夏季休暇明け、久々に会社に行ったところで新鮮なことなど当然ながら無く、休暇

前にバックれ気味に積み残しておいた残課題を処理していると、シーシュポスだか

フンコロガシにでもなった気分で泣きが入る。

 

さて、今日は読売新聞オンラインの記事『街の裸婦像は時代にそぐわない? 撤去

の動き、各地で…小学生「見ていて恥ずかしくなる」』が面白かったので、そのこと

を少し書く。

記事は、公園や駅前にある裸婦像が、昨今、公共の場にふさわしくないと判断され、

自治体が撤去を進めていると伝えている。

例として高松市内の公園に設置されていた少女2人が向かい合って立つ裸像が取り上

げられ、公園の再整備計画の有識者会合で「時代にそぐわない」との指摘を受け、

小学生からも「見ていて恥ずかしくなる」との意見が出て撤去の方針になったとの

こと。これに対し、制作者である彫刻家は、裸像はみずみずしい命を表し、成長す

る四国・本州地域の美しさを表現したもので、残してほしいと語っている。

 

確かに、言われてみれば公園とか区役所の前とか、何だか良く分からない銅像とか

あるな。大阪だと、御堂筋沿いに結構な数の彫刻があり、裸身像も幾つかあるはず

だ。ちなみに市内の銅像でオススメは大阪城豊国神社の入り口の秀吉像で、『太閤

記』的な明るい雰囲気ではなく、戦国時代を制したキツそうなオッサンの凶悪さが

滲み出るいい感じの銅像なのだ。

しかし、オレはこれまで、銅像が裸だろうが何だろうが、特に何か問題を感じるこ

となく目の端で捉える程度だったので、こういったことを気にかけて生きている人

がいるのだなあ、と感心した。裸婦像を見て、「まあ、何ていやらしい!」と思う

のかねえ。

 

ただ、この手の問題に対し、本当に多くの人が関心を持っているのかな。メディア

で取り上げられるから、何となく賛成・反対の意見を示すが、取り上げられなけれ

ば、「賛成1% 反対1% どうでもよい98%」レベルの問題じゃないのかね(要する

に、問題について熱心に賛成・反対の人間はほとんどいない、という意味です)。

特にポリコレ的なものが絡む問題は、ほとんどが「この手合い」だと思う。

例えば、夫婦別姓問題とか、ポスターが性的か性的でないかとか、近々ではミツカ

ンの冷やし中華を廻る問題もそうだな。多くの人にとって、「別にどうでも良い」こ

とを、ノイジーマイノリティが大騒ぎして、一部のメディアが相乗りして世の中に

広がっていく。

夫婦別姓については、戸籍ロンダリングや背乗りとも関りがあるので、一部の受益

者(または受益者になりたい者、集団)が、その手の政党も巻き込んで意図的に問

題化していると推測できるが、ポスターとか銅像とかミツカンとか、どういった層

が何の目的で騒いでいるんだろうな。

 

「SNSで誰もが意見を言える」という環境は、本当に良いことだと思うし、そうい

った思想・言論の自由がある環境が守られてほしい。

個人的な希望としては、炎上の際は、背景にどういった動きがあるか(特定のアカ

ウントが大量のコメントを流していないか、そういったアカウントが過去にどうい

った問題に対して反応したか)といった情報が得やすくなると、実態に近い情報が

見えて、より面白くなると思うんだけどな。

デジタルポジティブアクション(SNS上の世論を親中に誘導する一種の言論弾圧)

のような真逆の政策を進める自公政権下では、ちょっと期待できないな。

日本が良い方向に進みますように、現状、政治には期待できないから差し当たって

神仏に祈っておく。