【起床から手術室まで】

12月10日

浅い眠りから目覚め、OS-1を飲み終えて看護師さんから色々説明&血圧測定

オペは8:45からなので、8:00までに術着に着替えて待機とのこと。

 

・ストロー付きの水飲み

・T字帯

・パンツ

・ビニール袋

・ティッシュペーパー一箱

・箸

・前開きの寝間着

・コルセット

 

こういうのを一つの袋に名前付きでまとめて、自分で持参しながら夫と一緒に歩いて手術室まで行きました。

長く冷たい廊下。自分の人生の中でこんなに長い廊下はあっただろうかと思うほど。一緒に歩いてくれた看護師さんがやけに綺麗に見えました。

 

【手術室で覚えているところまで】

 

手術室に入るとキャップが渡されてかぶり、既に麻酔医の先生と主治医、執刀医と思われる先生が待機していた。

よくドラマで観るやつだ~っとドキドキしながらまな板の鯉になる。

挨拶もそこそこに、すぐに前を裸れて心電図を矢継ぎ早にぺたぺたと付けられて、注射器が目の前に出されかさ

 

「急激に眠りますからね~」

 

注射を打たれた瞬間に物凄い頭痛えーん

頭を砕かれたようなガンガンした痛みがあり、「頭が痛い!」と言いかけた瞬間に眠りに落ちました。

 

【麻酔から覚めてからの地獄】

 

「は~い、終わりましたよ~ チューブ噛まないでくださいね~」

 

この声に目覚めた時にはあおむけになっていて、背中に焼けるような激痛と足の親指に何か張り付いたような感覚があって、とにかく何よりも凄い吐き気&頭痛ガーン

主治医の先生が右側から顔を出し、

「いや~、かなりの大手術でしたよ。4時間かかりましたけど、どうですか?痛みが取れたような感じします?神経がぺったんこになってました。痛むわけですよ。」

、、と言われても、意識は朦朧だし、傷がジンジンと痛いし、とにかく神経に色々触ってくれた痕跡が目覚めた身体に確実に残っている、そんな感じでした。痛みが取れたどころか、今まで以上の痛みがある、けど治ると信じたい、そんなところでした。

それでも、足も手も動くことに感謝しながら「おかげ様で何とか・・」と答えるのが精一杯。

身体に色々なチューブが付いている感じでHCUに移動、暗黒の一晩を過ごすことになります。物凄い吐き気とともに移動。

 

【回復室にて】

 

ふくらはぎの部分にむくみ防止のようなマッサージャーが付けられて、それが膨らんだりしぼんだりしている。

とにかく暑い、喉が渇く、腰が痛い、腰の部分に血液が溜まっているような感覚で寝返りを打ちたくても打てない。

あまりに痛みMAXで腰が破裂しそうになると看護師さんを呼んで寝返りを打たせてもらう。の繰り返し。

喉が渇いても口をゆすぐだけ、飲めない。吐き気が断続的に続く。鼻から酸素のチューブ。

夫がHCUに入ってきた。一瞬だけ顔を見て、説明も出来ないほどの痛みを伝えるのも申し訳ないので、生存確認程度で帰ってもらった。

 

夫「しばらくは廊下にいるからな」

あ~夫に命を預けてしまったな。負担をかけてしまったな。そんな気持ちで頷くことしかできませんでした。

 

止血剤や痛み止めの点滴を入れるたび、めまいと吐き気が強くなり、常におえ~となるけど、胃の中が空っぽなので何も出ない。

それでも点滴分の水分で何か吐き出し、横向いて腰まで響いて動けずあおむけに何か吐くという地獄。このためにティッシュペーパーを用意するのが分かった。ティッシュの箱のところに『一日も早い回復をお祈りします』というメッセージカードが貼ってあった。こういう気遣いに癒されます。

手術が終わったのが13時過ぎで夫が帰ったのは夕方だったと思うけど、時計の針もぼやけてきて、深夜になっても眠れずに寝返りと口ゆすぎを繰り返す。検温が1時間に一度、そのたびに浅い眠りから引き戻されてしまう。

 

12月11日

夜が明けて、足のマッサージャーが終わり、少し楽になったが依然として腰の激痛が続く。

こんな状態でHCUに食事が運ばれてきたお弁当
当然食べられずに、お茶とみそ汁を一口飲んで、すぐに吐いてしまった。

ネットでは、この段階で食事を摂っているという人がちらほら見かけるが、私には無理でしたアセアセ

 

10:00 術後既に20時間経過しているのに、こんなに回復しないものなんだと焦りながらも、回復室からチェックアウトする時間と告げられる。

一晩中、担当してくれたHCUの看護師さんは入れ替わり3人でしたが、女優さんのように美人揃いで、女性から見ても容姿はさることながら、あの苦しみの崖っぷちで手を差し伸べてくれた天使のような働きに命を助けて貰いました。本当に感謝の気持ちで一杯です。

まもなくして、三浦大知似の男性看護師さんにひょいっと身体を持ち上げられベットと立てて座位にされた。

ガーンとした激痛。全然治ってないじゃんって焦りましたよ。

退室時に主治医の先生登場

「いや~かなりの手術でしたけど、輸血もすることなくよかったですよ。神経がうすっぺらなソーセージみたくなっていたので、今やってしまって良かったですよ。徐々に痛みは引いてきますから。じゃ、立ってみましょう!」

 

え~~、こんな状態で立つの?と思いきや、手を引いてくれるフレンドリーな先生。いったんは車椅子に座り、歩行器に移って数歩歩き、歩行器外しても不思議、歩けるんです。コルセットの付け方を教えてもらい、この日から移動の時は付けるようにとの指令。

足の親指の感覚が無いけれど、お尻や太ももの痛みは消えていて痺れも薄くなった。吐き気が残るのが気になるけれど、先生曰く「手術には色々な薬を使っているのでしばらくすれば収まるでしょう」とのこと。大きな二日酔い&めまいに悩まされるのでした。

 

【病室へ戻る】

 

車椅子で元いた4人部屋に移動。何だか家に帰ってきたみたいなほっとした気持ち。

尿管チューブのほか、背中に血液ドレーンチューブが入っていて、血液バッグを常に持って移動。そりゃ、喉が渇くわけです。

身体を軽く拭いて、尿管チューブを外してもらいました。自分でトイレに行ければOKなので、そこからリハビリの始まりです。

子宮摘出の手術の時、尿管チューブが痛くて歩くのも苦しかったので早めにとってさっぱりしたかったのでしたハサミ

検尿の結果も問題なし。リハビリの先生が来たけれど、めまいで起き上がれず今日はキャンセル。

お昼ご飯は手が付けられず、疲労困憊した身体は睡眠を求め、落ちるように夕方まで眠ったのでした。

 

18:00 夕食が運ばれてきた。食べられないけれど体力が付かないので吐き気止めを食事前に服用し、何とか3割ほどの食事を口に出来た。

食後に抗生剤の点滴、飲み薬はロキソニンとレバミピド錠、これを飲むことが当面の私の仕事。そして溜まったLINEの返信がもう一つの仕事。微妙に熱があり、頭痛と火照った感じが続くが食事の効果で元気が出る。食事ってすごい。

時差ぼけのような状態で眠りが浅いのか、薬物の影響なのか、頭が興奮して眠れなかった。