彼は走っていた。

 彼が走っていることは何人もの人が知っていたが、彼が本当にいつでも走っていることは誰も知らなかった。眠ることも、食事を摂ることもなく走り、走ることで、彼は忘れようとしていた。

 

 しかし、彼が「忘れたい」と感じていることは、彼にとってあまりに濃密で、簡単には忘れることはできなかった。忘れたいことの、ほんの断片をうっすらと思い浮かべるだけで、彼はその重圧に押しつぶされそうになった。

 

 だから、彼には方法がひとつしかなかった。

 走り続けることで、必要なことも、不要なことも分け隔てなくすべて忘れる。彼はその一本の道にすがるように、ひたすら走り、そして、一つ一つを忘れていった。

 

 最初に彼が忘れたのは言葉だった。

 ある意味、それはもっとも好都合だったのかもしれない。

 

 ほとんどの記憶は言葉によって保存され、言葉によって呼び起こされる。

 彼と記憶を結びつけている最大の鎖は言葉だった。

 彼は言葉を失うことによって、大抵の物事がひどく曖昧になっていった。

 

 しかし、それですべてがなくなるわけではない。

 彼の心のなかには、言葉という輪郭を失ったものの、表現しようのない暗い影がおぼろげなまま、どっしりと居座っていたからだ。

 だから彼は走り続けた。

 

 走っている彼はちょっとした有名人だった。

 すれ違う人が彼に声をかけることもあるが、もちろん彼が返事をすることはない。

 あるときは地元のテレビ局が取材に訪れることもあったが、彼は走る速度を落とすことさえしなかった。

 彼の態度にテレビクルーの多くが腹を立て、文句を言ったが、彼の姿が放送されると、かえってそれが話題を呼んだ。

 

 沈黙のランナー。

 

 人々はそう彼を呼んだ。

 彼の元には密着取材と称するマスコミ関係者が溢れ、彼が本当に走り続けていることが広く世間に伝えられた。

 

 その事実は彼の話題性にさらなる拍車をかけた。

 

 何も食べず、眠りもせずにひたすら走り続ける沈黙のランナー。

 日を追うごとにマスコミ報道は過熱していったが、その頃には、彼にはもう走る理由はなくなっていた。

 

 一日、また一日と過ぎていくなかで、彼はさまざまなものを忘れ続け、彼の心の中に巣くっていたはずの暗い影もいつのまにか忘れ去られていた。

 

 そこにはただ何も響かない真空の心があるだけだった。

 つまり、彼は何も忘れる必要がなくなっていたのだ。

 しかし、彼は走り続けた。

 忘れるために走り始めたことも忘れ、立ち止まることも、汗を拭うことも忘れてしまったからだ。

 

 世間では、彼について激しい論争が繰り広げられた。

 どこかの宗教家は「これは何かのメッセージだ!絶対にやめさせるべきではない」と主張し、医師団は揃って「やめさせるべきだ」と声高に訴えた。

 走る彼の周りにはたくさんの人が集まり、走路を確保するために警察が出動したほどだったが、周囲の人々は驚くほどに静かだった。

 人々はみな、彼の息づかいにじっと耳を澄ましていたのだ。

 日に日に彼が衰弱していることは明らかだった。呼吸は乱れ、目元は落ち窪み、どす黒いまでに青ざめた顔には無数の血管が浮かんでいる。

 

 そして、何日が経過した頃だろうか。

 あるどんよりと曇った日の午後、ついに彼は倒れた。

 車道と歩道の境にある小さな段差に躓き、全身を地面に叩きつけるように、どさりと倒れた。

 

 人々は一瞬小さな悲鳴をあげたが、すぐさま息を詰め、次に見せる彼の行動に注目した。

 まさに時は止まっていた。

 静寂が永遠に続くのではないかと思われるほど、途方もない時間が過ぎた頃、小さな男の子がすたすたと彼に近づいて行った。

 すべての人が、少年の無邪気な行動に呆気にとられ、その足取りを固唾をのんで見つめていた。

 

 少年は彼のすぐ近くにちょこんと座り、彼の顔をじっと覗き込んだ。

「お兄ちゃん、泣いてるの?」

 

 少年の言葉に人々はどよめいた。

 彼が泣いていることを、人々は初めて知ったからだ。

 少年は周囲のどよめきなどまったく意に介さず、「男は泣いちゃいけないんだよ」とつぶやいた。

 

 その言葉に反応するように、「沈黙のランナー」はやせ細った腕を支えに、少しだけ身を起こした。

 しかし、立ち上がることはできず、不格好に開いた口を少年に向けたが、言葉が発せられることもなく、漏れる息は声にすらならなかった。

 

 苦痛に歪み、狂気に満ちたその表情を見て、人々は後ずさった。

 しかし、少年は動じなかった。

 少年にはわかっていた。

 それは「沈黙のランナー」の笑顔だった。

 

 鉛色の空は、まるでそのときを待っていたかのようにボツリ、ポツリと雨を降らせた。