『カシスウー論』 ~広島市南区の居酒屋『きゃぷてん』編~

 こんにちは イイダテツヤです。

 このブログはもともとメルマガで配信している内容で、メルマガ自体は毎週火曜日に配信しているのですが、
 今回は配信が遅れてしまい、その影響でブログの更新も遅くなってしまいました。

 「えっ、これって火曜配信だったの?」という人もいるでしょうが、
 なかには「今週は配信されないんですか?」とわざわざ問い合わせをしてくれる人もいたものですから、
 一応、お詫びというこか、事後報告というか・・・

 今回に限らず、いろいろとトラブルも発生してしまうので、あらかじめ何本かストックしておけばいいのですが、
 直前にならないとロクに仕事が進まないこの性格はどうにかならないものでしょうか。

 「夏休みの宿題は7月中にすべて終わらせます」みたいな人が、昔から本当にうらやましかった。
 私の場合、8月30日くらいからやっとエンジンがかかり始め、
 結局宿題のいくつかは9月5日頃に提出するという最悪の学生時代を送っていた。

 そんな昔の宿題事情はいいとして、
 第56回の『カシスウー論』は、広島市南区にある居酒屋『きゃぷてん』編です。

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 広島市は中州に栄えた町である。
 地形を地図で確認すると、内陸部から瀬戸内海に向かって太田川という大きな川が流れてきて
 それが海に達するまでに何本もの支流に分かれているのがはっきりとわかる。

 そして、その途中の広大な三角州の上で、広島市は繁栄していったようだ。

 実際、広島城や旧広島市民球場、原爆ドーム、平和記念公園など、
 主要なもののほとんどが中州にあるといっていい。

 主要な施設ではもちろんないが、
 今回紹介する居酒屋『きゃぷてん』も支流の一つである京橋川のほとりにあって、中州の上にあるお店だ。

 あともう少し下流へ行けばそこはもう瀬戸内海という場所だけあって、
 その日にとれた新鮮な魚を食べられるのがこの店の魅力だ。

 残念ながらカシスウーロンはなかったが、白身魚のから揚げ、刺身、
 何だかよくわからない貝の身をほじくり出して食べるものなど、どれもなかなかおいしかった。


 広島といえば、以前このメルマガで宮島について書いたのを覚えているだろうか。
 仕事が早く終わったので宮島へ観光しに行こうと思ったら、
 新幹線の時間がギリギリになってしまい、結局宮島へ渡るフェリー乗り場までしか行けなかったという話だ。

 ひょんなことから今回また広島へ行くことになり、幸運にも、仕事が早く終わったのだ。
 リベンジというわけでないが、私はさっそく宮島へ向かった。

 話のいきがかり上、「さあ、念願の厳島神社へ行くぞ!」みたいな雰囲気で語ってはいるが、
 実際に行ってみると、「ああそうか、ふ~ん、こんなものか」というのが私の率直な感想だった。

 期待が大き過ぎたことも否定はしないが、観光地としての演出にも少なからず問題がある。

 たいてい厳島神社(というか宮島)には、本土からフェリーに乗って渡る。
 船に乗って10分か15分くらいすると、ずんずん島が近づいてきて、その一角に厳島神社が見えてくるのだ。

 鮮やかな朱色の門柱が見えてきて、
 くねくねと入り組んだ回廊と海にぽっかりと浮かんだ鳥居の姿が近づいてくる。

 その姿を目にしたとき、「おお、あれが世界遺産、厳島神社か~」と誰もが感嘆するわけだ。
 実際、私も感嘆した。


 ところが、そこがピークなのだ。
 言ってみれば、出オチなのだ。


 すべて致し方ないこととはいえ、宮島には多くの修学旅行生や観光客がいて、
 日本中で使い回されているみたいな、ごくありふれた観光地の風景が目の前に広がる。

 雑然として、どこかチープな雰囲気に、個性のないみやげ物屋と飯屋が並ぶ。
 それが悪いというわけではないが、期待値に比べれば、どうしても見劣りしてしまうのだ。

 厳島神社に到着し、回廊を歩き始めてみても、
 特に見るべきものも見あたらず、あまりに所在がないので、途中にあったおみくじなんぞを、
 微妙なテンションのまま、なんとなく引いてみるしかやることはない。

 すると結果は「吉」で、これは宮島のせいでも、厳島神社のせいでもないのだが、
 「ふ~ん、そうかい」という以上の感想は何も生まれない。
 参考までに紹介すると、

 勝負事 よし。
 病気 治る。信心すべし。
 失物 思わぬところからでる。
 縁談 よし。

 だって。
 ふ~ん、そうかい。 

 天下の世界遺産に向かってこんな言い草は失礼かもしれないが、
 厳島神社は「遠くで見れば美人だが、近づいてみるとたいしたことない」という典型的なパターンだった。
 もちろん、私にとってはということですよ。

 
 ちなみに、広島のもう一つの世界遺産である原爆ドームには、朝早くに散歩のついでに行ってみた。

 前回の広島行きでも原爆ドームはちらっと見ているし、高校の修学旅行でも見たことはあったのだが、
 いずれも遠くから眺めるだけで、近づいてみるのは初めての経験だった。

 近くまで行き、フェンスから中を覗いてみて初めて、
 ドームの内部や、その周辺にたくさんの瓦礫が散らばっているのを知った。

 原爆で破壊されたのだから、考えてみればじつに当たり前の光景なのだが、
 私はその瓦礫を見ることで、「これは実際に爆撃された建物なんだ」とリアルに感じることができたのだ。

 原爆ドームは記号化されたモニュメントなんかではなく、歴史を潜り抜けてきた実際の建物だったし、
 その当たり前の真実は近くでしか知りえないものだった。

 説明書きによると、原爆ドームはほぼ爆心地にあったため、爆発の衝撃を真上から受けることとなった。 
 そのため、奇跡的に周囲を取り巻く壁が残り、建物としての形状が維持されたらしい。

 つまり、それは屋根や二階の床部分が一気に地面に叩きつけられ、
 中にいた人たちを一瞬にして押しつぶしたことを意味する。
 実際、中にいた人は全員が即死だったという。

 原爆ドームにも、周囲に散らばる瓦礫にも、何十年という時間は確実に流れていて、
 良くも悪くも風化してはいるのだが、「何かをいまに伝えていることもたしかなんだな」と私はぼんやりと思った。

 その思いが、「戦争体験を語り継がなければならない」とか
 「平和への願いを世界に発信するべきだ」というところに直結するわけではないが、
 何十年かに一度くらいはここへ来て、フェンスの中を覗き込み、何かを考えてもいいのかもしれない。

 穏やかな朝に、気持ちのいい川べりを散歩しながら、私はそんなことを思った。