■今風の新シェイクスピア学。――

た目」依存時代をき抜く

シェイクスピア

 

オスカー・フィンガル・オフラハティ・ウィルス・ワイルド(Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde、1854年-1900年)は、アイルランド出身の詩人、作家、劇作家である。ひと口にいえば、彼は《「物事をありのままに見るな」という教えをわれわれに残した地球史上最大の偉人にして、19世紀末から20世紀初頭にかけて活動しつづけた不老の怪人》、そうもいえるかもしれない。

西村孝次(1907年-2004年)訳オスカー・ワイルドの「ドレアン・グレイの画像」(岩波文庫)は、ぼくの学生時代のテキストだった。

大学では西村教授の謦咳に接し、形容しがたい一種魔的なほどのワイルドの魅力に囚われたことがある。

友人の長尾克彦氏とかんかんがくがくの論戦をたたかわし、けっきょくそれは何なのか、分からずじまいにおわった。その経緯はともかく、おぞましいほどの自我と肥大化した美意識転倒の本だったことがおもい出される。

むかし、学生時代に、400年前のシェイクスピアのドラマに触れたとき、ダンディズムという語よりも、ジェントルマンシップという語が大きな存在に見えた。わかりやすくいえば、「紳士道というわけか。イギリスのジェントルマンシップとは、いったい何だろう、というわけである。

シェイクスピアのドラマをいくら読んでも、ジェントルマンシップについては微塵も描かれていない。中野香織さんの「ダンディズムの系譜――男が憧れた男たち」(新潮新書、2009年)を読むと、誰が紳士で、誰が紳士でないか、はっきりと書かれている。こうも明解に書かれると、イギリス生まれの紳士道というやつを身にまといたいとおもうようになった。

あるいは、アナイス・ニンの29歳のときの「日記」にしたためた「ミサで聖体を拝受したとき、部屋のような形をしたこの父の心に入ってきてわたしを訪ねてくるのは、キリストではなく、わたしの父なのだと想像した」と書かれる聖なる法悦感について、ひとり思いをめぐらせた。かれんな神聖冒涜を連想するかもしれない。けっきょく外からやってくる美の感覚、その美の抑圧が、社会の階層化に拍車をかけたといえるかもしれないのだ。

2000年を迎えて、アンチエイジングということばが氾濫した。からだのなかから美しさを取り戻そうといいつつも、そのほとんどが「外見ファシズム」のことかと見紛うほどの、「見た目」重視、「見た目」依存症の氾濫ぶりである。

「アンチエイジング(antiaging)」とは、いったい何だろう? 

そもそもagingとは、年月がたてば「価値が高まる」というビンテージ・ワインみたいなものである。それを飲んで賞味できれば「グランクリュ」ものになるかもしれない。

それなのに、それに「アンチ」をくっつけるというのは、ぼくは理解できない。

「アンチエイジング化粧」というものもあるらしい。60歳の女性が、30歳の女性の化粧をしたら、いったいどうなるだろうかとおもう。

むかしボーヴォワールの「第二の性」という本のなかで、序文の冒頭に、「今日の女は、女性的なるものという神話をくつがえしつつある。その独立性をいよいよ具体的に確立しはじめている」と書いている。

それは女性にかぎらないだろうとおもう。

男性も「人は男に生まれない。男になるのだ」といえるかもしれないのだ。

「人はサムライに生まれない。サムライになるのだ!」ともいえる。

そうして近藤勇はサムライになった。

「女性なるものの神話」は、男性がつくったものだろう。そうはいっても、ぼくは「女性」に畏怖をおぼえ、その謎の力に「神話」では押し測ることのできない興味をおぼえる。そればかりか、文学に登場する女たちは、どうして男の理解を超えているのだろうとおもってしまう。

以前読んだ、「《見た目》依存の時代」(石井政之・石田かおり、原書房、2005年)という本を引っ張り出してきて、また読んだ。その377ページに、《「化粧」とは、その語源や語の成り立ちからすると、「自分を取り巻くありとあらゆるものとの双方向の対話」という意味がある》と書かれている。

シャーマニズム社会では、人は化粧によって神と交信していたと書かれ、マクロコスモスである大宇宙の秩序をミクロコスモスである人体に映すのが化粧で表現するところの美であるという考えに、ぼくは少なからずおどろいている。

だが、この本はおもしろく読んだ。この本で、ぼくはアルフォンソ・リンギス(Alphonso Lingis、1933年-)という人の書いた「異邦の身体」という本のあることを知った。本ではミシェル・フーコーについて触れ、わたしたち個々の人びとのからだは、からだ自体を客体化させ、からだを隷属化させているとのべている。

「ナイトクラブの芸人、エアホステス、ブティックの店員、売春婦。この経済のなかで彼女たちはみずからの労働に対してではなく、彼女たちの官能性に対して価値を与えられた肉体としての、形象である」と書かれている。

その考えがとてもおもしろい。

三島由紀夫、トゥルニエ、メルロ=ポンティ、カント、フロイトといった同時代の作家や思想家たちの考えを通して、多様な方法によって論じられてきた身体論は、遠くシェイクスピアの時代をおもい出させる。

ぼくは友人のU・ロッキーから直接聞いた話だけれど、ドイツでは、踊り子は観客がたとえひとりでも、契約どおり、ワン・ステージいくらで、彼女の時間がくるまで踊らなければならないという話をおもい出した。

U・ロッキーは幸いなことに、そのステージを最後まで見るハメになり、彼女から感謝と祝福のキスを受けたという話まで聞いた。これはフーコーの得意とする西洋社会の権力構造の発見のひとつかもしれない。

 この14行詩を軽蔑するなかれ 批評家よ

 きみはその正当な栄誉に気づかず 渋い顔を

 しとおしてきたが

 まさにこの鍵で シェイクスピアはおのれの心の

 錠前を開けたのだ。

 (ワーズワス「14行詩雑録」第2部-1

 

 いまはむかし 黒が美しいと考えられたことはなかった、

 よし考えられたとしても 美女の名をいただくことはなかった。

 しかしいま 黒こそ美女を継ぐ嫡子となり、

 美女の血統は 私生児の汚名でけがされている。

 In the old age black was not counted fair,

 Or if it were it bore not beauty's name:

 But now is black Beauty's successive heir,

 And Beauty slander'd with a bastard shame,

 

シェイクスピアのこの127番の詩(ソネット)は、ぼくのいちばん好きな詩である。154編中、屈指のソネットであるとおもっている。

この詩のなかにfairという語が出てくる。

この単語はとても意味深長で、日本人にはとてもむずかしい語感をもつ。ふつうは「美しい」という意味に訳されている。その美しさの中身は、「肌の色が白くて、ヘアはブルネットでもなければグレイでもなく、あくまで金髪で、目は黒ではなくて美しい碧眼」という意味をもつ。

純血の日本人は肌はともかく、金髪・碧眼はありえない。

そうでなくても、ギリシア・ローマの古代から、美女といえばfairと相場が決まっていた。日本語でいえば、和名の「鳶色」に近いか。

そういうなかで、シェイクスピアひとりが、白(フェア)の美的精神史に異議を唱えた。

これはどういうことなのだろうとおもう。「しかしいまは、黒こそ美女の正統を継ぐ嫡子」と歌いだしたのである。

とはいっても、シェイクスピアは人種差別の話をいっているのではない。白も黒もなく、公明正大(フェア)にしてみんな美しいといっているように見える。ほんらいの美女の血統が「私生児」の汚名でけがされているといっている。

せっかくの白の美が、化粧の流行で、にせものの仮面によって、白も黒も醜い素面に変わってしまった、そんなふうにも読める。天然自然の白の美も、いまでは黒に変わり、それはカラスのように真っ黒な色で、白の死を悼む喪服なのだと歌うのである。そのかわり、にせものでない天然の黒は、いまでは正統を引き継いでいると歌っている。

シェイクスピアのいう「黒の女(ダークレディ)」とはいったい何者?

それから400年もたつというのに、シェイクスピアのいう謎の「ダークレディ」については、何もわかっていない。女も生きにくい時代に、したたかに生き抜く女、その女の性(さが)については、いいたい放題にいっている。性(さが)こそ、natureなのだから。

ただ彼は、みずから地球座の壁に「この世は万事芝居の舞台(Totus mundus histrionem)」とつづり、人はだれでも自分の出番がくると、舞台のうえで、おのれ自身の役まわりを精一杯に演じ切るのだといっている。つまり、舞台とはこの世のことである。男なら男らしく、女なら女らしく、商人なら商人らしく、……そして自分らしく。

それは「見かけ(seen)」に通じる。

「ハムレット」劇は、「見かけ」と「真実」の人間的なはざまで揺れ動く主人公の懊悩するドラマである。

 

第3代サウサンプトン伯ヘンリー・リズリー・ニコラス・ヒリアード

 

またソネットでは、「色の白い(フェア)が、知識も豊富(フェア)」(82番)とか、「その手は百合よりも白く、頬を染める色は薔薇よりも繊細だ」(98番)とか、「手と、足と、唇と、目と、まゆ」(106番)を描写し、ある青年の美貌を予言している。「青年こそは、詩人の太陽、薔薇、たいせつな心臓、……最も愛しいものの最高のもの」(48番)と賛美し、「わが恋は、この詩のなかに、永遠の若き生を生きる」(19番)といい、当時若干20歳の、第3代サウサンプトン伯ヘンリー・リズリー・ニコラス・ヒリアード(Henry Wriothesley, 3rd Earl of Southampton)に恋焦がれるのである。

同性愛のいいたい放題を歌にしている。

ぼくは、この「見かけ」ということに着目した。――そのように見える、ということ。だいたい詩人は、たとえ真実がどうであろうと、「愛しい女が誓うなら、ウソと知りつつも信じよう」「――それゆえ、ぼくとあの女はウソをつき合い、ベッドでは、不実であってもウソで互いに慰め合う」(138番)と歌っている。ここではウソのlieと、寝るのlieを引っ掛けている。

エリザベス朝の人びとは、同性愛の欲望が存在することを認めていた。じっさい、ある意味で異性愛よりも同性愛のほうが正当化しやすかったという説がある。ある禁則をまもれば、男が男を愛することはざらにあったらしい。事実、「女性の顔と女性のやさしい心を支配する男にして女――」というのは、ほかならぬサウサンプトン伯、その人を指すらしい。

そういう意味では、「《見た目》依存の時代」という本は、とても刺激的な本だ。メトロセクシャルの話だけでなく、われわれの世代にも通じるレトロセクシャルの話もなかなかの説得力があっておもしろかった。かつ、化粧をすれば、個性が隠れるという説は、シェイクスピアもいっているとおりだとおもった。