『カシスウー論』 ~新宿のレストラン・バー『ブッツ・トリック・バー』編~


 こんにちは イイダテツヤです。 
 第61回『カシスウー論』はレストラン・バー『ブッツ・トリック・バー 新宿店』編です。

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 歌舞伎町の旧コマ劇場のすぐ前にマクドナルドがあり、
 そのビルの3階に『ブッツ・トリック・バー』というレストラン・バーがある。

 広い店内のあちらこちらに仏像が飾ってあって、
 異様な雰囲気を演出した、かなり企画先行のお店である。

 もし、誰かに「そこって、いい店?」と尋ねられたら、
 「う~ん、悪い店ではないよ」と少し後ずさりしながら答えてしまうタイプの店だ。

 本当に、悪い店ではありません。 

 カシスウーロンはもちろんあるし、みんなでワイワイ楽しむ分にはまったく問題ないのだが、
 まあ、それだけといえば、それだけの店なのだ。

 それだけだってなかなかたいしたものなのだが、あるサイトの口コミ欄には
 「私にとっては、1回行けばいいかなっていうジャンルのお店です。」と書いてあった。

 その気持ちは私にもわかる。

 仏像というコンセプトが思いっきり前面に出ていて、
 それはそれでおもしろいのだが、一回行けばけっこう満足してしまうというタイプの店なんだろうなぁ。

 だから、一度は行ってみるといいですよ。
 もしかしたら、病みつきになるかもしれないしね。


 さて、『ブッツ・トリック・バー』と無理矢理つなげようというわけではないが、
 つい先日、『ボクは坊さん。』という本を読んだ。

 四国八十八箇所の一つ、栄福寺の住職が書いた本なのだが、
 いわゆる真面目な仏教本ではなく、24歳で住職になった若者の奮闘記といった内容だ。

 そう言われたところで、特別興味を駆り立てられる人はあまりいないだろうし
 私自身、別に仏教に興味があるわけではないが、
 自分が知らない世界を垣間見れたという意味では、所々におもしろい部分があった。

 私に限らず、世間一般の普通の人にとって、寺とか、住職とか、僧侶というのは、
 どこか遠い世界の、よくわからない存在だと思う。

 「たいていは住職の息子が後を継ぐんでしょ」という程度の漠たるイメージを持ってはいるが、
 そもそもどうやったら僧侶になれるのか、具体的にはどんな仕事があるのか、普段は何をしていて、
 どこから、どんなふうに、どのくらいのお金が入ってくるのかなど、ベールに包まれている部分が多い。

 そのすべてがわかるわけではないけれど、『ボクは坊さん。』を読むと、その一部分がわかる。

 まず私が驚いたのは、日本には僧侶が三十万人もいるということだ。
 三十万人ですよ。

 比較するべき対象でもないんだろうけど、国会議員の数は衆参あわせて720人くらい。
 それくらいの数でも「議員の数が多すぎる!」「もっと減らせ!」とボロクソに言われているのに、
 僧侶が三十万人なんて・・・・

 これはびっくりの数だ。

 もっとも、議員と違って彼らは税金で飯を食っているわけではないので、
 私のような部外者が「多すぎるだろ!」とか「もっと減らせないもんかねぇ」なんて言うべき話ではない。

 それはわかっている。
 しかし、それにしても三十万人ってねぇ・・・・

 気になって余計なことをいろいろ調べてみたら、
 日本には自衛官が約25万人、警察官が約27万人、消防士が約15万人いるそうだ。

 (何年か前のデータらしいので、現在は違うかもしれません。あしからず。
  正確な数値が気になる方は自分で調べてください。)


 日本には特定の宗教を信じない人が多いなんてよく言われるが、
 それでいて消防士の倍くらいの僧侶が、この国にはいるわけだ。

 誤解のないように言っておきますが、それが悪いと述べているのではありません。
 「へえ~、そんなに僧侶っているんだ」と純粋に驚いているだけです。

 考えてみれば、どんな小さな町にも寺の一つや二つはあるもので、
 それぞれの寺に僧侶が一人(あるいは複数)いるとすれば、自然とけっこうな数になるのかもしれない。

 中学のころ自転車で千葉県一周をしたことがあって、そのとき寺に宿泊させてもらったのだが、
 キョロキョロ探しながら走っていると、意外なほどたくさんの寺があったように記憶している。

 普通に生活していると別に気にも留めないが、意識して眺めてみると、世の中は寺だらけなのだ。


 せっかくなので、もう少し『ボクは坊さん。』の話をすると、
 著者の白河密成さんは、高野山大学の密教学科というところを卒業している。

 なんでも密教学科というのは、世界中で高野山大学にしかないらしい。

 密教学科が本場のインドとか、中国ではなく、日本にしかないというのも意外な感じがするけど、
 それ以上に、「密教が大学で学べる」っていうところに私は驚いてしまった。

 だって、そうでしょう?
 密教が大学で学べるなんて、「どこが秘密やねん!」ってつっこみたくなるじゃない。

 「密教の何たるか」をまるで知らない私がどうこう言うのも筋違いだが、
 密教というと、もっと荘厳で、厳密で、神秘的かつ閉塞的で、人を寄せつけない感じがするのに、
 それを大学で学べるだなんて、あまりに気軽過ぎて、つい違和感を覚えてしまうのだ。

 ただ実際には、密教学科には厳しい規則や生活様式があり、
 そこで学んだ多くの人が、白河密成さんのように実際の僧侶として活躍しているらしい。

 そういった事実(あるいは体験)を、ものすごく読みやすい文章で、
 まるで一種の青春小説のように『ボクは坊さん。』では綴っている。


 ちなみに、密教学科では流行歌を歌うことが禁じられている。

 しかしあるとき、黒板にキロロの『長い間』の歌詞が書かれていて、
 みんなで規則を破り、「長い間、待たせて、ごめん~」と大合唱したというエピソードが紹介されている。

 事実、高野山にこもっての厳しい学生生活(修行生活)の間、彼女と離れ離れになっている人も多かったという。

 そんな鬱屈した丸坊主の若者たちが、彼女へのせつない感情を抑え込むことができず、
 キロロの『長い間』を大合唱してしまったのだ。

 青春だよねぇ。
 バイクを暴走させるでもなく、ドラッグを吸うでもなく、酒をあおって大暴れするでもなく、
 ただキロロの『長い間』を大合唱するなんて、なんと純粋で、質素な青春なのだろう。

 そもそも、なぜ流行歌を歌ってはいけないのかはわからないし、
 もしかしたら、それほどたいした理由などないのかもしれない。

 でもとにかく、理屈ぬきに「歌ってはならない」という規則があって、
 その規則をこっそり破るつもりが、彼女への思いが抑えきれず、みんなで大合唱してしまうなんて、
 紳助兄やんがVTRを見ていたら、「素敵やん」と涙を流してくれることだろう。


 そのほか、僧侶になるときに改名をして裁判所に届け出る話とか、
 どうして僧侶はみんな丸坊主なのかなど、おもしろい話もいくつか載っているので、
 興味のある人は『ボクは坊さん。』を読んでみてください。

 ちなみに、あるお坊さんは小学生から「どうして丸坊主なんですか?」と尋ねられたとき、
 「僕たち、全員、野球部なんです」と答えたそうだ。

 ああ、坊主ギャグ・・・・・