先日の「プロフェッショナル 仕事の流儀」に「カズ」こと三浦知良が出演していた。

 カズは98年のフランスワールドカップ直前に代表から外され、フランスから帰国せざるを得なくなった。
 サッカー選手としてずっと思い続けてきた夢の舞台に、あと一歩のところでたどり着けなかったのだ。

 カズは「あのときから、自分の本当のサッカー人生がスタートしたような気がする。
 それまでは、余興のような感じだったね」と語っていた。

 その後、カズは「自分のことを誰も知らない場所へ行きたい」と思い、クロアチアのザグレブへ移籍。
 そこでカズは、当時35歳のゴラン・ユーリッチという選手に出会う。
 選手としての頂点を過ぎたベテランプレイヤーは、スピードやプレーのキレは全盛期には及ばないが、
 いつも全力で、誇り高くプレーしていたという。

 その彼を見て、カズは自らのサッカー観が変わったと語る。


 昔から私はカズが大好きなのだが、その好きの種類はどんどん変わってきている。
 「輝いている」という表現がぴったりだった時代のカズは文句なしにかっこよかったし、
 いまはカズの生き方にじっとりとした濃密な魅力を覚える。


 番組の後半、「どうして、そこまでして続けるのですか?」というアナウンサーの問いに、
 カズは「自分にはそれしかできないし、すべてをサッカーから 教わったから」と答えていた。

 メッシやイニエスタのプレーを見るのも楽しいが、
 カズのような誇り高いプレー見るのもいいものだと改めて思う。

 カズのようにプレーする選手がいて、それを観に行くサポーターがいる。
 そんな関係がたくさんの場所で、何年も積み重なって、サッカーという歴史とか文化が育まれていくのだろう。

 ヨーロッパのパブで、地元クラブのサッカー中継を観ているでっぷりと太ったオヤジあたりは、
 その誇り高いプレーぶりをどこかでしっかりと 受けとめているような気がする。

 たぶんそれが歴史とか、文化と呼ばれるものなのだろう。

 もしかしたら日本は、ワールドカップという夢の舞台で、その差を思い知るのかもしれない。
 そうならないことをもちろん期待はしているけれど、
 その差を思い知ることも、きっと必要なのだろうと思ったりもする。