【序文】 書き始めるととまらないということがある。しかし、北海道の想い出の生地の人びとを描くときは、気ままにどんどん書く、というわけにはいかなくなる。いくぶん緊張しながら書くことになる。

ぼくの子供時代は、ガラガラやおもちゃがなかったかわりに、肉親や友だちがたくさんいた。男の子かひとり、女の子が10人以上いた。村の鍛冶屋(かじや)のおじさんは、馬の乗り方や、スキーの乗り方を教えてくれた。そういう、いまは会えないむかしの仲間たちのことを想い出して、この文章を書いた。

 

小説 オカミにりたい 

 

ぼくは小学6年生のころ、カズおばさんの療養所へよく見舞いに通った。ちょっと遠い町の山間(やまあい)に建っている小さな温泉療養所だった。

ついでに、とちゅうの道で、ロシア犬のいる家に寄って、遅くまで遊んでいたことを思い出す。ぼくがいつも「サクジロウおじさん」と呼んでいる老人の家である。

サクジロウおじさんとは、道で会ったのが縁だった。カズおばさんは、心臓が悪いうえにリウマチに悩まされ、病院と療養所をいったりきたりしていた。

一年じゅうカズおばさんは、じぶんの家に戻らなかった。

カズおばさんは40歳ぐらいのころだった。

ぼくの母は、ときどき療養所へやってきたけれど、農作業が忙しくなると、ずっといかない日がつづいた。そのかわり、ぼくがリュックサックを背負って療養所にいった。

その日は朝から晴れわたり、バスを降りてからひとりリュックサックを背負って、街道から離れた道をのぼっていった。とちゅう、松の枝が伸びて暗いトンネルみたいになった道をぬけると、丘のうえに出て、なだらかな道になる。

道の左手に大きな木の切り株があり、そのむかいに、サクジロウおじさんの家があった。家の下は崖(がけ)になっていて、ずっと下に川が流れていた。川岸まで降りていく道がついていた。

大きな石をおいただけの階段もあった。樫(かし)板のうえに、研石(といし)があり、そこでカンナの刃や鑿(のみ)の刃などを研いでいた。つり竿(ざお)もおいてあった。

サクジロウおじさんの家は、道に面したところが2階部分になっている。

玄関を入って木の階段を降りていくと、作業場があった。作業場にはカンナくずや、板に塗りつける砥粉(とのこ)缶やペンキ缶などがあり、大きな板がたくさんあった。

そこでサクジロウおじさんは、人から頼まれた大工仕事をやっていた。

たいがいはテーブルや椅子や、額縁などをつくる。ときどきパーゴラとかブランコなどもつくっていたようだった。

サクジロウおじさんのほんとうの仕事は、キコリだ。

一日じゅう山に入って、木をまびき伐採(ばっさい)するのだ。のこぎりからチェーンソーに切り替わって、山の仕事は楽になったといっていたけれど、チェーンソーのおかげで、しばらくしてサクジロウおじさんは病気になった。

「この手さえなおればなあ、……」といって、ぼくに、青みかがって白く白濁(はくだく)した手や指の先を見せてくれた。手の指がしびれて感じなくなり、震えがきて、からだもこころも、すっかり痛めつけられていたようだった。

白蝋病(はくろうびょう)という恐ろしい病気にかかってしまったのである。

それからというもの、サクジロウおじさんは、山の仕事ができなくなり、気分が悪くて、毎日が不眠症との闘いで、すっかり元気をなくしてしまっていた。で、いつも切り株のうえに腰かけて、人が通るのをただじっとながめているのである。

そばに、老犬のホッシーがいた。

サクジロウおじさんが山に入るときは、いつもホッシーを連れていった。サクジロウおじさんのただひとりの相棒だった。サクジロウおじさんが切り株に座ってこっちを見ていた。

近くにくると、

「おお、きょうも元気だな、おばさん元気かな?」ときいた。

「元気だと思うけど、……」と、ぼくはいった。

サクジロウおじさんは、酒を飲んだみたいに赤い顔をしていた。

さいきんは、不精ひげが伸び放題に伸びている。目が赤く充血して、からだの構造のどこかがえらく疲労しているみたいで、苦しそうだった。

だが、きょうはホッシーの姿がなかった。

ホッシーは、北海道では珍しい大型犬だ。ロシア人からもらった足の速いボルゾイだった。ロシアでは、オオカミ狩りにはこのボルゾイ犬を使ったくらい足が速いことで知られているらしい。

そのころのぼくは、そんなことはまるでしらなかった。サクジロウおじさんの話をきくまでは。――

「帰りに寄ってくれ、……」と、サクジロウおじさんはいった。

ホッシーの体毛は絹糸みたいに細くて長く、銀色にところどころ褐色の毛が生えた斑(ぶち)だけれど、その衣裳にはなんとなく気品と風格があった。顎(あご)の下から胸にかけて長い毛が伸びていた。犬のなかでもさしずめ貴族みたいな顔をしていた。サハリンで生まれた犬だから、北海道のどんな寒さにもへこたれない。

それがサクジロウおじさんの自慢だった。

「帰りに、声をかけろよ!」と、サクジロウおじさんはいった。

まっすぐな道の先に、のぼり坂が見える。

あれをのぼったわきの道を左に降りれば療養所だ。ぼくの背負っているリュックサックのなかには、温泉水が入っている。リウマチに効くという飲む温泉水だ。これを持っていくのが、ぼくのとうめんの仕事だった。だから、日曜日になると、雨の日も風の日も、たとえ吹雪の日にも出かけていく。

小高いところをのぼり切ると、眺望がいちだんとひろがった。

療養所の裏で何かを燃やしているのだろう、煙が立ちのぼっているのが見える。

赤いトタンぶきの屋根が、太陽の日ざしをまともに受けて、焦げついているみたいに光っている。

玄関を入ると、ひやっとするような空気に触れた。

鉄筋コンクリート造りの建物のなかは、ひんやりした感じだった。リノリウムの床にスリッパが脱ぎ捨てられたままになっていた。なかに入ると汗がどっと流れた。

カズおばさんの部屋は2階の202号室だった。軽くノックをしてからドアをしずかに開けた。

室内にはベッドが6つあって、カズおばさんのベッドは、いちばん奥の窓際だった。そのベッドにはだれもいなかった。

「カズおばさんは、きょうはいないんですか?」と、そばにいた女の人にきいた。

「さあ、下の医務室でたずねると、わかるかもしれないね」といった。

「トイレかなあ、……」というと、

「そのベッドの人は、朝からいなかったわ」と、その人はいった。

「おばさんは、きたばかりだから、くわしいことはわからないのよ。ボクは、カズおばさんをたずねて、どこからきたの?」ときいた。

30歳くらいの、病衣を着た人だった。

妊娠(にんしん)しているのか、お腹の大きい人だった。お腹を抱えてベッドから降りるところだった。

「北竜村の、やわらからです」といった。

「ああ、しってる。やわらには、おばさんのいとこがいるわ。遠いわね、……」といった。

「これ、カズおばさんがもどったら、わたしてください」といった。

「これは、何んなの。お酒?」

「いいえ、ちがいます。水です」といってから、

「ただの水じゃないんだ。温泉の水だよ。これを飲むとリウマチにいいそうだよ。おばさんも、よかったら飲むといいよ」といって、おばさんに一升びんを手渡した。

ところがお腹が大きかったので、大げさな受け取り方をして、

「おお、ちょっと重いわね、……」といったので、ぼくは自分でカズおばさんのベッドわきに持っていった。

「そうなの? 温泉水なんだ、……」といって、その人は一升びんに入れた水をじっと見つめていた。いくら見つめても、ただの水にしか見えない。

それからぼくは、「さよなら」をいって、おばさんと別れて玄関を出た。

 玄関まえは広いロータリーになっていて、真んなかにイチイの木が2本立っている。赤い実をつけていた。

サクジロウおじさんの作業場には、イチイの板がたくさんあった。家具なんかに使うらしい。ロータリーにはひろい車寄せもあった。そのわきにある犬小屋へいって、ぼくはあいさつした。

「チーロ、チーロ、チーロ」

チーロはいなかった。

まだ大人になりきっていない犬だけれど、ホッシーの息子だった。

ホッシーに似ればもうすこし風格があったろうけれど、あいにくと相手の血筋を引いてしまったのだろう、寸胴短足で、背中が平らになった妙なやつだ。ホッシーとは似ても似つかない姿だけれど、骨の随までおかしなあいきょうを身につけている。

ぼくの顔を見ると、尾っぽを振って、カニ歩きなんかしながらやってくるのだ。犬がカニ歩きするなんて、おかしいにきまっている。

頭を下げ、首をへの字に曲げて、笑いながらやってくるのだ。あれはたぶん笑っているのだろう。

「チーロ、チーロ、チーロ」

チーロが走ってやってきた。たぶん原っぱにいたのだろう。近くにくるとカニ歩きをはじめた。

「やめろよ! おまえ何ていう歩き方をしてるんだい!」

チーロの背中をなでてやると、喜んで寝転がった。寝転がるのが彼の得意技である。

「おまえの母さんは、きょうは見なかったぞ! 会いたいか?」

チーロはただ寝転がって舌を出してぼくの手を舐めている。

療養所のうらが原っぱになっている。そこがチーロの遊び場だ。しばらくすると、ぼくのところから離れて原っぱのほうへ歩いていった。ぼくを呼んでいるみたいだった。

原っぱには女の子がいた。いつも原っぱでひとりで遊んでいるのが好きな女の子だ。療養所と別棟になったところに住んでいる人のひとり娘だった。まだ小学校にもいっていない。

原っぱに大きなハイマツの木が3本立っている。

その木陰にテーブルひとつと、椅子がふたつおいてあり、そこでひとりで遊んでいた。テーブルも椅子も、サクジロウおじさんがつくったものだけれど、雨ざらしのままずっとおかれているので、もうボロボロになって黒ずんでいる。

テーブルのうえに、夏みかんの実がおいてあった。1列にならべて数えているのだろうか。女の子は、何かひとり言をいいながら、夏みかんの房をならべている。チーロは、テーブルの脚のところで寝転んでひとり喜んでいる。

「食べないの?」

女の子は、ぼくの顔をじっと見つめた。

先週会ったときから、ずっと瞬きをしていないかのように、魔女みたいな黒い目を見開いていた。それから、何も聞こえなかったみたいに、またみかんの実をいじって、何かいいはじめた。彼女は、きっと絵本に書いてある物語をおしゃべりしているのだろう。

「食べないの?」

「――食べる」と、彼女はいった。

5つぐらいの子だったけれど、彼女は口数の少ない子だった。

だれもいないときにしか、話さない女の子だった。その話のなかに入っていくことは、だれにもできない。彼女だけがその世界に浸れるのだ。

ぼくはちょっとのぞいてみたい気もしたけれど、彼女の友だちにはなれないだろうと思った。この子は、本能的に相手の素性を見抜いてしまうのだ。

すこし暑いのじゃないかと思われる半袖のオレンジ色をしたサマーセーターを着ていた。下は白いフレアスカートをはいている。ときどき汚れた手を、そのスカートを持ちあげてハンカチがわりに拭くので、汚れてよれよれになっている。

ズックの靴も洗ったためしがないみたいに、真っ黒に汚れている。彼女の脚は、汚れを気にしなければきれいな脚に見えた。

みかんの実は、女の子の手のなかでべたべたに汚れている。

「チーロ、行こうか!」といって、ぼくが駆けだすと、やつも走ってきた。

原っぱをぬけると、ウマが好みそうな下生えの草が生い茂っていて、そのまわりにクマ笹が生え、土手とつながっていた。土手にはヤナギがいっぱいあった。イタドリの葉っぱがいたるところにあって、地面をすっかり覆い隠していた。そのあたりに、にわとりが20羽くらい、散らばっていた。

土手の向こうには川があった。

この川ではウグイやフナが釣れた。サクジロウおじさんがときどき療養所のほうからやってきて、このあたりの川で釣り糸を垂れていた。

チーロは生まれたころからサクジロウおじさんとつき合っていた。

サクジロウおじさんがやってくるときは、ホッシーもやってきた。そこで犬の親子は対面する。チーロは、サクジロウおじさんの家にはいったことがないといっていた。

チーロは、土手のところどころにある乾いた砂のうえをまたいで通った。その歩き方が奇妙で、おかしかった。太陽にあたって熱くなった砂場がチーロの足を焦がした。それを嫌がって飛び越えるのだけれど、どうしても後ろ足が奇妙な着地になってしまうのだ。自分でも気づいているらしい。

「チーロ、チーロ!」

呼ぶとチーロが駆けてきた。頭をなでてやると、すぐ寝転んだ。

ぼくのことを一週間にいちど、どこかからやってくる友だちなのだと思っているのだろうか、からだじゅうで喜びを表現する。そして服従の身振りをする。

飽きるとチーロはまたクマ笹のなかへもぐりこんでいった。しばらくして、チーロが大きく吠えた。いってみると、ミドリ色の大きな蛇が、イタドリの葉っぱのうえから降りてくるところだった。チーロはまた吠えた。

「チーロ、ダメだよ、吠えちゃ。あれは友だちだよ!」といって、頭をなでてやると、わかったみたいに寝転んだ。

それからは吠えなかった。

女の子が遠くの松の木の下で、お話がまだつづいているみたいだった。

女の子の父親は、いつも飲んだくれの赤い顔をして、自分たちの生きることに精いっぱいという感じで、娘にはまるでおかまいなしだった。ときたま療養所へきて仕事をしているという具合だった。

じっさい、何が彼の仕事なのかしらない。ボイラー室にいることが多かったから、たぶんボイラーマンなのかもしれない。

母親は、いつも感きわまったような叫び声を張りあげて、亭主をただなじっている。娘が何をしようが、これまたおかまいなしだった。

たぶん、亭主の酒につぎ込んだ金がトラブルのもとになっているのだろう。

いまはじまったことではない。浮気をしているようすはなかった。だけど女房は、浮気すらできそうにない甲斐性(かいしょう)なしの亭主に、もううんざり、という感じだった。

「チーロ、おれは帰るからな。……また来週くるよ」

チーロと女の子、それから蛇とさよならをして帰ったのは、かなり遅くなってからだった。

ぼくは、そろそろ空腹を感じはじめていた。