1500円の和定食を注文。写真には映ってないが、鍋が付いている。味よし。量もちょうどいい。コロナ対策として個室が用意されていた。

 

 

 10月27日(火)

 朝、早く出る。新宮出身の作家中上健次の生誕地記念碑を見るためである。駅から数分の所にある。生家はもうない。

 中上の作品は1冊しか読んでない。芥川賞を受賞した『岬』である。感動はしなかったが、迫力のある文体に感心した。新宮を舞台にした作品で自伝的色彩が濃い。暴力に満ち、肉体労働の汗が飛び散るような世界を描いている。その内容に、短い、歯切れのよい、リズミカルな文体が合っているのである。

 何年か後、本作の続編とも言うべき『枯木灘』を購入したが、読了出来なかった。彼の世界と文章は私の感性にどうもマッチしなかった。46歳で早逝されたことは惜しまれる。

               (芥川賞全集第10巻で読んだ)

 新宮駅から本宮大社行7時10分発の南海バスに乗る。乗客は私たち以外たった2名。車中で駅前のコンビニで購入したパンを食べる。

 バスは熊野川沿いを山に向かって進む。熊野川は水量があり、流れが速い。川幅も広く山と空を映して流れる様子は堂々としている。

 約40キロの道のりを進むのに約1時間かかって、終点の本宮大社前に着く。広々としたターミナル駅だ。木材をふんだんに使ったバス停が素晴らしい。

 ここで乗り換える。龍神バスという別の会社のバスである。乗客はほとんどが古道の歩行者である。

 20分弱で発心門王子前という終点停留所に着く。

 さあ、ここから熊野古道を歩く。本宮大社まで約7キロ。お遍路で毎日2、30キロ歩いた私たちにとっては負担になるような距離ではない。世界遺産に認定されたからだろう、道が整備されており、歩きやすい。現在コロナ禍のため歩行者が少ない。歩いていて実に気持ちがよい。

           

 本宮に近づく。途中、大斎原(おおゆのはら)が見渡せる高台に出る。鳥居が小さく見える。   熊野は山々が畳み重なっている地形である。山の密度が濃い一帯である。

 約1時間半で本宮大社の裏門に着く。

 本宮大社の神門。本宮は元々大斎原にあったのだが、明治22年の大洪水によって上四社以外の社殿が流されてしまった。以後、この地に上四社だけが祀られている。

 この先の境内では撮影禁止という看板が立っていた。神域だからか。社殿の撮影を認めない神社は初めてである。他の大社は許可している。宮司の考えなのだろうか。もしそうなら変更していただきたい。

 他にここの大社に関する疑問。「警戒せよ」という、命令的な言葉が書かれた垂れ幕があった「警戒してください」ではない。何に警戒すればよいのかは書いてない。実に高飛車な言い方である。こういう表現は誤解を生むと思う。政治的な意味であるなら不穏当な表現である。今は世界中の人々がここに訪れる。偏狭なナショナリズムを掲げてはいけない。神社は万国の人々の幸福を願う場所であって欲しい。

 したがって門の外から撮影した写真を掲載する。

 境内に入ると、社殿の風格に目を奪われる。檜皮葺(ひわだぶき)の屋根が特に素晴らしい。瓦では出せない古雅の趣をかもし出している。国の重要文化財。4つの社殿のそれぞれに拝礼。

 奈良時代に仏教を取り入れ、神仏習合となる。平安時代の本地垂迹により、それぞれの神がそれぞれの仏で表されている。例えば主祭神の家津美御子(けつみみこ〔スサノオノミコト〕)は阿弥陀如来である。

 平安末期から鎌倉時代にかけ、皇族や貴族が参詣。後白河上皇や後鳥羽上皇はなんと30数回詣でている。当時は命がけだったらしい。室町時代には武士や一般庶民の人気を博し、その様子は「蟻の熊野詣」と形容された。江戸時代になるとその座は伊勢神宮に奪われ、衰退。

 長い階段を下り、大斎原(おおゆのはら)に向かう。

 日本一高い大鳥居。この地は熊野川など3つの川の中州になる。

 大斎原の内部。今はただの草地。神域とされているので中では撮影禁止。外から撮る。

 大斎原近くの堤防。後ろに見えるのは熊野川。堤防の上は幅広い散歩道になっている。 

 バス停そばの和歌山県世界遺産センターを見学した後、バスで新宮に戻り、速玉大社へ。新宮とは速玉のこと。本宮の後に出来たから。

 社殿は1967年(昭42)に再建。主祭神は熊野速玉大神(イザナギノミコト)と熊野夫須美大神(イザナミノミコト)。前者が千手観音、後者は薬師如来。

 続いて敷地内にある市立佐藤春夫記念館に寄る。館内は撮影禁止。

 東京にあった私邸を移したものらしい。廊下の床が市松模様だった。佐藤春夫は本来詩人。ロマンチックな所がいい。戦中戦後、多くの小説家に慕われ文壇の長老になった。

 小説は下記の作品しか読んでないが、面白くない。饒舌な文章も私の体質に合わない。『田園の憂鬱』だけよかった。

 速玉大社から歩いてホテルへ。15分くらい。途中市内を貫流する熊野川の岸辺に寄る。河口が近いせいか川幅が広い。大河の観。

 部屋の窓から新宮城の石垣が見えた。天守閣は再建されていない。

 

 10月28日(水)

 早朝、新宮駅から紀伊勝浦駅行のバスに乗り、那智駅で乗り換え、那智山へ。1時間10分ほど掛かった。

 熊野那智大社へ。妻は1昨日に訪れてない。江戸時代再建の重要文化財。屋根は檜皮葺。

主祭神は熊野夫須美大神(イザナギノミコト。別の説あり)で、本地垂迹では千手観音。

 妻は八咫烏の像に感激した。八咫烏は日本神話において神武天皇を熊野から大和の橿原に導いたとされている。

 隣接されている青岸渡寺(せいがんとじ)に行く。中世から近世まで那智大社と一体化して修験道場として栄えた。神仏習合の象徴のようなこの寺は明治の神仏分離により廃寺されそうになったが、西国三十三所の第1番札所だっために免れた。

 そのため白衣を着た巡礼者の姿が見られた。

 青岸渡寺の三重塔と那智の滝を背景に記念撮影。このアングルの写真が雑誌によく載っている。滝は遠景の方が美しく見える。

 入館料を払って三重塔に上ったが、誰もいない。ここから見る那智の滝は絶景。贅沢にも独り占めだ。滝の音だけが聞こえる。幸せの瞬間。

 青岸渡寺からバス停に向かった時、海が望めた。昔、那智の滝は海から見えたと言う。船上の人はどんな思いで滝を遠望したのだろう。

 再び那智駅へ。駅から数分の補陀落山寺(ふだらくさんじ)にお参り。この寺も世界遺産である。

 「補陀落」とは南方にある浄土のことを指す。

 平安時代から近世まで南方の浄土(すなわち補陀落)を目指してこの寺の近くにある浜から住職が小船で旅立った。その行事を補陀落渡海(ふだらくとかい)という。回数は20回ほど。当然沖で沈んだらしい。下の写真は復元された渡海船。

 金光坊という住職を主人公にして渡海の様子を描いたのが、井上靖の『補陀落渡海』(短編)である。最初に読んだ時、退屈で仕方がなく、内容をほとんど忘れてしまった。しかし旅行後に読んだ時には面白く読めた。この地を訪れ、渡海をイメージ化することが出来たからである。

 下は船が出た浜。那智の浜という。現在水のきれいな海水浴場として有名。きちんと整備されているのには感心した。

 那智駅から紀伊勝浦駅にバスで行く。約10分。名古屋行特急「南紀6号」の出発時刻は12時24分。時間があるので那智勝浦の街を港に向かって散歩。シャッター通りだが、みかんを売っている店が何軒かあった。車内で食べるために少し買う。

 港に足湯があった。ここは温泉地として有名。漁港でもある。

 近くに温泉ホテルや飲食・おみやげ販売を行っている「にぎわい市場」という施設がある。

 往きと同じ型の特急に乗る。これから4時間の列車旅。今回の旅で特に印象に残った風景BEST3は、「1 神秘性を感じる那智の滝 2 荘重さが感じられる檜皮葺の屋根の本宮大社 3 水量に富む青い熊野川」である。

 新宮近郊の海岸。栃木までの長い距離を考えるとセンチメンタルな気分になる。さようなら熊野。さようなら新宮。

 

――― 終り ―――