月の満ち欠けや旧暦(太陰太陽暦)の載っている
現代カレンダーをみると、今月(5月)の22日は旧暦の
4月30日で、翌日は5月1日ではなく、閏4月1日に
なっているのが分かります。
「小」の月と「大」の月
太陰太陽暦は月の満ち欠けを基本としています。
「朔望:さくぼう」とも呼ばれ、月が太陽と同じ方向にある
場合を朔(新月)、太陽と反対方向にある場合を望(満月)と
いいます。新月と満月の中間を上弦の月、満月と新月の中間を
下弦の月といい、新月→上弦の月→満月→下弦の月→新月で
ひと月としています。
ところが、この月の満ち欠けの周期が約29.5日なのです。
0.5日という日は作れないことから、ひと月を29日とする
「小」の月と、30日とする「大」の月とを6回ずつ設け
調整しました。これが「小の月」「大の月」です。
そして、小の月と大の月の順番が年によって異なっていたため、
毎年何月が小の月で何月が大の月かなどを書いた「大小暦」が
作られ売られました。
「守貞謾稿:もりさだまんこう」の「生業」の項に「暦売り」
として説明されており「大小一紙八文」となっています。
江戸時代に浮世絵が流行してくると大小暦を浮世絵に
した「絵暦:えごよみ」が盛んに作られます。
有名な鈴木春信の「夕立」です。
洗濯ものの柄として大小暦が描かれています。
「大 二 三 五 六 八 十 メ イ ワ 二」
明和二年の大の月は2・3・5・6・8・10月である
ことを表しています。
メトン周期
月の満ち欠けと暦とは同期しましたが、旧暦の1年は、
29.5 × 12 = 354日です。
これは地球が太陽の周りを一周する太陽年の365日とは
11日も少ないのです。2年で22日、3年で33日と
約1か月も少なくなります。
立春と正月がぴたりと一緒の年をスタートとすると
1年後は暦の正月が季節より約11日早く来ます。
2年後は約22日早くなります。
3年後には約33日(1ヶ月以上)も早くなります。
そこで、約3年に一度閏月を挿入し、1年を13ヶ月に
することで調整しました。
これを数学者メトンが厳密に計算し19年に7回閏月を
設けると良いことを発見しました。(メトン周期)
すなわち、
1太陽年=365.2422日、
月の満ち欠けの周期=29.5306日で計算すると
● 新暦の19年は
365.2422 × 19 = 6939.6日
● 旧暦の19年と7ヶ月は
29.5306×(19×12+7)=6939.6日
と小数点第1位まで同じとなり調整できるのです。
古代中国でもこの調整を行っており「章」と呼びました。
閏月の挿入の仕方
閏月は19年に7回、すなわち、約2.7年に一回機械的に
入れれば良いのではなく、二十四節気と調整して挿入する
必要があります。
この説明は少々難しいのですが、
二十四節気と暦(月)との間は季節を表す「節(気)」と
月を決める「中(気)」とで関係づけられています。
「節」である「立春・立夏・立秋・立冬」は「春夏秋冬」の
季節の始めを表し、「中」である「春分・夏至・秋分・冬至」は
季節の中心の月「春は2月、夏は5月、秋は8月、冬は11月」
を決めます。そしてこの「中」の前後の月「1月・3月、
4月・6月、7月・9月、10月・12月」が決まります。
そこで頭の良い昔の人は月を決める「中」に注目したのです。
「中」は1年に12回あります。その間隔は均等ではない
のですが、約30.4日(365÷12)です。
月の満ち欠けの周期は29.5日です。
そうです、「中」の間隔の方が約1日長いのです。
この「中と中の間に」ひと月挿入しても既存の月の決め方に
迷惑?を掛けないで済む。
すなわち、「名前のない月(閏月)」を作り出すことができる
のです。
今年の閏月は5月20日(旧暦4月28日)の「小満」の後、
6月21日(旧暦5月1日)の「夏至」の前に挿入されて
います。
実際にはもっと複雑な挿入条件があるようですが概念が
分かれば良いのかなと思っています。
おわり











