告知の翌朝、妻が泣きながら病院にきたので、告知の後で妻に電話をしていたようでした。
妻は、前の病院で2年も経過を観察していたのに、突然がんを宣告されたことに怒っていました。
僕も不安で泣きたかったですが、妻が泣いている姿をみたら、不思議と涙が出ませんでした。
自分の為に泣いてくれる人がいるってことがとてもありがたく感じました。
担当の先生も今回の手術のことを詳しく説明してくれたので手術自体は不安はありませんでした。
むしろ手術のあと、自分がどれぐらい生きられるかを考えることが怖かった。
まだまだやりたかったこともあるし、子供も欲しい、自分の家も持ちたい...
なんで僕がこんな目に
とにかく生きたい
病院が変わって、いよいよ手術の日程も2か月後に決まりました。
手術の3日前に入院し、それまでに術前の検査を受けることになりました。
今回は人生で初めての入院&手術でしたが、前の病院で良性と診断されていたので、不安はあまりなかったです。
体調を崩しての入院ではなかったので、読み溜めていた文庫本を読んだり、テレビを見たり病院生活を満喫していたと思います。
しかし、手術の2日前の夜に先生から手術の説明があると突然の呼びだし。
「ご家族の方は?」
と先生から聞かれましたが、手術説明があることを知らなかったので、家族は誰もいませんでした。
しょうがないので、自分一人で手術の説明を聞きに担当の先生の部屋へ向かいました。
事前検査のデータを見ながら、先生からの宣告!!!
「たぶん悪性だと思います。」
何を言われたのか分からなかったが、
「これまでの経過観察では良性だったはずでは」と質問したような気がしますが、
「しかし、検査データを見る限りでは悪性の可能性が高い」
「甲状腺癌の5年生存率は・・・」
この部屋に来る前は、自分は間違いなく5年後も生きているだろうし、それが当たり前だったので考えていました。しかし、突然、生きている確立をパーセントで言われるなんて。
その日は、どのようにして部屋に帰ったのか、自分は何をしたのかまったく覚えていません。
手術の3日前に入院し、それまでに術前の検査を受けることになりました。
今回は人生で初めての入院&手術でしたが、前の病院で良性と診断されていたので、不安はあまりなかったです。
体調を崩しての入院ではなかったので、読み溜めていた文庫本を読んだり、テレビを見たり病院生活を満喫していたと思います。
しかし、手術の2日前の夜に先生から手術の説明があると突然の呼びだし。
「ご家族の方は?」
と先生から聞かれましたが、手術説明があることを知らなかったので、家族は誰もいませんでした。
しょうがないので、自分一人で手術の説明を聞きに担当の先生の部屋へ向かいました。
事前検査のデータを見ながら、先生からの宣告!!!
「たぶん悪性だと思います。」
何を言われたのか分からなかったが、
「これまでの経過観察では良性だったはずでは」と質問したような気がしますが、
「しかし、検査データを見る限りでは悪性の可能性が高い」
「甲状腺癌の5年生存率は・・・」
この部屋に来る前は、自分は間違いなく5年後も生きているだろうし、それが当たり前だったので考えていました。しかし、突然、生きている確立をパーセントで言われるなんて。
その日は、どのようにして部屋に帰ったのか、自分は何をしたのかまったく覚えていません。
経過観察が始まってから2年ぐらい経過した時、腫瘍の摘出手術を決断しました。
できれば手術は回避したかったですが、生活の中での喉の違和感と、これからも続く不安に耐え切れずに手術を受けることにしました。
担当の先生に手術を相談したところ、
一般的に、僕ぐらいの状態ではあまり手術はしないと前置きをした上で、
「本人の希望であれば手術をしましょう」
と承認してもらいました。
しかし、いざ手術の予約をしようとすると、
「病院のベットに空きがないから、早くて半年後ですね」
さすがに専門病院!!
と感心したが、すでに手術を決意してしまっていたので、半年も待てませんでした。
そこで、専門病院に診察に来ていた他の病院の先生を紹介してもらい、次回から違う病院に通うことにしました。
できれば手術は回避したかったですが、生活の中での喉の違和感と、これからも続く不安に耐え切れずに手術を受けることにしました。
担当の先生に手術を相談したところ、
一般的に、僕ぐらいの状態ではあまり手術はしないと前置きをした上で、
「本人の希望であれば手術をしましょう」
と承認してもらいました。
しかし、いざ手術の予約をしようとすると、
「病院のベットに空きがないから、早くて半年後ですね」
さすがに専門病院!!
と感心したが、すでに手術を決意してしまっていたので、半年も待てませんでした。
そこで、専門病院に診察に来ていた他の病院の先生を紹介してもらい、次回から違う病院に通うことにしました。
経過観察として半年ごとに血液検査とエコー検査、問診を実施してました。
問診が終わるまでに毎回2時間以上待たされてましたが、安心を得るためと苦痛を感じたことはなかったです。
診断結果は相変わらず濾胞腺腫のままでしたが、腫瘍が徐々に成長し続け、横になっている時に
息苦しさを感じるまでに...
それでも検査の結果は異常なし。不安を感じ担当の先生に質問しても話を聞いてもらえないことが続いたので
、病院に相談して担当の先生を変更してもらったこともありました。
問診が終わるまでに毎回2時間以上待たされてましたが、安心を得るためと苦痛を感じたことはなかったです。
診断結果は相変わらず濾胞腺腫のままでしたが、腫瘍が徐々に成長し続け、横になっている時に
息苦しさを感じるまでに...
それでも検査の結果は異常なし。不安を感じ担当の先生に質問しても話を聞いてもらえないことが続いたので
、病院に相談して担当の先生を変更してもらったこともありました。
総合病院で良性腫瘍と診断されてから1ヶ月間経過しても、心の不安が解消されない!!
毎日の不安に耐え切れず、インターネットで都内の甲状腺の専門病院を見つけ、紹介状を持たずに突然受診しました。
初回は問診だけでしたが、その後で血液検査、エコー検査、細胞針検査を行い、
結局、
「濾胞腺腫」
と診断されました。
チラージンと言う薬を処方され、しばらく経過を観察することになりました。
全国でも珍しい甲状腺の専門病院なので、院内は受診を待っている患者さんで溢れてました。
診察に2時間以上待たされたが、専門病院で診てもらったので、少し安心しました。
(紹介状を持参しなかったことはちょっと反省)
毎日の不安に耐え切れず、インターネットで都内の甲状腺の専門病院を見つけ、紹介状を持たずに突然受診しました。
初回は問診だけでしたが、その後で血液検査、エコー検査、細胞針検査を行い、
結局、
「濾胞腺腫」
と診断されました。
チラージンと言う薬を処方され、しばらく経過を観察することになりました。
全国でも珍しい甲状腺の専門病院なので、院内は受診を待っている患者さんで溢れてました。
診察に2時間以上待たされたが、専門病院で診てもらったので、少し安心しました。
(紹介状を持参しなかったことはちょっと反省)