『カシスウー論』 ~お金は大事に使いたいけれど・・・編~
こんにちは イイダテツヤです。
第113回『カシスウー論』は「お金は大事に使いたいけれど・・・編」です。
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ジェームス・スキナーの「略奪大国」という本を読んでいたら、こんな話が紹介されていた。
お金の使い方には四種類ある。
1 自分のお金を自分のために使う。
2 自分のお金を他人のために使う。
3 他人のお金を自分のために使う。
4 他人のお金を他人のために使う。
そして、このうちもっとも能率が悪いのが4番の「他人のお金を他人のため」に使うことだという。
経済学者ミルトン・フリードマンが提唱した考え方だ。
言われてみればじつに当たり前の話なのだが、改めて指摘されると「なるほど、そりゃそうだ」と大きく、強くうなづいてしまう。
世の中には、「他人のお金を他人のために使う」場面があふれている。
すぐに思いつくのは、やはり政治家や役人の金の使い方だろう。
政治家や役人の話になると、「カネに汚いヤツ」っていうのを思い浮かべがちだが、政治家や役人が税金を自分の利益のために使うなんていうのは、じつはかわいい問題なのかもしれない。
もちろん、それだって問題は問題だ。
ただ、大きな問題ではあるけれど、フリードマン的に言えば、それは最悪のカネの使い方ではない。(犯罪ではあるけどね。)
カネに汚い政治家だって無尽蔵に税金を使えるわけではないから、「う~ん、この1億円をどう使えば、もっとも得になるか」と必死で考えるだろう。
そもそもがカネに汚いヤツなんだから、私たちの想像が及ばないくらい真剣かつ入念にカネの使い道を考えるに違いない。
「アイツにいくら渡したら選挙で有利になるか」「コイツにはこのくらい恩を売っておけば、後々大きく返してくれるだろう」など、夜も眠れないくらい必死で考え抜くだろう。
正直言って、私はそこまで真剣かつ入念に金の使い道について吟味することはできない。
カネの出所は問題だとしても、「カネを有効に使おう」という熱意はそれなりに評価できるというわけなのだ。
まあ、それはいい。
結局のところ、もっとも大きな問題を生んでいるのは「他人のお金を他人のために使う」というじつに正当で、まっとうなケースの方だ。
政治家だって、役人だって、悪いやつはいっぱいいるけど、その倍以上にいいヤツもいるはずだ。
「税金や年金などの公金は大事に使わなければいけない」と真面目に思っている人たちだ。
しかしフリードマンに言わせれば、そんなことはそもそも無理な話である。
他人の金を他人のために使う限り、どうしたってその効果はガタ落ちになる。
構造上、それは避けられないのだ。
もちろん、これは役人に限った話ではない。
たとえば、募金の使い道を決める立場の人も同じ「不能率構造」にあると言える。
あるいは、会社のお金を使って「みんなに役立つことをやる」とか、NPO法人の活動などにも似たような危険があると考えるべきだろう。
とはいえ「他人のお金を他人のために使う」という構造すべてを取り除くことはできないので、お金を出す人も、使い道を決める人も、とにかくすべての人たちが、「他人のために他人のお金を使うのは、非常に能率が悪いんだ」ということをきっちり認識しておかなければならない。
国や自治体、あるいは募金の使い道を決める人たちが、予算や方針を発表する際には「もっとも能率の悪い我々が考えた結果でじつに恐縮なのですが・・・」と言ってから話を始めるのが筋なのだ。
そして、それを聞く私たちも「こんな不能率なシステムに頼るしかない」という事実をしっかりと理解しておかなければならない。
まずは、その大原則をお互いが理解することからスタートだ。
そうでもなければ、「他人のお金を他人のために使う」システムを可能な限り排除しようなんて本気で考えることはできない。
結局は「消費税を増やして、社会保障をなんとかしよう」なんて考えるのがせいぜいってことになってしまうわけだ。
方針の是非はともかくとしても、「みんなのお金をいっぱい集めて、みんなのためになんとかしよう」と考えるのは、もっとも能率の悪いお金の使い方だということを理解しておくべきだろう。
こんな話の流れで紹介するのは、ちょっとかわいそうだけど、マッチさんとジャニーズ事務所は東日本大震災関連で集まった募金を、パンダ誘致に使うというニュースを読んだ。
もともと仙台市が進めていて、震災によって頓挫していたプロジェクトを全力で支援しようという行動らしい。
「パンダを呼んで、子どもたちに笑顔になってほしい」という活動にケチをつけるつもりはないが、それが「いま、本当に必要なお金の使い方」だろうか。
「過去に実施してきた募金活動では使い道が不明瞭だったので、せめて目に見える形で大切なお金を使いたい」
と語るマッチの思いもわからなくはない。
それは大事な発想だし、行動を起こしていること自体、掛け値なしにすばらしいとも思う。
しかし、パンダを誘致して、そのリース料として何億円ものお金を中国に払うことを考えると、どうしても 「他人のお金を他人のために使う」という不能率性にはまり込んでいるように思えてならない。
実際に募金をした人たちはどう思っているのだろうか。
この世の中、税金を集めなければ成り立たないし、募金だってじつにすばらしいシステムだと、私も思う。
でも、そうやって集められたお金は、どうしても効力が小さくなるというのも一つの事実である。
「お金は大事に使いましょう」なんて話は、小学生でも知っているけれど、本当に大事に使いたいなら「他人のお金を他人のために使う」という形は可能な限り減らすべきなのだ。
少なくとも、「他人のお金を他人のために使っている」人が偉そうにするのは、あらゆる意味で間違ってるね。
そんな人を見かけたら「オマエのやってることが、一番能率悪いんだよ!」と言ってやらなきゃいけない。
良い悪いではなく、あくまで一つの事実としてね。
それでもし「他人のお金を自分のために使っているヤツ」を見つけたら・・・・・
まあ、これは黙って警察に通報だな。
もっとも、その警察も「他人のお金を他人のために使っている」組織なんだけど・・・・
世の中って不合理だ。
こんにちは イイダテツヤです。
第113回『カシスウー論』は「お金は大事に使いたいけれど・・・編」です。
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ジェームス・スキナーの「略奪大国」という本を読んでいたら、
お金の使い方には四種類ある。
1 自分のお金を自分のために使う。
2 自分のお金を他人のために使う。
3 他人のお金を自分のために使う。
4 他人のお金を他人のために使う。
そして、このうちもっとも能率が悪いのが4番の「
経済学者ミルトン・フリードマンが提唱した考え方だ。
言われてみればじつに当たり前の話なのだが、
世の中には、「他人のお金を他人のために使う」
すぐに思いつくのは、やはり政治家や役人の金の使い方だろう。
政治家や役人の話になると、「カネに汚いヤツ」
もちろん、それだって問題は問題だ。
ただ、大きな問題ではあるけれど、フリードマン的に言えば、
カネに汚い政治家だって無尽蔵に税金を使えるわけではないから、「う~ん、この1億円をどう使えば、もっとも得になるか」
そもそもがカネに汚いヤツなんだから、
「アイツにいくら渡したら選挙で有利になるか」「コイツにはこのくらい恩を売っておけば、
正直言って、
カネの出所は問題だとしても、「カネを有効に使おう」
まあ、それはいい。
結局のところ、もっとも大きな問題を生んでいるのは「他人のお金を他人のために使う」というじつに正当で、
政治家だって、役人だって、悪いやつはいっぱいいるけど、
「税金や年金などの公金は大事に使わなければいけない」
しかしフリードマンに言わせれば、
他人の金を他人のために使う限り、
構造上、それは避けられないのだ。
もちろん、これは役人に限った話ではない。
たとえば、募金の使い道を決める立場の人も同じ「不能率構造」
あるいは、会社のお金を使って「みんなに役立つことをやる」
とはいえ「他人のお金を他人のために使う」
国や自治体、あるいは募金の使い道を決める人たちが、
そして、それを聞く私たちも「
まずは、その大原則をお互いが理解することからスタートだ。
そうでもなければ、「他人のお金を他人のために使う」
結局は「消費税を増やして、社会保障をなんとかしよう」
方針の是非はともかくとしても、「
こんな話の流れで紹介するのは、ちょっとかわいそうだけど、マッチさんとジャニーズ事務所は東日本大震災関連で集まった募金
もともと仙台市が進めていて、
「パンダを呼んで、子どもたちに笑顔になってほしい」
「過去に実施してきた募金活動では使い道が不明瞭だったので、
と語るマッチの思いもわからなくはない。
それは大事な発想だし、行動を起こしていること自体、
しかし、パンダを誘致して、
実際に募金をした人たちはどう思っているのだろうか。
この世の中、税金を集めなければ成り立たないし、
でも、そうやって集められたお金は、
「お金は大事に使いましょう」なんて話は、
少なくとも、「他人のお金を他人のために使っている」
そんな人を見かけたら「オマエのやってることが、
良い悪いではなく、あくまで一つの事実としてね。
それでもし「他人のお金を自分のために使っているヤツ」
まあ、これは黙って警察に通報だな。
もっとも、その警察も「他人のお金を他人のために使っている」
世の中って不合理だ。
