『カシスウー論』 ~壮大で、呑気な遺産を未来に引き継ぐ編~

 こんにちは イイダテツヤです。 
 第73回『カシスウー論』は、『壮大で呑気な遺産を未来に引き継ぐ』編です。

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 この前テレビを観ていたら、
 番組のレポーターが「建設途中のスカイツリーこそ、現場へ行って、見ておくべきだ」
 とかなりのテンションで力説していた。

 完成したスカイツリーはこの先何十年(もしかしたら、何百年)も見られるけれど、
 建設途中のスカイツリーは、ここ何年かしか見ることができない、というのがその理由だ。

 言われてみれば、その通りで、
 たいがいの建物は、完成後より建設途中のほうが貴重といえば貴重と言える。

 その意味で、建設中のスカイツリーも、
 サグラダ・ファミリアみたいに入場料を取って、観光客を中に入れて、
 「こちらが建設中の展望台でございます」「最新型のクレーンは、こちらです」なんてやって、
 お土産用に『建設途中記念ヘルメット』でも販売すれば、けっこうウケると思うんだけど、
 まあ、そう簡単にはいかないんだろうなあ。

 何より安全性の問題があるだろうし、
 現場で働いている人たちからすれば、観光気分のちゃらちゃらした連中にそこら中をウロウロされたんじゃ、
 物理的にも、精神的にも、相当迷惑だろうからね。

 そう考えると、サグラダ・ファミリアはとてもめずらしい形で存在し、
 人気を集めている建物だと改めて感じさせられる。

 行ったことのある人なら知っているだろうが、
 日本円にして1000円くらいの入場料を払って中に入ると、よくも悪くも「ああ、ここは工事現場なのね」と思う。

 建物内部の空気全体に、細かな石の粒が混じっているような、妙なほこりっぽさがあるし、
 そこかしこに資材が積み重なっていて、一般の観光客が通れる道は細く、限定されている。

 その細い道も、イントレ(工事現場の足場などの使う鉄パイプみたいなもの)で組んである箇所が多く、
 歴史的価値も、文化的雰囲気も、あったものではない。

 そんなところに、毎年何十万人もの人がお金を払って訪れるのだから、
 考えてみれば、じつに奇妙な話なのだ。

 そのため「中に入っても、何らおもしろいものはなかった」と感想を述べる人も相当数いるが、
 「これはこれでけっこう楽しいじゃないか」と私は単純に思った。

 着工から120年以上経っているのにまったく完成しておらず、
 それでいて「いつ完成するか、はっきりしたことはわからない」という、その大いなる呑気さというか、
 よく言えば、壮大で長期的な感じが、なぜだか気に入ってしまったのだ。

 完成してないものを世界遺産に登録してしまい、
 いつ完成するかもわからない何年も先のことを漠然とイメージしながら、
 みんなが少しずつお金を出し合っているなんて、
 呑気で、平和で、人間の良心に支えられているみたいな感じがして、なかなか悪くないものだ。


 スカイツリーとはまったく意味合いが違うけれど、
 サグラダ・ファミリアには、そんな未完成ゆえの魅力があると、私は思う。

 ガウディの設計図がどんなものなのかは知らないけど、
 現在のサグラダ・ファミリアを見る限り、「ここまで出来たら完成です」というはっきりした構造ではないんだから、
 100年後でも、200年後でも、「いやいや、まだまだ未完成です」って言いながら、永遠に作り続ければいいと思う。

 そんな、アホみたいな未来への遺産っていうのが、一つくらいあってもいい。


 果てしない計画ついでの話をすると、
 京都の清水寺では、2400年の改築工事に向けて、その際に必要な木材の植樹を2000年から始めたらしい。

 2400年のための木を、いまから植えるなんて、これはもはやロマンだ。

 言うまでもなく、工事のときに生きている人は誰もいないし、
 それどころか、7代も、8代も後の世代に引き継いでいく話なのだ。

 いまから400年前というと、ちょうど江戸時代が始まったくらいの頃だから、
 天下人となった徳川家康が「おい、みんなで木を植えろ」と言って植樹をして、
 途中で坂本龍馬くらいの世代の連中が「よし、これに水をあげるがぜよ!」とせっせと水をやり、
 その結果、大木に成長した木々を使って、現在の人たちが改修工事をするようなものだ。

 想像しただけでも、すごいプランだ。
 
 誰が考えついたのかは知らないが、
 そんな壮大で、呑気で、平和で、不確かで、ロマンあふれるプランを起ち上げるなんて、
 じつにすばらしいことだと私は思う。

 400年の後、植えた木が立派な大木となり、
 いま以上に老朽化した清水寺が、かろうじてでもその場所にしっかりとあって、
 「さあ、みんなで改修工事を始めよう」なんてことになったら、その時点である意味快挙だ。

 その頃には、スカイツリーは跡形もなく取り壊されているだろうし、
 サグラダ・ファミリアはとっくの昔に完成して、広大な敷地内を観光客はバス移動しているかもしれない。

 400年も先の話だから、新生「清水寺」にはエレベーターが完全完備され、
 大舞台は電動で、出たり、引っ込んだりして、開閉式のドームなんかに囲われているかもしれないけれど、
 そこはもう、仕方がないよね。

 だって、400年も先の話だもん・・・