■名作「ユリシーズ」を考える。1 ――

ジェームズ・ョイスと「リシーズ」について。

 

ジェームズ・ジョイス。

 

音楽の才はむしろ母親から受け継いだものらしいのです。――突然ですが、ジェームズ・ジョイスについての話をしています。

ジョイスは最年少の6歳で、イエズス会の名門校クロンゴーズ・ウッド・カレッジに入学したといいますから、学校ではコーラスなどもやっていたのかも知れません。

その後、父親の放恣な生活がたたって、一家は急速に没落します。父親はコークの資産と収税吏としてのじゅうぶんな年収があったのですが、収税組織の改革によって失職してからは、ジョイスは、学業を中断せざるを得なくなります。父親はわずかの年金を受給しながら職を転々と変え、一家は郊外のラスガーからダブリン市内に移り住み……。――この話をすれば、脱線しそうなので、あとにします。

現在、アイルランドではダブリン音楽祭やコーク合唱祭があるということですが、ぼくは行ったことがありません。先日まで、ダブリンの大学に留学された畏友桑原信夫氏に、ぜひたずねてみたいとおもっています。

イギリスと違い、その音楽的確立はまだまだ未来の問題として残されたままになっているのではないでしょうか。アイルランドにキリスト教が入ってきたのは、イギリスよりも200年も前のことだったといわれています。そのために後年、イギリス人プロテスタントがアイルランドにやってくると、容易に馴染んだものとおもわれます。

アイルランドのアングロ・アイリッシュの基盤ができると、コーク湾に面した港街は、洗練されたクィーンズ・イングリッシュを話すようになり、ダブリンでは、英語文学が確立されていきます。

イギリスのアイルランドの植民地化にたいする憤懣は、独得の文学的風土をつくっていったのだとおもいます。イギリスにたいする痛烈な諷刺小説を書いたスウィフトを皮きりに、18世紀のダブリンでは、アングロ・アイリッシュのなかでもアイルランド人以上に「アイリッシュ」な人間がどんどん増えていく。「アイリッシュ」という言葉そのものが、イギリス側から見た蔑称ともなり、「アイリッシュ・ブル(Irish bull=とんちんかんな誤謬)」といわれて、揶揄(やゆ)されたりします。

ここでちょっとブルの実例をいいますと、――たとえば、

 

「ちょっとお姉さん、お姉さん! あの人見て。あなたとよく似てるわ。どちらかというと、あの人がお姉さんに似てるわね」

(こういうおかしな矛盾表現は、もっともアイルランド的です。)

 

ここでジョイスの作品のなかから、――たとえば「フィネガンス・ウェイク」に書かれている実例をお目にかけたいのですが、この作品は、とんでもなく大変! 1991年に出た柳瀬尚紀氏訳の「フィネガンス・ウェイク」(河出書房新社)はまだ上巻のみでしたが、それを少しずつ読んではいるけれど、「ユリシーズ」にくらべていかに大変かが分かり、ぼくには、どうにも手に負えそうにない代物です。

翻訳にしても、並みたいていなことではないと思われ、写すだけでもしんどいほどです。バラッドがたくさん書かれていますが、何かのもじりの、もじりを盛んにやっているらしいことが感じられる程度で、ほとんどちんぷんかんぷんです。それでは「フィネガンス・ウェイク」(柳瀬尚紀訳)をちょっとお目にかけます。

 

洞孔(どうこう)あんぐりギルは、間違いやらかすのは穂太(スイフト)っぱやく、ぐいと堪えるにはスっターン狂(きょう)(エウスタキオ管から診断するに、ハイデルベルク男洞窟(だんどうくつ)倫理症(りんりしょう)の明らか後期思春期性下垂ホルモン過多タイプであったにちがいない)、彼の前坂(まえさか)あがりを空(そら)っともたげ、貪欲にありがたがりながら、いい朝ぼらけですな、おまけにダブついたいい夜で、と汗糊(あせのり)巨人に挨拶し、分別あるハムみたいに、微妙な状況に対処する無限の才をもってこの危ういテーマのきわどい性格を見て取るや、受け取った金と時刻の礼を述べ(神の時計の梟(きょう)なることに少なからず驚きはした)、棟梁閣下と彼はあんぐり男を金ふさぎし汝き彼の黴(かび)っぽい虚声(きょせい)とならんを迎える慎ましき義務に則って本務に取りかかり、誰かれかまわず屍に鹿跳(しかばね)しいしい敬礼してまわり(ひらひら落ちる頭皮と頭垢(とうこう)の小山(おやま)が道しるべになっているから、……)

 

 あの手この手てててて父親(てておや)

 民(たみ)にはのろ馬車、聖(せい)ぜい避妊

 病める者には馬乳に禁酒

 愛は戸外の宗教改革

    (コーラス)宗教改革

         醜狂(しゅうきょう)収穫 

 

 あら、まあ、そうかい、やりそこねたかい?

 保釈はまかせて、あたしのいとしの牛飼いさん

 キャシディ家の突き牛みたいに

 バターを角にためこんで

    (コーラス)バターを角にためこんで

 (繰り返し)そらいけ、ホスティ、霜降りホスティ、シャツを着替えろ

 詩篇に韻律つけるやつ、そーら奏(そう)ら、詩篇の王者

 

 ――こんな調子です。

 

そもそもダブリンという都市の多言語的な、――国語はアイルランド語、文化的には英語、教会ではラテン語、オペラ言語はイタリア語――というような状況がずっとつづいていました。さっきのつづきではありませんが、「額にキスして別れましょう(kiss me straight on the brow and part)」と歌ったり、「そこはあたしのお尻の穴(which is my brown part)」といい添えたりして、この「part」という単語が実に歌うように小気味よくひびいて、洒落た気分をぐーんと出していて、いかにもジョイスらしい表現ですね。

もうひとつのアナが「brown part」だなんて、ただただ息を呑むしかありません。

これは、たぶんバラッド風に詠むといいのじゃないかとぼくはおもいます。

ついでに話しますと、この「part」は、辞典を引けば、名詞では「(pl..)からだの部分、局部、器官、内臓」という訳語が載っているだけで、「お尻の穴」なんていう訳語はもともとありません。べつの単語でいえば「piece」みたいなものです。

「piece」は「(pl..)性交、性交対象としての女=coitus」という意味で、それと同類です。

こちらは対象としての「かたわれ」的なピースで、「part」のような「局部」ではなく「からだ全体」を指します。ここでは「肛門」じゃなくてもいいわけだけれど、そっちじゃなくて、「そこはあたしのお尻の穴よ」と指摘するところに、女の媚態が素直に伝わってくる文章になっています。

何かを奏でているような媚態。――彼の文章のなかには、しばしばそれこそ「交響曲」とか「ソナタ」とか、「クァルテット」などということばはまったく出てこないかわりに、精細をきわめた擬音――Pprrpffrrppfff(ブルームのおならの音)や、Frseeeeeee Fronnnnnnng train(汽笛を鳴らして走る汽車の音)というような擬音が、まるで吹きだしたくなるような、思えばとてもおかしな発音が飛び出してきます。

ジョイスは、きっとこれを音楽的・音響的な音の響きの再現をペーパーの上でしきりにやっているのだとおもいます。

学齢期に達したジョイスの、貧しいころの体験は、「ユリシーズ」のなかには随所に生かされています。彼は経済的欠乏から、図書館利用に大きくかたむき、当時、民族主義運動やアイルランド文芸復興運動の気運がちょうど盛り上がりつつありましたが、ジョイスはそれらには見向きもせず、ひとりイプセンへの傾倒を強めていきます。

そして1900年、イギリスの著名な雑誌「フォートナイトリー・レヴュー」に彼のイプセン論が掲載され、イプセン本人から感謝のことばが寄せられるなど、周囲の人びとを驚かせます。

30歳のときに、市民大学公開講座でウイリアム・ブレイクとダニェル・ディフォーについての講演を行ない、その年は、「ハムレット」についての講演もやっています。31歳のときにレヴォルテッラ高校、のちのトリエステ大学にポストを得、午前はそこで教え、午後は個人教授、夜は執筆という日々を過ごします。「若き芸術家の肖像」が出版されたのはその翌年です。

同年、「ダブリン市民」も出版されています。

そのときは、「ユリシーズ」は第3挿話のなかばごろあたりまで書いていますが、ちょうどこのとき、一家はチューリッヒに移住。イェーツやパウンドの尽力によってイギリス王室文学基金より75ポンドが支給されたからです。35歳のときにダブリンで復活祭武装蜂起が起き、友人のひとりが銃殺され、ショックを受けます。またパウンドの力でイギリス王室助成金100ポンドが支給され、アメリカのヒューブシュ社から「ダブリン市民」と「若き芸術家の肖像」が上梓されます。

これでジョイスはひと息つくことができました。

「ユリシーズ」は、39歳になって「リトル・レビュー」にやっと掲載されますが、その編集者が猥褻文書出版により有罪の判決を受け、掲載号は没収されます。ところが、先日記事を書いたばかりの、ヘミングウェイがよく世話になったというパリの「シェイクスピア書店」、――そこで、出版契約を結び、翌年やっと出版されます。これまた処女出版ながら、「ユリシーズ」には装丁がいろいろ種類があって、値段も違うという代物。

バーナード・ショーから手紙をもらい、本の趣旨に反対意見を述べ、そういうことなら予約を取り消すといいます。何も高額な本を選ばなければいいわけで、何を考えていたのか、ショーは購読をケリました。きっと後悔したでしょう。

つづいてフランス版も出て、あの「フィネガンス・ウェイク」の草稿にいよいよ着手されます。1923年、ジョイスが41歳のときです。

 

 

で、最初の文章にもどると、――ともあれ、ジェームズ・ジョイスの「ユリシーズ」は、英語で書かれた、ひじょうに厄介な文章で成り立っています。たとえば、こんな文章。――第18挿話・ペネロペイアですが。

 

あたしはちゃんとコツを心えていてすこしうきうきと行ったり来たりしよううかれすぎないようにしてときどきちょっと唄を歌ってそしてそれからミファピエタマゼットそれからよそ行きの着がえをしてプレストノンソンピウフォルテいちばん上とうのシュミーズとズロースをつけよう彼にそれをたっぷりながめさせて彼の坊やを立たせてもしそれが彼の知りたがっていたことならおしえてやろう彼の妻はやられたのだということをYesすごくやられたのよものすごくふかく彼でない男に5かいか6かいぶっつづけに彼のおつゆのあとがきれいなシーツについているあたしそれをアイロンかけてのばそうなんて気さえないのこれだれ言って聞かせれば彼もたんのうするでしょうもし信ようしないのならあたしのおなかにさわってごらんそれでも彼が立ちあがらなくて彼を入れさせることができなければこまかなてんまでのこらず言うつもりそして彼にあたしの前で出させてやるいい気びいい気びみんな彼がわるいのよあたしがあの天じょうさじきの男の言う不ぎの女なのはさぞやいけないことなんでしょうねこれがこのなみだの谷であたしたち女のするわるいことの全ぶ

あたしのあしはあまりすきじゃないわでもグッドウィンのへたくそなコンサートがあったばんコンサートがおわってからあたしはあしでかれのあそこをいじってかれをいかせたことがあったわ……なにをぐずぐずしてますのOあたしのこいびとよひたいにキスして別れましょうそこはあたしのお尻のあなよ/あたしがかれのボタンをはずしてあげかれのかわをひきもどしたときあのさきはおめめみたいなかんじ

 

※ミ・ファ・ピエタ・マゼット……プレスト・ノン・ソン・ピウ・フォルテ=mi fa pieta Massetto……presto non son piu forte.イタリア語。モーツァルト作曲の2幕オペラ「ドン・ジョヴァンニ」のなかの1幕3場のツェルリーナとドン・ジョヴァンニの二重唱でのツェルリーナのことば。「ごめんなさいマゼット!……いそいで力がでない!」という意味。スペインの伝説上の人物ドン・ファン(Don Juan)を主人公としたもの。

※グッドウィン=かつてのモリーの伴奏を担当したピアニスト。第4挿話にも登場し、ここでは「老教授」と訳されています。

第18挿話のコンテクストはこんな調子です。原文を引きますと、女がひとりおしゃべりする、かなり甘えた文章になっています。

I don’t like my foot so much still I made him spend once with my foot the night after Goodwins botchup of a concert

あたしのあしはあまりすきじゃないわでもグッドウィンのへたくそなコンサートがあったばんコンサートがおわってからあたしはあしでかれのあそこをいじってかれをいかせたことがあったわ

 

――この訳文は素晴らしいとおもいます。「spend」は自動詞として考えると「消耗する、尽きる、果てる」という意味になるかとおもいます。

この場合は明らかに「ejaculate(射精)」を意味しています。モリーは自分の足で(with my foot)ブルームのあそこをいじってejaculateさせたというわけです。ブルームは酔っ払っていたのでピアノをじょうずに弾けなかったという意味。アルファベットの「O」は、感嘆のOと口やヴァギナのアナ、肛門のアナ、そして前文にある「Oやさしいメイ」と題する(「大きくなったら結婚してね」と約束する内容の)唄に引っ掛けたものでしょうか。

 

when I unbuttoned him and took his out and drew back the skin it had a kind of eye in it

あたしがかれのボタンをはずしてあげかれのかわをひきもどしたときあのさきはおめめみたいなかんじ

 

これは、ちょっとおかしい。――お尻のアナだとか口だとか、おめめだとか、ジョイスは体のさまざまな器官を引っ張り出してきて、想像に想像を重ねる大胆なコンテクストの実験を試みています。気になったので、その部分を検討してみると、この訳文ではまず「took his out」がどこかに飛ばされてしまっています。訳されていません。

モリーはボタンをはずし、「his」を外に取り出してから「drew back the skin」したといっているわけです。おわかりでしょうか。

この場合の「his」は「彼自身、ペニス」を指します。

また、もっと前のところでは、犬の肛門をボタンのようだと表現していますから、ジョイスは、ボタンは、はずして物を取り出すだけでなく、物を入れるところというイメージも与えており、ボタンにはどこか、その蓋か扉のような禁戒的なイメージの役割がありそうにおもえます。

ですから、「ボタン」に対応する「おめめ=アナ」があるようにおもえるのです。

ジョイスの原文は、一見して簡単なように見えますが、なかなかどうして語彙の引っ掛け方がうまく、それにぼくが感心するのは、「O=口」、「アナ」、「あし」、「おめめ」といった身体器官の持ち出し方がとても新鮮で、衝撃的です。

また、ジョイスは「ユリシーズ」のなかに音楽素材をふんだんに取り入れています。スコア(譜面)そのものも取り込んでいるほどです。

彼自身、ダブリンではテノール歌手として舞台に立ったこともあるほどで、コーク出身の父親ゆずりの標準的なソフトな英語を話し、ジョイスの詩行を吟ずる声は、たいへん見事であったと伝えられています。――まだまだたくさんあるのですが、紙幅が尽きました。