本清張さんの「根心中」の文章を読んで。

松本清張さん。

 

去年の年末ごろだったろうか、ひさしぶりに、松本清張さんの「箱根心中」を読んだ。そして今朝、それを読み返した。心中の動機は、これを読む読者の想像にゆだねるような書き方をしている。

ふしぎな小説である。

ふたりは逢引きの途中で、自動車事故に遭い、女はなんでもなかったが、男はそのまま2日間入院し、彼はもう家にはもどれないと覚悟し、女も、もう家に帰ろうとはいわなくなった。そこを退院すると、ふたりはバスとタクシーを乗り継いで、箱根の道を急いだ。

なんていうこともないふたりの男女が不倫のすえ、箱根へ行き、そこで心中するくだりが描かれている。

心中ということばは出てこない。

 

木賀から底倉の方にいく道路を歩いた。左に早川の流れが、うす白く暮れ残っていた。灯の群れている宮の下の方に行かず、橋を渡って御用邸の前を通り、道路からはずれて山の方に登っていった。

足もとは暗くて、枯れた雑草と小径(こみち)の区別がわからなかった。ふりかえると、意外に高い山の頂上に強羅ホテルの灯が輝いていた。薪をかついだ土地の老人が、早川の流れている断崖の方へぼそぼそと話しながら行く二人の男女と行き会った。

松本清張「箱根心中」

 

……というところで、小説は終わっている。

400字詰めの原稿用紙に換算して37枚前後というごく短い小説である。うまいものだなあと感心させられる。まずその文章がいい。有吉佐和子さんの文章もいいが、彼女の文章は、文体がちょっと古すぎるのではないだろうかとおもう。

だが清張さんの文章は、まったく古びていない。なぜなのだろうとおもう。

松本清張という作家が書く小説は、あくまでも推理小説である。純文学ではない。だが、人間の心理描写がとてもうまい。女の会話もじつにうまい。

会話から女の素性を読み取ることができる。

清張さんはさまざまな人間をよーく観察し、よーく見ているとおもう。

女はいま、何をどうしようとおもっているのか、それが手に取るように分かる人のようだ。――観察眼といえば、写生文芸をきわめた正岡子規がいちばんすぐれているかもしれない。ちらっとおもい出す。

子規は、晩年は病床に釘づけになって、病気に負けまいとして創作に励み、多くは身辺に感じる雑感を句にしているが、その平淡(へいたん)ななかにも、味わい深い境地を打ち出した。

 

 痰一斗糸瓜(へちま)の水も間に合はず

 

  をとゝひの糸瓜の水も取らざりき

 

 糸瓜咲きて痰のつまりし仏かな

 

いずれもすばらしい句だ。――わが国にこのような文章を書く人がかつていたという驚きを、いまも感じる。散文の文章がいいのは、たぶん森鴎外だろうか。鴎外の若いころの文章を読むと、こころが洗われるような清冽な気分になる。

 

客館に昼餐(ちゅうさん)し、ウュルツレルの姑の家を訪ふ。姑は五十許(ばかり)の婦人、性敏捷(びんしょう)にして、善く談ず。ウュルツレルの婦妹、年十五六、秀眉紅頬(こうぎょう)の可憐児なり、珈琲(コーヒー)を供せらる。ウュルツレルは行李を此家に安頓(あんとん)す。畢をわりて此家を辞し、レンネLenne街より左折し、街樾(がいえつ)Alleeに入る。

(森林太郎「独逸日記」)

 

という文章である。――わずか22歳の林太郎鴎外が、ドイツに留学していたときに書いた日記である。凛として、清冽な若かりしころの鴎外の胸のうちが伝わってくる。作家は文章が命だ、とつくづくおもう。

じぶんは文章を書くことが好きで、多く書いてきたけれど、ほとんどはハウツー記事文で、ほんとうにじぶんの書きたい文章ではなかった。

じぶんが書いた創作の文章は、むかしよりはましになったとおもうけれど、妻ヨーコにいわせると、物語の起伏に欠けるという。起承転結のない文章で、はじまりもなければ、終わりもない。頭だけで空想して書くということができないようだ。じっさいにあった話を事細かく書くことはできても、空想を、さもあったかのように事細かく書くことはどうも苦手だ。

「お父さんは、日記なら書けるのよね? そうでしょ? でも、小説は日記じゃないわ。想像でつくって書くのよ。お父さんの小説を読ませてもらったけど、ぜんぶ実際にあった場面のように思えてくるの。そうでしょ?」という。

「ほとんどそうだよ」

「そうよね。……そうだとおもった。だから悪人が出てこないのね。札幌の場面で、美佐子っていう女性が登場してくるけど、田原金一郎は彼女のマンションに行って、それからどうしたの? 彼女を抱いたの?」

「いや、抱かないよ」

「そうなの、やっぱり。……マンションでビートルズの音楽なんか聴いて、それが終わってから、コーヒーを飲んで、その後のことは書いてなかったわね。それからどうしたの? その先を知りたいわ。せっかくそこまで読んだのに、その先の肝心の物語が、ないのよ!」という。

美佐子の部屋に、2時間ぐらいはいただろうか。

いっこうに男女の関係にならないので、ヨーコはじれったさを覚えたに違いない。――ヨーコの話を総合すると、そこまでえんえんと書くのなら、ウソでもいいし、たとえ想像でもいいから、読者の期待にそって、抱き合うシーンのひとつぐらいつくればいい小説になるんじゃない? そういっているように聞こえる。

そうかも知れない。

だが、ほんとうにそんなことはなかったのだ。

16年ぶりに彼女と再会して、いきなり関係を結んでしまうようなことは、想像でも書けなかった。たぶん、彼女はどこかで、この小説を読むかもしれないと考えたからかもしれない。眞理子という女性と会ったのは、某テレビ局にいたときだった。

彼女も小説に登場してくるけれど、何も書けなかった。10年、20年と書きついできたけれど、松本清張さんの文章には、とても迫れない。

先年、高橋俊景画伯に誘われて銀座に出た。そして、画廊で、女性画家のUさんの絵を見せてもらった。幻想的な抽象画だった。彼女の絵はよくネットで見ている。クオリア銀座画廊というところだった。

「クオリア」といえば、茂木健一郎さんの脳科学説をおもい出す。クオリアとUさんの絵が、じつにぴったりなじんだ。

なぜなら、脳の中におもい描いた像が、そのまま絵になっていると思ったからだった。茂木健一郎さんの説を絵にしたみたいに見えた。そんな感想を抱きながら絵を見て、それから画廊で、先生といっしょに訪れたKさんたちとの談笑に加わった。

そのときに出たテーマは、「実体」と「影」のあつかいについてだった。マティスは、アフリカで強烈な藍色と出会う。その話である。

後年マティスは藍色をテーマにした作品を描いた。「ブルーヌード」はその代表作といえるだろう。しかし影がない。

いっぽうゴッホは、影を有彩色で描いた。その話が画伯の口から飛び出したとき、じぶんは小説を描くときに纏いつく文章のことを想像していた。小説は絵とはちがうけれど、おなじだなあとおもった。そして、「視点」ということばが出てきた。視点を変えれば、見え方も変わる。マティスはいくつもの視点で、一枚の絵を描いたという。

鴎外の例でいえば、動詞が視点になっている。余計な形容詞がまったくない。

鴎外の書き方がそうなのだ。マティスと似ていないだろうか? 

いっぽう、松本清張さんの文章は、鴎外に似ていても、文中に「意外にも、……」ということばが見える。

文章のつなぎに、作家の視点が、ところどころにあらわれている。それだけのちがいで、ほとんど鴎外とおなじだとおもえる。そういう点では、文章にも実像とおなじようにいろいろな視点があり、影のように、演出することが可能なのだろう。

高橋俊景画伯の考えでは、実体よりも、影がより実体を実体らしく見せる効果があるという説に、新しさを感じた。そのことばが、ずーっと尾を引いている。

いままた、松本清張さんの「箱根心中」を読んで、そのすばらしさに圧倒されている。影を描き、実像を額縁のなかに閉じ込め、ものいわぬ風景をもくもくと描く。まるで、作中の人物になりきって、心中を決意したかのように。

キャロリン・ハイルブランの1970年代の名作 「女の書く自伝」に、まさしく通底しているかもしれない。英国の作家、ヴァージニア・ウルフは川に入って、みずから自殺している。堂々と死に臨んで、臆するところがなかった。人びとの非難の声を聞くのに疲れ果てて。

他人の悲しみを描いた浅薄で感傷的であることに耐えるために、彼女自身、じぶんの過去から逃げるようにして死んだ。が、それはちがうだろう。

キャロリン・ハイルブランの作品は、松本清張さんの「箱根心中」とおなじ立場で、そのちがう話を描いたのである。まさに、絵ならば、影を描くことできまる、というような話だ。彼女は人生にたいする女の怒りを静かに描いたのである。

不倫は、ゆるされるものではない。だがその結末は、心中という人生のあわれな末路を迎える。ふたりに、その怒りがなかったとはけっしていえない。だからこそ、その悔しさが、表面の文面ではなく、行間に埋め尽くしたのだろう。そこが、作家・松本清張さんが描く真骨頂なのだ。

彼は、ふたりの悔しさを、けっして文章に書かなかった。

だから、このような最後の文章になった。ぼくは、そう読んだ。ぼくのこころは、感情を突き抜け、ただただ惻々(そくそく)となるばかりである。

きょうは、2020年12月の最後の日となった。

昨日、ピエール・カルダンさんが亡くなった。98歳。日本でブランド・ブームを起こす先駆けをつくった。