あの日から丸2年、二回りが過ぎました。
ここ静岡県湖西市では、今年もこの日、3月11日に避難訓練が実施されました。
ただし、昨年から若干変わったところもあって、名称が「津波避難訓練」から「夜間避難訓練」になりました。湖西市の中には、遠州灘に面した地域、浜名湖に面した地域、比較的高所に位置する地域などがあるのですが、津波を想定した避難訓練では地域によって取り組み方にバラツキがあるということで、夜間避難訓練に変えたのだそうです。
もう一つ、今年の避難訓練のテーマがあって、それは非常持出品を携行すること。訓練に参加した人数の他に、非常持出品を持ち出した数も集計しました。
訓練の内容は、午後7時に防災無線を使って地震発生の合図が流れるので、決められた一次避難場所に集まること。一次避難場所では、訓練参加者の名前を記入して解散。後は、町内会長が参加者数と非常持出品数を集計して自治会に報告して終了。それだけです。
が、何しろ夕方7時という、夕食どきの家族団らんタイム。また、震災から2年が過ぎて徐々に記憶が薄れていってもおかしくない時期。どれだけの人が参加してくれるか全くわからない状態でした。
事実、何人かの組長さんからは仕事の関係や体調不良で参加できない旨の連絡を事前に受けていました。
ヤスが町内会長を務める栄町三丁目は、湖西市鷲津自治会の中では新興住宅地であり、日々、といえばやや大げさですが、月々くらいのペースで新しい家が建ち住民が増えている地域です。エリアが広く組数は24もあり、回覧物を配りに24軒の組長宅を歩いて回ると優に1時間かかります。なので、どの家からも数分以内に行ける場所を一次避難場所にしようとすると、複数の場所に分散せざるを得ません。実際、町内の比較的高台にあってある程度広さのある場所3ヶ所を一次避難場所を決め、組毎にどの一次避難場所に集まるかを決めてあります。
つまり、避難訓練を実施するにあたって、スタッフの数が3倍必要だということです。
今回は、避難訓練実施に先だって自主防災役員会を開き、それぞれの一次避難場所の責任者と仕事の内容を決めておきました。責任者は、7時10分前にはそれぞれの持ち場について待機していました。
午後7時になると同時に防災無線のスピーカーからサイレンが鳴り響き、夜間避難訓練が始まりました。サイレンが鳴り終わらないうちに最初の一人がヤスの担当する一次避難場所に到着。用意した紙に名前を書いてもらっている間に次から次と人が集まり始めました。
昨年も参加者の名前を書いてもらったのですが、順番待ちの長い列ができてしまったため、今年はその反省から用紙と筆記用具を6セット用意し、なるべく待たなくて良いように改善しました。それでも一度に大勢の人が集まってしまい、寒い中結構待たされている人が出てしまいました。
名前を書いてもらったら、去年と同様にひとり1本づつお茶缶を渡して順次解散。お茶缶は、余ったら4月に開催予定のお花見会で使えば良いからと多めに用意したつもりだったんですが、今年も足りなくなってしまい、最後の10人程には渡せませんでした。
結局今年も、3つの一次避難場所合計で200人を超える人が参加しました。
家族団らんタイムなんのその。一昨年の記憶も全く薄れていないことが証明されました。
心強い限りです。