2013年ノーベル文学賞

リス・マンローさんが賞。

  アリス・マンロー氏。

  以前にも、彼女の小説のことを記事に書いている。はじめてマンローの小説を読んだのは2010年だった。「The View from Castle Rock」という小説で、邦訳は「林檎の木の下で」(
小竹由美子訳、新潮社・新潮クレスト・ブックス、2007)となっていて、この自伝的な歴史的ルーツを描いた方法は独特で、ぼくは彼女の文章と物語の展開に魅せられている。

いかにも物語という気負いはぜんぜんなく、たんたんと書かれている。

ぼくはこの小説を読んで、自分の生地である北海道・北竜町のことをおもい出した。自分が生まれた北竜町のことをどの程度知っているだろうか、と自問してみた。ほとんど何も知らないのに等しく、唖然とした。

もしもこの小説を読まなければ、ぼくはおそらく自分のふるさとの話を書こうなどとはおもわなかったに違いない。先日は、またノーベル文学賞を受賞したバルガス=リョサの「緑の家」を読み返し、バルガス=リョサの描くペルーの物語、そしてマンローの描くカナダの物語が生まれていったように、ぼくは東洋の北海道の、自分の生地の物語を書きたいとつよくおもった。

ぼくはいまさらプロの作家になろうなんておもわない。なりたくてもなれないだろうし、50冊を超える本を書いてきたぼくは、その締切日にただ追われるような人生を送りたくないとおもっているためで、アマチュア作家として、いつか書いてみたいとひそかにおもっている。

アリス・マンローの作品にたいする評価は、多くの人が書いているとおもうので、そういう話ではなく、ぼくは、マンロー自身の拠()って立つ作家としてけっしてムリをしない息の長いスタンスを学びたいとおもっている。彼女はめずらしく寡作の人だ。この「林檎の木の下で」は、やおら10年をかけて書いた、とどこかで読んでいる。

いま流行の作家は、こういう本はあっという間に書きあげるかもしれない。矯()めつすがめつ、じっくりと熟成させる時間をほとんど失っている。過去の時代の人びとの身過ぎ世過ぎのありようを、マンローのようにきめ細かく描かれると、ひじょうに味わいのある小説ができあがるというお手本を見せてくれている。

「イラクサ」(小竹由美子訳、新潮社・新潮クレスト・ブックス、2006年)も、近作の「小説のように」(小竹由美子訳、新潮社・新潮クレスト・ブックス、2010)も、おなじである。おどろくほど醸成密度の高い小説で、長い年月を見通した彼女のまなざしは鋭く、ひとつひとつの文章に味わいがある。

そういう意味では、彼女の生涯を通してずっと書きつがれてきた作品は、おそらく彼女にしか書けないものとおもわれる。彼女の書く小説のスタイルは、ひとつひとつそれぞれが短編に仕上がっているが、それぞれが有機的に長編小説の骨格を構成していて、いつ、どこから読んでもいいように書かれている。このスタイルはマンロー自身の呼吸をおもわせるもので、そこから彼女のくみ取るテーマは、大きな自伝的な一本の幹に、いつもつながっているのである。

それがマンローのやり方である。

この種の書き方をして成功している作家でおもい出すのは、シャーウッド・アンダーソン(Sherwood Anderson, 1876-1941)の小説、オハイオ州の小さな田舎町を舞台にした短編集「ワインズバーグ・オハイオ」がおもい出される。

ヘミングウェイも若いころ、シャーウッド・アンダーソンの小説にあこがれ、彼の知遇を得てパリへ行き、短編集「われらの時代」を書いた。それは研ぎ澄まされた描写で書かれていて、「ワインズバーグ・オハイオ」をいちだんと深化させた物語になっている。

マンローの小説は、そのようなものではない。

男の視点ではなく、彼女独特の視点で書かれ、ある部分はグレアム・スウィフトの「ウォーター・ランド」をおもわせる。これは、土を踏みしめている人間たちの足元に、ひたひたと押し寄せてくる水の記憶を描いたものだが、まさにそのような視点で書かれている。

ぼくは、ブッカー賞に輝いた、このグレアム・スウィフトという作家を高く評価している。

このたび、村上春樹さんのノーベル賞受賞は実現されなかったが、そういう意味では、世界の多くの読者をもつことだけが受賞条件にならないということなのか、いまさらながら、ノーベル文学賞の見識の高さにおどろいている。マンローの受賞がきまって、あらためてぼくは「当然だな!」とおもった。そして、グレアム・スウィフトもおそらく候補にのぼっていたかもしれないと考えた。世界にはこのようにすぐれた小説があることを、いまさらながらおもい知らされる。