小説ルクレストのある

 

        ヨーコ

 

ぼくはそのとき、「見知らぬ場所」というジュンパ・ラヒリの本を読んでいた。

冬の季節、街ゆく人びとはみんな傘をさしている。小雨が降りはじめた。

見知らぬ人たちだ。だが、この街に移ってきて、過去の場所がだんだん遠のいていくのがわかった。

ぼくは場所に固執しているわけではないのだが、この場所は、ことのほか、気に入っている。この街に、もう20年も住んでいる。それなのに、妻とどこかに出かけると、出かけた先の街の雰囲気になぜか惹かれる。

先日、川口に行ったときのことだった。

川口駅を出てから陸橋を歩いて、街の風景がよく見える小高い場所で、ヨーコと待ち合わせをした。午後2時になったら、友人の子があらわれる。それを心待ちにして、ぼくはなんとなく陸橋の上にある木のベンチに腰かけた。

彼女は、コピーライターをしている友人の娘さんだ。

それまで、まだ時間がたっぷりあり、ヨーコとどこがで食事をすることになっている。

ヨーコは、映画を見るという。

ぼくはその娘さんと会い、それがおわると午後4時ごろ、陸橋のベンチのあるところでヨーコと待ち合わせをして草加に帰る予定だった。

数年まえ、そこから見えるタワーマンションの最上階の部屋から、下をながめたことがある。

「ここなら、鳥もやってこないな」といったら、

「そうかしら?」とヨーコはいった。

「お父さん、あれ、カラスじゃない?」とヨーコがいった。夕日の影に小さくて黒いものが一羽飛んでいた。

「カラスよね。このマンションより、高く飛んでるわね」とヨーコはつけ足した。ああいう鳥は自由だな、とおもった。ピカソの描いた「籠の鳥」をおもい出した。

「外には出られないのよね?」というと、マンションの係りの人が、

「出られますよ。出てみますか?」ときいた。

 

         

          コピーライター

 

 

「わたしはいいわ、怖いから、……」といって、ヨーコは30階の窓辺で、足がすくんだみたいになって動こうとしなかった。

もう、午後1時になろうとしていた。食事を終えてふたたびベンチに腰かけた。

この日ヨーコは、乗り込む電車をめずらしく間違えた。越谷の浄光寺での出来事があってからというもの、ヨーコはえらく動揺し、いろいろミスを犯した。

浄光寺の墓にはヨーコの両親が眠っている。ヨーコがもしも亡くなると、彼女の両親の供養をする人間は自分ひとりになる。

「かわいそうなので、お寺の人に永代供養を頼んでいるんだけど、その代金の支払いが、2年ほど滞っているっていうのよ。……わたしが、親のこと、忘れていたなんて、どうかしてたのよ!」

「そうなのか?」

「両親に、申し訳なくて、……」といって、ヨーコは涙ぐんだ。

 

川口は、想像していたよりもずっと繁栄しているように見えた。

超高層ビル、超高層マンションが林立し、街並みの風景がずっとモダーンに見えた。街なかは、草加よりもずっと整備され、きれいに見えた。

駅前から、商店街へと放射状に伸びた繁華街は、パリの街をおもわせた。パリの街は、凱旋門を中心に、すべて放射状に道が伸びている。

東京へは22分、池袋へは11分、新宿へは16分の距離である。「ソルクレスト川口ザ・タワー」は、30階建てのタワー・マンションである。30階にはビューラウンジがあった。そこから荒川をへだてて、東京・北区が目と鼻の先に見え、新宿や池袋や六本木の建物のシルエットまで、はっきりと見えた。

「ソルクレスト(solcrest)」と聞いて、ぼくは、これはおもしろいなとおもった。

「ソル」は太陽、「クレスト」はニワトリのトサカ。――転じて、ポルトガル語で「太陽のかんむり」という意味になるらしい。

「太陽のかんむり」か、おもしろいネーミングだとおもった。英語のCrestは「紋章学」といっているが、紋章にはやっぱりトサカが描かれていて兜飾りになっている。

【兜飾り】とは、端午の節句で飾られる兜・鎧のこと。我が子を戦いに行かせるようだという考えもあるが、そもそも武士にとって兜や鎧は身を守るための道具。 これらを飾ることは、病気や事故などから男児を守り、困難に勝ち、丈夫に成長してほしいという親の願いが込められている。

 

駅前で手に入れたチラシをたよりに、ぼくらはそのマンションに行ってみた。歩いて7分のところにあった。生鮮食品の店をちょっとのぞき、目のまえに建つマンションを仰ぎ見て、「高いなあ……」と、おもわずつぶやいた。30階の3LDKの部屋を見せてもらった。価格は6880万円。値段も高いなあとおもった。

「タワーマンションを買っても、1階なんかに住みたくないわね」と、ヨーコはいった。

「だって、そうでしょ? 《あなた、タワーマンションにいるの? 何階?》ときかれたとき、1階だったりしたら、こまるわ」といっている。

風景といい、室内のつくりといい、何もかも問題なくよかった。フローリングの床は、すべすべしていて気持ちよかった。床暖房にするため、フローリングはすべて、ほんものの板材を使っている。板のクッションが心地いいのだ。

しかし、8畳の部屋がない。これじゃ、ツインベッドが入らないじゃないか、とおもってしまう。

下の広い事務室で、コーヒーを2杯も飲んで、係りの人といろいろおしゃべりをした。彼の出身は偶然にも、おなじ札幌だった。おなじ北海道出身ということで、親しみを感じた。ヨーコもきっと、おなじだろう。ヨーコはいつになく、饒舌に振舞った。このときは、浄光寺での出来事をもう忘れたみたいだった。

 ♪

ぼくはコピーライターの彼女と会って、それから近くの喫茶店でコーヒーを飲んだ。

可愛いフレアスカートを履いて、胸に大きな蝶の翅みたいな襟をあしらい、 明るいブラウスを着て、「こんにちは」といってお辞儀をした。

ひさしぶりだった。彼女は川口にひとりで住んでいるという。仕事は父親とおなじフリーランスのコピーライターをしている。おもに雑誌の取材記事を書いているという。

たいていのコピーライターは、そんな服なんか着ない。履きこんだジーンズに、すり減ったスニーカーを履き、黒ぶちメガネなんかかけて、たばこを吹かす。

だが彼女は違った。

用件は、ぼくの小説の校閲の依頼だった。誤字や脱字、不正確な文意、そういうことを指摘してほしかった。彼女は国立大学の英文科を出て、大学院で英文学の修士号をとっている。

まだ256歳に見える。ひょっとするともう30歳をこえているかも知れない。女の子の年齢ほどわからないものはない。

用件をすませると、ぼくらは近くのワインの店に入った。

リカーショップに入るのはめずらしい。ぼくはワイン以外に飲めなくなってから、めったなことではこういう店には入らない。

彼女はワインが好き、といっていた。500円くらいで、けっこうおいしいワインが飲めるというので入ってみた。なるほど、500円、600円のワインがけっこう置いてある。

彼女は取材でヨーロッパに出かけたとき、パリのリカーショップでスペシャルプライスの札をつけたワインがいっぱいあったそうだ。高いものでも、2本で30ユーロ。それでも安いとおもえる品だが、これを持って日本の持ち帰るとなると、重すぎて考え込んでしまったといっている。

で、さいきんできた川口のこの店で、おなじものが並んでいたというので、いつも、なんとなく店にきてしまうといっていた。

そしてぼくは、店の奥に行き、外国人夫婦が、しきりにのぞきこんでいる棚の日本酒をながめた。彼らが注目していたのは「上善如水」という酒だった。上善は水のごとし……。これは老子のことばだ。水のあり方に学べというものらしい。四角い器に入れると四角いかたちになり、丸い器に入れると丸いかたちになる。器に楯突かず、どんな器にも素直にしたがう。

「上善は水のごとしか、……」とつぶやいてみた。

「お好きですか、このお酒?」と彼女はきいた。

「冷で呑むのがいちばんでしょうね」というと、外国人のだんなが、

「おいしいですか?」ときいてきた。

「そりゃあおいしいですよ。口当たりがあまりにいいので、飲み過ぎてしまいますよ」といったら、「ワンダフル、……」とかなんとかいって、彼は1本買った。レジに持って行こうとして、何かに蹴つまずいて、床に落としてしまうところだった。落ちそうになったが、彼は柔道の受け身になって、1800ミリリットルの壜を胸にかかえて守った。被っていた帽子が転がったくらいで、180センチを超える長身の男だが、まるでスタントマンの演技だ、とおもった。

きいてみると、ブルガリアの柔道家で、むかしオリンピック選手だったというじゃないか。奥さんも柔道家だという。

店に若いふたりの女の子がやってきた。そして、

「あった! あったわよ」といっている。銘柄はわからないが、彼女が見つけたのはワインだ。

「めしあがれ」といって、店の主がべつのワインをグラスについで持ってきた。ひとりは、「うーん」といって、踊りだした。

「これ、すてきね! おいくら? 1000円以内なら、つつんで」といっている。

「……じゃあ、1000円にしておきます」と、男はいった。つられてぼくも飲んだ。ブルガリアの柔道家夫妻も飲んだ。

 ♪

ぼくは、その店を出て、それから彼女と駅で別れると、例の陸橋のベンチでヨーコを待った。ヨーコがくるまで、テリー・イーグルトンの「詩をどう読むか」(川本皓嗣訳、岩波書店、2011)という本をひろげ、「言葉の現象学」というページを読んだ。

「野うさぎは震えながら、凍った草のなかをよろめき歩いた(The hare limped trembling through the frozen grass)」と書かれていて、「これ以外のいい方はない」といっているのに注目した。

それからたっぷり本を読んだ。時間は約束の時間をとうに過ぎ、5時ちかくになっていた。

ぼくは、ちょっと心配になってきた。ヨーコの携帯電話は切られている。映画はもう終わっているはずだった。ヨーコがやってきたのは6時ごろだった。

「ちょっと、遅かったかしら?」なんていって、にこにこしている。

「お父さん、どこかで泊まっていく? きょうは、帰りたくない」とかいっている。

どうしたんだ? ときくと、「お父さんのこと、もっと大事にしなくちゃ、とおもって」といっている。

そんなにいい映画だったのか、とおもった。

「それに、川口、好きになったわ」とヨーコはいった。