『カシスウー論』 ~アカデミー賞と私の相性って・・・編~
こんにちは イイダテツヤです。
第89回『カシスウー論』は、『アカデミー賞と私の相性って・・・』編です。
--------------------------------------------------------------------------
遅ればせながら、映画『告白』(DVD)を観た。
映画館で上映されているときから、「原作よりおもしろい」というめずらしい評判を聞いていたし、
つい最近、日本アカデミー賞の最優秀作品賞、監督賞、脚本賞をとっていたので、
「こいつは観ておかなきゃな」と思って、TSUTAYAで借りてきたのだ。
原作については、けっこう前に読んでいて
「なんだか、繰り返しばかりでつまらないなぁ」と思っていたけれど、
「映画は原作よりおもしろい」と聞いていたせいもあって、けっこう期待していたのだが、
正直映画も期待外れだった。
もともと私はまったく映画に詳しくないし、
「これは名作でございます」って感じのフランス映画とか、
「じっくりと人間の内面を描きました」なんていう、重厚な映画はまるで受けつけられないので、
むしろ『告白』みたいな、けっこう軽めにつくってある映画は楽しんで観られるはずなのに、
結果そうはならなかった。
う~ん、どうしてだろうか・・・
その理由を端的に説明するのはむずかしいが、
強いて言うなら、テーマや題材と、ストーリー展開と、映像の雰囲気が、
私にとってはじつにちぐはぐだったからだろう。
素材となる野菜と、料理法と、それが乗せられる皿との組み合わせが妙に奇抜で、
「この感じ、ファッショナブルでしょ!」と言われているような気がしてしまったのだ。
そんな料理が運ばれてきて、
「そりゃまあ、たしかにファッショナブルだけど、全然おいしくないんですけどっ!」って感じなのだ。
きっとそんなことはないのだろうが、この映画の脚本を書き、監督をした人は、
原作やそのなかに含まれるテーマや題材、それを演じる役者たちをあまり尊重せず、
自分なりのカラーに埋没しているように思えてならなかった。
もちろん、そんな映画があったっていい。
少なくとも私は、映画は監督のものだと思っているし、
監督のカラーが出ているほうがおもしろいケースだってたくさんある。
たとえば、ヴィンセント・ギャロの『バッファロー'66』みたいに、
好き勝手な映像づくりが、妙に楽しいこともめずらしくない。
でも、『告白』はそうではなかった。
別に賞なんてどうでもいいんだけど、アカデミー賞の選別をする人たちは、
あの映画を本当にいいと思ったのだろうか。
他にいい映画がなかっただけかもしれないけれど、
「最近は、こういうのもいい映画って言うべきなんだよ」って無理矢理思っている感じがしないでもない。
私の友人、知人のなかにも映画『告白』を褒めている人が何人もいるから、
私だけが勝手に文句を言ってるだけなんだけどさ・・・・
ちなみに、『悪人』はまだ観てないので、何とも言えないのだが、
こっちは原作がおもしろかっただけに、映画を観るのがちょっと不安でもある。
映画関係の仕事をしているある人は「原作は適度につまらないほうがいい」って言ってるくらいだから、
『悪人』は相当危険な香りがする。
とはいえ、映画をDVDで観て、とやかく言うのはあんまりフェアじゃないかもしれない。
気になって、ウィキペディアで最近のアカデミー賞、作品賞を調べてみたら、
『沈まぬ太陽』『おくりびと』『東京タワー』『フラガール』など、全部観たのはDVDだった。
「なんだ、映画館で観た作品が全然ないじゃないか」と、
もっと気になって作品賞をさかのぼってみたら、なんと1997年の『Shall we ダンス?』が最後だった。
そりゃ普段から頻繁に映画館へ行くわけじゃないけど、これはあんまりだよね。
97年って、何年前だよ。
どうやら、アカデミー賞と私は決定的にウマが合わないらしい。
まあ別に、どうでもいいことだけどさ・・・・
