当社には世にも珍しい商品がよく持ち込まれる。メーカの人、あるいはその商品開発にかかわった人が中心となって「いかに優れた商品」かを力説される。なるほど聴けば素晴らしい商品であることがわかる。更に値段まで設定済み、もうあとは売るだけになっている状態である。大方は流通のことをまったく考えていないのでびっくりする。販売する人の手間に見合う利幅がほとんどなかったりする。そうすると直販しかないわけで、インターネットで売ろうとか、○○とタイアップしてとか・・・・と夢物語を聞かせてもらうことになる。しかしその予算すらない場合いはどうしようもない。営業コストも含め販売の考え方、あるいは売れる仕組みを作るコストをお話しすると目を丸くする。また予算もなく「売れたらお礼をします。」というような成功報酬の提案までされる・・。困ったものだ。インターネットでモノが売れる時代だからといってサイトを作っただけで売れるはずがない!!いかにその商品やサイトを世間に知らしめるか(露出するか)?は言うまでもなくコストがかかる。こんな話をすると、営業マンを雇ったほうが良いとまで言う。  最も代理店販売を主たる業務とし、すでに販売網を構築している企業などに持ち込み、条件があえば取り扱いはあるかもしれないが・・・。


いずれにせよ、良い商品だから売れるという思い込みはまだ健在?である。売れる商品が良い商品だと考えてみてもよいと思うが、そうはならない人も多い。更に何か良い知恵があったら教えて欲しいといわれ、本来なら有料になる部分まで教えて貰おうとする。つけ加えて言うなら、そういう人に限ってメールすら使えない!顎が外れそうになる。大方の場合いご紹介者がいるので丁寧にお話させていただくが、内心は@&%$#*;という感じになる。


カタカナ文字が多い分野の新しいマーケティングの方法は更に進化していくだろう。ITの専門家になる必要はないが、少なくとも少しぐらいは勉強しておいて損はない、環境変化に適応できなければ勝ち残ることは不可能なのだから・・・


とはいえ「商売」。

そこには語りつくせぬ経営者の思いが込められ、事業が発展することを切望している一人の人間が厳然と現れる。こんな人に出会うと、こちらも「コンサルタント」としてではなく個人として何か役に立てないか?と考え知らぬうちに気が入り込んでいく。


楽して儲ける事は悪いことだとは思わないが、もう少し原点を見つめるもの悪くはない。


イトーヨーカ堂グループの創始者、伊藤雅俊さんが語る商売道。ひらがなで考える商い (上)

下記は作者不詳であるが、著者の書斎に飾ってあるらしい。 (ここの農民は商人との対比として使われているのは言うまでもない・・・)


「商人の道」


農民は連帯感に生きる
商人は孤独を生き甲斐にしなければならぬ
総べては競争者である
農民は安定を求める
商人は不安定こそ利潤の源泉として
喜ばねばならぬ
農民は安全を欲する
商人は冒険を望まねばならぬ
絶えず危険な世界を求めそこに
飛込まぬ商人は利子生活者であり
隠居であるにすぎぬ
農民は土着を喜ぶ
大地に根を深くおろそうとする
商人は何処からでも養分を吸い上げ
られる浮草でなければならぬ
其の故郷は住む所すべてである
自分の墓所はこの全世界である
先祖伝来の土地などと云う商人は
一刻も早く算盤を捨て、鍬を取るべきである
石橋をたたいて歩いてはならぬ
人の作った道を用心して通るのは
女子供と老人の仕事である
我が歩む処そのものが道である
他人の道は自分の道でないと云う事が
商人の道である




B to Cであれ、B to Bであれ自社の製品やサービスを売らなければ決して経営は成り立たない。ところで人は何にお金を支払うのであろうか?結論から言えば「快の向上」「不快の除去」に対して支払いをする。どちらも欲である。快の向上は「楽しみ」「気分の高揚」「得な感じ」「安らぎ」「くつろぎ」・・・などの欲を刺激し、代価に見合えば支払いが起きる。見栄を張るとかプライドを高めるとか様々な要素も内包されている。他方不快の除去は「苦しみ」「痛み」「面倒」「恐怖」「あせり」・・・などから解放されたい欲といえる。感情表現は多々在れど分類的には「快」「不快」に分けておくことが重要であろう。では企画屋やコンサルタントは何を提供しているのか?「快の効率的・効果的増大」である。もちろんこの「快」には社長や経営陣のビジョン実現が含まれ、その状態を手にするための支援である。更にそこにお金を支払う理由は「任せたほうが確かだ」という想定である。「専門知識」「経営知識」「創造性」「効率」「経験」「実績」・・・などの広範囲に及ぶ経営上バランスよく持っていなければならない要素を「買う」ことになる。


ちなみに駆け出しのコンサルタントは実績がない。いかにしてコンサルタントになっていったのであろうか?最初は圧倒的な経営知識、あるいは最先端とも感じられる幅広い情報かもしれない。この要素は独学でもかなり蓄積できる。私が今でも学び続けねばならないのは世の中の変化が技術革新と共に急変するからである。販売促進ひとつとっても以前とは比べようが無いほど多種多様になってきている。グローバルな経済環境も読み込んだ上で複数の仮説を設定し、企画立案しなければ時代遅れの企画になってしまう。


しかしながら人の世である。製品やサービスがお客様に売れる瞬間に商品となる。(あえて製品・サービスと商品の使い分けをしてみた)

そこには前述の「快・不快」の心理が必ず存在している。この根本に焦点をあわせ、製品やサービスを提供することが最も大切な要素であろう。

米経営学者ピーター・ドラッカーが死去された。残念なことである。冥福を祈りたい。

私が20年前に読んだ本「イノベーションと企業家精神―実践と原理 」にすごく感動した、記憶が確かなら特に14章が当時は気に入った。この本に出会わなかったらコンサルタントの仕事をしていなかったかもしれない・・・。その意味では自分の人生に大いに影響を与えた人である。彼の著作はほぼ読んでいると思う。(残念ながら一度もお目にかかったことはないが・・)経営学者というより、私にとっては偉大なコンサルタントである。精緻な研究と調査に裏付けられた内容は実に素晴らしい。もちろん洞察力は私が言うのもおこがましいが、絶品である。論理展開も無駄なく、飛びもない。最近は売名行為としか思えないような著作も多い(どうも本を書いている人に日本人は弱いのかな?)そんな本と一緒に並べられているだけで悲しくなる。


私も誰かの仕事にあるいは人生に多大なる良い影響を与えるようなコンサルタントでありたい。


モノ化できる製品はコスト計算から売価を設定すれば比較的安易に売買が可能になるかもしれない。


人が動けばコストがかかる。きわめて当たり前の事であるが・・・では企画の場合はどうであろうか?コストがかかっているようには見えないので売価設定することが困難になる。企画をモノ化する事(企画書??やアイディアの紹介)でやっと初めて少しは売価設定の可能性が出てくる。考え・情報など無料で手に入ると思っている輩が多いのは困ったものである。更にその企画書を見た「その時に発見した内容の良さ」を読み手(聞き手・買い手)が以前から考えていたようなことを嘯いてくれる・・・始末に悪い。コンサルタントや企画者の価値がぶっ飛んでしまう!!よしんば受け入れられたとしても成果報酬になってしまいかねない。これではフルコミで営業やるほうがましである。


多くの人は経験価値をすでに持っているのだが有料化するには至らない。理由は経験が売れる経験ではなく価値がつかないからだ。


此処で絵を描くということを考えてみよう。どんな絵でも良いなら誰でも絵は描ける。しかし売れる絵となるとなかなか難しい。ある人が絵描きを志し職業にしたときからこの課題が発生する。絵を描くために道具を買い揃え、絵を売るための方法を考え、実際に絵を売る行為を起こし販売にいたる。一枚の絵が売れるまでにたくさんコストがかかっているということを評価すべきではないだろうか?有名な作家が描く絵が価値があるのはその作家の経験が全てその作品に埋め込まれているのであって、単に目の前にある一枚の価値ではない。だからその価値がわからぬ人には年末に商店街でもらえるカレンダーと同じ様になってしまうのだ。

違う観点でみてみよう。もしビルゲイツが絵を描いたとして(どこかの風景でもなんでもいい)その絵を買うという人は必ずいる。それも結構高い値段で買われるであろう。なぜか「ビルゲイツの絵」だからだ。絵の巧拙ではなく書き手の価値である。本職の絵描きからすると「やってらんね~よ!!」といいたくなるかもしれない。要するに「社会に価値提供したある未熟な絵描きが絵に価値を与えるのである。」


企画の価値をつける企画が必要な所以といえる。これが企画業を本職で行う場合にコストとして発生するのである。わかるかな?判らない人は企画書がカレンダーと同じようにみえるひとか?


企画屋だけが集まって会話をするのは楽しい。しかし販売しようとすると共通して話すことは「アイディアが盗まれる」である。面白い事業プランの宝庫であるにもかかわらずである。同時に企画屋だけで事業を起こそうとすると実務家が不足するのが悩みの種である。


大手企業や予算を余らしている企業に持ち込み、事業化できたならよしとしてごみ企画として処理するしかないか・・・。


この記事はチョット愚痴っぽいな・・・

価値がないから売れないだけだな・・・一蹴して終わりそうな記事になっている。


次回ネタとしてメモ残しておこう「建築設計?」


カタカナが多いといってる矢先に今度は英語?OH MY GOD!!って感じではあるが・・・

ノウハウは方法とかやり方とかいう使い方をする、とすればこれは明らかに技術であって会得できるはずである。しかし十分にできないケースが多々見受けられる。企画やコンサルティングの現場では大雑把な表現の中にちりばめられたノウハウとノウハウをつなぐノウハウ(リンケージノウハウ?←この言葉は私しか使わないのでいつの日かスタンダードになれば面白いのだが・・)が実に多いということを知っておく必要がある。この部分を見落とすと決して業務遂行は見込みどおりに完成しない。このあたりを細かく見極め精緻に設計することが実は重要である。


営業のやり方も技術であるが、その技術を構成している技術は実は話法と資料や商品の提示の仕方だったりする。更に話法にも細かい技術があってこれらが見事につなぎ合わされた時、企図した結果を手にするのである。実はきりがないほどたくさんのリンケージノウハウがう埋め込まれているのを見逃す人は多い。特に営業は感覚的な要素も多く複雑である。仮に生産技術分野であればロジックのつなぎがぶっ飛ぶだけで生産そのものができなくなるであろう。PC操作手順やIT系の技術は最たるものかもしれない。


経営にはたくさんのノウハウが必要であり見事に関連付けができている。このリンケージノウハウの作りこみこそ企画でありコンサルティングだと思う。アイディアを生み出すのも同様であると感じる。ひらめきとか発想とか表現すると、何か突然沸き起こるような気するが、実は「考察・観察の精緻さ」のレベルと言える。多角的に且つ多段階に考察しつくしたあと、更に精妙な域に入り込むと「それ」があるのが明確に認識できる。しかし周りから見ると「何でそんなこと考えられるのか???」感じるだけである。常に「そこにあるもの」を単に見つけるだけでよいのだが・・・・(このあたりを上手く伝えるノウハウがあればいいのだが!?あってもさすがに種明かしはしないか?この辺が飯の種になっている?)


最近にわかコンサルタントが多いのは気のせいか?自分を売り込む技術が下手な私はどうも割が悪い気がしてきた。誰かにノウハウを教えてもらいたい。