リス・マンローの界。

 アリス・マンロー。

 

アリス・マンロー(Alice Ann Munro 1931年-)はカナダ人の作家。短篇小説の名手として知られ、2013年ノーベル文学賞受賞。

ぼくはまた、アリス・マンローの新作「ジュリエット」(小竹由美子訳、新潮クレストブックス、2016年)を読んだ、というより読み直した。ふたたび読まずにいられなかったからだ。――長距離列車に乗り合わせた漁師に惹きつけられた大学院生ジュリエットは、彼のもとで暮らしはじめる、という物語である。じつに突拍子もなくて陳腐な物語? 

そうおもって読んでいくと、とんでもなくおもしろいのだ。

「どのみち、個人の運命は問題ではない。彼女を引き寄せるのは、――じつのところ魅了するのは――先カンブリア楯状地のごちゃまぜになった地表に見られるまさにその無頓着さ、その繰り返し、調和を気にせず軽んじる様相だった」と書かれ、ジュリエットは博士号の論文を書きつつ、じぶんはいったいどんな人間になるのだろうか? その一点に気を奪われていたのである。

「で、どちらまで?」

「バンクーバーです」

「私もです。この国をはるばる横切ってね。横断しながらすっかり見ておこうじゃないか、そうでしょう?」と、男はいう。

列車は、ある山村の小さな駅に停まる。雪を見て身震いし、それからしばらく列車は走って、また停まった。駅でもないところで停まり、何か事故でも起こったらしい。クマでも轢き殺したのか? 

まさか! 

 

(アリス・マンロー「ジュリエット」、新潮クレストブックス、2016年)。

(アリス・マンロー「林檎の木の下で」、新潮クレストブックス、2007年)。

 

彼女は腹痛におそわれ、女性用のトイレに行く。

そして便器に腰をおろすと「じっとりしたパッドを取り除いてトイレットペーパーで包み、備え付けの容器に捨てた。立ち上がって、バッグから出した新しいパッドを当てる。便器のなかの水と小水が血で真っ赤になっているのが目に映った」。

停車中は、トイレの水は流せない。

座席にもどると、人が轢かれたようだという人の話が聞えた。

やがて、駅員がやってきて、

「あなたは医者ですか?」

ときく。医者ではないが、医療に従事したことがあると答えた。

「ぐじゃぐじゃになった自殺死体――が、そんな話のなかでは、彼女自身の経血とたいして変わらない程度の不快さ、凄惨さにしか思えなくなるだろう」。

そして、ふたたび男との話がつづく。一組の男女が、運命づけられたみたいに、おなじシートに向き合って旅をつづける。

ジュリエットという女を主人公にした作品は「チャンス」、「すぐに」、「沈黙」の3作がある。アリス・マンローは短編の名手であることはよく知られている。いずれも名品である。――名品は名品でも、手垢のついていないガラス職人が磨いて、磨いて、磨ききった「グリーン・サンド(緑の砂)」と呼ばれる美しい砂のような作品が。

その全部といいたいところだが、このほどスペインのペドロ・アルモドバル監督によって映画「ジュリエッタ」が公開された。ぼくは見ていないけれど、彼女の描くジュリエットという女性に興味を抱いた。なかでも、この「チャンス」は異色の出来栄えかも知れないと期待している。

以前にも、アリス・マンローの小説のことを記事に書いている。はじめてマンローの小説を読んだのは2010年ごろだった。「The View from Castle Rock」という小説で、邦訳は「林檎の木の下で」(小竹由美子訳、新潮社・新潮クレスト・ブックス、2007年)となっていて、この自伝的な歴史的ルーツを描いた方法は独特で、ぼくは彼女の文章と物語の展開にすっかり魅せられた。

いかにも物語という気負いはぜんぜんなく、たんたんと書かれている。山の小さな沢の水が、だんだん大きくなり、河川となってやがて海に流れつく。そのような展開なのである。

先日再読した「善き女の愛」という小説も忘れがたい。

少年の3人が泳ぎに出かけて、検眼士の男がライトブルーの車を川岸に突っ込んで死んでいる姿を発見するというところからはじまる。一見して、スティーヴン・キングの短編集「スタンド・バイ・ミー」みたいな出だしである。

ところが、それはとんでもない話なのだ。

ストーリーの結構が巧みである。だからアリス・マンローは、芸術家や思想家と称する分類の仲間に入れて「一つの大きなことを知っているハリネズミ」と呼ばれているらしい。

「多くのことを知っているキツネ」と呼ばれているのは、おなじカナダの作家マーガレット・アトウッドだという。1989年刊行の彼女の「キャッツ・アイ」はベストセラーになったし、じぶんも読んだ。

「昏き目の暗殺者」により2000年度のブッカー賞を受賞した。これももちろん読んでいる。2015年、フューチャー・ライブラリー・プロジェクトの第一作として、「Scribbler Moon」と題された小説を式典にて納本した。この本は、なんと100年後の2114年に出版されるまで、作者以外のだれも内容を知ることができない。くわしいことはわからない。

2016年には詩人としてストルガ詩の夕べ金冠賞を受賞した。2019年には「誓願」で2度目のブッカー賞を受賞している。また、「侍女の物語」(The Handmaid's Tale)があった。

マーガレット・アトウッドのディストピア小説と呼ばれている。機会があったら彼女の小説のことを語りたい。

――それはそれとして、アリス・マンローといえば「林檎の木の下で」。――スコットランドの寒村から新大陸へとやってくる3世紀におよぶ時を描く壮大な物語が圧巻である。アリス・マンローの渾身の作。原題は「キャッスル・ロックからの眺め」といい、そのタイトルが付された物語も本文に収録されている。

この小説は、ぼくはすでに読んでいて、ちょうど、北海道の「北竜町をつくった人びと」という記事を書いていたときを前後して読んだ。

だからぼくは、あらためて読む気になった本といえるかもしれない。

たぶん、この歴史ある小説を読んで、ぼくは自分の生地のことをおもい出したのだろう。

 

夕方になると二人で駅へ行く。昔のグランド・トランク鉄道列車、ロンドン(オンタリオ州南東部の都市)では「バターと卵」列車として知られていた列車を見に。線路に耳をつけると、列車の響きがうんと離れたところから聞える。それから遠い汽笛。すると大気に期待が張り詰める。汽笛がどんどん近く、大きくなって、ついに列車が目に飛び込んでくる。大地は震え、空が口を開けんばかりになり、巨大な怪物が、ブレーキの悲鳴響かせながらすべりこんでくる……。

アリス・マンロー「林檎の木の下で」、「Working for a Living」より

 

ぼくの敬愛するジュンパ・ラヒリは、「短編にはなんでもできるのだということを、わたしはマンローから教わった」といっている。ジュンパ・ラヒリこそ、短編の名手だ。それでいて、アリス・マンロー自身の持っているビューアーに写る風景は、途轍もなく大きくて、巨大な一本の木のように見える。

彼女は、ほかの作家が描く、現在、北米で起こっている政治や思想、権力、金や歴史といった物語には見向きもせず、ただ自分の信じるルーツを大事にして、こつこつと自分の境地を切り開いていった作家のようだ。ぼくは彼女の本をたいして読んでいなかったが、どれを読んでも、ひとつの一本の巨木を描いているような印象を持つ。優に3世紀を生き抜く巨木なのである。やがて幹へとつながる大きな木となる。枝もだいじだが、彼女は幹を描く。

それらの小説は、一族に流れるスコットランド系の血筋をたどり、じぶんの人生を振り返る、という物語になっている。

このような切り口で語る物語は、とても多い。けれども、彼女の語る物語は、ただ一点、自分の視覚を通して眺められるシーンを克明に描くことに心血をそそいでいる。カナダ在住の作家で最もノーベル賞に近い作家といわれていたが、彼女はとうとう満を持して2013年にノーベル文学賞を受賞した。

――と、ここまで書いて、ぼくは以前、マンローの本について、すでに何か書いたような気がした。書かないはずはない。そうおもいながら、また本に目を転じると、ああ、もしかしたら、マンローの「イラクサ」について書いたのだろうか、とおもい直す。

ぼくは読む予定の本を、いつも用意しておき、必要に応じて、あるいは寝しなに、ひっくり返って本を読むクセがあり、いつの間にか途中で眠り込んでしまう。そうして読むべき本がたくさんあり、ときどき付箋をつけて、何かの目印にしているのだが、一ヶ月もたつと、その目印がどういう意味だったかも、もう忘れてしまう。

 

もう忘れてしまった目印が、いっぱいある。そのひとつが、「生砂(Green Sand)」ということばと、「緑の砂(Green Sand)」ということばである。彼女は書く。

「まだきれいになっていないんだ。あれをホイールアブレーターという機械にかけるんだよ。風が吹きつけて出っ張りをぜんぶとってしまうんだ」

つぎは、大量の黒い粉末、というか黒い細かい砂だ。

「石炭の粉みたいに見えるけどな、なんて呼ばれるかわかるか? 生砂(green sand)っていうんだ」

「緑の砂(Green Sand)?」

「鋳型に使うんだ。砂に結合剤を加えてあるんだよ、粘土みたいにな。アニマ油を使うこともある。だけどこんなこと、面白いか?」

わたしは面白いと答えた。

 

――という部分だ。Green Sandという語は、きらきらしたリゾートビーチを連想してしまう。この部分は、たぶん創作ではないだろうとおもう。マンローが子供のころ、じっさいに父とこのような会話を交わしたのだろうとおもう。

こんな他愛もない話ながら、イメージが立ち昇ってくる。こういう文章が書けるというのは彼女の特技である。何も飾らない。何もつけ加えない。生(グリーン)のままの光景なのだ。ある人にとっては、崖地で拾った小さな貝殻でもあるかもしれない。

ところで、このGreen Sandという地質学の専門用語なのだが、ぼくがこれまで本を読んできて、そのことばにたびたびお目にかかっている。なぜか大文字でつづられている。たいがいは恐竜にかんする本のなかで出会っている。

たとえばデニス・ディーンの「ギオン・マンテル伝 恐竜を発見した男」(河出書房、2000年)とか、エドウィン・コルバートの「恐竜の発見」(早河書房、2005年)という本のなかで、よくお目にかかっている。地質学的には「緑色砂岩」とか「緑色砂岩層」とか訳されたりする。最も読まれているジョン・ウィルフォードの「恐竜の森」(河出書房新社、1987年)は、ピューリッツア賞に輝いた。

1822年、イギリスのマンテル夫妻が発見した先史時代のふしぎな歯の化石。トカゲに似ているが、それよりもずっと巨大な歯、それが世界ではじめて発見された恐竜の化石なのだ。人類が恐竜の骨に出会ってまだ200年たっていない。記事には書かなかったけれど、ぼくは恐竜には、縄文文化とおなじくらい興味を持って、いろいろ読んできた。

それから、もうひとつおもい出すのは、世界でいちばん短い短編を書いたグアテマラのアウグスト・モンテローソという作家の「恐竜」という作品ある。この話はすでに書いた。

「彼が目を覚ましたとき、恐竜はまだあそこにいた。(Cuando despertó, el dinosaurio todavía estaba allí.)」

たったこれだけの一行の作品だ。

簡潔で奇抜で、おとぎ話のような世界。――時間的な視点が奇抜である。「彼」というのはだれだろうか? もしも自分だったら、とおもうと愉快である。

――そういう意味では、マンローの生涯を通してずっと書きつがれてきた作品は、おそらく彼女にしか書けないものだろう。彼女の書く小説スタイルは、ひとつひとつそれぞれが短編に仕上がっているように見えるのだが、それぞれが有機的に長編小説の骨格を形づくっていて、いつ、どこから読んでもいいように書かれているのが魅力だ。

このスタイルは、マンロー自身の呼吸をおもわせるもので、そこから彼女のくみ取るテーマは、大きな自伝的な一本の幹に、いつもつながっているとおもえるのでる。

それがマンローのやり方なのだ。

この種の書き方をして成功している作家でおもい出すのは、シャーウッド・アンダーソン(Sherwood Anderson, 1876年-1941年)の小説、オハイオ州の小さな田舎町を舞台にした短編集「ワインズバーグ・オハイオ」をおもい出す。

ヘミングウェイも若いころ、シャーウッド・アンダーソンの小説にあこがれ、彼の知遇を得てパリへ行き、短編集「われらの時代」を書いた。それは研ぎ澄まされた描写で書かれていて、「ワインズバーグ・オハイオ」をいちだんと深化させた物語である。マンローの小説は、そのようなものではない。

男の視点ではなく、彼女独特の視点で書かれ、ある部分はグレアム・スウィフトの「ウォーター・ランド」をおもわせ、これは、土を踏みしめている人間たちの足元に、ひたひたと押し寄せてくる水の記憶を描いたものだが、まさにそのような視点で書かれている。

――TVもなければ、月へ行くロケットもなく、避妊のピルもない。鎮静剤も、ポケットに入る電卓も、パソコンも、核ミサイルだってなかった時代である。

そのころのぼくの記憶には、蒸気機関車とおとぎ話があっただけ。

ロシア人の子守りのスーちゃんに泣きついて、おっぱいで目のなかのゴミを流してくれ! って頼んだ奇妙なおもい出が甦ってきた。信じられないような物語が。

スーちゃんはまだ子どもだったので、母のようにおっぱいは出なくて、ぼくは残念におもった。

――記憶の連鎖。それが因果の連鎖となり、ふしぎにも記憶はひとかたまりにならず、ぜんぶDNAの塩基配列みたいに横につながって、その気になれば、いつだって引き綱みたいにたぐり寄せることができそうな記憶の引き綱のような気がする。