ブログ「KATARI」 に変えました。




サーバー移転のついでにチョットチャレンジです?是非遊びに来てください。といってもまだ記事が挨拶だけですけど・・このブログはこのまま放置しておくと邪魔なのかな?どかされたらそれでもいいか・・・今後ともよろしくお願いします。
このような記事 が・・・・

自動車というより飛行機では?
大昔から人は空を飛びたがっている。これは好奇心。今では自力ではないにしても空中を飛び回る乗り物がある。トリみたいに飛ぶわけではないので個人的な好奇心を満たしてはいないが・・・。こちらにあるほうが自動車っぽいけど。

この手の商品が実用化されるころには新たな交通?ルールなどいろんな意味で社会の体制が整う必要があるので、当分先だろう。ドラえもんのタケコプターみたいに飛べるような装置なら好奇心を満たす製品といえるかもしれないが・・・

しかし、色んな道具や装置を使えば使うほど、つまりテクノロジーの進歩を活用すればするほど、人間本来が持つ能力が退化?していくのかもしれない。

カーナビ使うとだんだん道を覚えなくなり、感が鈍る、文字を書かなくなると書けない漢字が増えてくる、歩かないと足腰が弱る・・・・

将来は人力を体験させる商品やサービスが逆に売れるのでは?火をおこすキット、自分の脚で作る地図製作キット・・・・子供のころの夏休みの宿題のようテーマかな?コンセプトはDIYということになる?掲題のMITの空飛ぶ自動車もこのように考えると同じか?


 
梅田 望夫著
ウェブ進化論 本当の大変化はこれから始まる

一気に読み終えた、内容としてはgoogleのビジネスモデルを好意的に評価されている。非常に興味深く読むことができた。といっても実感が伴うレベルは個人の経験によって大きく違うので書評はあえて控えよう・・・。ちなみに「あちら側」「こちら側」という表現は面白いと思う。個人的にはgmail(β)は意外によく利用する。もちろん全面的には未だ利用していない(gmailは招待状が来て初めて取得できるWEBメールである、必要な人は多少紹介できるのでこそっとこちらにメール 下さい、早い者勝ちで出します)これも「あちら側」の一つ、こんなものなら別にであるが・・・WEB進化論というタイトルから想定しても内容は非常に奥深い。是非多くの人に読んでもらいたいと思う。携帯電話が必需品 ?のようになっている今日、インターネットを通して提供される機能や、情報はもっと必需品既になるだろう。印刷機ができたのと同じ以上に大きな変化をもたらしている。それも異常な速さで。マスコミも色んな変革を迫られている様だ。マスコミについては存在価値を見直している人が内外を含め多い。広告・ニュース・イベント・・・・「誰かが何かを誰かに伝える」、あるいは「何かが誰かに伝わる」更にどのように伝えるか?発信者の意図が入る。今までは新聞・雑誌・テレビ・ラジオ・・といった「センタリング」されてから発信されている、もちろん影響力は絶大であったし、今でも大きい、ある弁護士と話した時「第四の権力」といっていた。しかしブログも含め情報発信が少しの知識と設備で誰でもできる環境が整ってきてきている。即ち、情報の流通経路が多様化したわけだ。あまりマスコミのことばかり書くと内容が変わってきてしまうので、話を戻すと、「「あちら側」で情報は意図なしに整理して整頓しておきますから「こちらが側」でどうぞ好きに使ってください、そのためのツール?も用意します」と読んでも面白いかもしれない。此処でいう情報は世界中の全て、それも歴史上の知恵みたいなものまで含まれる!!??(中国では少々事情が違うようだが ・・・←こちらもチョット面白い)

主体的に 情報を手に入れ、内容を吟味・考察し・加工して更に発信、あるいは吸収し、自分の糧とする・・・いずれにせよ、こちら側でいるのであれば、企画人としては変化を感じる程度には活用したくなる。

ちなみにアートとかスポーツの世界はライブ(目の前だけに存在する)に勝るものはない!他に表現することができないからアートなのだと思う。臨場感とか迫力とか香りとか空間の揺らぎとか五感で感じ取るその場の空気が必要になる。五感で感じ取ることで他の表現は不要になるどころか邪魔でさえある。

この記事 すごい!!年内には空中広告を計画中。こちらにも 空中に映し出す技術がある、いろんなことに応用できそうだ。コスト度外視で考えたなら広告で利用するより、道路標識とか信号とかもっと社会生活に密着した利用方法を考えたほうが良いような気もするが・・・そのうち空間で立ち上がっている入力装置(センサーがついている)みたいなものができて皆が手先とかを空間で動かしながら仕事するのかも?映画のシーンでしかなかったことが実現してくるのはすごいことだ。このような技術を利用したサービスや商品が一般化している時代はどんな社会なのだろう?

「何のためにこれらの技術を開発したか」より「どのように社会に役立てるのか」を十分に考察する必要がありそうだ。学生時代に爆発物(爆薬・火薬)に関する研究をしていたが、使い方を間違えば兵器になる、有効に使えば人の役に立つ・・・ノーベルは何を望んでいたのだろうか??


面白い企画であっても社会に役立たないなら価値はない。更に言うなら将来においても社会貢献し続ける仕組みを企画したい。短期的に儲かるとか、一部地域で上手くいく企画も大切だが、世界的に見て、あるいは歴史的にみて役に立つ仕組みを企画するのは有意義なことであろう。とはいえこれだけではやっぱり稼げない社会なのかな?話が横にそれていくので他のブログで・・・

アイデアやイマジネーションを現実の社会で仕組み化できて初めて価値がある。プレゼン資料を作るだけならお絵かき先生。新しい技術を活かせる企画が湧き出るように準備しておこう。ただし人が主体である限り、何がもっとも大切なのかを毎日考察しておかねばならないだろう。