『カシスウー論』 ~下北沢『mois cafe (モワ カフェ)』編~



こんにちは イイダテツヤです。 
第32回『カシスウー論』は、下北沢にある『mois cafe(モワ カフェ)』編です。

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はっきり言って、『モワ カフェ』へ行きたい人は、
インターネットで場所をきっちり調べてから行くことをおすすめする。

場所を入念に調べておいたとしても、途中で迷ったり、 「本当にこっちでいいのかな・・・」
と不安になるほどなので、どう転んだところで、このブログだけでふらっと行けるような場所ではない。

まるでディケンズの小説のように「わかりにくさ」も一つの魅力となっているので、
こればっかりはどうすることもできないのだ。


といいながら、一応説明してみると、下北沢駅南口の階段を下りたら、まずはぐいっと右に曲がる。
普通に右に曲がるのではなく、ぐいっと曲がるところがポイント。

その先にビリヤード場があって、さらに先にジャズ喫茶『マサコ』が見えてくればOK。
昭和の残り香をプンプンさせた『マサコ』の前は分かれ道になっているが、
「どう考えても、こっちには行かないでしょ」と思う方向(つまり、右)へ進むと すぐに『モワ カフェ』に到着する。

言葉にすると簡単だが、実際に行ってみるとかなり不安になるので、勇気を持って前進してくださ。


さて、このブログで下北沢が登場するのは二度目だが、 普段はあまり下北沢へ行くことはない。 
今回は、たまたま知り合いの芝居を観る為にやってきて、 開演まで時間が余っていたので、
ぷらぷらと『モワ カフェ』まで足を伸ばしたのだ。

平日の夕方にも関わらずほぼ満席だったので、けっこう人気のカフェのようだ。
場所のわかりにくさを考慮すると、かなりコアなファンがいるのかもしれない。

例によって私が一人でカシスウーロンを飲んでいたら、
隣にいた大学生くらいの六人組の集団が、 なにやら「万引き自慢大会」みたいな感じで盛り上がり始めた。

最初の男は普通に消しゴムを万引きしたみたいな、なんてことない話だったが、
次の男の万引きは、ちょっとアレンジが効いていた。

いい感じのパン屋(トレイの上に自分で乗せるタイプのパン屋)へ行っては、
惣菜パンの具(ソーセージとか、コーンなど)をちょっとずつ盗み、ちょこちょこ食べるという万引きらしい。

規模はショボイが、話のネタとしてはそう悪くはない。

「それでもけっこう腹いっぱいになるんだよ」なんて彼は話していたが、
どう考えてもそれはないだろう、と私は小さく突っ込んだ。

何歳のときの話かは知らないが、 惣菜パンに乗っているソーセージやコーンごときで満腹になるはずがない。
でもまあ、そのくらいの脚色は許してあげよう。
そもそも面白エピソードというのは、絶妙な脚色で成り立っているものだ。

問題は、その次の男だ。
彼はスーパーマーケットの試食コーナーで、おばちゃんがいない隙を突いて、
調理用のでホットプレートごと万引きしたと言い出したのだ。

たしかに、スーバーでは焼肉とか、餃子などをホットプレートで調理して、
小さく切ったものをお客さんにふるまっていることがよくある。

それはおなじみの光景だが、そのホットプレートごと盗むわけないだろう!!!

店の人がいなかったとしても、周囲の目があるだろうし、熱々のホットプレートと、
その上に乗っている食品をまるまる持ち上げて、店外まで逃走するなんてあまりに非現実的だ。

彼の話によると、友だち三人と走って逃げて、公園で食べたということだが、
勢いに任せて奇抜な発想で話をスタートさせたはいいが、細部のツメは完全に甘い。

これは、完璧につくり話だろう。
それもかなり悪質な類だ。

ほかのメンバー(女の子が二人いる)も、 「すげえな」とか、「まじで、すご~い」なんて言ってはいたが、
心の中では「ウソに決まってんじゃん」と思っていたに違いない。
私ならそう思う。たぶん、彼らもそう思う。

彼の「ホットプレート話」を最後に、万引き自慢大会はなんとなくテンションを失い、
集団はぞろぞろと帰ってしまった。


ホットプレート野郎のウソエピソードに張り合うわけではないが、 私にも、忘れられない万引き体験がある。
正確に言うなら、万引き未遂体験だ。

私はあの体験以降、「絶対に万引きはしない」と心に誓ったし、 その誓いはいまでも守り続けている。
そのくらいインパクトのある体験だったのだ。


中学3年を間近に控えた春休み、私は一人で近くの「Dマート」へ遊びに行った。
「Dマート」を知っているだろうか。
一言で言えば、「さびれたダイエー」という感じで、1階には食料品、2階には洋服、
3階にはスポーツ用品とか、ちょっとした電化製品なんかが売っている店だ。

Dマートへは何度も行ったことがあり、1階と2階にはロクなものがないのを知っていたので、
私は迷わず3階まで上がり、スポーツ用品やスニーカーなどをなんとなく眺めていた。

別に何かを買おうと思っていたわけではない。
そもそも、そんなお金など持っておらず、単なる暇つぶしをしていたに過ぎないのだ。

ところが、あるスニーカーにふと目がとまってしまった。
当時、人気のあった「k-swiss」のスニーカーだ。

お金はほとんど持っていないので、買うという選択肢は始めからなかったが、
といって、最初から万引きしようと思っていたわけではない。

「ああ、欲しいなぁ」なんてぼんやりと思いながら、
何の考えもなしに自分のサイズを探し、 試着をしてみただけだ。
これまでに何度も経験している、ごく当たり前の行動だ。

ダイエーやイトーヨーカドーなど、大型店舗はどこも似たようなもので、 フロアにいる店員の数はけっこう少ない。自分がいる通路に、店員の姿が一人も見たらないというケースもめずらしくはない。

状況はその日も同じで、右を見ても、左を見ても、店員どころか、客の姿もまったくなかった。
自分がここで何をしても、何の変化も起こらないんじゃないかと思えるほど、周囲はひたすらガランとしていた。

その閑散とした雰囲気が、私の背中をじんわりと押しているような、そんな気がした。

私は試着したスニーカーをていねいに脱いだ。
そして、脱いだ靴を箱には戻さず、一番下の目立たない棚に置いた。

万引きに向かって私が最初に起こした、具体的なアクションだった。

箱に入ったままでは、カバンに入れて、チャックを閉めることができない。
しかし、スニーカーをむき出しにすれば、チャックは問題なく閉まるし、
箱の角で、カバンの表面が不自然にとんがることもない。

心臓はものすごい勢いでドクドク鳴っていたが、頭のなかは妙に冷静だった。
再び周囲を見回してみても、私に注意を払う人は誰もいない。

能天気な店内音楽が薄く流れているだけで、
あとは時間が止まっているみたいに、 平凡で、退屈な空気が充満していた。

私は特に慌てるでもなく、カバンにスニーカーを入れ、静かにチャックを閉じた。

もちろん、カバンは膨らんだが、不自然なほどではない。
このまま店の外へ出れば、問題なく家に帰れるはずだ。

心臓の鼓動は異常なほど激しく、息苦しいほどだったが、そんなことを言っている場合ではない。
私はカバンをたすきがけにして、下りエスカレーターへ向かった。
人気のない階段を使うことも考えたが、そのほうが返って怪しまれると判断したのだ。

私はレジの前を通り、過度に急ぎ足にならないように注意しながら、下りエスカレーターに乗った。
特別なことは何もせず、いつものように帰るだけだ、と自分に言い聞かせた。
すべては日常で出来事。
何も起こらない、退屈な日常に戻っていくはずだった。

そのときだった。
私は視線の隅で、男性店員が私の方を指差しながら、警備員に何かを話している姿をとらえた。

店員は私が万引きする現場を見ていたのだ。
そして、そのことを警備員に伝えているのだ。

私は下りエスカレーターに乗っているため、 3階フロアにいる店員と警備員とは距離が少しずつ離れていく。

エスカレーターがゆっくりと下降する間、「どうにかしなければならない」と私は考えていた。
こうなってしまったからには、いまさら走り出したところで、捕まるに決まっている。

咄嗟にそう判断した私は、下りエスカレーターを逆走して、店員と警備員に向かって昇り始めた。

きっと彼らは驚いたことだろう。
万引き犯がエスカレーターを逆走して、自分たちに向かってきたのだ。
もしかしたら、危害を加えるかもしれないと考え、身構えていたかもしれない。

もちろん、私に相手を気遣う余裕などなく、彼らの間をすり抜けて、
そのままスニーカー売り場へと足早で向かった。

私はカバンからスニーカーを出し、空の箱に入れて、元の棚に戻した。
間違いなく、彼らはその一部始終を見ていただろうが、私に彼らのほうを見る勇気はなかった。

そして、私は急いでその場を離れ、人気のない階段を下りて、そのまま店から出た。

もし、店員と警備員のやり取りに気づくことなく、万引きを続行していたら、 今頃自分は捕まっていたのだ。
そう思うと、急に怖くなって、両足がブルブル震えた。


万引きが未遂に終わったことで事なきを得たが、 もし成功していたら、
仮に今回はつかまらなかったとしても、 いつかは、重大な問題に発展していたかもしれない。

ちょっとした日常に潜む、人生の落とし穴を見た気分だった。

それから約10年間、私はその「Dマート」へ行くことができなかった。
いまでは普通に行くことができるが、やはりあのときのことは一生忘れることはできないだろう。

それにしても、どうしてあんなにも「k-swiss」のスニーカーが欲しいと思ってしまったんだろう。
いや、実際にはそんなに欲しかったわけではないのだろうと思う。

要するにそれが「魔がさす」ということなのだろう。



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