とにかく最近、いろんなことを考える。
その大もとにあるのは、もちろん東北の大震災だ。
一瞬にして、いろいろなものが壊れ、
もともと蓄積していた問題、新たに発生した課題など、さまざまなものが一気に噴出した感じがする。
新たに作り出すべきものは何なのか、私たちが向かうべきはどこなのか、
何から手をつければいいのか、何を忘れ、何を覚えておかなければならないのか、
心を癒すのにどれくらいの時間を費やすのが適当なのか、
その時間をゆっくりととっていていいのか、よくないのか、
あちこちから水が噴き出すみたいにさまざまな問題、課題、テーマが噴出し、しばし私は呆然としている。
もちろん生活は普通にしているし、仕事も普通にしているのだが、
獏とした違和感がどうにもぬぐい去れずにいる。
壊れたものは作り直さなければいけない。
いまこそ立ち上がり、前に進まなければいけない。
悪いものはやめ、良いものにしていかなければいけない。
それらはみんな正しい。
でも、その先にある姿を誰かがイメージしているのだろうか。
そんな疑問をふと思ったり、考えたりしてしまう。
もちろん、私もいずれ、何かで動き出す。
でも、それはもう少し考えてからなのだろうと思っている。
黙って考える時間。
いまの私には、そんな時間が必要なのだ。
そして、そんな時間を必要としている人もけっこういるのではないだろうか。
あらゆる意味で、世界をあまり窮屈にしないで欲しい。
関連があるのかないのか、私にもわからないが、
雑誌「SWITCH」に谷川俊太郎の詩が載っていたので、ここでも紹介しておきたい。
東日本大震災について書かれたものではなく、四川大地震の後にひっそりと書かれたものだ。
蟻と蝶 谷川俊太郎
蟻たちはその小ささによって生き残った
蝶たちはその軽さによって傷つかなかった
しなやかな言葉もまた大地震に耐えるだろう
だが今は言葉を慎んで私たちのうちなる沈黙の金を
四大に伏した者たちに捧げよう
