トールキン 旅のはじまり(2019) | つぶやキネマ

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トールキン 旅のはじまり(2019)

 

 1916年の第一次世界大戦フランス北部戦線、イギリス陸軍の通信士官として参戦していたジョン・ロナルド・ロウエル・トールキン少尉(ニコラス・ホルト)は、ソンム河畔の戦線の塹壕で従卒サム・ホッジス(クレイグ・ロバーツ)に行方不明になった親友ジェフリー・バッチ・スミス(アンソニー・ボイル)の捜索を依頼し、熱病と闘いながら少年期に想いを馳せていた。

 父は3歳の時に亡くなり母メイベル(ローラ・ドネリー)弟ヒラリー(ギレルモ・ベッドワード)とセアホール・ミルで暮らしていたが、生活に困窮したために母の友人のフランシス神父(コルム・ミーニイ)の紹介でバーミンガムのアパートの小さな部屋で暮らす事になった。夜になるとトールキン(ハリー・ギルビー)は暖炉のそばで壁に映し出される廻り燈籠の影に合せて母が語る冒険と謎の物語に心を躍らせていた。しかし12歳の時に母が病死しトールキン兄弟は後見人となったフランシス神父が見つけた資産家のミセス・フォークナー(パム・フェリス)の下宿で暮らし上流家庭の子息が集まる名門キング・エドワード校に通う事になり、トールキンは物語を語るのが好きだった母の影響で創作を始め何もない下宿部屋の壁にスケッチやメモを貼り付けていった。下宿にはミセス・フォークナーの若いコンパニオンとしてエディス・ブラット(ミミ・キーン)も同居していて、3つ歳上のエディスと親しくなったトールキンはミセス・フォークナーに隠れて彼女と交際を始める。キング・エドワード校では奨学生だったトールキンはクラスで孤立していたが、小さな諍いをきっかけに同級生の画家志望のロブ・キルター・ギルソン(アルビー・マーバー)、詩人・劇作家志望のジェフリー・バッチ・スミス(アダム・ブレグマン)、ピアニスト・作曲家を目指すクリストファー・ワイズマン(タイ・テナント)と親しくなり、学校の近くのお気に入りのカフェの名前バロウズを取り入れた秘密クラブ「T.C.B.S.(Tea Club & Barrovian Society)」を結成する。トールキンとエディスはワーグナーの「ニーベルングの指環」のコンサートに行くが、安い席が満席だったために舞台装置の搬入口から侵入した舞台裏通路でコンサートを楽しみ、エディスとの仲は深まったがトールキンはオックスフォードの入試に失敗してしまう。トールキンとエディスとの交際を知ったフランシス神父から学生時代は交際をしないよう忠告され、トールキンは承服出来なかったがエディスは交際を諦め去ってしまう。無事にオックスフォードに合格したものの特待生にはなれなかったトールキンに奨学金の打ち切りが迫り、エディスが婚約した事を知って自暴自棄になるが「T.C.B.S.」の3人に支えられジョセフ・ライト教授(デレク・ジャコビ)の元で言語学を学ぶ事で切り抜ける。そんな中、第一次世界大戦が勃発しトールキンと「T.C.B.S.」の仲間たちも軍隊に入隊、出征の港に現れたエディスとトールキンはお互いの愛を再確認したのだった…というお話。

 

 「ホビットの冒険」「指輪物語」等の作家J・R・R・トールキン(1800~1968)の半生を描いた作品で、ファンにはよく知られているエピソードについても描かれているという事で楽しみにしていたのだが、映像は素晴らしかったし俳優さんたちの演技も良かったにもかかわらず、描きたい事が多すぎたのか欲張り過ぎたようで全体的に散漫な印象の作品になってしまっていて残念。

 第一次世界大戦中にイギリス陸軍の士官として参戦した経験が執筆作品に影響を与えているというのは有名な話だが、それを強調したかったような描写が多いにもかかわらず表現が平凡すぎて説得力に欠けていたり、貧しい家庭で育ち不遇な人生に翻弄されながらオックスフォードの教授になったという苦労話もあっさり流された感じで、回想形式を採用した全体の物語構成もバランスが悪く、描きこみが足りない脚本と淡白過ぎる演出で、作品の顔となるような印象に残る場面が少ないのも問題なんだよね(注1)。

 

 トールキンを演じたニコラス・ホルトと後に妻となるエディスを演じたリリー・コリンズの演技は素晴らしいのだが、2人の相性がイマイチな上に演出も俳優の演技に依存していて工夫が足りないのでふたり演技に化学変化が起きず、素敵な出会いや恋愛に発展していく過程が上手く描けていない。「T.C.B.S.」の仲間たちの場面は雰囲気も素晴らしく俳優さんたちの演技のアンサンブルも良かったので、4人の友情についてをもっと前面に出すべきだったと思いますね…若い時を演じた4人の俳優さんの初々しさが特に素晴らしいのだよ(注2)。

 

 本作で最も注力すべきだったはずの「創作を始める動機」についての描写があっさり気味なのも物足りなさを増加させている。子供時代に母の影響を受けて創作に興味を持ったあたりや「T.C.B.S.」の仲間たちからの影響についても明確には描かれないし、第一次世界大戦への参戦した影響もイメージ的な描写に終始していて「このあたりから想像してね」と観ているこちらに丸投げされたような気分になる。トールキンの半生を描くのには必要不可欠な場面があっさり処理され不要な場面が変に丁寧だったりと、脚本上の欠陥がそのまま映像化された感じで全体的に描写が端折られていて何を描きたかったのかが解りにくいのが困ったものなのだ…細切れのエピソードが連続している部分が多いので最終編集でかなり短縮された感じもするが。このストーリーなら上映時間があと30分ぐらいあっても良かったのではないかなぁ(注3)。

 

 観賞後はトールキンの作品のような大河小説的アプローチで映画化して欲しかったという感想が強く残った。撮影は丁寧でカメラワークも的確なので映像的にはどの場面も素晴らしかっただけに本当に惜しい。

 

●スタッフ

監督:ドメ・カルコスキ

脚本:スティーヴン・ベレスフォード、デヴィッド・グリーソン

製作:ピーター・チャーニン、ジェンノ・トッピング、

デヴィッド・レディ、クリス・サイキエル

撮影:ラッセ・フランク・ヨハネッセン

音楽:トーマス・ニューマン

 

●キャスト

ニコラス・ホルト、ハリー・ギルビー、

リリー・コリンズ、ミミ・キーン、

コルム・ミーニイ、デレク・ジャコビ、

アンソニー・ボイル、アダム・ブレグマン、

パトリック・ギブソン、アルビー・マーバー、

トム・グリン=カーニー、タイ・テナント、

クレイグ・ロバーツ、パム・フェリス、

ジェームズ・マッカラム、ギレルモ・ベッドワード、

ローラ・ドネリー、ジュネヴィーヴ・オライリー

 

◎注1; 

 ストーリーの全てが完全に実話という訳では無いのだが、トールキンの妻エディス関連の描写はかなりドラマティックに変えられているらしいのに、トールキンに何度か訪れるドラマティックな人生の転機については薄味という、重要視したエピソードの選択基準が謎なので観賞中ははぐらかされっぱなしで少しイライラが募る。重点を置いたと思われる妻エディスとの恋愛模様もきちんと演出されていないのが困ったモノなのだ。

 基本的にはリアリズムで描いているのに、第一次世界大戦のフランス北部戦線については調査不足なのか雰囲気で描写している場面も多くて思わず心の中でツッコミを入れた…熱病で意識朦朧のトールキンを砲撃で出来た水たまりに寝かせたままにする従卒とか。熱病にうなされるトールキンの夢としてトールキン作品を連想させる幻想的な場面が繰り返し登場するのだが、無理やり関連付けたような感じが強く最後まで思わせぶりなだけで明確なイメージが提示されないのも問題なのだよ。

 

◎注2; 

 ニコラス・ホルトは熱演していて演技そのものは悪くないのだが、演出的サポートが足りないので空回りしているような印象になっている。リリー・コリンズも同様で可愛くて演技も魅力的なのだが際立たせるような演出がされておらず終始ストーリーから浮き上がった感じがしてしまう。そんなふたりはラスト・シーンまで演技的化学変化が起きないので、トールキン夫妻の素敵な関係が時間をかけて描かれているにもかかわらずあまり印象に残らない。ドメ・カルコスキ監督はフィンランドのテレビ・映画界出身で、あまり凝った演出をせずに俳優の演技をそのまま撮影するタイプのようで、「演技」に関しては俳優に丸投げしているのではとさえ思える。その典型がコルム・ミーニイ演じるフランシス神父の登場場面で、トールキンの後見人でもある神父という事で厳しい事を言う場面が多いのだが、「ダイ・ハード2(1990)」「沈黙の戦艦(1992)」「コン・エアー(1997)」等のハリウッドの大作で演じて来た悪役の雰囲気が出てしまっていて、トールキンに対して何か悪意があるのではという印象が残る…このあたりは演出で善意からの発言である事を強調するべきですな。デレク・ジャコビ演じるジョセフ・ライト教授との出会いも、トールキンの人生にとっては重要な瞬間なのにもかかわらず演出的な工夫はゼロであっさり終わってしまう…このあたりは脚本通りに撮ったんだろうけど。

 「T.C.B.S.」結成に至る過程がなかなか素敵で演じた4人の若手俳優さんが素晴らしいのに出番が少なくてがっかり…この4人から青年期への移行はもう少し丁寧な描写が欲しかった。この4人の若手俳優さんで残りを観たかった気もするが、オックスフォード時代以降を演じるには若過ぎるかもね。

 

◎注3; 

 描写不足の傾向は作品冒頭から始まっていて、伏線も何も無い母メイベルの死があまりにも唐突過ぎて混乱してしまう。トールキンの半生を描く作品なのに「創作を始める動機」については「こんな感じだったのでは…」でお茶を濁したのに、戦死したジェフリーの詩集の出版に尽力する描写が異常に丁寧だったりする。トールキンの「T.C.B.S.」の仲間たちへの熱い友情を表すなかなか良い場面なのだが、それを残してトールキンの創作についてが駆け足になったのでは意味が無いのだよ。そんな感じばかりなので詰め込まれたエピソードをちゃんと描くためには上映時間が足りないという感じが強い…配給・興行・製作から2時間弱でという指示があったのかも。

 トールキンの「ホビットの冒険」「指輪物語」を想起させるシーンは少ないのだが、イメージとしてはそれなりに詰め込まれていて、フランス軍の従卒が「サム」で「T.C.B.S.」の仲間が4人だったり、熱病にうなされて見る夢に登場する戦場の幻影にはサウロンやナズグールが登場してます…火を吐く竜がドイツ軍の火炎放射器だったのには笑ってしまった。

 

 

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