餅(わらびもち)を食べよう。

 

大戸屋の「抹茶わらび餅」。

 

さいきんウソみたいにニュースがいっぱい。

アメリカでは、まさかのトランプ政権が誕生し、イギリスではまさかのEU離脱を決めた。4月1日、エープリルフールのこの日、読売新聞の「編集手帳」にもその話が書かれている。

「ウソだろう?」という話だ。

今朝、道を歩いていて、お金を拾った。ヨーコにいうと、

「え? ほんと!」ときいた。そして「いくら拾ったの?」ときく。

もちろんお金といえば、「いくら?」とくるのはあたりまえのことのようだ。ぼくはにやにやしていた。

「お父さん、いくら?」といって、ヨーコは階段を降りてくる。そして降り切ったところで人に出会い、ヨーコは面食らって、お辞儀をしていてる。サクラの花、きれいになったわ、とかなんとか。そして別れると、お父さん、お父さんと呼んでいる。返事をしないものだから、ヨーコは、

「田中さーん!」と大きな声で呼んだのだ。それを聴いていたマンションの50代の女性が、「あらー、新鮮ねぇ……」といった。その人はヨーコとも顔なじみの女性で、

「ご夫婦で、そう呼び合えるっていいわよね」といった。ヨーコはまた面食らった。うちのお父さんが、返事してくれないからです、ははははっといって、自分でもあきれたみたいに笑っている。笑った先にサクラが咲いていて、「お父さん、サクラの枝、切らないでね!」といって話題を変えた。もう何年も前のことなのにヨーコはいった。

たしかに。

――サクラ切るバカ、梅切らぬバカ!

――夫の尻に縄つけて。

――のぼった先の鯉のぼり。

鯉のぼりが、サクラの枝に引っかかって、空師みたいにのぼった日のことを想いだす。あのころは若く、50代だった。もうのぼることはできない。その空を見て、「螽(いなご)焼く爺(じじ)の話や嘘だらけ」(正岡子規)という句を想いだす。ウソもときに、おもしろいじゃないか、とおもう。

先日、20代の女の子とおしゃべりした。すると彼女、びっくりしたことがあるといって、「ウォータースライダーで、ハイレグ状態になったことあるわ」といった。ぼくがきょとんとしていると、

「ウォータースライダーって、わかる?」ときいた。

「ああ、チューブの中を水に乗ってすべるやつだね! すごいだろうな!」

「すごいわよ。滝に流されるっていう気持ち、……」

「きぶんもハイレグ状態になったの?」

「そうじゃなく、ほんとに水着の、ウエストラインとヒップラインって、わかる? そう、それがラインアウトしちゃって、やばくなったのよ。LINEの話じゃないのよ」

「それで、……?」

「その日、スピリタス(96度のウォッカ)飲んで、べろんべろんになった!」

「ご主人は?」

「彼、別の女の子を見てた。――男ってバカよね、男はみんな自分のことが好きだとおもってる! 典型的なオタサーの姫タイプだったんじゃないかな」といった。なんのことか、ぼくにはわからなかった。おじさんにはわからないよねって、いっているようだった。

だんだん日本語が通じなくなる。ヨーコとはなんとなく通じ合える。通じ合える人としか会話は成り立たない。

「オタサーの姫タイプって、何だ?」

「拾ったのは10円コインひとつだよ。……」

「よかったじゃない。田中さん」

「その、田中さんというのはやめてくれ! また聞かれるぞ!」

「聞かれてもいいわよ」

「さっきの人に、何度聞かれた?」

「2度よ。……でも、誤解されちゃったかも」

「旅先でも、それはやめてくれ! ガイドさんに誤解されたよ。不倫旅行かって」

「不倫? いいわね。新鮮で……」

「何が新鮮なもんか! 北竜温泉で、それはやめてくれ!」

「お父さんのふるさと。人の目があるわよね?」

「気になるな」

「何が?」

「さっきの、……オタサーの姫タイプってさ」

「その子にきいてみれば……」

「いいよ。――そろそろお昼だ。蕨餅(わらびもち)でも食べたいな、抹茶のさ」

「いいわよ。お供するわよ。大戸屋さんに行けば、あるわよ」

「そうか。行こうか!」

いつか京都で食べた蕨餅。

「リキュールの、《コアントロー》って飲んだことある? レモンの炭酸割りしたやつ。ヘミングウェイはダイキリがいいといった。クレバスの淵を滑降するような気分だって」

「ヨーコは走れないのよ、お父さんわかってるでしょ! そんなお酒、飲ませないで」

「ただ、ちょっとね。……コアントローってどんな味がするのか、……」

「お父さんは抹茶でしょ? 蕨餅の、いま、それ食べたいんでしょ? だったら、帰ってきてワインでも飲んだら?」

「いや、コアントローのレモン炭酸割りしたやつを飲めば、さっきのウォータースライダーの気分になるかとおもってさ。それとも、氷河とか、雪渓の割れ目をスキーですべる気分になるかとおもってさ」

「よしなさいよ」

マルイの8階に着いて、エレベーターが開くと、偶然友人夫妻に会った。

「また、寄らせていただきます」といっていた。2ヶ月くらい会わなかった。別れてから、

「だんなさん、太ったようね」とヨーコがいった、嬉しそうに。ヨーコも3キロも太った。ぼくが先を歩くと、後ろのほうで、「ちょっと待って、田中さーん」とヨーコはいった。