柔らかい肌(1964) | つぶやキネマ

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柔らかい肌(1964)

 

 著名な評論家で文芸雑誌の編集長ピエール・ラシュネー(ジャン・ドザイ)は、妻フランカ(ネリー・ベネデッティ)と娘サビーヌ(サビーヌ・オードパン)とパリで平和で落ちついた日々を過ごしていた。ピエールは講演のためにリスボンへ向かう機内で美しい客室乗務員のニコル・ショメット(フランソワーズ・ドルレアク)に目を奪われ、宿泊先が同じホテルだった事から乗り合わせたエレベーター内で見た鍵の部屋の番号に電話をかけ食事に誘う。すっかり意気投合したふたりはレストランで一晩中語り合い、ホテルのニコルの部屋で愛し合う。再び一緒になったパリへ帰る機内でニコルはピエールに連絡先を書いたマッチを渡す。

 ふたりはパリへ帰ってからも会い続け、ピエールは北フランスの街ランスでの講演にニコルを誘う。宿泊先に着き講演会場で落ち合う約束をしてふたりは一旦別れたが、ピエールは講演の主催者や招待客の対応に追われ、ニコルはチケットが無いために会場に入れずロビーに取り残されてしまう。講演関係者から解放されたピエールはカフェにいたニコルと再会、ふたりの関係は険悪な雰囲気になっていたが街はずれの寂れたモーテルで一夜を共にする。ピエールは予定より一日帰宅が遅れた言い訳をするために自宅に電話するが、フランカから昨晩講演先に確認の電話をかけた事を聞かされる。帰宅したピエールは口論の末に別居を提案するがフランカからは離婚を宣言され、新居探しに同行してくれたニコルに事情を説明しピエールは求婚するが、既にピエールに対する気持ちが離れつつあったニコルに拒絶されてしまう…というお話。

 

 フランソワ・トリュフォー監督の長編第4作という事で、演出やカメラワーク、編集の呼吸が心地良く映画的にギクシャクした感じはほぼゼロ。今回はフランソワ・トリュフォーとジャン=ルイ・リシャールの共同脚本で、浮気のつもりが相手の魅力に負けてのめり込んだ優柔不断なインテリ中年男が結果的に女性に振り回され家庭崩壊というのは散々映画で描かれて来たとは思うが、最後は〇〇されるというのは公開当時はちょっと意外だったカモ。長編前作「突然炎のごとく(1961)」は男ふたりを振り回す女性の話だったが、本作は最初は女ふたりを振り回す男性を描く逆転した話かと思ったらふたりの女性に振り回される中年男の話だった…男は常に振り回される側というのが女性遍歴でも有名なトリュフォー監督らしいよね(注1)。

 

 脚本はいくつか気になる点があったが演出家としては格段に進歩していて、美しい構図とスムーズな移動撮影に加えて編集のリズム感が抜群でとにかく観ていて心地良いのであります。「突然炎のごとく」では映画的小技をたくさん使っていたが、今回はかなり控え目。一番目立ったのは、機内からタラップへ出ようとしてニコルを見つめるピエールの姿が一瞬だけよーく観ないとわからないぐらいのストップ・モーションになるという小技を二度使っていて、最初の時は彼女の美貌に見とれて凍りついたような表現として使われていて思わず唸ってしまった…ちなみに2回目はふたりが見つめ合うショットでふたりとも凍りつきます(注2)。

 

 所謂スターではないが「田園交響楽(1946)」「夜の騎士道(1956)」「殺人鬼に罠をかけろ(1958)」「新・七つの大罪(1963)」「いぬ(1963)」等の出演作があるジャン・ドザイをキャスティングした効果は抜群で、感情を殺した無表情な演技でリアルさが増量、見ようによっては愛すべき人物なんだが美人の奥さんと可愛い娘がいるのに「何やってんだか」という気分にさせられる。

 フランソワーズ・ドルレアックは妹のカトリーヌ・ドヌーヴよりも庶民的で生々しい感じが本作にはぴったりで、時々浮世離れした感じが表面化してカトリーヌ・ドヌーヴみたいでドキッとさせられるのだが、終盤で憑き物が取れたようにピエールから心が離れてしまうあたりはホントにそっくり。ジャン=ポール・ベルモンドと共演した「リオの男(1964)」で世界的に注目され「ジンギス・カン(1965)」「スパイがいっぱい(1965)」「袋小路(1965)」「ロシュフォールの恋人たち(1967)」「10億ドルの頭脳(1967)」等の出演作が続き、国際女優として活躍が期待されていたが交通事故に遭い25歳で亡くなってしまったのが本当に残念。

 妻フランカを演じたネリー・ベネデッティは最初から少しきつい感じの女性として描かれていて、登場しただけでヤバイ事になりそうな予感がしたのだがホントにその通りの結末だったのには吃驚。この辺りの演出はもう少し工夫する余地があったように思うが、まだ監督として未熟だったんだと思いますね。彼女はテレビや舞台が活躍の中心だったようで映画出演は少なく日本公開作は本作のみ。

 娘のサビーヌを演じたサビーヌ・オードパンは「突然炎のごとく」にジャンヌ・モローとオスカー・ウェルナーの娘役で5歳でデヴュー、本作でも娘役を演じ16年後にもトリュフォー監督作「終電車(1980)」に出演、現在までに「海辺のホテルにて(1984)」「肉体と財産(1986)」等の50本の劇場映画に出演している(注3)。

 

 批評家から酷評され映画ファンの支持も得られなかったためにトリュフォーは失敗作と考えたようだが、中年男の不倫のドタバタが淡々と描かれ予想外の結末が待っている展開は、当時の批評家や観客にはピンと来なかったのかカモ…登場人物への感情移入を拒否したような作風は進歩的過ぎたのだろう。悲劇的で残酷なラストなのだがマヌケな顛末を観せられた後ではピエールに同情する気持ちにはなれないよね…エンド・マーク(FINだけど)と同時に映し出される薄笑いを浮かべるフランカの顔は夢に見そうなぐらい怖いデス。

 モーテルの部屋の扉の外に出した食事のトレイに猫が寄ってくる場面は、後年映画撮影の苦労話として「アメリカの夜(1973)」で描かれる事になるのだが、そちらを先に観ていたのでニコニコしてしまった。

 

●スタッフ

製作・監督・脚本:フランソワ・トリュフォー

脚本:ジャン=ルイ・リシャール

撮影:ラウール・クタール

音楽:ジョルジュ・ドルリュー

 

●キャスト

ジャン・ドサイ、フランソワーズ・ドルレアック、

ネリー・ベネデッティ、サビーヌ・オードパン、

ダニエル・セカルディ、ジャン・ラニエ、

ポール・エマニュエル    、ローランス・バディ

ジェラール・ポワロ

 

◎注1; 

 当初は長編第4作として映画化権を渡米して入手したレイ・ブラッドベリの「華氏451」を予定していた。大作になる予定だったがフランスでは出資者が現れず自主制作では無理と判断し断念(本作の後にイギリスで映画化)、それではとアルフレッド・ヒッチコックとの対談本の出版を企画し、憧れのヒッチコックに長時間インタビューをして「映画術ヒッチコック/トリュフォー(Hitchcock Truffaut)」として出版、長年研究して来たヒッチコックの映画技法について本人から実際に聞いた影響が本作にも顕著に現れている。

 本作は原作が無くトリュフォーのオリジナルで、タクシー内でキスを交わしていたカップルを見て思いついたストーリーに自身や友人の経験、新聞の三面記事等をプラスしてドルレアック主演を念頭にジャン=ルイ・リシャールと脚本化。

 女性、及び男女の関係というのはトリュフォー監督の生涯のテーマと言われていて、彼の作品は「女優の映画」とも言われている。その作品群からは女性というのは神秘的な存在で掴み所がない故に魅力的と考えていたと感じられるが、個人的にはその根底に女性に対する恐怖心があったのではないかと妄想している。トリュフォー監督自身の人生も本作のピエールのように女性に惹かれては振り回されというのを繰り返していたように感じるのだ…御本人は否定するだろうけどねぇ。

 

◎注2; 

 一瞬のストップ・モーションもそうだが、機内でニコルがカーテンの陰でピンヒールに履き替えるのを見つめるピエールとか、落ちた鍵を拾いニコルの部屋の番号を見るピエール、ホテルの廊下を歩き去るニコルの姿を見つめるピエール、車を運転中のピエールを捉えた映像もスクリーン・プロセスではなく後部座席にカメラを設置してバック・ミラーに前方を見つめる顔が映る等々、全編にわたってピエールの目線の映像を意識的に撮影しているし、ピエールとニコルが乗ったエレベーターが8階まで上がっていくシーンやラストでピエールが崩れ落ちるシーンは時間の引き延ばしが使われている。そしてクライマックスのヴァルにいるピエールにフランカが会いに行く場面では、ショットガンをケースから出し棚の上のバッグから取り出した弾を込めコートを着て見えないようにショットガンを隠す手順が詳細に描かれる。そういうこだわり方が映画術の師匠とも言えるヒッチコックみたいで笑ってしまった。

 

◎注3; 

 サビーヌ・オードパンは本作の後は成人するまで映画出演を年1本ぐらいに控えていたらしいが、20年後に本作の助監督ジャン=フランソワ・アダンと再会しパートナーになったそうだ。ちなみに本作では「大人は判ってくれない(1959)」「二十歳の恋(1962)」のジャン=ピエール・レオが助監督として参加していたらしい。フランカに付きまとい罵られる男は共同脚本のジャン=ルイ・リシャールが演じています。

 

 

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