自分を否定しない習慣➁ | ふーちゃんのブログ

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こんばんわひらめき

 

 

 

 

昨日の暑さよりちょっとマシな一日になりました。

ラジオをつけていると関西でセミが鳴いているところがあるとか。

まだ梅雨入り前なのに滝汗

おばあちゃんが数十年前に植えたユリが咲き始めました。

ここ5年間、虫に食われて咲いていませんでした。

今年はまめに防虫したからでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

のつづきです。

 

 

 

 

幸せとは、自分をわかってくれる誰かと生きること

ベル人生とは、自分をわかってくれる人を探す旅である

2つ目のポイントは、

「自分をわかってくれる存在に気づくこと」だ。

自分を否定する気持ちにとらわれている人にとって、

「自分の気持ちをわかってくれる人」はかけがえのない存在だ。

相手が100%自分のことをわかってくれるとは限らないが、

「誰かにわかってもらえた」と感じることで、

人は自分を肯定するきっかけを得ることができる。

 

 

70歳を過ぎてから末期がんと診断されたある患者さんは、

実家の家族とも妻子ともうまくいかず、

仕事も長続きせずに、一人で年金暮らしをしていた。

最初は心を閉ざしていた患者さんだったが、

ていねいに話を聞くうちに心を開いてくれるようになり、

徐々に表情が穏やかになった。

そして、苦労の多い人生ではあったが、

自分を曲げて生きるよりはよかったと、

自分の人生を肯定するようになってくれた。

 

 

誰か一人でも自分の苦しみを聴き、

わかってくれる存在がいることで、世の中は違って見える。

人は誰でも、自分の気持ちをわかってくれる人を欲しているものだ。

人生は、自分を理解してくれる人を探す旅なのかもしれない。

 

 

 

 

ベル迷ったら「心が穏やか」でいられるほうを選ぶ

3つ目のポイントは、

「変えられるものと変えられないものを見極め、

変えられないものを無理に変えようとしないこと」である。

 

 

生きている限り、人は苦しみと無縁ではいられない。

多くの苦しみは希望と現実との乖離から生まれ、

その開きが大きいほど

苦しみや自分を否定する気持ちも大きくなる。

 

 

悩みや苦しみを抱えたときのヒントは、

アメリカの神学者、ラインホルド・二ーバーが考えたとされる、

二ーバーの祈りの中にある。

 

 

「神よ、変えることのできるものを

静穏に受け入れる方法を与えてください。

変えるべきものを変える勇気を、そして、

変えられないものと変えるべきものを区別する賢さを与えてください」

 

 

苦しみをもたらす希望と現実の開きには、

変えられるものと変えられないものがある。

変えられる可能性のある現実であれば、

現実を変えようとすることで苦しみが和らぐかもしれない。

しかし、世の中にはどうしても解決できない苦しみもある。

 

 

二ーバーの祈りを、

人生における選択の大切さを訴えているものととらえれば、

解決できる苦しみとできない苦しみを見分け、

解決できない苦しみに悩むのは止め、

解決できる苦しみに力を注ぐべきであるということになる。

これができれば、自分自身を肯定し、

心の平穏を手に入れることができるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日を精いっぱい生きられればそれでいい

ベルただ存在するだけで価値がある。

今日という日にも意味がある。

4つ目のポイントは、

「変えられるものを変えようと、一日一日をがんばって生きること」だ。

 

 

著者が講師を務める「エンドオブライフ・ケア援助者養成講座」

を受講されたMさんは、

40代の時に乳がんと診断され、

片方の乳房を全摘することになった。

独身だったMさんは

乳房が片方なくても自分を愛してくれる人はいるだろうか、

化学療法の後遺症を考えても出産は無理だろうか、

と不安や後悔に襲われた。

支えてくれるパートナーや子どももいないことにも、

苦しさと絶望を抱えていた。

 

 

そんなある日、Mさんはたまたま病院の待合室にあった

著者の本を手に取り

「あなたに支えがいなかったとしても、あなたは誰かの支えになれる」

と記されたページを目にしたそうだ。

自分が誰かの支えになればいいのだと納得したMさんは、

人目もはばからずに、がんを宣告されてから初めて涙した。

 

 

Mさんは重い病気を患っても、

誰かの役に立とうとすることで心の穏やかさを取り戻し、

前を向いて生きる力を取り戻した。

もちろん、これは素敵なことだ。

だが、著者はたとえ全く誰かの役に立つことができなくなっても、

人には存在するだけで価値があると考えている。

その人が生きている、今日という何気ない1日に意味がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベルこの世を去っても、あなたの存在や価値はゼロにはならない

死は誰にでも訪れる苦しみである。

「死によってすべてが無になる」

「死は何も残さない」

と考えている人もいるかもしれない。

しかし、そうではない。

人は亡くなった後も、

その人が大切にしてきた人の心の中で生きつづけることができる。

 

 

人の最後の瞬間というのは、とても静かなものだ。

この世を去るときが近づいてくると、

歩ける距離は短くなり、食事量が減っていき、

布団の上で過ごす時間が増えていく。

いよいよ死が間近にせまってくると、

呼吸は浅くなり、意識のない状態が長く続いたあとに、

ひっそりと息を引き取る。

 

 

全員がこのような穏やかな死の瞬間を迎えるわけではないが、

多くの場合は体が準備を整えて、ゆっくりと死へ向かっていく。

 

 

誰もがいつかこの世を去るのだから、

その瞬間に自分自身に「お疲れ様でした」

と思えるように、

自分自身を愛し、肯定し、後悔のないよう、

今日という1日を生きていきたいものだ。

 

 

 

 

 

毎日畑でわたしと遊んでくれるカラス。

堆肥にする生ごみバケツを持っていくから、それを狙って待っています。

手で触れます(触ってないけど)。

 

 

 

 

看取りの現場で自分を否定する人たちを見て来られた

著者の「この世を去る瞬間まで、穏やかで幸せな人生を送ってほしい」

という願いの詰まった1冊です。

 

人の役に立っていなければ生きている価値がない

ということがあるはずはない。

人は存在しているだけで価値があるという前提に立ってこそ、

人と支え合いながら生きていく人生を肯定することができるのでしょう。

 

「自分を否定しない習慣」を身につけることは、

自分らしい人生をおくる第一歩ウインク気づき

 

 

 

 

では、また明日^^

 

 

 

 

 

 

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