今回は、忌野清志郎について書きたいと思う。


忌野清志郎が死んだというニュースには、
なんだか、じんわりとしたショックを受けてしまった。

強烈に悲しいとか、つらいとか、そういったストレートでピュアな感情ではないけれど、
「ああ、そういうことになってしまったのか」と、がっかりしてしまうのだ。


ミュージシャンはもちろん、
作家、スポーツ選手、俳優、映画監督などのなかには、
「同時代」という感覚を持ちたくなる人がいる。

簡単に言えば、同じ時代を生きて、
すごく活躍していて、個人的に大好きな人たちだ。

私にとっては、
桑田佳祐とか、ミスチルの桜井とか、
村上春樹とか、イチローや俊輔とか、
堤真一とか、三谷幸喜みたいな人たちだろう。


清志郎もそんな一人だった。


彼らが活躍しているときは、「同時代」なんてことは特別意識しないけれど、
死んだと聞くと、
「ああ、同時代のスーパースターが一人いなくなってしまったんだなぁ」
とじんわりとショックを受ける。

大学生の頃、私は演劇をやっていて、自分が演出する舞台には何度も清志郎の曲を使った。

演技が下手でも、脚本がつたなくても、
「清志郎の曲を流しておけばとりあえずOK」
という圧倒的な存在感があった。

当時、私たちは芝居の内容に感動しているつもりだったが、
ただ単に清志郎の曲に感じ入ってただけなのかもしれない、といまは思う。


私のipodには、いつも『スローバラード』と『雨上がりの夜空に』と『トランジスタ・ラジオ』と『サン・トワ・マ・ミー』が入っている。

ごくたまにしか聴かないが、
「聴きたい」と思った瞬間を逃したくない曲だからだ。

その4曲を久しぶりに聴いてみたら、
もっとも悲しいのは『トランジスタ・ラジオ』だった。

『スローバラード』より『トランジスタ・ラジオ』のほうが悲しいところが、
なんだかとても清志郎らしいと思った。


うまく言えないけれど、
私にとっての「清志郎らしい」とはそういうことだ。






『カシスウー論』の最新号はメルマガで!
↓↓ 登録をお願いします ↓↓
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
菓子巣ウーロンの『カシスウー論』
感想やお問合せは cassis.oolong.2009@gmail.com まで
登録解除のお手続きは http://www.mag2.com/m/0000287963.html
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━