『カシスウー論』 ~渋谷にある『桜丘カフェ』編~


こんにちは 飯田哲也
です。 
第29回『カシスウー論』は、渋谷にある『桜丘カフェ』編です。

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渋谷というのは、何度訪れても駅前の構造がよくわからない。
南口とか、西口とか言われても、それがどこの出口だかわからないし、
ちょっと間違った出口から出てしまうと、進むべき方向がまったくみつからない。

たくさんの路線と高速道路が入り混じっているうえに、
巨大な歩道橋を四方八方に伸ばしているのが原因だ。

加えて、地下鉄の駅が二階にあったり、
新しくできたマークシティのための通路を整備したりするから、
救いようのない「ラビリンス・ステーション」になってしまったのだ。

というわけで、『桜丘カフェ』の場所を説明するのはかなり困難なので、
どうしても行ってみたいという人は、自分で調べてください。

住所としては桜丘町にあります。よって、ハチ公口からは出ないほうがいいです。
私が言えるのはそのくらいです。すみません。


『桜丘カフェ』そのものは、パッと見ではかなりいい感じのカフェだ。
実際に入ってみても、取り立てて悪くはないんだけど、なんだかもう一つ落ち着かない感じがする。
何か決定的な問題があって、気分が悪いというわけではないんだけど、どうにもしっくりこないのだ。

『桜丘カフェ』に問題があるのではなく、
『桜丘カフェ』と私の相性の問題なんだと思う。たぶん。


『桜丘カフェ』からの帰り、私は友人と一緒に原宿まで歩くことにした。
ただでさえ渋谷駅が嫌いなのに、その日は土曜日だったので、
駅周辺がとんでもないことになっているのは間違いない。

そんなところへ行くくらいなら、30分ほど散歩したほうが、よっぽど気持ちがいい。

渋谷から原宿まで歩くなんてものすごく久しぶりで、
10年以上前に、NHKホールにスピッツのライブを観に行ったときのことを思い出した。
当時も、いまも、とりたててスピッツが好きというわけではないが、
知り合いからチケットをもらったので、とりあえず行ってみたという感じだった。

いまでもそれなりに人気はあるのだろうが、当時のスピッツはそれこそものすごい人気ぶりで、
会場に向かう坂道は若い女の子であふれていた。

一方の私たちはといえば、仕事の関係でいつも一緒に行動していた男三人組だったので、
けっこう目立っていたような気がする。

おまけに席は一番前の真ん中だった。
関係者からもらったチケットとはいえ、
あんな席でライブを観た経験は後にも先にもあの一度きりしかない

それにしても、一番前の真ん中っていうのはいろいろと気苦労が絶えないものだ。

あんまり盛り上がってないと、スピッツのメンバーが気にするかもしれない」なんてこっちが気になるもんだから、
無理にはしゃではみるが、それでいて過剰にジャンプなんかを繰り返すと、
「ひょっとして、後ろの女の子が観にくいかも・・・」と思い直して、小さくかがんでみたりする。

はしゃいだり、かがんだり、とにかく急がしくて、ライブになんてまともに集中できないのだ
いっそのこと一番後ろでゆっくり観たかったけど、無料のチケットに文句を言うわけにはいかない。


そのライブ中、ボーカルの草野マサムネが
「次は、『チェリー』って曲です」と曲紹介をした。

当時、『チェリー』と言えば、知らない人がいないほどヒットしていたし、
そもそも、スピッツのファンばかりが集まっているような場所なのだ。
それをわざわざ「チェリーって曲です」なんて、
まるで誰も知らない新曲でも始めるみたいな言い方をしなくてもいいのに、と私は思った。

そんな曲紹介はさておき、私は『チェリー』の歌い出しがとても好きなのだ。

「君を忘れない 曲がりくねった道をゆく」という部分だ。

その後、歌詞がどう続くのか、
曲全体がどんな物語になっているのかは、まったく覚えてないけど、
この歌い出しだけは、強烈に印象に残っている。

「君を忘れない」なんてわざわざ言うヤツは、いかにも「曲がりくねった道をゆく」感じがする。

うまくは説明できないけど、とてもしっくりきて「うん、うん、そういうことってあるよね」という気持ちになれるのだ。

歌詞と言えば、RCサクセションの『トランジスタ・ラジオ』に出てくる

ああ こんな気持ち うまく言えたことがない・・・
君の知らないメロディ 聴いたことのないヒット曲

というところも、とても好きなフレーズだ。
知らない人のために一応説明すると、
この曲の主人公(たぶん、清志郎本人)は学校の授業をサボって、
陽のあたる場所(校舎の屋上)で、寝転んでトランジスタ・ラジオを聴いている。

ラジオから流れてくる曲を聴いて、
「こんなふうにうまく気持ちが伝えられたらなぁ」と感じたのかもしれないし、
「ああ、この人もオレと同じように、うまく伝えられないんだな」と思ったのかもしれない。

いずれにしても、ちょっとだけ素敵な瞬間を、うまく切り抜いたようなフレーズだ。
清志郎は、あのしょぼしょぼした目で、
青い空とか、白い雲なんかをぼんやり眺めながら、この曲のイメージを膨らませたのかもしれない。

何度聴いても、何が言いたいのかよくわからない歌だし、
もしかしたら、言いたいことなんて何もない歌なのかもしれないけど、
忘れることのできないすばらしい曲だ。


ちなみに、11月1日号の雑誌『BRUTUS』では、「美しい言葉」という特集をしていて、
金言、格言、歌の歌詞などをたくさん紹介していた。

そのなかで、越路吹雪という昭和のシャンソン歌手が、
死ぬ間際に次のような言葉を残したと紹介している。

いっぱい恋をしたし、
おいしいものも食べたし、
歌も唄ったし、
もういいわ

この言葉を初めて知って、「なんて、素敵な人生なんだ」と私は思った。

でも同時に、越路吹雪さんが「私の手の中には何も残らなかったけどね・・・」
と寂しげに語っているようにも思えて、なんだかせつない気持ちになった。 

きっと彼女は、満足とあきらめの入り混じった微妙な思いを、
とても単純な言葉に込めたのだと思う。

とても、いい言葉だ。