『カシスウー論』 ~『わたみん家 目白店』編~
こんにちは 菓子酢ウーロンです。
第15回『カシスウー論』は、格安居酒屋として有名な『わたみん家』の目白店編です。
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いまは『わたみん家』なんてヘンテコな名前になってしまったが、要するに『ワタミ』である。
関係者以外で、『わたみん家』なんて正式名称で呼んでいる人はいるのだろうか。
いずれにしても、このメルマガでは面倒なので『ワタミ』に統一させてもらう。
目白駅を出て、目白通りを左方向へ5分ほど歩くと、昔からある粗末な雑居ビルがあって、
その2、3階部分が『ワタミ 目白店』になっている。
地下は居酒屋の『村さ来』で、1階が牛めしの『松屋』。
それでいて2階、3階が『ワタミ』なので、若者にとっては、じつにもってこいのテナント構成だ。
『ワタミ』か『村さ木』で安酒を飲み、最後のシメは『松屋』の牛めし。
いまの学生は、そんな流れで盛り上がっているのだろう。
つい先日、高田馬場で仕事があったので、その帰りにふらりと目白まで歩いてみた。
私は大学時代を目白で過ごしたので、まあ、それなりに思い出のある町なのだ。
当時も、いまも、こじんまりとしたいい町ではあるが、私が学生のころは『ワタミ』も『松屋』もなかった。
どこへ行くにも比較的便利だが、町そのものはけっこう不便。
目白というのは、そんな微妙な立ち位置を守り続けている奇特な町なのだ。
当時の私たちにとって、目白はまさに池袋と高田馬場に挟まれた陸の孤島で、
松屋の「牛めし」を食べるにも、さかえ通り(高田馬場)まで行かなければならなかった。
現在『ワタミ』がある場所には、『唐変木』というお好み焼き屋があって、
学生時代、私はそこでバイトをしていた。
自分が働いていた店がなくなってしまっているのは、なかなか切ないものだが、
当時から悲しいくらい繁盛していなかったので、まあそれは仕方がない。
ちなみに、ワタミグループのホームページからも『唐変木』の名前はきれいになくなっている。
よほど儲からなかったのだろう。
私が働いていた店はもうなかったが、多少は懐かしかったので、一人で『ワタミ』に入ってみた。
カウンターで、ポツンと一人カシスウーロンを飲んでみたが、
間が持たなくて、30分くらいで出てきてしまった。
だいたい私は、一人で居酒屋へ入ることなど滅多にないのだ。
いい大人の男が一人でやってきて、カシスウーロンを飲んでいるんじゃ、どう考えたって厳しすぎるでしょ。
私だって、そのくらいの立場はわきまえている。
当たり前だが、私が働いていた当時と店内の雰囲気はずいぶん変わってしまったが、
厨房とカウンターの場所だけは『唐変木』時代と一緒だった。
といって、「ああ、厨房とカウンターの場所はあの頃と一緒だぁ・・・」なんて無理やり懐かしがることはできない。
当時のカウンターがそのまま残っているならまだしも、
カウンターの場所が一緒なだけなんだから、感情を盛り上あがるはずもない。
入店して、カシスウーロンを一杯飲んで、すぐに帰る私を
若い店員が変な目で見ていたが、
私にも私なりの事情があるのだから、放っておいてくれ。
その後、目白の町をブラブラと歩いていると、
昔あったいろいろな店がなくなっていることに気がついた。
以前、駅前のテナントビルに『カレーのカワムラ』という店があって、
週に2度以上というヘビーローテーションで通っていたのだが、そこもなくなっていた。
『カワムラ』へは、同じ劇団(当時私は芝居をやっていた)のN君とよく行っていたが、
『カワムラ』のオヤジは、N君の名前は覚えても、私の名前は決して覚えなかった。
オヤジはいつも、「N君と、N君の劇団の人」という呼び方をした。
おいおいオヤジ、それはないだろう。
たいていの場合、N君はプレーンなカレーライスで、
私は「焼肉カレー」というグレードアップバージョンを頼んだはずだ。
私のほうが金を落としてるんだから、むしろ私の名前を覚えて欲しかった。
いや、覚えるべきだった。
そもそも、劇団を主宰していたのは私なのだから、
N君のほうが「私の劇団の人」であって、私は「Nくんの劇団の人」なんかじゃない。
「そこんとこ、キッチリしてくれよ!」と強くオヤジに言いたいが、
残念ながら『カワムラ』はもうない。
悲しいことだ。
目白駅から、山手線の線路沿いを池袋方面にしばらく歩くと、
『ソノプロント』(通称、ソノプロ)という、おいしいスパゲティ屋があったのだが、この店もつぶれていた。
スパゲティ屋にしてはめずらしく、汚いラーメン屋みたいなひどい店構えだったが、
とにかく味は絶品だった。
「煮込みA」と呼ばれた、アサリとニンニクのスープパスタの味はいまでも忘れられない。
一生当たらない競馬 の予想屋みたいな、風采の上がらないオヤジが一人で店をやっていて、
「俺たちは芝居をやっている」と何度説明しても、
「あれ、今日は野球の練習休み?」とか、「バンドの人たちだっけ?」と劇団丸ごと覚えてもらえなかった。
そんなオヤジには、「昔、帝国ホテルのレストランでシェフをしていた」なんて、
ウソか、ホントかわからない噂が常にあった。
帝国ホテルのレストランというベタベタな展開からすると、きっとウソだと思うが、
味がよかったのは事実なので、真偽のほどはどうでもいい。
『カワムラ』といい、『ソノプロ』といい、思い出の店が次々とつぶれてしまうのは、やはり残念なことだ。
いまの学生たちにとって、思い出の店は『ワタミ』や『松屋』になってしまうのだろうか。
それも時代を反映していていいのかもしれないが、
思い出の店がチェーン店というのは、どうにもちょっと味気ない気がする。
そんなことをあれこれ思いながら、ちょっぴりセンチメンタルな気分で、池袋へ向かって歩いてると、
目の前に「LONDON」の看板が見えてきた。
その昔、たまに使っていた古いラブホテルだ。
ああ、ラブホテルだけは当時のまま残っているのか。
当時のままどころか、外壁の塗装はきれいになってるし、看板も新しくなっている。
がんばっているんだから、それはそれで立派なことだが、
なにもラブホテルだけ残ってなくても・・・・という、どこかやりきれない気持ちは残る。
まあでも、「LONDON」が強いのは、なんとなくわかる。
便利な場所にありながら、大通りからはちょっと離れていて、それなりに人目につきにくい。(でも、みんな場所はしっている)
この絶妙なバランスが、人を吸い寄せていくんだろうなぁ・・・(いまも、昔も)
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第15回『カシスウー論』は、格安居酒屋として有名な『わたみん家』の目白店編です。
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いまは『わたみん家』なんてヘンテコな名前になってしまったが、要するに『ワタミ』である。
関係者以外で、『わたみん家』なんて正式名称で呼んでいる人はいるのだろうか。
いずれにしても、このメルマガでは面倒なので『ワタミ』に統一させてもらう。
目白駅を出て、目白通りを左方向へ5分ほど歩くと、昔からある粗末な雑居ビルがあって、
その2、3階部分が『ワタミ 目白店』になっている。
地下は居酒屋の『村さ来』で、1階が牛めしの『松屋』。
それでいて2階、3階が『ワタミ』なので、若者にとっては、じつにもってこいのテナント構成だ。
『ワタミ』か『村さ木』で安酒を飲み、最後のシメは『松屋』の牛めし。
いまの学生は、そんな流れで盛り上がっているのだろう。
つい先日、高田馬場で仕事があったので、その帰りにふらりと目白まで歩いてみた。
私は大学時代を目白で過ごしたので、まあ、それなりに思い出のある町なのだ。
当時も、いまも、こじんまりとしたいい町ではあるが、私が学生のころは『ワタミ』も『松屋』もなかった。
どこへ行くにも比較的便利だが、町そのものはけっこう不便。
目白というのは、そんな微妙な立ち位置を守り続けている奇特な町なのだ。
当時の私たちにとって、目白はまさに池袋と高田馬場に挟まれた陸の孤島で、
松屋の「牛めし」を食べるにも、さかえ通り(高田馬場)まで行かなければならなかった。
現在『ワタミ』がある場所には、『唐変木』というお好み焼き屋があって、
学生時代、私はそこでバイトをしていた。
自分が働いていた店がなくなってしまっているのは、なかなか切ないものだが、
当時から悲しいくらい繁盛していなかったので、まあそれは仕方がない。
ちなみに、ワタミグループのホームページからも『唐変木』の名前はきれいになくなっている。
よほど儲からなかったのだろう。
私が働いていた店はもうなかったが、多少は懐かしかったので、一人で『ワタミ』に入ってみた。
カウンターで、ポツンと一人カシスウーロンを飲んでみたが、
間が持たなくて、30分くらいで出てきてしまった。
だいたい私は、一人で居酒屋へ入ることなど滅多にないのだ。
いい大人の男が一人でやってきて、カシスウーロンを飲んでいるんじゃ、どう考えたって厳しすぎるでしょ。
私だって、そのくらいの立場はわきまえている。
当たり前だが、私が働いていた当時と店内の雰囲気はずいぶん変わってしまったが、
厨房とカウンターの場所だけは『唐変木』時代と一緒だった。
といって、「ああ、厨房とカウンターの場所はあの頃と一緒だぁ・・・」なんて無理やり懐かしがることはできない。
当時のカウンターがそのまま残っているならまだしも、
カウンターの場所が一緒なだけなんだから、感情を盛り上あがるはずもない。
入店して、カシスウーロンを一杯飲んで、すぐに帰る私を
若い店員が変な目で見ていたが、
私にも私なりの事情があるのだから、放っておいてくれ。
その後、目白の町をブラブラと歩いていると、
昔あったいろいろな店がなくなっていることに気がついた。
以前、駅前のテナントビルに『カレーのカワムラ』という店があって、
週に2度以上というヘビーローテーションで通っていたのだが、そこもなくなっていた。
『カワムラ』へは、同じ劇団(当時私は芝居をやっていた)のN君とよく行っていたが、
『カワムラ』のオヤジは、N君の名前は覚えても、私の名前は決して覚えなかった。
オヤジはいつも、「N君と、N君の劇団の人」という呼び方をした。
おいおいオヤジ、それはないだろう。
たいていの場合、N君はプレーンなカレーライスで、
私は「焼肉カレー」というグレードアップバージョンを頼んだはずだ。
私のほうが金を落としてるんだから、むしろ私の名前を覚えて欲しかった。
いや、覚えるべきだった。
そもそも、劇団を主宰していたのは私なのだから、
N君のほうが「私の劇団の人」であって、私は「Nくんの劇団の人」なんかじゃない。
「そこんとこ、キッチリしてくれよ!」と強くオヤジに言いたいが、
残念ながら『カワムラ』はもうない。
悲しいことだ。
目白駅から、山手線の線路沿いを池袋方面にしばらく歩くと、
『ソノプロント』(通称、ソノプロ)という、おいしいスパゲティ屋があったのだが、この店もつぶれていた。
スパゲティ屋にしてはめずらしく、汚いラーメン屋みたいなひどい店構えだったが、
とにかく味は絶品だった。
「煮込みA」と呼ばれた、アサリとニンニクのスープパスタの味はいまでも忘れられない。
一生当たらない競馬 の予想屋みたいな、風采の上がらないオヤジが一人で店をやっていて、
「俺たちは芝居をやっている」と何度説明しても、
「あれ、今日は野球の練習休み?」とか、「バンドの人たちだっけ?」と劇団丸ごと覚えてもらえなかった。
そんなオヤジには、「昔、帝国ホテルのレストランでシェフをしていた」なんて、
ウソか、ホントかわからない噂が常にあった。
帝国ホテルのレストランというベタベタな展開からすると、きっとウソだと思うが、
味がよかったのは事実なので、真偽のほどはどうでもいい。
『カワムラ』といい、『ソノプロ』といい、思い出の店が次々とつぶれてしまうのは、やはり残念なことだ。
いまの学生たちにとって、思い出の店は『ワタミ』や『松屋』になってしまうのだろうか。
それも時代を反映していていいのかもしれないが、
思い出の店がチェーン店というのは、どうにもちょっと味気ない気がする。
そんなことをあれこれ思いながら、ちょっぴりセンチメンタルな気分で、池袋へ向かって歩いてると、
目の前に「LONDON」の看板が見えてきた。
その昔、たまに使っていた古いラブホテルだ。
ああ、ラブホテルだけは当時のまま残っているのか。
当時のままどころか、外壁の塗装はきれいになってるし、看板も新しくなっている。
がんばっているんだから、それはそれで立派なことだが、
なにもラブホテルだけ残ってなくても・・・・という、どこかやりきれない気持ちは残る。
まあでも、「LONDON」が強いのは、なんとなくわかる。
便利な場所にありながら、大通りからはちょっと離れていて、それなりに人目につきにくい。(でも、みんな場所はしっている)
この絶妙なバランスが、人を吸い寄せていくんだろうなぁ・・・(いまも、昔も)
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