『カシスウー論』 ~ちょろちょろと流れてくる湧き水みたいな映画編~


 こんにちは イイダテツヤです。 
 第91回『カシスウー論』は、『ちょろちょろと流れてくる湧き水みたいな映画』編です。


--------------------------------------------------------------------------

 映画『冷たい熱帯魚』を観た。

 ネタバレになるような記述をするつもりはまったくないが、
 何の予備知識もなく映画を観たいという人は、ぜひ映画を見終わってからこの文章を読んでください。



 映画を観た感想としては、非常に疲れたというのが率直なところ。
 いい映画、おもしろい映画を観たかどうかは不明だが、スゴイ映画を観たことは間違いない。

 ツイッターでも褒めまくっている人がけっこういたから、あの刺激がたまらないんだろうなぁ・・・


 これはある意味褒め言葉なのだが、自分の精力みたいなものがジワジワと吸い取られていくような映画だ。
 暴力描写(と呼んでいいのだと思う)部分はかなりエグいし、性描写もとにかくガツガツいっている。

 そのあたりのパワーももちろんスゴイのだが、
 オープニングから一時間くらい続く不穏なテンションがじつに見事で、
 観ているうちに肩のあたりがグッと重たくなってくる。

 コンクリートの隙間から湧き水がちょろちょろ流れてくるみたいに
 「何かが起こりそうな空気」が絶え間なく流れ続け、その溜まった水が次第に自分に近づいてくる。
 そんな感覚に陥るのだ。

 そういう凄みが、前半にはあった。

 そして後半は、その溜めていたエネルギーをバコンバコン爆発させていくのだが、
 その振り切れちゃってる感じが、好きな人にはたまらないんだろうなぁ、と思った。

 暴力や性の表現はもちろん、ストーリーも、役者の演技も、
 「100で終わらせず、120、130までやりまっせ」というやる気に満ちている。

 腹いっぱい食べ過ぎて「食い疲れたよぉ・・・」ってときがたまにあるが、言ってみればあの感じに少し近い。
 下品な表現だけど、「冷たい熱帯魚」っていうゲップが出そうな感じなのだ。


 まあ、でもあの手の映画を映画館で観たのは、とても正しく、健全な感じがした。

 私は土曜日の昼に池袋で観たのだが、客席の半分くらいはお客さんが入っていた。

 土曜の昼に半分の入りというのが、好ましいのか、嘆かわしいのかはわからないが、
 郊外のシネコンで、平日のレイトショーばかりを経験している私にしてみれば
 「たくさんの人と一緒に映画を観た」というに十分な環境だ。

 個人的な意見を言えば、『冷たい熱帯魚』みたいな映画は、家でこっそりDVDで観たり、
 人がほとんどいない夜のシネコンなんかで観るもんじゃない。

 休日の昼間、みんなで一緒にテンションの高い前半を観て、エグくて、激しい後半を通り抜ける。
 その後、エンドロールを眺めながら、その余韻の落ち着き場所を探りつつ、
 少しだけざわついている映画館の暗い通路をダラダラ歩き、
 日の光がまぶしい日常空間にみんなで一緒に戻ってくる。

 そして、何事も起こっていない人の波に紛れながら、
 なんとなく自分をその街の雰囲気に馴染ませ、日常のトーンにチューニングを合わせ直す。

 その一連の感じが、とても健全で、じつに正しい『冷たい熱帯魚』の見方なのだと、私は思った。

 R18とか言って、「子どもに観せない」っていうのもいいけれど、
 大人も、子どもも、もっと現実と異世界の境界線の存在を知り、
 上手なくぐり抜け方を学んだ方がいいのかもしれない。

 映画とはあんまり関係ないけれど、そんなことも少し思った。


 それにしても、でんでんは怪演だったなぁ。
 だいたいあの人、なんで「でんでん」って言うんだろう??

 気になって調べてみたら、「でんでん虫のようにかわいくありたいから」だって!!
 本人が「そうありたい」って言うなら、まあ別にいいけどさ・・・