■近代英語のことばを紡いだ物語。――

ェイクスピアなんか、くない! ――

 

(スティーブン・グリーンブラッド「シェイクスピアの成功物語」、河合祥一郎訳、白水社、2006年。――この本は読んで痛快で、おもしろい考えがいろいろと披露されています)。

 

ちょっと考えてみて欲しいなとおもいます。

携帯電話に、はじめてカメラを取り付けたのは、平成12年に出た「シャープのJーSH04」だったそうです。そんなに前だったのかと今さらのように想い出します。

でも、はじめは人気がなかったようですね。カメラの使い方が分からなかったからです。

そのころの女子高校生は、携帯電話とヘッドホンステレオと、必ず使い捨てカメラを持っていたそうです。

使い捨てカメラをどうするの? 高校生は旅行先で、満開のサクラを夢中で撮っています。そのわきで、そのすばらしい風景をメールで打っています。

もしも画像がメールで送れたらどんなにいいだろうとおもいます。箱根のロープウェイで見た女子高校生の姿が新聞に大きく載りました。それから、みんなは考えたのでしょう。携帯電話にカメラを取り付けたいと。

カメラ付があたりまえになるまで時間はかかりませんでした。画像はどんどん鮮明になっていきます。……でも、いまは新型コロナウイルスが蔓延し、いまは下火になったとはいえ、依然として世界中が戦っています。21世紀のペストと思えばいいかもしれません。

400年まえの、1600年ごろのロンドンもペストが蔓延する世の中、人、人、人であふれ、テムズ川に架かるロンドン橋の上にも出店がならび、とても不衛生ながら、男も女も先を争って橋をわたった。そしてねずみが大量発生し、ますますペストが蔓延。王室の侍医の男も、このペストの正体を見抜けず、悪戦苦闘のすえ、彼自身もペストにかかってコロッと死んでしまう始末。

クリストファー・マーロー、後輩作家のベン・ジョンソンといった、オクスフォードやケンブリッジの名門大学出の才能ゆたかな作家たちが闊歩する街に、ほとんど無名に近いW・シェイクスピアと名乗る田舎出の顔をしたヤサ男を見て、冷ややかに揶揄(やゆ)したりします。

しかし、無学な一介の俳優シェイクスピアは、間然(かんぜん)するところがないほど、いっぽうでは恐らく人生を楽しみながら、ペストをよそに、存分に悲劇の筆を走らせているというではないか、学問もないはずの男が、なぜあのような悲劇が書けるというのか? 

ひょっとしたら、フランシス・ベーコンがこっそり隠れて書いているんじゃあるまいな? 

みんなには、そう思われていました。

 

 

田中幸光

クリストファー・マーローの夭折、ベン・ジョンソンの暗殺、そしてペストという、プロテスタント社会の、じつに生きにくい世の中にあって、シェイクスピアひとりが、じぶんの人生を最後までまっとうし、かなりの資産を残してこの世を去るわけです。まるで、じぶんの死期まで周到に計算していたかのようです。

現に、彼の父ジョン・シェイクスピアは、旧教(ローマ・カソリック)を信仰していたために、迫害されています。

一説によると、シェイクスピアがヘンリー八世のあとを継いだメアリーやエリザベス処女王にさえも、地方の宗教改革にたいする憤懣の念を持っていたという話があるくらい、内心では恨みにおもっていたかも知れません。

多くは、宗教的な理由で、膨大な数の善男善女が処刑されていますから。

1570年以来、イギリスでは旧教の僧侶や一般人が異教徒のゆえに、あるいは、王に楯突く大逆罪の罪をもって処刑されています。彼らは絞首されるか、八つ割きにされるか、血まみれの屍体は手足をもがれ、それをぐらぐら煮えたぎった瀝青(チャン)の窯に入れられて、すっかり茹であがったあとは路上に投げ棄てられたというわけです。

「そんな、アホな!」

ところが、ほんとうなのです。

ヘンリー八世のころには、「ユートピア」の作者トマス・モアがギロチンにかけられて処刑されますが、死ぬ寸前のモアは、こんなことを書いています。

「羊はかつて実におとなしい獣(けだもの)だった。ところが、今や羊は一切合切を壊し、人間までも食い荒らしはじめた。牝羊の歩くあとは、砂までが黄金に輝く」という有名なことばを残しています。

 

 

 

 

 

 

その文章はウソですが、それくらい、当時まっとうに生きることは至難のことだったというわけです。――ところで、ちょっと横道に逸れますが、羊の話をします。

この「羊」の話というのは、羊毛をめぐって国民ひとりが2000頭以上所有することを禁ずる法律がイギリス議会を通ってしまったため、それ以来、家族じゅうの人間を総動員して、妻が2000頭、息子が2000頭、年端もいかない娘が2000頭、乳飲み子も2000頭、というぐあいに、人びとは高価な羊毛生産に争って乗り出したという歴史的な背景があります。それでも需要を満たすことはできず、羊毛価格が高騰し、市場は殺気だちます。羊は、人間さまの値打ちよりも、ぐんと高くなってしまったわけです。トマス・モアは、それをいっているのです。

シェイクスピアのどの作品も、――こんなに生きにくい世の中なら、せいぜい夢のなかで楽しみたい、そうして書かれた作品がヒットするわけですが、当時のイギリス社会のウサを晴らしてくれるものとして、シェイクスピア劇はたいへん歓迎されたわけです。

――しかし、シェイクスピアはいっています。

夢なんかじゃなく、この現実世界(人間舞台=プレイする役者の舞台、転じて、人間はみんなそれぞれに自分の役まわりを持った役者だとシェイクスピアはいっています)のなかで生き長らえたいと願ったのだと。

そして人生を大いに楽しみたいと願います。

――そこで彼は、これが夢ならば、しかし夢なんかに生きないで、夢から醒めて欲しいと願う根の正直な人物を登場させます。

「マクべス」だって例外じゃありません。マクべスも根は正直なんです。悪事をはたらいたけれど、とても悪人とはおもえない。――たとえば「マクべス」は、「ハムレット」ほど告白しないから、より悲劇的だというある専門家の話がありますが、そんなことはない。

シェイクスピアの悲劇には、ふたつあって、ハムレットほど観念的な主人公もいないけれど、観念で悲劇をつくろうとしたために、ダ・ヴィンチの「モナ・リザ」的なドラマになってしまい、ハムレットの存在感を希薄にしているのだという説があります。ぼくにもそうおもわれます。「モナ・リザ」的というのは、じつは、幾人かの女性の肖像を重ねて描いているフシがあり、その結果、地上のどこにもない、世にも稀有なイタリア・ルネサンスの美人画が一枚できあがった、というのです。これは根拠のない一説にすぎません。

空想や夢から醒めたいというのがシェイクスピアのやり方だったけれど、「ハムレット」にかぎっては、空想を独白させることによって、いっそう空虚な、ひとり言の世界をつくってしまった。

だから、なかなか実感が湧かないドラマになっている、そういえるのではないでしょうか。――そんな人間が世の中にほんとうにいるのかという、存在感の乏しい作品になってしまった、というのが悲劇性を弱めている大きな理由です。この考えをきちんと書いているのは、T・S・エリオットです。

――告白・独白ばかりさせて、悲劇性を空まわりさせてしまったと彼はいっています。それは、あの何ともふしぎな意味を奏でる、有名な「To be, or not to be,……」に代表される夢のなかのセリフみたいで、ただ空気をちょっと震わすだけの独白劇は、シェイクスピアの頭のなかで産出されたact-lessな悲劇とされています。ハムレットの行動から滲み出る悲劇じゃないのだと。

古来、シェイクスピアに関する論文は、あまたあり、ヤン・コットというシェイクスピア学者は、「『ハムレット』について書かれた研究論文の目録は、ワルシャワの電話帳の二倍の厚さになる」と、どこかに書いていました。

この人はポーランドの学者なのでしょうか。

諸家がよく指摘するところは、ハムレットの内省的劇中劇のフーガみたいなこの劇は、マクべスの実行力で見せるドラマの迫力の前で霞んでしまったというのが、ほぼ一致した見解のようです。

主人公ハムレットの語りは、ここにおいてそれはあまりにも「観念劇」だとする、この指摘にすべて要約することができそうです。そして、「ハムレット」ほど矛盾に満ちた失敗作は、シェイクスピアには珍しいというわけです。けれども、専門家はこれを失敗作とまではいっていません。

というのは、復讐劇としてのたたずまいを一応見せながら、シェイクスピアがしきりにやっているのは、「ことばの劇」をやっているからだというのです。

ぼくが魅力におもうところは、そっちのほうです。ストーリーはなんていうこともない復讐劇。それは「ことばの劇(word play)」だというのです。

もっとはっきりいえば、言語戦争。

――ことばとことばの戦争ですね、――それが、ちょっとことば遊びのドラマとしての狙いが表面に出すぎているだけだというわけです。

もう少し難しくいえば、デンマーク社会の既成の言語体系ラングに乗ったクローディアス一味のパロールと、ラングから乖離したハムレットのパロールとが切りむすぶドラマが「ハムレット」劇だというのです。

パロール(paroleそれぞれ個々のことばの行為=言語行為)と、ラング(langueおなじことばを使用する共同体・社会的な記号組織としての役割)の戦いであり、ことばの遊びの展開であるというわけです。

「分別」と「自然の情」、「義姉」と「王妃()」、「片目は打ちしおれ、片目は喜ばしく」、「葬式には陽気さ、婚礼には挽歌」、「喜びと悲しみを両の秤(はかり)にかけて」などなど、いわゆる矛盾語法をふんだんに用いてデンマーク社会のありのままをいいくるめようとする修辞的な文体表現です。

これにたいして、ハムレットのセリフは「地口バン」の文体になっていて、「音(シニフィアン)」と「意味(シニフィエ)」の意図的な融着を狙っているわけで、この融着の体系が、社会を支えているわけですが、これを断ち切って、両者のあいだに楔(くさび)を打ち込み、意味を無視して、音の類似だけでふたつの語を重ね合わせるという遊び(play)をやっているんです。

たとえば、ハムレット場合は「kin」と「kind」、「sun」と「son」を重ねることによって、クローディアスを支えている流通貨幣みたいなふだんの日常言語の約束ごとを、しきりに壊そうとしています。

もちろん、ここでは相手に真意を悟られないように。

「生きるものは皆死ぬのが、世の習い」という母ガートルードのことばにたいして、ハムレットは「common」と返事をし、まるで自分には通用しないかのような素振りを見せます。

さらに、ハムレットがポローニアスを刺し殺すシーンも、いってみれば、既成の「真実(処世の知恵みたいなもの)」にあぐらをかいたこの老人の文体を、未知の「真理」を模索するような若者の文体らしく応酬します。

これが既成のことばの意味を投げ出したところの「血祭りにあげられた」洒落、とでもいえるようなハムレットのセリフにつながります。

ハムレットの洒落(駄洒落じゃなく、ちゃんとした洒落)は、決してクローディアスやポローニアスには通じないように書かれています。ですから、こういう独自のおもしろさが成り立つわけです。

――それでは、ぼくが考えるじっさいの例をお目にかけましょう。

叔父のクローディアスが、ハムレットの母ガートルードと結婚するのを喜び、ハムレットに「わが甥にして、わが息子」と呼びかけます。

すると、その傍(わき)ゼリフで、「A little more than kin, and less than kind kin」といい、「kin身内」と「kind親切な・自然な」を引っ掛けて「身内以上の仲ながら、自然に悖(もと)った残酷なあいだ柄」と答えます。

しかし、相手にはそのような意味にはぜったいに聞こえないようにいっています。

「なぜそういつまでもお父さんが死んだからって、雲がかかったような顔をしているんだい?」と母親にいわれて、ハムレットは、はじめて観客にはっきり聞こえる声で、「いえいえ、どういたしまして。雲なんかかかっておりません」と答えます。

ここを原文でいうと、

「too much in the sun」、つまり、「陽にあたりすぎてるくらいですよ」という意味のことをいいます。

はっきりとそう聞こえるように。

しかし、このセリフがものすごく難解で、シェイクスピア学者によって諸説紛々なのです。「サン」というのは「太陽(sun)」と「息子(son)」にかけているわけです。ここまでは簡単にわかりますが、それではなぜ難解かといいますと、つぎのようにも訳せるからです。

「陽にあたっている」は、「国王の栄光をまぶしいほど浴びておりまする」という嫌味にも聞こえれば、「太陽(sun)」を「野ざらし」などの意味に取って、「正統な王位継承権を奪い取られて、廃嫡され、ただいま放浪しておりまする」というような、当てこすりにも聞こえるからです。

さらには、太陽にあたると気が狂うという俗信・迷信を踏まえていうと、「サン」を「息子」とすると、「おれをあんまり息子呼ばわりしないでくれ、息子呼ばわりされるのはうんざりなんだ」という意味にもなりそうです。――ですから、この劇は「ことばの劇」といわれるゆえんなのです。

この種のことば遊びは、「ハムレット」にはいたるところにあります。

現在の岩波文庫版で読みますと、野島秀勝訳になっていますから、とってもくわしい注釈が付されています。そこまでは書かれていませんが、むかしの文庫版よりかなり楽しくなりました。シェイクスピアでなくても、ナンセンス言語に挑戦する作家たちがぞくぞく出てきました。

ルイスの冒険物語「不思議の国のアリス」などは、シェイクスピア以上に「意味」を離れた言語遊びをしきりにやっています。

それはもともと子供のために作られた絵本だったからです。子供は「生まれながらのディザイナー」であり、「遊びの天才」ですから。――というのも、マッチ棒一本が汽車になったり帆船になったりして、床の上を線路や海原に見立てるのがとてもじょうずです。想像力は大人よりもずっとずっと大きいのです。

なぜ、大人はそんなマネをしないのでしょうか?