『カシスウー論』 ~やっぱり香川は『うどん県』・・・編~

 こんにちは イイダテツヤです。 
 第102回『カシスウー論』は「やっぱり香川は『うどん県』・・・編」です。

--------------------------------------------------------------------------

 香川県が「うどん県」に改名すると発表した。
 
 実際には「うどん県 それだけじゃない香川県」というキャンペーンなのだが、
 ホームページにはアクセスが殺到し、一時サーバーがダウンする騒ぎになったというからすごい。

 香川県が「うどん県」になるのは、私も大賛成だ。

 もっとも、香川県が一番言いたかった「それだけじゃない」という部分とは、むしろ真逆の話なんだが、
 讃岐うどんは文句なくおいしいし、「それ以外に何がある?」と聞かれても、
 正直「う~ん・・・」と考え込んでしまう。

 これまで私は香川へ二度ほど訪れたことがあるけれど、結局「うどん」しかしなかった。
 ある意味、香川県の人たちには申し訳ないけれど、やっぱり私にとって香川は「うどん県」なのだ。


 一度目に訪れたのは中学二年の冬。
 司馬遼太郎の『竜馬がゆく』に感動した私は、たった一人で高知へ旅行に出かけたのだ。
 お金なんかもちろんないから、当然のように移動はすべて青春18切符。
 鈍行列車で私の住む千葉県から高知まで行こうとすると、ほとんど丸一日かかってしまう。

 そんな一日がかりの道中で、香川県を通ったわけだ。

 まるで香川が単なる中継点みたいで申し訳ないのだが、
 それでもそれなりのインパクトを残すあたりが「うどん県」のすごいところだ。

 私が中学生当時まだ瀬戸大橋はなく、宇高連絡線という船で瀬戸内海を渡るのが主な交通手段だった。
 その船の甲板で、冷たい風がビュービュー吹くなか食べたのが、何を隠そう人生初の讃岐うどんだった。

 中学生の一人旅はめちゃくちゃ心細いし、船の上はひたすら寒い。
 乗り換えの連続は予想以上に疲れるし、
 「本当に、今日中に高知に着けるのだろうか」という不安が常につきまとう。

 そんな身も心も疲れ果てていた私に、熱々の讃岐うどんがズルズル、もりもり、染み渡っていったわけだ。
 う~ん、さすがはうどん県。
 まだ四国に上陸する前から、私に強烈なインパクトを与えたのだ。

 
 そして、二度目は数年前。
 今度は四万十川でカヌーをするという目的で四国へ行ったのだが、その途中でも香川でうどんを食べた。

 恩着せがましく言うつもりではないけれど、うどんのためにわざわざ香川に寄ったのだ。

 そりゃまあ、私みたいに「香川ではうどんでしょ」という人が大勢いるから、
 香川県も「それだけじゃない香川県」なんてPRをしたくなるのだろうが、
 何を、どうPRされても、讃岐うどんのおいしさには到底叶わない。

 有名な「やまうちうどん店」で食べたうどんは、たしかにめちゃくちゃうまかった。
 それも200円ですよ。
 うどんの「小」が200円。
 だし汁に、パラパラとネギをちらしただけのシンプルなうどんだが、これがものすごくうまい。

 もしポケットに200円しか入っていなくて、「世界中で、食べたいものを一つ選べ」と言われたら、
 私は迷うことなく山内のうどんをオーダーする。

 もともと私はうどんより蕎麦が好きだし、蕎麦よりカレーがもっと好きだけれど、
 200円で感動できる食べ物なんて、そうそうあるもんじゃない。

 これぞ、うどん県の底力だ。

 
 最近は讃岐うどんを食べさせる店が増えて、私もけっこう利用するのだが、
「讃岐うどんは、うどん県でなければ食べられないほうがいいのになぁ」と矛盾した気持ちがないでもない。

 山内うどん店で200円のうどんを食べたとき、「今度はうどんのためだけに香川へ来よう」と硬く心に誓ったのに、
 東京で讃岐うどんを食べていると、その決意がゆるゆると緩んできてしまう。

 身近なところで、おいしいうどんが(たとえそれが本場の味より多少劣るとしても)
 食べられるのはうれしいけれど、その分わざわざ出かけていく楽しみが失われてしまう。

 そのあたり「うどん県」の人はどう思っているのだろう。

 いっそのこと、うどん県は「鎖国」ならぬ「鎖県」をして、うどんを一切外に出さず、
 徹底した管理のもと、訪れた人だけに最高の讃岐うどんを提供してはどうだろうか。

 そんな頑ななことをしたら、全国のうどんファンから苦情が殺到するのかもしれないけれど、
 わざわざレンタカーを借りて、竹藪の手前にポツンとあるようなうどん店に出かけて行って、
 200円のうどんを食べる。  

 この回りくどい贅沢が、じつは最高なんだけどなぁ・・・・・