大学時代からの旧友が
長年続けているフラダンス
昨年に引き続き
中野セントラルパークで開催された
アロハフェスへ
好きなことが出来るって本当に幸せ!
旧友は輝いて見えました☆彡
優雅に笑みを浮かべて踊る姿に
フラダンスにはあまり興味のない私も
幸せな気持ちでいっぱい♡
この旧友、太極拳も大会にでる腕前
少し前は太極拳の受け身の技に失敗して
骨折する武勇伝を持つ女傑
そういえば、大学時代は
無人島サバイバルなんていう
探検サークルに所属
じゃじゃ馬ぶりは昔取った杵柄(笑)
中野セントラルパークは
かなり広大な土地で、
テントを張ってる人達もいて
休日を楽しめる素敵な場所
駅前に広大な土地って何の跡地?
と思った方はどうぞ!
こちらのサイトから↓
【公式】NAKANO CENTRAL PARK(中野セントラルパーク)
ここには何があったの?
中野セントラルパークの場所の歴史
中野セントラルパークができて2年が
経とうとしていますが、訪れる人々が
「ここには元々なにがあったの?」
という声が増えたように思います。
中野セントラルパークの場所には、
どんなものがあったのか…
江戸時代まで遡ってみました。
江戸時代、「生類憐みの令」
で有名な徳川綱吉が
統治しており、中野区役所を中心として、
北は早稲田通りから
南は大久保通りあたりまで、
東はなかのZEROから西は環七あたりまで
「犬屋敷」と呼ばれる犬の保護施設で、
「お囲い御用屋敷」と呼ばれていました。
中野4丁目付近の旧町名
「囲町」はこれに由来しているそうです。
綱吉の時代が終わり、犬屋敷の跡地には
紅白の桃の木が植えられ、
江戸の人々を楽しませていたそうです。
中野3丁目付近で「桃園」という言葉が
多く使われているのは、
これに由来しています。
時代が昭和に移ると、
陸軍中野学校が設立されます。
陸軍内部でも存在が隠されていた
スパイ技術養成機関で
あったとされ、現在では東京警察病院内に、
陸軍中野学校のことを記した石碑があります。
戦後は陸軍中野学校跡地に、
警察大学校が設立され、
2001年に府中へ移転しました。
パークアベニューや中野四季の森公園内にも
警察大学校時代の木々が何本も残っており、
その時の名残を感じる方も
多いのではないでしょうか?
その後の再開発で2012年に、
中野セントラルパークとして
生まれ変わりました。
犬屋敷と呼ばれた場所は犬の
お散歩コースとなり、
桃の木が植えられた場所には花桃の花が咲き、
軍や警察の学校だった場所に大学が建ち、
学生やオフィスワーカーに地元の方々が集い、
新たな歴史を築く場となりました。





